第96話 アルクルム山地⑬

「もうすぐ地上です!」


 マリアドネのその言葉に、オレは走りながら安堵する。やっとだ。やっとこの坑道から抜け出せる。


 坑道の中は、ホイッスルの音やコボルトの鳴き声でうるさいくらいだ。もう完全にオレ達の存在が知られてしまったとみて良いだろう。数の暴力で押し潰されてしまう前に、早くこんな所逃げ出したい。


 坑道の先が眩しい程に光り輝いている。きっと出口だ。オレは懸命に坂道を駆け上がる。出口から見えるのは雲一つ無い青空だ。やった!出口だ!走る両の足に力がこもる。


 しかし、あと数歩で地上という所で、前を走るマリアドネとホフマンが急に立ち止まる。オレも二人にぶつからないように、つんのめりそうになりながら急停止する。急に立ち止まるなんて危ないな。どうしたんだ?


 今こうしている間にも、コボルト達が追ってきているのだ。立ち止まってる暇なんて無いはずだ。


 オレは急かすように2人に問いかける。


「どうし……」


 だが、問いかけは途中で止まる。どうして2人が立ち止まったのか覚ったのだ。


 トータスだ。トータスが、坑道の出口を包囲するように、扇状に陣形を組んでいる。槍と盾を持ち、その重装甲と合わせて、古代ギリシャのファランクスを思わせる密集陣形だ。当然、その穂先はオレ達に向いている。


 オレはそれを見て、危機感と同時にある種の納得感を感じていた。そうだね、捕物で出口を押さえるのは基本だもんね。当然居るよね。畜生め!


 トータスの陣形は厚い。10や20じゃきかないトータスが、二重三重と出口を囲んでいる。坑道内でやったように、無理やり押し通ることはできないだろう。だからマリアドネもホフマンも立ち止まったんだ。


 最悪だ。包囲された。前にはトータスのファランクス、後ろにはコボルトの群れ、横は坑道の壁。八方塞がりだ。どうする?どうしたらいい?


 包囲されたんだ。敵を突破して包囲を喰い破るしかない。問題は前に行くか後ろに行くかである。


 この場合は前に行くしかない。堅牢なトータスのファランクスを突破するしかない。


 突破しやすいのは後ろに来ているコボルトの群れだ。先程、コボルトに噛みつかれたけど、白虎のバフのおかげで、大した怪我にはならなかった。だけど、坑道内に戻ったところで、未来は無い。


 それに、後ろのコボルトの群れを突破したところで、更に後ろにはトータスの群れが控えている。やっぱり後ろに下がっても先は無い。前に活路を見出すべきだ。


 目の前に展開するトータスの陣形を喰い破る方法。やっぱ魔法でドカンかな。マリアドネとホフマンの足が止まっているという事は、2人には良案は無いのだろう。ここはオレの出番だ。


「リリアラ!ラトゥーチカ!吹っ飛ばせ!」


 オレは肩に担いでいたリリアラとラトゥーチカを小脇に抱える。2人の視界を前に向ける為だ。


「了解よ!」


「…うんっ!」


 リリアラとラトゥーチカの魔法は強力だ。これまで何度もその強大な力に助けられてきた。しかし、これだけの数のトータスを喰い破るには些か火力不足を感じる。


 そこでオレは、更に一手切る。


「来い!青龍!」


 オレの呼びかけに、【四聖獣】が一、青龍がその姿を顕現する。坑道の中からでは見えないが、オレの頭上、空高くに顕現したことが感覚的に分かった。


「薙ぎ払え!」


 魔力がごっそり持っていかれる感覚に、ただでさえ走り通しで酸素不足の頭がクラクラする。だが、オレは召喚するのを止めない。


「ハインリス、ライエル、ディアゴラム、ウィリアム、アダルタ」


 続けて召喚したのは、英霊の前衛陣だ。


「後ろ、任せた!」


 彼らには後ろから迫るコボルトの相手をお願いする。


「うむ!」


「やれやれまたか」


 ハインリスがボヤキながら、坑道内へと駆けて行く。まぁそう言いたくなる気持ちも分かる。ライエルとハインリス、ディアゴラムは何回も後ろから迫るコボルトの相手をお願いしたからね。でも、それもこれで最後だ。


 オレ達の存在には気づいているだろうに、トータスのファランクスに動きは無い。トータスとしては、出入り口を固めて待っていれば、坑道内から味方がやってきて、自動的に挟み撃ちになるのだ。別段急ぐ必要もない。時間は彼らの味方だ。


 彼らの考えは間違っていない。しかし、相手を見誤ったね。オレはネクロマンサーだ。奴らに教育してやる。ネクロマンサー相手に時間を与えることの愚を!


 初めに彼らを咎めたのは、光の奔流だ。空から極太の光の柱が、トータスのファランクスを端から飲み込んでいく。青龍のブレスだ。ファンタジーの世界にはそぐわない例えだが、極太のレーザー砲のようなものだ。その火力は、オレの出せる瞬間火力としては最大である。


「あぢっ!」


「きゃっ」


「ぐぬっ!」


 ブレスの余波として、熱を孕んだ強風がオレ達を襲う。マリアドネとホフマンが地面に伏して身の安全を計るが、オレはそうはいかない。両脇にリリアラとラトゥーチカを抱えてるからね。今倒れたら、彼女たちの魔法の照準が狂ってしまう。熱いけど耐える。


 ドライヤーの温風なんて子供だましに思えるような熱風だ。肌がジリジリと焼かれるのを感じる。目なんてとても開けていられない。呼吸もできない。今息を吸ったら、肺の中から焼けてしまう。飛ばされないように踏ん張りながら、熱風が通り過ぎるのを待つ。睫毛がチリチリになっちゃいそうだ。髪?ねーよ!


「くはっ!」


 永遠に続くかと思われた灼熱地獄から、遂に解放される。オレは貪るように空気を吸い込んだ。まだ空気が熱を孕んでいるが、熱風に比べたらこんなの全然平気だね。


 オレは恐る恐る目を開けると、まだトータスの壁が見えた。しかし、大分高さが低くなっている。トータスが皆、倒れているからだ。


 トータスが死んでいるのかは分からない。しかし、すぐに起き上がる気配は無さそうだ。今のうちにさっさと逃げてしまおう。


「走るぞ!マリ……ッ!」


 マリアドネ達に呼びかけようとして、オレはソイツの存在に気が付いた。


 倒れたトータスの壁の向こう。ソイツは姿を現した。


 並みのトータスより一回りは大きな巨躯。その高さは3メートルを優に超え、4メートル近い。距離感覚がおかしくなりそうな巨体だ。青龍のブレスを受け切ったのだろう。全身から血煙を上げながらも、ソイツはまだ立っていた。


 太陽の光を浴びて、淡く虹色に輝く銀の亀の甲羅の様な鎧。アレはミスリルの輝き。


 同色の盾と槍を構えたあの姿。


 間違いない。


 アイツは、ミスリルトータス:シャルベ・ガルベ…!

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