第97話 シャルベ・マルベ

 ミスリルトータス:シャルベ・マルベ。


 シャルベ・マルベは、広大なアルクルム山地のレアポップモンスターであるゴールドトータスの更にレアポップであるNMネームドモンスターだ。


 ゴールドトータスがポップする確率が3%。そのゴールドトータスの代わりにシャルベ・マルベがポップする確率が10%。だから、トータスを一匹倒した時、リポップ時にシャルベ・マルベがポップする確率は0.3%になるのか。渋すぎるだろ。ソシャゲのガチャでももうちょいマシだぞ。


 そんなレアなNMであるシャルベ・マルベだが、倒すとミスリルのトータス鎧と槍と盾をドロップする。


 ミスリルのトータス鎧は、必ずドロップする所謂ハズレ枠のアイテムだが、こいつを生産スキルの鍛冶で分解すると、ミスリルインゴットが6つも手に入る、かなりおいしいアイテムだ。


 だが、やっぱり本命はこっちだろう。シャルベ・マルベがドロップする両手槍。その名も【ミスリル槍シャルベ・マルベ】。

 シャルベ・マルベを倒すと稀にドロップするレアドロップであるこの槍は、とにかく攻撃間隔の短い槍だ。両手槍のくせに、片手剣と同じような攻撃速度を誇る。その分、素の攻撃力は一線級の槍に比べたら控え目だが、その他の槍を圧倒する手数でカバーしている。

 しかもこの槍には、時々2~3回攻撃するという固有のスキルが付いている。必殺技でもなんでもない只の攻撃が、時々2連撃や3連撃になるのだ。元々多い手数を更に増えるのだ。特に、3連撃が発動した時なんて、キャラクターの攻撃モーションが間に合わず、バグかチートかみたいな動きをすることでも有名だった。

 最強の槍論争では、必ず名前が上がり、この【ミスリル槍シャルベ・マルベ】こそが最強だと豪語する人はかなり居た。シャルベ信者なんて言葉も生まれたくらいだ。


 盾は、槍に比べると性能は控えめで、あまり話題に上がる事は無かったな。だが、こちらも分解するとミスリルインゴットになるので、かなり高額なお値段で売り買いされていたのを覚えている。


 だからだろう。ゲームの時、シャルベ・マルベは、その渋すぎるポップ率とは裏腹に、超人気のNMだった。【ミスリル槍シャルベ・マルベ】は最強の槍の1つに数えられるほどの性能だし、そのお値段は天井知らずだ。それに、もし槍がドロップしなくても、ミスリルインゴットになるトータス鎧が確定で落ちるのは旨味がある。


 それに、シャルベ・マルベ自体は、そこまで強いNMではなかったことも人気の原因だと思う。上級者なら、ソロでも余裕を持って倒せる程度の強さしかないのだ。だから、ソロでも気軽に狩ることができるNMとして人気があった。


 アルクルム山地には、シャルベ・マルベ狙いのプレイヤーが常に二桁は居たね。そのあまりの競争率の高さに、オレはシャルベ・マルベを狩ることを諦めたほどだ。




 そのシャルベ・マルベが、オレの視界に入っている。ゲームの時は、ついに見ることも叶わなかった超レアなNMが、オレの視界に入っている。


 しかも、シャルベ・マルベの手には、【ミスリル槍シャルベ・マルベ】らしきミスリル製の槍が、盾が見える。


 心臓がドクドクと早鐘を打つ。緊張でもしているのか、胸の奥がキューッと締め付けられ、息苦しさを覚える。馴染みの感覚だ。NMを前にすると、いつもこうだった。


 後ろからコボルトの大群が、トータスの大群が迫ってる?


 関係ないね。


 シャルベ・マルベは必ず狩ってやる!!


「リリアラ、ラトゥーチカ、アイツだ!アイツを倒してくれ!」


 オレは、両脇に抱えた2人の英霊に指示を出すと、2人をそっと地面に立たせた。もう抱えて走る必要もない。


 オレは、シャルベ・マルベに向けて走り出す。シャルベ・マルベは、青龍のブレスを受けて、満身創痍だ。槍を杖代わりにして、なんとか立っているようなありさま。おそらく、リリアラとラトゥーチカの魔法で倒せる。シャルベ・マルベを倒したら、武器を奪って即トンズラだ。


「アル!?」


 後ろからマリアドネの驚く声が聞こえる。青龍のブレスによって、トータスの包囲が解けた今、逃げるなら今を置いて他にない。逃げるだけなら、わざわざシャルベ・マルベを討伐する必要はない。後ろからコボルトとトータスの大群が追ってきてるのだ。時は一刻を争う。そんなことは分かってる。でも……。


「アイツは倒す!絶対だ!」


 きっと、今のオレの目は$マークだろう。金に目が眩んでいる自覚はある。でも、ここで見逃すには、シャルベ・マルベはあまりにも惜しい。


 リリアラの、ラトゥーチカの魔法が炸裂する。2人とも雷の魔法を唱えたようだ。雲一つ無い青空だというのに、空から無数の雷が、シャルベ・マルベへと突き刺さる。雷に撃たれる度に、ビクビクと体を震わせるシャルベ・マルベの姿は、まるで壊れたおもちゃの様だった。


 しかし、雷の嵐が過ぎ去った後も、シャルベ・マルベはまだ立っていた。青龍のブレスを受け、幾条もの雷を受けても、全身から血を流し、血煙を上げながらも、シャルベ・マルベは健在だった。


 シャルベ・マルベの体は、立っていることが不思議なほどボロボロだ。ちょっと小突いただけでも倒れそうほど。だが、その目は死んでいない。左の目は潰れてしまったのか、片目でオレを睨む姿は、未だ闘志を捨てていないことが窺えた。


 正直、気圧されるものがあった。だが、そんなものでは、オレは止まらない。殴り殺してやる。一発でダメなら二発、三発と、倒せるまで殴ってやるよ!


 タタッ。


 シャルベ・マルベに向かって走るオレの横を、高速で追い抜いていく影があった。小さい影。束ねられた美しい金髪が尻尾のように揺れている。マリアドネだ。


 マリアドネは、上体を倒して姿勢を低くし、シャルベ・マルベへと疾走していく。とても追いつけないほどの速さだ。これが、生粋の前衛の速さか。身体能力の差を如実に感じてしまう。


 接近するマリアドネにシャルベ・マルベは、瀕死とは思えない速度で槍を振り下ろす。コイツ、まだ動けたのか!?


 マリアドネは、慌てる様子も無く、するりと槍を回避すると、シャルベ・マルベの懐へと跳び込んだ。


「セイッ!」


 掛け声と共に、マリアドネの剣が振るわれる。マリアドネの剣は、シャルベ・マルベの左足を膝から斬り飛ばした。


「ッ!?」


 左足を失い、ぐらりと傾くシャルベ・マルベ。そこに……。


「フンッ!」


 ホフマンだ。いつの間にかシャルベ・マルベの正面に居たホフマンが、シャルベ・マルベの下がった首を刎ね飛ばす。シャルベ・マルベの首は、綺麗な放物線を血で描き、飛んでいく。


 首と左足を失ったシャルベ・マルベの体は、そのまま左へとガツンと重い音を立てて倒れた。失った首からドクドクと血が溢れだし、地面に広がっていく。


 あれ?オレの出番は?


 いや、いいんだけどね。うん。シャルベ・マルベが倒せればいいんだけどさ。


「早く逃げますよ!」


 マリアドネの声に急かされるように、オレはシャルベ・マルベの槍と盾を拾ってマリアドネに続いて走り出した。

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ゲームの中みたいな世界に来ちゃったけど、これ詰んでね? くーねるでぶる(戒め) @ieis

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