【1-4】
ユカとイネがそれぞれ湯呑みや皿を準備していた時、ツバメがようやく一つの籠を作り終わり息をつく。
交差する様に編まれ、隙間のない自信作を両手にして
眺めていると、マツから声を掛けられた。
「そういや最近、
「みたいですね。さっきヤシロからも聞きました」
籠を膝の上に置き、ツバメは返す。
マツは頷いた後、真っ白な眉を下げ悲しげに呟いた。
「昔は……あんなに怖い人達じゃなかったんだけどねぇ……」
「……」
ツバメは静かにマツを見つめる。
今はともかく、かつての白龍族はそんな事はしなかったと、一部の高齢な集落の者達は言った。それどころか、昔は集落で共に暮らしていたとも聞く。
だが各地で龍が姿を消した頃、白龍族もまた、身を守り自分達の血を絶やさぬようにと、誰も踏み込まない山の奥へと移り住んだらしい。
同じような事をかつてコムギの両親も話していたのを思い出しながら、ツバメはマツの言葉を待っていると、ユカがマツとツバメの分の胡桃餅を持ってやってきた。
「はいどうぞー……って、何話していたんですか?」
「んー、白龍族の話」
「白龍族?」
ユカはきょとんとすると、不安そうな顔で言った。
「白龍族って怖い印象がありますよね。最近は特にウロウロしてるし」
「……うん、まあね」
マツを気にしながらもツバメは頷く。マツは何も言わず、胡桃餅が乗せられた小皿を手にしていた。
ツバメも食べようと小皿に手を伸ばし、口にする。砕かれた胡桃の味と餅の甘さがたまらなく美味であった。
「やっぱりキナコさんの胡桃餅美味しいなぁ……」
「ふふ。ありがとうツバメちゃん。ああ、そうだ。折角だし、コムギちゃんにも持っておいきよ。コムギちゃんも好きだったでしょう?」
「うん、そうする!」
コムギもまたキナコの作るお菓子が好きだったので、いつもコムギにもと、キナコが違う包みに分けてくれていた。
それをありがたくいただくと、ツバメは緑茶で一息つく。
冬が近いこともあり、縁側から見える木々の葉は赤や橙色に染まり、空が遠く感じた。
「冬が来る前に準備しないとですね」
「そうだねぇ」
奥からそんな話し声が聞こえる。
冬になれば採れる物も減る為、ここの集落では冬が来る前に各自家にある蔵か、村の大きな食糧庫に自分達の食糧を溜め込む事になっていた。
その話に、ツバメも自分もそろそろ越冬の準備をしなければと思いつつ、湯呑みを傾ける。
高い雲がゆっくりと青い空を流れ、のんびりとした空気が流れていると、ふと何かの影がツバメの視界を横切った。
その違和感にツバメは湯呑みを下ろす。
「ん?」
傍にいたユカも気付いたのか、縁側から身を乗り出す。と、少し遅れて畑から大きな風の波がやってきた。
思わずツバメ達は目を瞑り床に伏せる。顔に風が当たり、家の戸や障子がガタガタと音を立てて揺れた。
少しして風が止んだ後、恐る恐る顔を上げたマツが茫然とした様子で呟いた。
「雁渡しかね?」
「いや、違う。……あれは」
ツバメも縁側から飛び出して、空を見上げる。
空には日の光に輝く一匹の白い龍が低い位置で飛んでいたが、それから少しして、巨大な影と共にまたもや風が吹き荒れる。
再度伏せ、顔を上げてみれば、白い龍を追う大きな赤い龍が見えた。
「あの赤い龍って確か……」
ツバメはその二匹が来た方向を見る。
外輪山に囲まれたこの大地の中心部であり、日々煙を吐き続ける【マンナカダケ】と呼ばれる活火山。その火山に住む龍は赤い色をしていると言われていた。
方向的にも、姿的にも、恐らくはその赤い龍で間違いないのだろう。しかし、何故白い龍を追いかけているのだろうか。
見た事のない異様な光景に、女達は騒つくと、杖をつきながらマツも外に出てくる。
「マンナカ様が姿を現すとは……一体何が」
微かに声を震わせるマツとは別に、ユカは尻尾を膨らませながら、「やっぱり!」と声を上げる。
「白龍の民が怒らせたんですよ! ちょっと入ったくらいで、命を奪ったりするから!」
「ユカ おやめ! あまり白龍の民を悪く言うと、こっちの身も危ないよ!」
そう声を荒らげながら、マツの傍に寄り添うイネも警戒する。
飛び交う二匹の龍は徐々に互いの距離が縮まり、最終的にはマンナカ様と呼ばれていた赤い龍が、白い龍の首元に噛みつき、共にツバメ達の家がある方へと落ちていった。
辺りはその光景に唖然として立ち尽くせば、ツバメはハッとして咄嗟に駆け出した。
――
靴も履くのを忘れ、裸足のまま砂利道を駆ける。
足が小石などで傷つき血が滲むのも厭わず、ただひたすらに家を目指した。
「コムギ……シユウ様……!」
どうか無事でいて。
それだけがツバメの感情の全てだった。
泣きそうになる気持ちを抑えながらも、不安でいつもよりも息が上がる中、前方から微かにだが砂煙が見えてくる。
そこでようやく足を止め、肩で息をしながら歩いていくと、砂煙に続いて何かが焼けるような焦げ臭い匂いもしてくる。
「コムギ……っ」
進む足が早くなる。
すると、何かが地を這うような音が辺りに響いた。振り向くと、首を含め、身体のあちこちから流血しながら蛇のように地を這う白龍がいた。
「っ」
ツバメは目を見開いたまま、やってくる白龍を見つめる。白龍もツバメに気が付き、避けるどころか口を開いて近づいてくる。
その口はツバメを簡単に飲み込んでしまうぐらいに大きく、そして黄金色の目は瞳孔が開いたまま、まるで飢えた獣のようにギラつかせている。その様子は明らかに正気ではなかった。
蛇行しながらも、勢いよく迫り来る白龍に、ツバメは恐怖で足が震え、数歩退がった所で硬直してしまう。
(食べられる……!)
本能的に身を守ろうと、腕で顔を覆ったその時だった。
「グギャァァァァァ!!!!!」
白龍から出た痛々しい悲鳴。血液独特の鉄のような匂いがツバメの鼻についた。
そっと腕をずらして白龍を見れば、上顎から刀を突き刺され、のたうち回っている。
「おい! 早く逃げろ!」
「っ、」
刀を刺したまま白龍の顎にしがみ付くシユウに、ツバメは戸惑いながらも離れていく。
轟音を立てながら辺りの木々を薙ぎ倒し、白龍が暴れ回れば、ツバメの逃げ道を塞ぐように、後方から大木が飛んできたりもした。
その中をどうにか切り抜け、見慣れた家までの小道が見えてきた所で、前からコムギの声が聞こえてきた。
「ツバメ……!」
「コムギ……」
ホッとしたのと同時に涙が溢れ出す。
二人して駆け寄り強く抱きしめれば、ツバメは「良かった」と声を震わせた。
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