【1-5】

「怪我はない!? 大丈夫!?」


 長い抱擁が解かれ、ツバメはコムギの身体を上から下まで交互に見つめながら言う。

 そんなツバメにコムギは苦笑いするも、ツバメの足元を見て心配そうに眉を下げた。


「それはこっちの台詞。ツバメの方が怪我してるじゃない」

「大丈夫だよ……このくらい」

 

 にこりとしてツバメは返す。そんな話の最中、遠くから龍の声が聞こえた。それを耳にした二人はすぐにシユウの事を思い出す。

 目覚めたばかりで、まだ傷も癒えていない彼が危ない。

 シユウの事を危惧し、ツバメは来た道を引き返そうとすると、暗い林の小道の向こうからシユウがこちらへやってくるのが見えた。


「シユウ様!」

「だ、大丈夫ですか!?」


 ふらつきながらも何とか歩くシユウに、二人は急いで向かう。

 流れ着いた時と同じ軍服を着ており、黒い生地からでも分かるくらいに血の痕が見えた。その姿にツバメは焦り、シユウの身体を支えようとする。

 だが、それを他所に彼は平然と「大丈夫だ」と言って、ツバメを制した。


「怪我はそこまでしていない。殆どは返り血だ」

「返り血……」


 あんな大きな図体である以上、血液もかなりのものだろう。とはいえ、その殆どが白龍はくりゅうのものとは言われても不安にはなる。

 頬についた返り血を手の甲で拭った後、シユウは息を吐いて後ろを振り向くと、より眉間に皺を寄せて呟いた。


「これ以上ここには居られないな」

「居られない? 何故?」

「お前達や、ここの集落に危険が及びかねない。白龍を、白龍族の人を殺したからな」


 白龍族。その言葉にツバメとコムギは絶句する。

 あれはただの白い龍ではなかったのだ。けれどもどうしてシユウは白龍を白龍族の人だと分かったのだろうか。

 ツバメはその事を訊ねようとした時、どこからか聞こえた怒号に肩を跳ね上げた。

 コムギもびくりと震えツバメに寄り添う。シユウは表情を変えずに、声のする方向を見た。

 そこには白龍族の男達がおり、三人を取り囲むと、緑の瞳の目で睨んできた。


「我らの神聖な領域に忍び込んだだけでは飽き足らず、まさか同胞を手にかけるとはな……!」

「無事では返さぬぞ、西の王子!」


 槍を構え、男達はじりじりと寄ってくる。

 シユウはツバメとコムギを背に隠し庇いながら、負けじと鋭い目を男達に向けた。

 ツバメもコムギを庇うように抱きしめながら、男達を見つめる。

 すると、一人の男がツバメの姿に疑問を持ち、「おい」とツバメに声を掛ける。


「そこの娘。その姿、もしかして人間か?」

「!」


 声を掛けられたツバメは小さく肩を跳ねて反応する。シユウは怒気を含ませた低い声で、「それが何だ」と言った。


「彼女が人間ならば、危害を加えるとでも言うのか!」

「貴様は黙っていろ! 私は今娘に言っている!」


 そう声を荒らげて返すと、改めて男はツバメを見た。

 彼は周りの白龍族よりも若く、白く背中まで伸びた髪を結っている。そして他の男達が袴や着物なのに対して、彼は狩衣姿をしていた。

 黙り込むツバメに、男はじっと見つめて言葉を待つ。だが一向に返答はなかった。ツバメはある事情により、自分の出生に関する事を言えなかったからだ。

 その事を知らない白龍族の男は、小さくため息を吐き、「分かった」と言うと、ツバメの元へと歩いていく。


「彼女に触るな!」


 シユウが立ち塞がり、行く道を邪魔しようとする。

 と、そんなシユウに男は邪魔だと言いたげに、横に押し退けた。

 よろけながらもシユウは何とか立ち直り、抜刀して刃先を男に向ける。抜刀した事で周囲の男達も気が立ち、シユウ達を襲おうとした。

 が、そこで意外にも男は「手を出すな」と男達に言う。その言葉に、シユウをはじめ男達も何故? と怪訝そうな表情を浮かべた。


「ほう青い目か。これは失礼を。まさかこんな所で黒龍こくりゅうの生き残りに出会うとは思いもしなかった」

「黒龍の生き残り、だと?」


 シユウ達を他所にツバメの前に立った男は言う。シユウは目を見開き、ツバメと男を見る。コムギもツバメの事情を知っており、男の様子を耳を伏せてツバメの腕の中から警戒していた。

 周囲からも「黒龍?」「あの黒龍か?」と驚きと疑問の声が聞こえる中、ツバメは気まずそうに男から目を逸らした。


「娘、名は何という」

「ツバメ、です」

「ツバメ……そうか。春に来て秋に去る鳥の名か。良い名前ではないか」


 さっきまでの態度はどこへやら。目を細め、男はツバメの頬に触れる。すると、ツバメの傍らで見ていたコムギはムッとして、男の手首を掴んだ。


「何なんですか! 一体! 失礼と言いながら触るなんて! 白龍族はそこまで堕ちましたか!?」

「何だ子兎。白龍族を馬鹿にするとは」


 男はコムギから手を振り解き睨みつける。鋭い眼光にコムギは一瞬怯えるも、睨み返して無言の圧をかけた。

 コムギの態度に目の前の男にだけでなく、周りの男達もより不機嫌になり、野次が飛びはじめる。そして白龍族の高圧的な態度が顕になると、シユウが舌打ちして吐き捨てた。


「唯一残った龍の一族がこのざまか。随分と堕ちたものだな!」

「貴様も侮辱するか、西の王子。これ以上は貴様だけでは済まぬぞ!」


 声を荒らげた男は、視界に入ったコムギに手を伸ばす。

 危害を加えられると思ったツバメは、コムギを庇おうとして男の手を腕で退けた。

 その瞬間、腕に痛みを感じツバメの顔が歪んだ。痛む右腕を見れば前腕に三本の裂傷が走っている。

 男の腕を見れば一部龍化しており、鱗の並んだ筋肉隆々とした腕の先には熊よりも長く大きな爪が生えていた。

 傷を押さえ蹲るツバメに対し、男は悪気はなかったと言わんばかりに静かに呟いた。


「おや失礼。間違えてしまった」

「ツバメ!!」


 ツバメが傷付けられた事でシユウは声を上げると、手にしていた刀を男に振り下ろす。

 その攻撃に男は龍化した腕で防ぎ、いとも簡単にシユウの胸ぐらを掴み持ち上げた。

 呻き声を上げながらも男の手を解こうとシユウが刀を振るうが、解くどころか傷一つつける事が出来ず、やがて手から柄が滑っていった。


「シユウ様!」

「っ、手を、出すな……!」


 流血をする腕を押さえながらツバメが止める。そんなツバメにシユウは苦し紛れに止めようとした。

 男は二人の様子に薄ら笑みを浮かべ、龍化させたもう片手でシユウを引き裂こうとする。


(このままでは……!)


 シユウが死んでしまう。そう思ったツバメは痛みと恐怖で震える足に力を入れると、意を決して地面を踏み出す。

 余裕の様子を見せている男の背中は、こちらを侮っているのかがら空きだった。


「うわぁぁぁぁぁっ!!」

「!?」


 気を奮い立たせるように声を上げて駆け出せば、振り向いた男の背中目掛けて左手を突き出す。

 想定外の反撃に男は反応が遅れた事で、攻撃をまともに受けてしまう。その隙にシユウは自力で抜け出した。

 咳き込みながらも、上手く膝をついて着地すればツバメに向かって叫んだ。


「避けろ!」

「!」


 シユウに言われツバメが左に身を避けると、前からシユウが男に飛びかかる。


「っ!」

 

 押し倒したその下で男の龍化が進み身体が大きくなる中、シユウは躊躇なく男の胸に向けて刀を突き通した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る