04 不穏
翌日、ローゼンは施設の確認がてらビルの中を歩いていた。元より休日ということもあって、先日よりも人が少ない。
「雰囲気は似てるけど、資料の量とかはここの方が多いな……」
一通り見て回って、資料室だったり研究室だったりを覗いたローゼンは少し休もうと休憩室に入った。
やはり人気はない。ただ大きな窓を眺めながらこちらに背を向けている一人の女性がいるのに気が付き、ローゼンは明るく声をかけた。
「リリーさん!」
「……あらぁ、ローゼン。奇遇ね」
ローゼンが元々いた支部にはエルザの他にリリーがいて、それ故に彼女とはある程度の面識がある。会う度に弟扱いを受けるのには少しだけ戸惑ったが、しかし手作りのお菓子を沢山くれるのでローゼンはすぐに彼女に懐いたのだった。
ローゼンは彼女の顔色が優れないことに気がつくと、心配そうに隣まで移動する。
「リリーさん、体調が良くないの?なんだか顔色が……」
「ああ、気にしないで。ただ少し……ええ、飲み過ぎただけ」
それにしてはやけに虚ろな顔をしている。ローゼンは心配そうな目をリリーに向けて、それを感じたリリーは軽く俯いて表情を隠した。
「……部屋に戻って寝るから、大丈夫よ」
「僕もついて行こうか?」
「平気だよ、エレベーターがあるから」
リリーはそのまま休憩室を出ていく。それをやはり心配そうに見ていたローゼンは、ふと背後に気配を感じて振り向いた。そこには黒い髪の青年が立っている。見覚えはなく、ただ臓腑を掴まれたような、総毛立つような感覚がした。
「おまえ」
咄嗟に武器を探そうとして、しかし声をかけられた為にローゼンは動きを止める。椅子と机を何個も挟んで、その向こうにその男は立っていた。ゆっくり、緩慢に見える動作で、しかしあっという間にそれはローゼンの目と鼻の先まで近づいてくる。
「……そうか。忘れているのか。ルメクトのことを」
「る、めく、と」
その名前を聞いた瞬間に呼吸が乱れた。耐え難い痛み、恐怖、その全てを思い出し、ローゼンは叫び声を上げた。それを男は静かに眺め、そして目を伏せると溶けるように姿を消す。それを疑問に思う余裕がローゼンにはない。叫ぶ、悲鳴を上げる、けれど人気がないのが災いして誰も来ない。
逃げるために足を踏み出し、椅子にそれがひっかかり転倒する。しかし、足を掴まれたような錯覚を覚えたローゼンは、震えながら椅子を蹴り飛ばし、机を押し倒した。暫く自分の周囲から全てを遠ざけるために暴れて、最後に床にうずくまって震え始める。
ドアが開く音がした。誰かが入ってくる。ローゼンはひ、と声を漏らし、一層身体を縮こまらせた。
その誰かはローゼンに何か言葉をかけてくる。しかし、それが上手く聞き取れない。ただ縮こまって震えるだけの彼に、その誰かは膝を着いてまた話しかけた。
ローゼンは目を上げる。赤い瞳と目が合った。そのままその誰かに返事をしようと口を開く。
そして、目を覚ました。ローゼンはばっと身体を起こす。そこは医務室で、エルザが心配そうにローゼンを見ていた。
「大丈夫か?休憩室で倒れてたんだよ、お前。何かあったのか?」
「……あ、そう、なの?うーん……休憩室で、リリーさんと別れたところまでは覚えてるんだけど、その後のことはよく覚えてない……」
「……」
エルザは眉を寄せる。それを自分に対する心配だと捉えたローゼンは、慌てて大丈夫だよ、ほらこの通りと自分が元気である、という主張を始めた。暫く難しい顔でそれを見ていたエルザは、しかしやがてため息をひとつ零すといつもの調子でローゼンの頭を小突く。
「十分分かったよ、まあ暫くは安静にしろよな」
「うん、分かった。……それにしても、前も同じようなことがあったよね。覚えてる?」
あの時もエルザと何話したか覚えてなかったから名前を聞き直したよね、などと話すローゼンに相槌を打ちながら、エルザは目を細めた。
ローゼンはとある竜に攫われた過去がある。そして、エルザはそれまでは彼の相棒として背中を預けていた仲だった。しかし、竜に攫われた彼に次に会った時、彼は過去を全て忘れていて、竜のことや自分のことを話すと酷く狼狽して気絶し、今日のようにその時の記憶がなくなっていたのである。
故に、エルザはこのビルの中にそのことを知っている誰かがいる、という可能性を考えていた。しかもそれを悪戯に彼に話し、気絶させて放置するようなタチの悪い誰かである。救世を語るエステラや自分たちの目を盗んでこのような真似をする誰か……。
「エルザ、それより食堂行かない?僕すごくお腹すいててさ」
「……ん?ああ、まあ半日も寝てたらそりゃあ」
エルザは首を振った。誰かを疑うにはまだ早い。ローゼンが大きく腹の音をさせるので、とりあえずは食事をさせようとエルザはため息を吐いて立ち上がる。この状況でローゼンを一人にするような気には到底なれなかった。
旧き世界の分岐記録:Re ゆずねこ。 @Sitrus06
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