猫を見かけた。
岡田公明/ゆめみけい
猫を見かけた。
季節は夏の入り日も暮れる前の赤い空が浮かんでいる。夏特有の湿気を含んだじめじめとした暑さを体に纏いながら私は帰路に就く。
私はこの夏が嫌いだった。このじめじめさも夏の醸し出す暑苦しい雰囲気も、学校で嫌になるほど出される課題も、どれもこれも夏は私を憂鬱にした。
私は夏の訪れとともに社会からの縛りという大きなものを感じていた。この暑さの中、社会人は真っすぐと前を向いて進む、鳥も同じ方向へと飛んでいき、私はその一部となっているような気がした。
ぶらぶらと歩く、路地を通り、街路を通り、私は家へと帰る。
学校での友人は途中で別れる、私はその時間もまた好きでは無かった。
―猫を見かけた。
猫は確かに信号の変わる瞬間を待って座っていて、黒い猫は目の前に通る車をぼーっと眺めながら、まるで信号の変わる瞬間を待っているように見えた。私はその光景を見て何処か不思議と引き込まれた。その猫にはそんな魅力があった。
なんてことのない猫のはずなのに、何故私はその猫に目が入ってしまったのだろうか、猫は路地にもいたはずなのに、交差点の信号を待つ猫には確かに私の目を奪った。
そして私は気づく、猫は確かに社会に溶け込んいて、自由であるはずの猫は人の社会の中に生きていた。猫は座りながら体を掻いた、私も感じているじめじめとした空気を取り払っているように見えて終わったと思ったら再び前を見て待つのだ。
私が猫ならどう思うだろうか、少なくとも人間社会に自由を求めている私に対して本来もっと自由に過ごせたはずの猫が人間社会の檻に入って過ごしている訳だ。私が猫ならどう言っただろうか、しかし私は言葉を話すことが出来ない人に対して何も訴えることは出来ない、それとも案外何も考えずに許容していたのかもしれない。
私と違って猫は教わることは無い、システムや常識やルールを、だけど猫は確かにシステムを知っていてその中に生きている、目の前の猫は確かに理解してそこで待っていた。
目が合った、車の通りすぎる瞬間だった、まさに垣間見えると言った感じだった、猫は私を見た青い瞳で、まるで作られた宝石のような美しい瞳で、その瞳は澄んでいて純粋に見えた。そしてその目を逸らした逸らしたのは猫の方だった。
私は尋ねたかったどう思っているのかと。しかしそれは不可能なことを知っていた。また同時にその理不尽な好意が、私が尋ねる行為こそが猫の自由を奪っている疎ましい行為になってしまうことも理解していた。
しかし私は確かに感じた、この猫は何処か
信号は変わらない、世界が少しずつ遅くなっていくような感覚を覚える。いつもなら何も考えずに変わる信号も今日は何処か遅くなっているような気がした、だけどこのままでは猫が逃げてしまうのだ、私は追いかけてもっと知りたいのだから、早く早くとどこかで祈る。
猫はこちらを向いた、そして背を向けて去っていこうとした、私は心の中で小さな絶望が生まれるのを感じた。
そんなことは今までまずなかった。
猫は去っていく、私に追いかけられることを拒むように、こちらを少し振り返り走って何処かへ。
私はその瞬間に分かった、きっともう会えないのだろうと。
私と出会い、私と追いかけられることが、その猫にとって最も憂鬱なことなのだと気づいた。
信号が変わる。
私は猫の居たところに向かった、そこには掻いた時に出たと思われる黒い毛が落ちていた。
私はまた会いたいと思った、きっと会えないだろうけど、それでも再び会って追いかけてみたいと思った。その毛を拾う、私は小さな袋に入れてポケットにしまう、きっとこれがある限り、私はその猫のことを忘れないと信じて。
猫を見かけた。 岡田公明/ゆめみけい @oka1098
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます