第3話 ワタシが得たもの
「ん?なに?」
ワタシは、まだ立ったままでそうお袋に尋ねました。
「いいから、ここに座んなさい」
「どしたの?」
「あんたさ、今日、そろばん、行った?」
「何、変なこと聞いてんの!そろばん行ったから『ただいま~』なんじゃん」
「もう一度、聞くよ。あんた、今日、そろばん塾、行った?」
「もう、お母さん、しつこいなあ。行ってきたってば」
ワタシは、そろばん塾のカバンを両手で掲げて、そう強く言いました。
「じゃあさ、いくつか、これから、あんたに聞くから答えてね」
「ああ、いいよ」
「あんた、今日、そろばん塾に行くまでここで何してた?」
「お菓子食べながら、テレビ観てたよ」
「そう。で、何時に、家を出たの?」
「ええっと… 4時半に集合だから、4時に出たよ」
「そう… 火の用心とか、部屋の電気とか、戸締りとかちゃんとした?」
「うん、ひとつ、ひとつ、指差ししながらしたよ」
「じゃあ、こたつもちゃんと消していった?」
「うん、最後に、ちゃんと消したよ」
「じゃあさ、4時に消したはずのこたつが、2時間たった今もなんであったかいの?」
「あ…」
「さあ、正直に言いなさい」
すでに、お袋の両目からは涙がこぼれていました。
観念して事の顛末をすべて話したワタシは、畳に仰向けに倒されて、お袋が馬乗りになってきました。
「あんたって子は… あんたって子は…」
お袋の目から出た涙がワタシの顔にたくさん落ちてきます。
「ただいま~」
タイミングが悪いことに、仕事から父が帰ってきました。
「どうした?二人ともそんな恰好で。何があった?」
「おとうさん!バット持って来て!」
お袋の金切り声がこだましました。
(え?え?え? お母さん、「侍ジャイアンツ」は、もう、終わったんだってば!)
了
【あとがき】
もちろん、この後、バットで何かされたわけではありませんが、このエピソードとお袋の最後の一言は、今でも忘れることができない強烈な思い出です。
しかしながら、2時間前に消したはずのこたつがなぜ温かい?だなんて、大人はすごいなあ、と当時、思いました。おそらく、寒さに震えながら仕事から帰ってきたお袋は、まず、暖を取ろうと思ってこたつの中に入ったのでしょう。そうしたら、意外にもあったかくて、そして、おかしいな、と思ったのでしょう。
いっそのこと、こたつを点けっぱなしにして行けばバレなった… いえいえ、そんなずる賢い頭を持っていなくて良かったのです。小賢しい頭で考えたことが成功するよりも、もっと大事なことをワタシは得たはずなのです。
そろばん塾と「侍ジャイアンツ」 橙 suzukake @daidai1112
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