第95話 アルクルム山地⑫

 異常があったらどうするか。当然、異常を取り除こうとするだろう。こんな風にね。


「BAUBAU!」


「GAUGAUGAU!」


 オレ達は、大量のトータスとコボルトに追われ、坑道を逃げていた。


 ピ――――――ッ!


 後ろからホイッスルの音が響く。侵入者が此処に居ると知らせているのだ。これじゃあまた敵が集まっちゃうな。止めさせたいけど手が出せない。そんなことに構っている余裕は無いのだ。早く逃げないと!


 白虎のバフを受けたオレ達の足は速い。みるみるうちにトータスの群れを離していく。しかし、ちっとも安心できない。


「BAUBAU!」


 コボルトだ。コボルトがオレ達に迫ってくる。地面に手を着いた四足で走る姿は、まるで本物の犬みたいだ。速さも犬並みなのか、コボルトとの差が広がらない。むしろじりじりと迫ってきている。ヤバイ。


「ディアゴラム!ライエル!ハインリス!」


 オレはコボルトの勢いを食い止めようと、英霊を召喚する。


「悪い。後任せた!」


 言うだけ言って、オレは脇目も振らずに走る。少数の英霊を捨て駒にするような行為は、あまり褒められたものではないが、背に腹は代えられない。何かあった時の事を考えて、できるだけMPを残しておきたいのだ。


 それに、魔力欠乏症も怖い。今意識を失ったら、間違いなく死んでしまう。


「応とも!任された!」


「行け、アルビレオ」


 3人に見送られ、坑道をひた走る。


「あの3人やるじゃない!けっこう差が開いたわよ」


「うん…」


 両の肩から女の子の声が聞こえる。リリアラとラトゥーチカだ。2人の報告にそっと胸を撫で下ろす。どうやら凌いだらしい。2人には敵情の報告と牽制をお願いしていた。すごく助かっている。


 なんだかバストレイユの時の事を思い出すなぁ。肩に担いでるのはリリアラとラトゥーチカだし、追ってくる敵もトータスだし。コボルトは余計だが。


 コボルトが本当に厄介だ。普通に戦えば楽に勝てる相手なのに、今はトータスよりも厄介かもしれない。その数とスピードは脅威だ。


「来ました!前に新手です!」


 前を走るマリアドネの声が響く。マジか、またかよ。最悪だ。一難去ってまた一難とか言うけど、本当に勘弁して欲しい。


 リリアラの声に前を向けば、コボルトが5,6匹、トータスが1匹、オレ達の進路を塞ぐように陣取っていた。


「リリアラ頼んだ!」


 オレは肩に担いでいたリリアラを胸に抱きしめる。リリアラに前を見せる為だ。


「はいはいっと。風よッ!」


 リリアラの小さなおててが、前を指さす。指さす先に居るのはトータスだ。


 ゴウッと風音が響き、リリアラの指先から何かが飛び出していく。不可視の刃、風の魔法≪風刃≫だ。


 風刃は早くもトータスに命中したらしい。トータスの姿が一瞬ぶれたかと思うと、トータスの首が、胴が、腕がズルリとズレていく。


「KYANKYAN…」


 コボルトの悲し気な鳴き声が聞こえる。見れば、トータスの前に陣取っていたコボルト達が、その体の一部を失って喚いていた。ある者は鼻を、またある者は右腕を。鋭利な刃物で斬った様に綺麗な断面を覗かせている。きっと≪風刃≫の魔法に巻き込まれたのだろう。運の悪い奴等だ。


 敵が混乱していると見たのか、マリアドネがスピードを上げてコボルトの集団に突撃する。それを追うようにホフマンも続く。


「はぁあっ!」


「チェイッ!」


 マリアドネとホフマンが進路上に居たコボルトを斬り払っていく。2人は文字通り道を斬り開いた。


 オレは2人が斬り開いた道を通り抜ける。抜ける時、咽かえるような濃い血の臭いがした。


「BAUBAU!」


 オレ達は相変わらずコボルトとトータスに追いかけ回されていた。コイツら滅茶苦茶しつこい。何処までも追ってくる。


「GAAAAAA!Kyainkyainkyain…」


 オレに噛みつこうと飛び掛かってきたコボルトが、撃退された事を感じる。きっと肩に担いだリリアラかラトゥーチカのどちらかが撃退してくれたのだろう。ありがとうの気持ちを込めて、2人の背中を優しく叩く。


「ふふん。後ろは任せておきなさい!」


「…うん。がんばる」


 後ろからの追っ手は2人に任せ、オレは走ることに集中する。薄暗い坑道の中を走るのはかなり神経を使う。転ばないように走るだけで精一杯だ。


「BAUBAU!」


「チマチマと鬱陶しいわね。まとめて片付けてやるわ!……雷よッ!」


 バチバチと何かが弾けるような音と、眩しいほどの閃光。少し遅れて轟音が響き、後ろからずっと聞こえていたコボルトの足音が消える。


「ナイスだ、リリアラ!」


 これで少しは息を付けるかもしれない。


「まあね。私にかかればこんなものよ!」


「「BAUBAU!」」


「「「・・・・」」」


 クソがー!





 前を走るマリアドネとホフマンを追ってひた走る。2人の更に前方、十字路に道が分かれているのがうっすらと見えた。どの道が正解だ?


「出口はっ?!」


「左です!」


 マリアドネから即座に答えが返ってくる。いいね。今地図を持っているのはマリアドネだ。アイリスの書いた地図は分かりやすいから見間違うことは無いと思う。後はマリアドネが地図を読める女の子であることを祈るばかりだ。


 十字路まであと10メートル程の所だった。


「前方に敵影ッ!」


 はぁ!?


 見れば、十字路の左側からトータスが現れた。ご丁寧に進行予定の方向からだ畜生め。


 ここまで近いと、リリアラの魔法は間に合わない。魔法には詠唱時間がある。10メートルを走るのなんてあっという間だ。最悪だ。どうする?


 唯一の救いは、相手のトータス達もオレ達が居たのは予想外だったのか、口を大きく開けてアホ面を晒していることだ。そんなの何の救いにもならないが。


「押し通りますッ!」


 マリアドネが剣を抜き、言い放つ。それしかないか。彼我の距離はもう5メートルも無い。ここから打てる手なんて無い。


「GUGYAAAAAAAA!」


 マリアドネが先頭に居たトータスの足を斬りつけ、トータスの悲鳴を上がる。マリアドネはそれに構わず、まるでトータスの間を縫うようにして走り抜けていく。


 トータスの間をすり抜けるようにして走り抜ける。我に返ったトータス達が、オレを捕まえようと手を伸ばしてくるのを危うく回避した。


 トータスを通り抜けた後だった。なんとかトータスを躱し、安堵していたその瞬間。


「痛っ!?」


 突如走った右足の鋭い痛みに足が止まりそうになる。オレは努めて右足を前に踏み出す。右足が痛い。重い。


 見れば右の足首に牙の生えた毛むくじゃらな物体があった。コボルトだ。コボルトがオレの足に噛みついてる。


「Garrr」


 コボルトが牙を剝き出しにしてオレの足を食い千切ろうとする。が、白虎のバフを受けたオレの防御力は並みの前衛よりも固い。コボルトの牙は、オレの皮膚すら貫けないでいるらしい。あれ?もしかしてコボルトって脅威じゃない?


 尚もコボルトはオレの足を食い千切ろうと、首を激しく左右に振り暴れる。


「うおあ!?」


 痛みはそれほどでもないが、暴れられるとバランスが崩れる。危うく転びそうだった。もしかしたら、それがコボルトの狙いだったかもしれない。


 なんにせよ、このままでは走るのに邪魔だ。


 オレは右の壁に走り寄り、足を振りかぶる。そして、ボールを蹴るようにしてコボルトを壁に叩きつけた。


「Goba!?」


 うん、やっと離れたか。


 オレはスッキリした右足を踏み出し駆ける。

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