第2話 完璧な計画

 17:25。「侍ジャイアンツ」のエンディングソングが流れている中、ワタシは、幸せな気持ちに包まれていました。


(まさか、あの絶体絶命の場面で、番場蛮があのミラクル魔球を投げて三振を奪うとは…)


 そう、ワタシは、あらかじめ、そろばん塾に風邪を引いたことを理由に欠席の電話連絡を入れた後、最終回を全部観終えていました。

 そこからが、ワタシが計画していた工作の開始です。


(あわてるな。お袋が帰ってくるまで最短であと15分ある。抜け目ないように慎重に進めるんだ)


(お菓子のごみは? よし。きちんとごみ箱に捨てた)


(そろばん塾の道具が入ったかばんは? よし。ここにある)


(部屋の電気は? よし。消した)


(おっと、こたつは? よし、消した。火の用心はこれでOK)


 すべての確認作業が終わったワタシは、そろばん塾のカバンを持って、長靴を履き、傘も持って玄関のドアから出て、外から鍵を閉めました。そして、アパートの出入り口と反対方向にある共同の自転車小屋の重い引き戸を開けて中に入って静かに戸を閉めました。そして、ほんの数センチ引き戸を開いて、外の様子を伺いました。

 初冬とはいえ、冷たい風が自転車小屋に吹き込んできて足元から寒さがジワジワ襲ってくるのを感じました。


 時計を持っていなかったので正確にはわかりませんが、おそらく、17:45くらいだったでしょう。自転車に乗って帰ってきたお袋を引き戸の隙間から確認しました。お袋は、ワタシが潜んでいる共同の自転車小屋ではなく、アパートのエントランスに自転車を置くから大丈夫です。


(あわてるな。何事もなかったかのような顔でいつも通りに「ただいま~」と言うんだぞ)


 私はそう自分に言い聞かせてから、自転車小屋の引き戸を静かに開けて外に出て、ゆっくりと歩いて、部屋の玄関前に立ち、深呼吸を一回してからドアを開けて「ただいま~」といつも通りあいさつして入っていきました。


「おかえり~」とお袋の声がテレビの部屋からしました。


 ワタシは、幾分、安堵しながら手前の自分の部屋に入ろうとした時です。


「ちょっと、こっちに来て座んなさい」


 テレビの部屋からの呼び掛けは、もちろん、お袋の声でした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る