10. あれから君は
飛行船は行く宛なく、空を彷徨う。
なんとなく、全て終わったような脱力感の重い空気が、皆を支配していた為、シンと静かな時間が流れていた。
「あたし、そろそろディーラーの仕事に戻らなきゃ」
ロベリアが重い空気を打ち破った、その台詞に、パトは俯く。
プラタナスへ戻りたいが戻れないのだろう。
「なぁ、そういえばよぅ、プラタナスで捕まってた植物の人型って奴ぁ、どうなったんだぁ?」
セージが操縦しながら、パトに聞いた。
「さぁ・・・・・・? そういえば、どうなったんでしょう?」
「パト、第二の月を破壊するビームキャノン砲、造るって言ってたけど、ソレって、お前いなくても造れんの?」
シンバの問いに、パトは首を振る。
「さぁ・・・・・・? ボクはそのプロジェクトチームのリーダーでしたけど、とりあえず設計図はある訳ですし。完成は5、6年先を予定してましたが、それが多少、遅れるくらいじゃないですかね? 多分・・・・・・?」
「パト兄ちゃん、はっきりとはなぁんにもわかんないんだね」
シュロのストレートさがパトの胸にグサッと来る。
「ねぇ、プラタナスへ一度、行ってみましょうよ。あたし、中の様子を見て来てあげる」
「おう、そのつもりで、もう向かってるぜ」
セージは勝手に方向転換してたらしい。
パトはまだプラタナスへ行く気持ちになれず、でもセージには歯向かえず、うろたえる。
そしてパトは無抵抗のまま、飛行船はプラタナスに着いてしまった。
「待ってて。あたし、中を見て来るから」
「いや、あの、ロベリアさんが中を見て来ても、何がどうなるって訳じゃ・・・・・・」
「受付で、パト・アンタムカラーがどうなったか聞いて来れるわよ。クビになってるかもしれないじゃない?」
「ク・・・・・・クビですか・・・・・・」
ロベリアは、一人、飛行船を降りて行く。
パトは困り果て俯いたまま。
「きゃーーーーーーっ!!!!」
プラタナスから響くロベリアの悲鳴。
何事かと、シンバとパトが急いで飛行船から下り、プラタナスへ。
興味津々でセージとシュロもプラタナスに。
オーソとバルーンも、飛行船から下り、プラタナスに急いだ。
「どうした、ロベリア!」
「あ、あ、シンバ、あたし、人が、人が、倒れてたから、起こそうとしたら、死んでるの・・・・・・。死んでるのよーーーー!!!!」
見ると、白衣を着た研究員が、そこら辺で倒れている。
どれも死んでいるようだ——。
「一体何があったんでしょう——」
パトは驚きの余り、凄い表情をしている。
「むぅ。この異様な魂の彷徨い方。皆、殺されただけではないな」
オーソが経を呟きながら言った。
「殺されただけじゃない・・・・・・? どういう事ですか!? 誰かに殺され、しかもそれだけじゃないって事ですか!?」
「パトよ、人体実験を行う事はあるのか?」
「人体実験!? ないですよ、そんなの! ある訳ないじゃないですか! プラタナスはそんな変な悪の組織とかじゃないんです! それに倒れているのは皆うちの研究員ですよ! 自分自身に実験をする研究者がどこにいるって言うんです!?」
パトはオーソに怒鳴る。しかしオーソは経を読み続けながら、
「体をいじられ、苦しんでおる。魂が嘆いておる」
そう言った。その時、
「パトさん! パトさんじゃないですか!」
一人の研究員が、パトを見つけ走って来る。
パトもその研究員に走り寄った。
「一体、一体何があったんだ! 僕がいない間に、一体何が!? 毒ガスの実験がプラタナス中に漏れたとか、そういうのなのか!?」
「落ち着いて下さい、パトさん。トルトさんが究極生命体になるとかで自分の体をいじって・・・・・・」
「トルトさんが?」
「・・・・・・ええ。それでモンスターみたいな生物の胸の辺りにトルトさんの顔がめり込んだみたいな姿になって、自分の運命を変えるとディスティープルに向かったんです」
「なんだって!?」
「そして・・・・・・ぼくもこんな姿に・・・・・・」
その研究員の顔がボコッと盛り上る。小柄な体の肉がボコボコと盛り上がり、ボコボコと暴れ、そして毒々しい塊になった。
見た事もない生物、正しくモンスター!
パトは口から奇音を漏らしながら、後ろへ下がり、シンバが前に出る。
「よくわかんねぇが、殺した方が良さそうだな」
シンバは剣を抜き、一刀両断!
オーソは経を唱え続けている。
こんな所でグズグズしている場合ではないと、シンバは混乱しているパトを見る。
「早くしねぇとトルトって奴が危ねぇんじゃねぇの? まだディスティープルに向かって直ぐっぽいから、間に合う! 行こう!」
「で、でも、シンバさん、ぼ、僕は、こんなモンスター相手にどうしたらいいんですか」
「オイラがついてるだろ。行くのか行かねぇのか、決めるのはお前だ!」
「シ、シンバさん、僕を助けてくれますか?」
「ああ、当たり前だ。お前がトルトを倒してくれと言うなら、オイラはトルトを倒す!」
「で、で、でもモンスターと戦えだなんて言えません!」
「オイラを誰だと思ってるんだ? あのアルファルドさえに勝った男だぞ。こんなモンスター、オイラやアルファルドに比べたらクソだ。どうするんだ? 行くのか? 行かねぇのか?」
パトは迷っている。歯をガチガチ震わせながら、脅える事しかできない。
「パト、この星を守る研究者としての意見を述べろ。どうなんだ? こんなモンスターはこの星に必要なのか? この星をめちゃめちゃにしやしないか? 教えてくれ、パト。オイラは、この星をめちゃめちゃにされたら困るんだ。ディジーと、また逢う約束をしてるんだから」
「——シンバさん。シンバさん、倒して下さい! モンスターをやっつけて下さい!」
そう言ったパトに、シンバはコクリと頷いた——。
飛行船でディスティープルにやって来た。
そこ等で散らばる死体。
「あいつ、何処まで登り、何階にいるんだ?」
シンバは塔を見上げる。
オーソは死体に経を唱え続けている。
シンバは皆を見た。
「オイラ一人で行く」
「でもあんちゃんがトルトの所まで辿り着けるとは限らないよ!」
「シュロ、いい事言うなぁ。その通りだよ。もしかしたら、トルトは塔から出て来るかもしれない。その時の為に、ここで待機しててほしいんだ。おっちゃんやシュロやバルやセージがいれば、大丈夫だろ?」
「そうだな、それが良かろう」
オーソが、経を唱えながら頷いた。
「よぉ、シンバよぉ、気ぃつけろ?」
軽いノリの挨拶のように、セージがそう言った。
「あたし、あんまり役に立たなくてごめんね? でも、何かあったら、凄い高くて大きな悲鳴あげるから、そしたら、それがSOSだと思って、塔から急いで出て、駆けつけて来て?」
本気で、そう言うロベリアに、シンバは笑いながら頷く。
「シンバさん・・・・・・僕は・・・・・・自分の職場の事なのに、シンバさんに任せてしまって、情けないです。必ず、必ず生きて戻って来て下さい! もし何日も何ヶ月も何年も塔から、出てこなくても、僕はシンバさんの帰りを待ちますから」
「おいおい、やめてくれよ」
シンバは、パトに苦笑いをする。
そして、シンバは再び、塔を見上げ、月を目にした。
「——血が騒ぐと思ったら満月か」
皆に見送られ、塔に一人入って行くシンバ。
塔の中、やはりシンバの目には、ブロックの迷路が映る。
——トルトの奴は、どんな迷路を目にしてるのだろう?
階段を見つけては登り、その繰り返し。
——ここは何階になるんだ?
——トルトって奴、そんなに上迄登り詰めてるというのか?
——同じ景色ばかりで気がおかしくなる。
そして、シンバは上に登る階段を見つけたが、また階を変えても同じだろうと、座り込んでしまった。
「疲れた・・・・・・」
上を見上げ、ぼんやりとするシンバ。
一片、ヒラヒラと落ちて来るディジーの花びら。
今、シンバの額に落ちた。
「・・・・・・ディジー?」
シンバは花びらを指でつまみ取り、見つめる。
「なんだ? なんで花びらが?」
シンバは考える。
そして上を見上げる。
「天辺!?」
ガバッと立ち上がった。
階段を上ると、そこは天辺なのだろうか?
「まさか。だって、天辺に辿り着く奴なんていないだろう? アルファルドでさえ数日かかって、オイラなんて、数分? 数時間? その程度登って来ただけだぞ?」
——ディジーが導いたのか?
——トルトをなんとかしてほしくて?
——もしかして天辺にトルトを誘き出してくれて?
シンバは手の平のディジーの花びらを見つめる。
「そうだよな、お前に逢う約束したのに、この星をあんなモンスターに何かされたら約束守れなくなるもんな」
——と、言うか、お前はあれだろ?
——みんなが楽しく生きて行く為にとか、そう考えてんだろ?
——全く、らしいよなぁ。
——ディジーの花が世界に広がり、優しい香りを漂わせてるように。
——お前の愛はでかいよ。
シンバの読みは偶然当たりなのか、階段を上ると、満月が見え、天辺だった。そして——。
「ひゃーーーーひゃっひゃっひゃひゃっ! わたしなら簡単に登れると信じていたよ。ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃぁっ!」
高笑いしているデカい化け物一匹——。
「なんだありゃ?」
満月の光を浴び、でかい人型の肉の塊の胸部辺りに血管で繋がったトルトの顔が浮いて、それが笑っている。
「なんちゅう体のいじくり方してやがんだ。究極生命体って割にカッコ悪過ぎるだろ。先ずオイラは頼まれても、ああはなりたくねぇな」
シンバはそんな奴相手にクリムズンスターを抜いた。
「おい!!!! トルトぉーーーー!!!! いいのか? それじゃあ、女にもてないぞ?」
トルトは、その身長から、やっとシンバに気付き、見下ろした。
「ああ、君か。くっくっくっ、見たまえ! わたしの究極の姿を!」
「見てるよ。だからそれじゃあ、女にもてねぇって」
「くっくっくっ、わたしの強さを知りたいって?」
「言ってねぇよ」
「あの植物の人型を利用したのさ。植物はね、根が腐らない限り、再生するのだよ」
「聞いてねぇよ」
「強すぎるわたしはこの世の最短記録でディスティープルの天辺まで来たのだよ」
「言ってろ」
「歴史に残るだろう、わたしの存在は」
「バカだろ、お前。お前がここにいるのは運命なんだよ、オイラに殺される為のな。お前の力で登れた訳じゃねぇんだよ。ディジーに導かれただけなんだ。オイラもお前もな」
「さぁ、バトルしようか? 究極生命体はこの世に一人でいいのだから」
「あのさぁ、オイラの話聞いてる?」
「ひゃーーーーひゃっひゃっひゃひゃっ! 死ね死ね死ねぇ! 死んで土になれぇ!」
「てめぇこそ、無になりやがれ」
シンバはトルトの攻撃をサッと交わし、飛んだ。
満月の光で、クリムズンスターの刃が妖しく輝く。
暗闇を斬り裂く、その力、この闇を無にし、この星に光を——!
クリムズンスターをストンと落とし、トルトは真っ二つとなり、悲鳴さえなく蒸発した。
「魂まで斬り殺したか? ははっ、ゴーストに堕ちる事さえなかったな」
シンバは空を見上げる。
満月に舞うディジーの花びら。
「運命なんてものは、自分自身で体当たりして変えるものだよな? こんな塔、もういらないよな?」
誰に問い掛けているのだろう?
「途中からお前に逢えなくなる運命を見せた、この塔を、オイラは壊そうと思う。お前にまた逢う為に。いいよな?」
シンバは、クリムズンスターをディスティープルの床となる地に突き刺した。
「クリムズンスター! お前の偉大なるその力、その破壊力を全て出し切ってしまえ!」
主の声に反応したのか、クリムズンスターを刺した床が罅割れて行く。
そして、ディスティープルは天辺から崩れ落ちた——。
どうなったのか、気付けば、瓦礫の上、倒れている。
ディスティープルの破壊に巻き込まれ、オーソもシュロもパトもセージもロベリアもバルーンも、気絶していた。
皆、息がある事にシンバはホッとした。
優しい風に運ばれて来たディジーの花の甘い香りと花びらが、倒れたみんなを包み込むように満月に舞い上がり、シンバは見つめている。
月を——
風を——
そこにいる君を——
皆、ディジーの花の香りに目を覚ました。
パトは割れた眼鏡を掛け直し、
「あ、あの、塔はどうして? ト、トルトさんは?」
と、辺りを見回した。
「終わったんだ、何もかも——」
「え、それじゃあ・・・・・・有り難う御座います、シンバさん! 本当に有り難う御座います! シンバさんはこの世を救った英雄です!」
「なんだそりゃ」
シンバはパトの英雄発言に笑う。
「笑わないで下さいよ。本当に思ってます。僕なんて何もできません・・・・・・。何の力にもならない・・・・・・。能無しですよ・・・・・・」
「そんな事ないさ。オイラ、パトが歴史に残る偉い研究者になるの楽しみにしてるよ。その時、あいつはオイラの友達だって自慢するからさ」
「シンバさん・・・・・・。僕もシンバさんを自慢に思ってます! 色々と助けてもらった事も、自慢話です! あのシンバ・フリークスに助けられたんだと、世界中に自慢します、僕の大切な友達なんだと、みんなに自慢します!」
パトは折角掛け直した眼鏡を外し、涙を拭く。
シンバはオーソの傍に行き、
「返すよ」
と、クリムズンスターを差し出した。
「わたしの使命もこれで終わりか・・・・・・。
シンバよ、クリムズンスターはお前が持っていても良い。呪いの力も善として使われるなら、闇も光として蘇るなら、それはお前が——」
「悪い。オイラ、善として使う自信ないや」
シンバは、オーソの大きな手に、クリムズンスターを持たせた。
「ちゃんと封印しろよ? 時々ガルボ村見に行くぞ」
「——そうだな。歓迎してやろう」
オーソはクリムズンスターを手に、笑みを零した。
シンバはシュロの傍へ行く。
「ま、お前がルピナス王になるの気長に待ってるよ」
「直ぐだよ」
「頑張れよ」
「あんちゃんもね」
生意気なシュロは、シンバに自信たっぷりの表情だ。
シンバはロベリアを見る。
「あのさぁ。客船乗ったらさぁ。カジノ行くから、如何様してオイラを勝たせて?」
「はぁ? なにそれ? あたし如何様しないもの」
「本当かよ!? それ最大の謎のままだな」
「失礼ね、謎だなんて。嘘だと思うなら、見破ってごらんなさいよ。来るの待ってるから」
「そうする」
ロベリアはクスクス笑いながら、涙を拭いた。
シンバは、セージの元へ行き、
「セージ・・・・・・飛行船で色々と飛んでもらって有り難く思ってるよ」
と、照れたように言った。
「おう」
「またグリティカンに行くよ」
「おう」
「またニュー・ハイ・ラティルス号に乗せてくれよな」
「おう」
セージは、こういうシーンが苦手か、シンバ以上に照れているのか、それを隠す為か、おう、しか言わない。
それでも充分に気持ちは伝わっている。
「おっと、それからバル! お前、少し痩せろ? そしたら竜らしくなるさ」
「クルルルルルルルルルル」
バルは、いつもの鳴き声で、いつものように、言葉を理解してるのか、応える。
シンバは、皆に手を振る。
「じゃあ、また、いつか、どこかで——」
シンバの背に、みんなが呼び止めたい気持ちの中、シュロが叫んだ。
「あんちゃーーーーん! あんちゃん何処行くんだよぉーーーー!」
シンバは振り向いて、
「決まってんだろ、オイラはディジーに逢いに行くんだよ。約束だ、必ず見つけてやる」
と、本当の旅の始まりを告げた——。
満月をバックに手を振って別れたあの日——。
あれから5年の月日が流れていた。
パトは自分の研究所を持ち、何人かの部下も持った。
ビームキャノン砲も完成間近で、パトはコンピューターで、シミュレーションを繰り返す。
第二の月を破壊するには、角度や時差を考えねばならないし、星一つ爆発する事により、その影響も考えなければならない。
「・・・・・・うーーーーん」
コンピューター画面と睨めっこしながら、パトは難しい顔をして唸っている。
ドアのノック音も耳に入らない程である。
「・・・・・・あのぅ、ノックしたんですが、返事がなかったもので・・・・・・パト博士? あの、パト博士! パァトォハァカァセェッ!!!!」
「ん? あ、ああ、なんですか?」
「ヤーツ博士がお見えになられました」
「ヤーツが? なんだろ? いいよ、通して」
ヤーツはディジーの花のブーケを持ち、現れた。
「兄さん、やっぱりまだいたんですか」
「やっぱりって?」
ヤーツはブーケをパトに渡し、
「結婚式に遅れますよ」
と、言った。パトは考えて、
「あ、しまった! 忘れてたよ!」
と、時計を見て慌て出す。
客船のカジノは昼間から賑わう。
「こ、こんなバカな!? 如何様だぁ!」
「あら、そんな証拠、どこにあるの? あたしが素人相手に如何様しなければ勝てないと思うの?」
「う、うう・・・・・・」
客は、ロベリアの自信に何も言えなくなってしまう。
「じゃ、あたしはこれで失礼するわ」
「待てロベリア! 勝ち逃げする気か!?」
「ごめんなさい。あたし、これからドレスに着替えて結婚式に出席するのよ」
「結婚式!? 結婚するのか!?」
「あたしじゃないわよ。あたしには結婚する相手はいないけど、愛し続ける相手がいるから、結婚なんてないわねぇ。あらやだ、急がないと! エアーカーの手配もしなきゃいけないし、本当に失礼するわ」
ロベリアは、
「じゃあ、またディーラーロベリアを指名して下さいね。チュッ」
と、客に投げキッスをし、ウィンクをした。
オイルの匂いが漂うグリティカン。
「セージさん、そろそろ時間なんじゃないんですか?」
「ああ!? 何言ってやがる。俺様のネオ・ニュー・ハイ・ラティルス号で行くんだぞ! 一瞬で目的地だ! 今から行っても早すぎるだろ」
「そうじゃなくて・・・・・・結婚式に出るなら、着替えないと・・・・・・」
「ああ!?」
「だって作業服で行くんですか? 頭にタオル巻いたままですよ・・・・・・」
「文句あんのか、ああ!?」
「え、あ、いえ・・・・・・着替えた方がいいのになぁ・・・・・・」
「聞こえねぇなぁ! 俺様の目を見てハッキリと言ってみろ!」
メカ工房で働く下っ端の男は言われた通り、セージの目をジッと見て、
「着替えた方がいいんじゃないでしょうか!」
そうハッキリと言った。
なんてチャレンジャーなのだろう。
ガンッ、ガンッ、ガンッ
スパナで3発殴られ、男は倒れる。
二度とセージに対し、無謀なチャレンジはしなくなるだろう。上下関係を体で教え込むセージは、
「ちっ、寝てねぇで仕事しやがれってんだ」
と、スパナをクルクルと片手でまわし、相変わらずの台詞。
長閑なガルボ村の祠で、封印されているクリムズンスター。
今、女の子が、クリムズンスターに触れようとする——。
「よさぬか! ここを遊び場として使うなと言っておろう!」
「お兄ちゃん、まだいたの?」
「もうすぐ出掛ける。お前も早くここから出ろ」
「ダーーーーメ。彼氏と待ち合わせなの」
「か、彼氏!?」
「うん、小さな村だもん。ここくらいしか二人っきりになれないでしょう?」
「馬鹿者ぉ!!!! 待ち合わせなら、祠の前で待っとれ! 我が妹ながら、まだ生を宿し少しの癖に彼氏だとぉ!? 恥ずかしいっ!!!!」
「んもぉ、大きな声出さないでよぉ。お兄ちゃんこそ、他人の結婚式出る前に彼女の一人くらい見つけてよ! 我が兄ながら、22歳に見えぬ老け顔が可哀相」
「黙れ!!!!」
「はいはい、外で待ってますよーーーーだ!」
ませた幼い妹に、オーソは深い溜め息を吐いた。
今日は雲一つない青空——。
遥か彼方が、キラリと光ったソレが一瞬で通り過ぎて行く。
ソレはイヤーウィングドラゴン。
その背には、一人の勇ましい少年の姿。
「バル、少し飛ばそう! 結婚式が始まっちゃうよ!」
「クオーーーーーーーーーーッ!」
バルーンはスピードを上げ、青空を駆ける。
ここはアダサート。
姫君の結婚式の準備が着々と進む。
城下町の教会では、緊張した神父と聖歌を歌うシスターのコーラス隊が発声練習をしている。
花嫁の準備は整い、小さな部屋でウェディングドレス姿のローズ王女は不安と嬉しさに胸の高鳴りを感じていた。
ノックをして、部屋に入って来たのは、パト・アンタムカラー。
「ローズ王女、おめでとう御座います。これ、ディジーのブーケ。弟から」
「まぁ、有り難う。遠い所から遥々、嬉しいですわ」
「いえ、エアーカーで来ましたから、数時間でここに着けましたし、大丈夫ですよ」
次にノックをして入って来たのは、ローべ・リアカーディ・ナルス。
「あら、パト。久し振りねぇ」
「ええ、ロベリアさんもお元気そうで」
ロベリアはパトと軽く挨拶をした後、ローズ王女の傍に行く。
「ローズ王女、この度は御招き頂き、本当に嬉しく光栄に思います。でも宜しいんですか? 直接の知り合いではないのに——」
「ええ。シンバさんは、この地では有名な英雄です、その英雄の友人には、是非、式に出てほしいのです。兵士達はシンバさんの友人を探し出すのを苦労したみたいです、苦労してでも、出てほしかったんです。わがままな姫だと言われました」
「あら、わがままも女の可愛さの内ですよ」
ロベリアはにっこり笑い、ローズに言った。ローズも微笑む。
そして、ノックもせずに入って来たのが、セージ・アセルギウム。
「畜生! またこの世の女が一人俺様のものじゃなくなるのかよ!」
入って来て、いきなり、その台詞。
「あんた、相変わらずねぇ」
ロベリアはセージに呆れ、パトは苦笑い。
「あ、あの、式の後は楽しいパーティですので、美しい女性も沢山おられますし、あの、えっと・・・・・・」
ローズはセージにどうしていいか、困っている。
また、ノックが鳴り、入って来たのは、オーソ・ポルベニア。
「おお、皆、もう来ていたのか。久し振りだな。これはこれはローズ王女、お美しい」
「どうも有り難う。あなたも素敵ですわ」
ローズ王女は言いながら、オーソのスーツ姿にクスクスと笑う。
「そういえば、ビーストハンターの噂聞きました?」
パトが皆に話を持ち掛けた。
「ビーストハンター?」
オーソが眉を顰め、聞き返す。
「あたし、知ってるわ。あれから逢った事ないから、噂で聞いただけだけど、アイツ——」
ロベリアがビーストハンターについて話し出した時、ノックと共に入って来た少年。
「あれ、もうみんな来てたんだ。ちぇっ、バルのスピードであそこからだと一番乗りで来れると思ったのにな」
シーーーーンと静まる。
「あ? なに? みんな、どうしたの?」
「もしかして・・・・・・あなたはシュロ君・・・・・・?」
パトが驚いた顔で聞いた。
「もしかしてって何? 俺が他に誰に見えんの?」
「ははっ! シュロ君、身長伸びましたね! 今、君の噂してた所です!」
パトが、シュロ・ルピナスとの再会に喜ぶ。
「俺の噂?」
「アンタ、竜に乗った大鎌の少年って有名よぉ? ビースト倒しながら旅してるんだってぇ? で? ルピナス王は諦めたの?」
ロベリアの意地悪な口調。
「諦める訳ないじゃん。でも金いるから」
「あら、ページェンティスの王女を貰うんでしょぉ? お金くらい、幾らでも用意してくれるでしょぉ?」
「ロベリアさん老けたねぇ」
「なんですって! シュローーーーッ!!!!」
「ビーストに困ってる人って世の中に結構いるんだ。格安で俺がやっつけると、みんな喜ぶし、お金も少しずつだけど溜まる。俺は俺の力でルピナスを復活させ、リンちゃんを迎えに行く! 今はまだ自分自身を強くして頑張ってる所だからさ」
「それでビーストハンターですかぁ」
パトは感心して、一人頷く。
「シュロよ、竜とはバルーンの事か?」
オーソが尋ねると、シュロは頷いた。
「あれから、俺、バルとずっと一緒なんだ。バルすっげぇデカくなって、竜らしくなったぜ。町の外にいるからさ、後でみんなでバルに逢いに行ってよ。あいつ喜ぶし、みんなもバルに驚くからさ!」
言いながら、シュロは見回し、
「——あんちゃんは?」
シンバがいない事に気がついた。
「シュロ、お前、旅してんだろ、シンバを見掛けたりしてねぇのか?」
セージがそう聞くと、シュロは首を振った。
「全然逢わないし、噂も耳にしないよ」
皆の表情が暗くなる。
「大丈夫ですよ、シンバさんは必ず来ます。約束しましたから。結婚式には来ると」
ローズ王女が、そう言うと、皆、顔を見合わせる。
「——約束、守って来るかしら、アイツ」
ロベリアが、そう言うと、
「さぁなぁ、気紛れな奴だからよぉ」
セージが、そう答える。
「来ますよ! 僕達が信じないでどうするんですか!」
パトが、そう言うと、
「来れば良いがな」
オーソが、そう答える。
「来ますって! 確かシンバさんは僕の1つ上でしたから、今は24歳! 大人の男として、現れますよ!」
パトは来ると確信しているようだ。
「あんちゃん、おねえちゃんに逢えたのかな? 俺も逢いたいな、おねえちゃんに」
それはシュロだけでなく、皆、想っている。
そして式は始まった——。
Earth, be glad!
Rejoice, you islands of the seas!
(全地よ、喜び踊れ。多くの島よ、喜び祝え)
The Winter is over, the rains have stopped,
(ごらん、冬は去り、雨の季節は終わった)
in the countryside the flowers are in bloom.
(花は地に咲きいで、小鳥の歌う時が来た。
シスター達の歌声に紛れ、バルーンの鳴き声が聞こえたような気がした。
それは喜びにも哀しみにも似た懐かしむ声——。
シュロがその鳴き声に振り向く。
My lover is mine, and I am his.
(恋しいあの人は私のもの、私はあの人のもの)
Promise me
(誓って下さい)
Promise me
(誓って下さい)
オーソが、
パトが、
ロベリアが、
セージが、
ディジーの花の香りに振り向いた。
「あんちゃん? と、おねえちゃん・・・・・・?」
シュロが呟く。
教会に光が差し込む。
閉ざされた扉が開いて行く——。
I Promise——
I Promise ソメイヨシノ @my_story_collection
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