9. 君が好きだから 〜I need your love〜

「そう、それで、殺した死体は湖に捨てたんだね?」

「——湖に連れて行ったんです」

「あぁ、そうだったね、連れて行ってあげたんだよね。でも、誰も湖から出て来なかった」

「——はい」

「それで、クリムズンスターというのは、キミがいつも大事に抱えている、その剣の事だね。その剣はどうしたって言ってたっけ?」

「——貰ったんです、赤髪の男に」

「そう、そうだったね。それで赤髪の男というのは、何故、キミに剣を渡したのかな?」

「——身を守る為に」

「うん、でもキミは普通の剣でも充分な剣術があり強い。なのに、その剣で何から身を守るのかな?」

「——う、あ、あ、う・・・・・・」

「うん、じゃあねぇ、質問を変えよう。赤髪の男とは他にどんな話をしたのかな?」

「う、う、うああああああああああああっ!!!!

——グルルルルルルルルルルッ、ガルルルルルルルルルルルルッ!!!!」

「くっ! 早く麻酔しろ! 今日はここ迄だ! 檻に入れておけ!」

こうして催眠術で自分の過去を語るシンバさんは、人の言葉を話すが、それ以外では言葉を失い、不気味に笑ってたり、獣のように唸ったりするだけだ。そして瞳をブルーシルバーに輝かせ、クリムズンスターを抱いている。

催眠術でも赤髪の男の話になると、人を忘れ、喉を鳴らし、鼻の頭に皺を寄せ、唸り始め、恐ろしく凶暴になる——。

僕はディジーさんを傷付けたシンバさんが許せないが、ディジーさんを助けたのもシンバさんな訳で——。

あの時、湖からディジーさんを抱きかかえ、出て来たシンバさんは、

『パト、まだ息してるから、絶対にディジーを助けてやってくれ。頼む・・・・・・』

そう言って、僕にディジーさんを渡し、倒れてしまった。

それを最後にシンバさんは人としての思考を失った——。

ディジーさんは、ここプラタナスの病院で入院している。無事に回復してきている。

シンバさんの方は全く改善の傾向はない・・・・・・。

子供の頃、シンバさんは、4つの月の光を浴びてしまった。

第一の月の光、第二の月の光、そして水面に映った第一の月の光と、目に見えて映ってはないが、第二の月の光が湖に反射し、宙に光を放っていた。

恐らくその日はフルムーンで、シンバさんはティルナハ—ツに犯されてしまったのだろう。

しかし、マウレク村の人々を殺した後、シンバさんは人を襲わず、ビーストだけを殺し、旅をしていた。ティルナハ—ツに犯された者が凶暴にならず、冷静さを保つなど、有り得るのだろうか——。

いや、人としての思考を失っちゃいけない、何かがあったんだろう、獣となり、気紛れな旅はできない何かが——。

そう、シンバさんの旅は決して行き当たりばったりじゃなかったんだ。

——多分。

パトは真っ白のドアの前に立ち、ノックしてから中に入った。

「ディジーさん、具合、どうですか?」

「パトさん! もう退屈! まだ動いちゃ駄目なの? つまんないよぉ。もう傷は治ったのにぃ!」

ディジーはベッドの上、座っている。

「本を幾つか持って来たんですけどね、これなんか僕のお勧めです」

「有り難う。でも、という事は私まだまだ入院してなきゃ駄目なの?」

「さぁ、それは担当医の先生じゃないとわかりませんよ」

「——ねぇ、パトさん」

「はい?」

「あの、ね、その、えっと・・・・・・。ううん、何でもない。えへへ、気にしないで」

「——シンバさんの事ですか?」

「え・・・・・・」

「いつも何か言おうとしてやめるんですよね。いい加減わかっちゃいますよ」

ディジーは照れたように頭を掻いて笑った。

——やっぱり可愛いなぁ、ディジーさん。

「シンバさんは、今、違う部屋で治療を受けてます」

「えっと、それって、あの、シンバは——」

「元気ですよ」

パトのその台詞に、ディジーはホッとする。余程、気にしていたと見える。

しかし、パトは嘘をついてしまったと俯く。

「どうしたの? パトさん?」

「あ、いえ——」

「ねぇ、パトさん、私、シンバに逢いたい!」

「え!」

「逢って文句言ってやらなきゃ! ね、いいでしょ?」

「え、あ、いや、ディジーさんは先ず自分の体を治すのが先ですよ」

「私はもう全然元気だよ!」

「駄目です。あ、僕はそろそろ——。また来ますから」

部屋から出て行くパトをディジーは手を振って見送る。

そしてパトが持って来てくれた本をパラパラと捲り見る。

——みんな、どうしてるかな?

——オーソさんも、シュロ君も、バルも、ロベリアさんも、セージさんも。

——あれから、どうしてるのかなぁ。

「つまんなーーーーい! パトさんが持って来てくれた本、難しくてわかんないよぉ!」

ディジーはベッドの上、ゴローンと寝転がる。退屈そうだが、表情はとても嬉しそう。

——そっか、シンバ、元気なんだ。

——早く逢いたいなぁ。

——シンバだって退屈してる筈。

ディジーの表情が悪戯っぽくなる。

——シンバも入院してるんだよね・・・・・・。

——探しちゃおうかな・・・・・・。

——うん! 探そう!

ディジーは元気に飛び跳ねるようにして起き上がり、コッソリと部屋から抜け出した。

入院部屋となるドアの横にはプレートで患者の名が書かれている。しかし、シンバ・フリークスの名が見つからない。

「あれぇ? シンバってばどこの部屋にいるのぉ? 入院してるんじゃないのぉ?」

気付けば、入院施設から離れ、迷い歩いていた。

——プラタナスって広いんだなぁ。

——医療施設だけでも、大きな町みたい。

——パトさんがいるトコは研究施設だっけ?

——いろんな研究してるから、細かく部屋も分かれてて、あそこも広過ぎるんだよねぇ。

最初はコソコソと歩き回っていたが、知らず知らずに堂々と歩いている。

——階段だ!

——非常階段かなぁ?

——変な場所に出ても余計に迷うし、エレベーターで移動のがいいよね?

とは思いながらも、階段の下を覗き込み、降りて行く。

だが、その階段は、階段しかなく、下へ下へと続いて行く。

少し不気味な暗さもあり、怖くなって、上へ戻ろうかとも考えたが・・・・・・

おおおおおおおおおおおお——・・・・・・

「な、なに?」

おおおおおおおおおおおお——・・・・・・

それは地下で迷う風の音のように、無気味な声だった。

「——人の声?」

ディジーはゴクリと唾を飲み込み、下へと降りて行く。降りてホッとしたのは明るさだ。

清潔感もあり、ただの入院施設らしい。だが、特別な患者の入院施設なのだ。小部屋の奥で、おおおおお——と、泣いているのか、叫んでいるのか、わからない声がする。

——精神科の患者さんかなぁ。

もしかしたらと考え、ドアの横にあるプレートに書かれた名を見てまわる。

しかし、シンバ・フリークスの名はない。

「ん? このドアは?」

プレートのないドアを開けると再び下へと向かう階段。しかも暗く、地下水が漏れているのか、水浸しになっている。

——死体保管室とかだったりして・・・・・・。

そう思う暗さは充分にあった。

——うわ、黴臭い!

——薬品のニオイなのかなぁ・・・・・・。

ディジーはツンと鼻に来る臭いに、直ぐにドアを閉めようと思ったが、その階段の下、奥には何かがいると感じた。

武術の心得のある者の勘だろうか、それとも引き合う気持ちだろうか——。

階段を下りて、ディジーは息を呑んだ。

「嘘・・・・・・どうして・・・・・・?」

部屋ではない、鉄の格子の檻に入れられたシンバの姿。

クリムズンスターを抱え、小さくなっている。瞳はブルーシルバーに輝いている。

「——シンバ?」

震える声で名を呼ぶディジーにシンバは威嚇し、唸り出した。

——私を怖がってる? 警戒してる?

「ディジーさん」

その声に振り向くと、パトの姿。

「ディジーさん、どうしてここにいるんですか? 部屋にいないから探しましたよ」

「パトさん! ねぇどうして? どうしてシンバが檻に入ってるの? どうしてこんな暗くて怖い場所に一人置かれてるの?」

「ディジーさん、一度、部屋に戻り——」

「答えてよ!!!!」

「・・・・・・仕方ないんですよ」

「仕方ない? 何が? 何が仕方ないの?」

「シンバさんは患者じゃありません! ティルナハ—ツに犯された人間としてのサンプルなんです! それにシンバさんはマウレク村の人々を殺してるんです! それが公になるとシンバさんの処分は死刑です。例え、英雄として多くの人々を救ってたとしても、シンバさんは殺人者なんです! そういう事を考えると、生かせて貰ってるだけ有り難いでしょう。もしかしたら、シンバさん以外に、ティルナハ—ツに犯された者が現れるかもしれない。その時の対処のためにサンプルは必要です。サンプルとして、人のために生きてるんです。死ぬよりマシでしょう」

「——パトさん・・・・・・」

「すみません、僕、酷い事言ってますよね。シンバさんには余り近付かないで下さい。喰われちゃいますよ。この間も研究員が一人、指を喰い千切られましたから・・・・・・。

檻から出す時は麻酔をしてからなんです。シンバさんはモンスターですから・・・・・・」

パトはそう言うと階段を上り出した。

「待って、パトさん!」

その声に、パトは止まり、

「さっき、ディジーさんを担当していた医師が、もう退院してもいいって言ってました。良かったですね」

ディジーを見ないまま、そう言い、行ってしまった。

ディジーは振り向いてシンバを見る。

なにやら宙を見て、薄ら笑いを浮かべている——。

ディジーが檻に近付いてく。シンバは威嚇し、唸り始めた。

「シンバ・・・・・・私の事・・・・・・忘れちゃった・・・・・・?

私の事・・・・・・思い出して・・・・・・?

お願い・・・・・・思い出して・・・・・・?」

唸るばかりのシンバに、ディジーの瞳に涙が溜まる。

「あのね、覚えてる? ヴィストの鉱山で、後ろからソッと近付いて、わぁって驚かしたら、シンバ、頭抱えて、しゃがみ込んじゃったよね——」



『五月蝿い女だな! 何言ってんだ、お前! ついてくんなよ! 何がシンバ・フリークスだ! 何が正義の使徒だ! なれっこないだとぉ!? オイラがそのシンバ・フリークスだ! 生憎、微弱い誰かさんを助けた覚えはねぇけどなぁ!!!!』



「本当、何にも覚えてないんだから・・・・・・シンバのバカ。あんなに凄く怒鳴っちゃってさ。確かに、なれっこないどころか、シンバ本人だったんだもんね。まさか、本当にシンバ・フリークスに逢えるなんて思ってなくて、ビックリだったんだよ。

次に逢ったのはマルコラの町の幽霊屋敷——。

怖い話にシンバったら、悲鳴あげちゃってさ、焦ってたでしょ」



『お、おま、おまっ、お前、それ、今話さなきゃなんねぇ事なのか!?』



「シンバったら、私より怖がりで笑っちゃったよ。でもシンバと一緒なら、幽霊屋敷だって楽しかったよ。次に出逢ったのは、トンネルの中——」



『お前なぁ! もうちょっとマシな登場はできねぇのかっ!』



「まさか鼻血出すなんて思わなかった。あの時はごめんね、痛かったよね。ヘリオトロープの森では本気で怒ってたね」



『その自己中心的な性格直せ! もしくはオイラの目の前に二度と現れるな! じゃなかったら自分の考えを人に押し付けるんじゃねぇ! 迷惑なんだよ!』



「シンバ、怒ってばっかりだね・・・・・・シンバこそ、私の事、嫌いなくせに——」

そう囁いて、檻の格子を掴むディジーの手に、シンバの唸り声が強くなるが、俯くディジーの目から大きな涙がポタポタと落ちていくのを見て、シンバの鼻の頭に寄せられた皺が解けて、唸り声も消え始める——。



『だから! そうじゃねぇだろ! そうじゃねぇんだよ! 一緒にいちゃ困るんだ、迷惑だって言ってんだよ!』



『なんにも知らずに、オイラを英雄と誉め称えて来る奴らの事も、オイラは何とも思っちゃいない。情もない。だからソイツらを殺そうと思えば、いつでも殺せる。ディジー、お前の事もな。オイラはそういう奴なんだよ』



『もしもオイラが、オイラじゃなくなっても好きか? オイラがモンスターみたくなっても好きと言えるか?』



『でもオイラが離れたいって言ったら? どうしても離れた方がいいって言ったら?』



「ごめん・・・・・・ごめんね、シンバ・・・・・・。

何度も話してくれてたのに、私、ちゃんと聞いてあげなかったね・・・・・・

もっとちゃんとシンバの話を聞いてあげてれば・・・・・・シンバがこんな目に合わずに済んだかもしれないのに・・・・・・どうして私は軽く一緒にいるって答えちゃったんだろう・・・・・・どうしてもっとちゃんと独りになろうとする理由を聞いてあげなかったんだろう・・・・・・ずっと傍にいたのに・・・・・・ずっと一緒にいたのに・・・・・・何にもわかってあげれなくて・・・・・・私・・・・・・シンバを独りにしてたんだね・・・・・・独りで辛かったね・・・・・・シンバ・・・・・・」

今、そう言って、涙を流しているディジーの、格子を掴んでいる手を、シンバが、そっと握る。顔を上げると、シンバが、直ぐ目の前にいる。格子を挟んで、直ぐ近く——。



『——わかったよ、なら、オイラが何か・・・・・・お前に似合うアクセサリー買ってやるから・・・・・・』



『オイラはお前と違って嘘はつかねぇ。約束は守る。だから・・・・・・心配しなくていい——』



『お前がいなかったらオイラが一人になるじゃねぇか。ずっと一人になるじゃねぇか』



『運命だったんだよ、お前が生き残るのは。いい運命じゃねぇか』



『わかんねぇ? わかれよな、ずっと一緒に行こうって言ってるんだよ』



『一緒に行こう、ずっと——』



『ああ、ずっと。お前、言ってただろ、オイラの傍にずっといるってさ。だから、オイラもずっとお前の傍にいてやるよ』



思い出せば思い出す程、シンバがどんな気持ちで一緒に行こうと言ってくれていたのか、傍にいると言ってくれていたのか、無理をさせてたんじゃないかと、ディジーは自分を責めてしまう。しかも、今、手を優しく握って来るシンバに、余計に涙が止まらない。

「ごめんね、シンバ。本当にごめん」

何度も謝るディジーに、シンバは、ディジーの手をペロっと舐めた。まるで、人として、優しくキスするかのように——。

「シンバ、慰めてくれてるの? ありがとう。あのね、聞いて? 私、傍にいるから。約束したでしょ? きっとシンバ良くなるし、元に戻れるから」

シンバは、ディジーが何を言っているのか、わからないのか、コテンと首を倒した。

それは獣が首を傾げるような仕草に似ている。

「あのね、シンバがここから出れないなら、私もここにいる。わかる? ずっと一緒」

ふと、見ると、シンバの腕が青黒い痣となって、腫れ上がっている。

麻酔の為の注射の跡だろう。一日に何本打たれてるのだろう。尋常な腫れ方ではない。

最早、人の扱いなど受けていないのだ。

ディジーが、檻の中に手を伸ばし、入れようとして来て、シンバはビクッとして身を構え、唸り始めた。

暴力も振るわれているのだろう、だから人の動きにビクつく。

「大丈夫、シンバ、大丈夫だから。私はシンバの味方だから。来て? 大丈夫。シンバが怖がる事なんて、私は絶対にしない。シンバを傷付ける奴は許さない。シンバを守るから。だから思い出して? 私の事、思い出して? こんな冷たい場所にいるから、忘れちゃったんだよ、人のぬくもり。思い出してほしいから、傍に来て」

シンバはまたコテンと首を横に倒す。

「わからない? シンバが好きだから。シンバが大好きだから。それだけだよ」

シンバは恐る恐るディジーに近付く。ディジーの呼吸する動きにさえ、ビクビクしながら近付き、今、檻越しで、抱き締められた。

まるで子供を抱くように——。

闇に迷う獣を守るように——。

そして愛する者を抱くように——。

ディジーはシンバを強く、そして優しく包み込むように、抱き締めた。

「シンバ、やっと傍に来てくれたね」

ディジーの優しい声に、シンバの瞳が一瞬閉じて、その開いた瞳が優しいブラウンに戻る瞬間、ディジーの腕の中から飛び出るようにして、離れ、また瞳をブルーシルバーに戻し、威嚇しながら、唸り出した。

「どうしたの? シンバ?」

パチ、パチ、パチパチ・・・・・・

拍手に振り向くと、あのトルトが立っている。

「いやぁ、面白いものを見せてもらったよ。獣と人が、いえ、モンスターと人が愛を生むところ、ですか? くっくっくっくっく」

まるで実験器具でも見る目で、シンバとディジーを見ている。

「——お願い、シンバを助けて。檻から出してあげて。お願い!」

「くっくっくっ。彼を調査するチームのトップはわたしですから、それはできませんねぇ」

「どうして? 人を襲わないようにさせる! 大人しくさせるから! せめて人が生活できるような部屋にしてあげて? お願い! お願いします!」

「できないんだよ。わたしはそんな指示は出せない。彼は哀れな事に患者ではない。サンプルだ。患者扱いはできないのだ。確かに彼は可哀相だ。だが、わたしはトップの者として、そんな情に流された指示は出せない。これでもねぇ、部下に慕われるように頑張っているのだよ、部下の信用をなくす事はわたしにはできんよ。後は彼が逃げてしまうしかないな」

「——逃げる?」

トルトはニィッと笑う。

「最近、徹夜続きでねぇ。これから自分の研究室に戻り、仮眠をとろうと思うんだが、大事な檻の鍵を白衣の胸ポケットに入れとくとしよう。くっくっくっ。では失礼する——」

——え? なに? どういう事? 罠?

罠だとわかっていても、どうしてもシンバを檻から出したい気持ちが強い。

「シンバ、ここから出してあげる。待ってて?」

シンバはディジーをじっと見ている。

動物が、この人は信用できるのだろうか?と、そう考えながら、人を見つめる瞳。

「大丈夫、戻って来るから、待ってて? ずっと一緒でしょ? 直ぐ戻るから! 約束!」

シンバは微かにコクンと頷いてみせる。

「私の言葉わかったの?」

ディジーの表情がパァッと明るくなる。しかしシンバが頷いたのは偶然か、今のシンバはぼんやりしているようにも見える。

「待っててね! 直ぐ戻って来るから!」

ディジーはそう言うと、トルトの研究室に走った。

右も左もわからない場所で、闇雲に走り回るディジーの腕をパトが掴んだ。

「どうしたんですか、ディジーさん。幾ら元気になったとは言え、もう少し安静が必要です。一体、何処へ行く気ですか?」

「パトさん! トルトさんって人の研究室は何処?」

「え、どうしてですか?」

「いいから! 教えて! 早く!」

「はぁ、すぐそこですけど・・・・・・」

パトは直ぐそこの扉を指差した。

「ありがと!」

ノックもせずに、その扉を開けて、中に入るディジーに変だと思い、パトも中に入ってみる。そして、居眠りしているトルトの胸ポケットから鍵を盗むディジーを見てしまった。

「何をしてるんですか! ディジーさん!」

「パトさん、お願い! シンバを助けたいの!」

「駄目です! 幾らディジーさんのお願いでも聞けません! 鍵を返して下さい! そんな事をして泥棒ですよ!」

「言わなかった? 私は泥棒も同じなの。トレジャーハンターだもん!」

「トレジャーハンターと泥棒は違いますよ! そんな鍵、宝じゃないじゃないですか!」

「宝だよ!!!!」

ディジーは鍵を、手の中でぎゅっと握り、吠えた。

「ディジーさん・・・・・・」

「私にとっては失えない宝だよ! パトさんは違うの? シンバは仲間じゃなかったの? 世界中の金銀財宝より大切なものじゃないの? ねえ、パトさん!」

パトは何も答えず、黙っている。

「私、パトさんが檻に入ってても同じ事した。オーソさんでも、シュロ君でも、バルでも、ロベリアさんでも、セージさんでも、私、鍵を盗んだ。みんな、仲間だもん!」

「ディジーさん・・・・・・」

——仲間・・・・・・。

元はと言えば、僕のせいだ。

シンバさんにボディガードを頼まなければ、シンバさんは今頃、普通に旅をしていただろう。

確かに、ティルナハーツの研究は、今後の為にも必要で、それには、シンバさんは必要不可欠だ。でも、別のやり方がある筈!

「わかりました」

「パトさん?」

「本当言うとね、僕はトルトさんの遣り方に反対なんです。実は檻や麻酔の打ち過ぎ、それから催眠療法による無理な記憶を呼び覚ます事も、シンバさんの改善を考えると、いいとは思えません。シンバさんをサンプルと見るのではなく、患者として見て、シンバさんの協力のもと、ティルナハ—ツの研究を行うべきなんです」

「パトさん・・・・・・? それって・・・・・・」

「はい、シンバさんはサンプルじゃない、患者だ! 僕は仲間として、シンバさんを人間らしく戻してあげたいです! ディジーさん、行きましょう!」

「シンバを檻から出してもいいの?」

「はい! あんな檻から、シンバさんを解放してあげましょう!」

「ホント? ヤッタァ! パトさん、だぁい好きっ!」

ディジーは思わずパトに抱き付く。

「うわっ、ははは、静かにしないとトルトさんが起きちゃいますよ」

「平気だよ、さっ、行こ!」

「あ、はい。それにしても随分よく眠ってるなぁ。徹夜が続いたからでしょうか?」

そっと出て行く二人の音を聞き、トルトはパチッと瞳を開け、無音で笑い出す。

「くっくっくっ。引っ掛かってくれたか、パト・アンタムカラー。同情心の強い奴は、わたしのチームにはいらない。それに無意味な正義感と正論を述べる奴は研究の邪魔なだけだ」

言いながら、トルトは警備室に連絡をとる。

「大事な鍵を盗まれた。犯人は研究員のパト・アンタムカラー。女も一緒だが、彼女はサンプルと掛け合わす重要研究材料だ。傷付けず捕らえてくれ。恐らく檻に入ったモンスターの所へ行ったのだろう。よろしくな」

トルトは一人、微笑し、何らかの勝利を確信していた——。



「本当に、シンバさんを大人しくさせられるんですか? 麻酔をせずに?」

「うん、大丈夫!」

「なら、普通の入院部屋に移動させましょう、確か、空いてる部屋がある筈です、そこに移動して、他の研究員達にも大人しくしているシンバさんを見てもらってから、今後の事を話す事にしましょう」

「わかった!」

今、ディジーが檻の扉を開けた瞬間、シンバは疾風のように飛び出し、パトに襲い掛かった。倒れるパトの上に乗り、ギリギリと首を締めるシンバ。

「シンバ、やめて! パトさんはシンバの味方なんだよ!」

叫ぶディジーの声に、シンバはパトから、ゆっくりと手を離した。

パトは咳き込みながら、落としてしまった眼鏡を探す。

シンバは自分の足元に落ちている眼鏡を拾い、パトに差し出した。

「あ、有り難う、シンバさん・・・・・・」

首を絞められたのに、パトは、眼鏡を受け取ってお礼を言うと、シンバは微かに首を左右に振ってみせた。

「ねぇ、今、シンバ、首振った? さっきも、ちょっと頷いて見せたの。言葉、ちゃんと理解できてるのかも! ねぇ、シンバ? 言ってる事、わかる?」

ディジーはシンバに駆け寄り、そう聞いてみるが、シンバは無表情で何の反応も見せない。

「もしかしたら、シンバさんは人としての思考を戻しつつあるのかもしれません。僕の事も噛み殺すとか、喰らうとかじゃなく、首を締めた。それは人としての殺し方ですよ! ディジーさんが傍にいる事で、シンバさんが元のシンバさんに戻って来てるのかも。でもそれは何の根拠もなく、科学で説明もつけれないけど・・・・・・」

「あのね、私、考えたんだけど、ディジーの花で、シンバを元に戻せないかな? パトさん、言ってたじゃない、ディジーの花の香りは不思議と生物の凶暴化を和らげるって」

「それも考えてはいるんですが、ディジーの花が何故、狂暴化を和らげるのか、解明できてないですから、使うにしても、どう使えばいいのか・・・・・・」

「そっかぁ・・・・・・」

「僕の弟の所へ一度行ってみましょう、植物の事ならヤーツの方が詳しいし、ディジーの花の事で、何か聞けるかもしれません」

その時、銃を持った警備員に囲まれ、シンバは唸り声を上げる。

「——パト・アンタムカラー。鍵の窃盗容疑で、我々と共に来て頂けますか?」

「どうしてパトさんが!? 鍵を盗んだのは私だよ!?」

しかし、パトは全てを悟り、フッと笑った——。

「どうやらトルトさんの罠にまんまと嵌ってしまったみたいですね、僕は——。

妙だと思ったんです。あの目敏いトルトさんが居眠りしてて起きないなんて。僕はこれでもシンバさんの味方でした。トルトさん、いえ、トルトの奴、シンバさんの事、解剖とか体液採取とか、色々と提案してて、僕、そういうの反対してたんです。だから僕を邪魔に思って・・・・・・」

「って事は、私を利用して、最初からパトさんを!? シンバも逃がすつもりなんてなかったって事!? 許せない! アイツ元々許せなかったけど、ますます許せない! こんな所、強行突破だよ!」

流石、武術の心得のある者、ちょっとした隙間を見つけて、まるで猫のように、シンバとパトの手首を持って、ディジーはスルリと通り抜けた。そして全速力で走る。

しかし、逃げてる道は階段を上っている。

「ディジーさん、僕達、逃げてるようだけど、追い詰められてるんです! 上は屋上ですから!」

「だからって止まれないでしょっ!」

結局、屋上の一番端迄、追い詰められ、これ以上、逃げれなくなった。

警備員達を掻き分け、トルトが現れる。

「くっくっくっ。さぁ、餌の時間だ、大人しく檻へ戻るんだ」

トルトは右手にモルモットの死体をぶら下げ、そう言った。

「トルトさん、まさか・・・・・・まさかアナタはシンバさんに、そんなものを食べさせてたんですかぁっ!!」

「そんなものとは失礼だな、パト君。ああ、そうか、人肉でなければ御馳走ではないと言うのだね? そうだね、モンスターの餌だものねぇ。しかし、今ここで、それは用意できませんよ。それとも、キミが餌になるかい? パト君?」

「アナタこそ、モンスターですよ。シンバさんを手懐けようと、無理矢理シンバさんを押さえつけ、限りない拷問をし、僕が気付いて止めさせていなければ、殺していた——」

「くっくっくっ、相手はモンスターだ。あれくらいで拷問とは言わんだろう。あの時も君が止めなければ、そいつは今頃、私に懐いていたのにな。本当に邪魔な奴だ、お前は!」

突然、ディジーは両手を構え、ファイティングポーズをとった——。

「ディジーさん?」

「パトさん、シンバを連れて逃げて。私、アイツ許せない。今直ぐに殺してやる!」

そう言ったディジーに、警備員達は一斉に銃を構えた。しかし、

「やめろ。彼女は重要研究材料だと言っただろう。モンスターの子を生ませる道具だ。傷を付けてはならん」

トルトの、その台詞に、皆、銃を下ろす。

「トルトさん、あなた何を考えてるんですか」

「わからないかい? パト君。私は究極生命体になりたいのだよ。その為には——」

「アンタのくだらない野望なんてどうでもいい! どうせアンタは私に殺されるんだから!」

「ディジーさん、やめて下さい!」

「だってパトさんとシンバが逃げる為には、アイツを!」

「あんな奴を殺して、ディジーさんが殺人者になるなんて駄目です。そんなのシンバさんだって望まない筈! 一先ず、ここは大人しく捕まって——」

いきなり、シンバが無表情でディジーを抱き上げ、パトは何事かと言葉を失った。

警備員達も、トルトも、一体何をする気だと、複雑な表情で、只、見ている。

「ちょ、ちょっとシンバ? 下ろして? 重いでしょ? ねぇっ、シンバったら!」

シンバは無表情で柵を超える。

「ちょっと待って! 幾らなんでも飛び降りたら死んじゃうってば! シンバ? 飛び降りないよね? ね? いやぁーーーーっ! きゃあーーーーーーーーーー!!!!」

ディジーの言葉も虚しく、シンバはディジーを抱え、飛び降りた。

馬鹿な!と、トルトは余りの出来事に動けない。

パトも何も把握できずに呆然としたまま。

そして徐々に下から浮き上がって来るものが、全て姿を現した時、理解できた。

それは飛行船!

飛行船は空へ舞い上がり、下に落としたロープに、シンバが片手でディジーを抱き、もう一方の片手で、そのロープに掴まり、ぶら下がっている。

ディジーはシンバの首に手を回し、まだ悲鳴を上げている。

「眼鏡猿! サッサとせぬか!」

「早くロープ掴まんないと、置いてっちゃうよ!」

飛行船から聞こえる、その声はオーソとシュロ。

「どうだ! 俺様の飛行船ニュー・ハイ・ラティルス号だぜぇっ!!!! はっはっはっはっはーーーー!!!!」

セージの笑い声。

「いいから、しっかり操縦しなさいよ!!!!」

ロベリアの怒鳴り声。

「クルルルルルルルルル」

バルーンの鳴き声。

パトは急いで、あたふたとロープを握る。

圧倒されるがままの飛行船に、

「う、撃てぇーーーー!」

トルトのその合図は遅かった。

シンバ、ディジー、パトは引き上げられ、無事に飛行船に乗り込んだ。

「クルルルルルルルルル」

「バルーーーーっ、会いたかったよぉ!」

ディジーはバルーンを抱き締める。

「俺達だって、おねえちゃんやあんちゃんに会いたくてさ、でもパトさんの知り合いだって言ってもプラタナスの中に入れてくんなくて、なら上空から忍び込もうって、セージにぃちゃんの指示で、あのホバー船を飛行船に、みんなで改造したんだ。ロープで屋上に下りようとしてた所を、丁度、あんちゃん達の方から乗り込んで来たって訳!」

余程、扱き使われ、殴られ、怖さを知ったのだろう。シュロは自然にセージをにぃちゃんと呼ぶように躾されている。

「——と言う事は、この飛行船の元は僕のエアーバイク?」

パトは機内を見回す。

「それより、なんだかアンタ達、危機一髪って感じじゃなかった?」

ロベリアがディジーに尋ねた。

「うん、でも、よくシンバが飛行船に気がついたよね。助かったよ、本当に」

「そう。でもそのシンバは、今ボーっとしてるけど・・・・・・やっぱり、まだ?」

「うん。でもね、唸らないだけマシかも。本当に人とは違う表情を見せる時があるから」

「そう、もう駄目なのね・・・・・・」

「ううん、そんな事ない! ディジーの花でシンバを元に戻せないか、考えてるトコなの。ね、パトさん?」

「え、あ、はい、そうでしたね。セージさん、僕の弟の自称研究所へ行って下さい」

「ああ!? 何処だって? 地図で説明しろ」

操縦席近くにある地図に、

「ここです」

と、パトは指を差し、セージに教える。

シンバは一人、隅の方でクリムズンスターを抱え、ぼんやりとしている。

無表情で視点すら合ってなくて、とても痛々しい。

「シンバ、大丈夫だからね。言葉だって、感情だって、直ぐに取り戻せるから」

そう言って、ディジーはシンバの髪を撫でた。

するとシンバはコテンとディジーに寄りかかり、顔をディジーの胸に埋めた。それはいやらしさなどないと、誰が見てもわかり、シンバを責める者は誰もいない。

ディジーも突き離さず、シンバをそっと優しく抱き締め、髪を撫で続けた——。

やがて、飛行船はヤーツの研究所に降り立った。

その研究所、掘っ建て小屋の中に入ると、ヤーツが研究に没頭していた。

「ヤーツ」

「兄さん!?」

「ドア開いてたから、勝手にお邪魔させてもらったよ。へぇ、結構、いい設備が整ってるじゃない」

「まぁね。ところで、皆さんゾロゾロと、兄さんが引き連れて来たの? それとも連れられて来たの?」

ヤーツは、パトとそう話しながら、シンバを見て、

「あーーーー! そうそう!」

と、シンバを指差して、シンバに話し出した。

「今さっきね、調度、入れ違いに、キミを探しに来た男がいたよ。黒いフード付きマントを身に包んだ男だったけど、不気味に瞳が・・・・・・そう、今の君と同じ色を放っていたな。ソレ、流行のコンタクトか何か?」

ヤーツは今のシンバの状態を知らない為、気の抜けた質問をするが、シンバは答えれない。

だが、表情に歪みが出た。

「あの男の人は、キミの知り合いかい? フードの影から、光るのその瞳の色と、赤髪が見えたけど」

ヤーツのその台詞に、皆、空気が張り詰めるのを感じた。

勝手に食べ物を食らっているセージ以外はだが——。

「・・・・・・う・・・あ・・・ああ・・・うう・・・うあ・・・あああ・・・・・・」

頭を抱え、苦しそうにしながらも、シンバは何かを訴えようとし、必死で人の言葉を出そうとしている。

「シンバ? ねぇ、シンバが赤髪の男に反応してるんだよ! 逢いたいんだよ! それでヤーツさんは、その男に何て答えたの?」

なにやら早口で、急かせて尋ねて来るディジーに、

「な、なんてって、正直にそのまま答えたよ。彼なら、もうずっと前、ヘリオトロープの森に向かったよってね」

ヤーツはそう答えた。

ディジーはシンバを引っ張り、外へと出て行く。

「あ、待って下さい、ディジーさん!」

「兄さんこそ、待って下さい! なにやら様子が変だったように思えたんですが?」

パトは、ヤーツを、みんなを見た。

「みんな集ってる事だし、プラタナスでの出来事とか、シンバさんの今の状態とか、話さなきゃならない事を、話そうかな」

オーソ、シュロ、バルーン、ロベリア、セージ、そしてヤーツは、静かに、パトを見る。

「・・・・・・何もわからない状態でもあるんだ。みんなが知ってるように、シンバさんは、ビーストハンターとして旅をしていた。誰が見ても、ちゃんと思考がはっきりしていたし、ティルナハーツに犯されていたなんて思いもよらなかった」

「ティルナハーツに犯されている!?」

ヤーツが驚きの声をあげる。

「うん、シンバさんは確かにティルナハーツに犯されている。でも凶暴にならず、どうしてずっと旅をして来れたんだろう? それがわかれば、もしかしたらシンバさんは元に戻れるかもしれない。もしかしたら、ティルナハーツに犯された者が元に戻る結果が出せるかもしれない。多分、赤髪の男が何かのキーになってると思うんだけど——」

「パトさん・・・・・・」

シュロが、突然、パトの話を止めた。

「ん? どうしたんですか? シュロ君?」

シュロは、少し考え込む。そして、

「あんちゃんがビーストハンターになったのは、女の子を助けたからだ・・・・・・」

そう言った。

「女の子?」

「うん、俺があんちゃんに一緒について行く前に、ビーストに荒らされたルピナスで一休みしたんだ。その時に、あんちゃんから聞いた話なんだ。あんちゃん、言ってた、あの子に会ってなかったら、今頃、無差別殺しのシンバ・フリークスってなってて、誰からも恐れられてたかもしれないって。赤髪の男が全く関連しない訳じゃないだろうけど、でも、寧ろ、あんちゃんが元に戻るキーは、赤髪の男じゃなくて、その女の子にあるんじゃないかな?」

「シュロ君、その話、もっと詳しく聞かせて下さい!」

パトがそう言うと、シュロはコクンと頷いた——。



ディジーはシンバを連れ、ヘリオトロープの森へと来ていた。

「もうすぐシンバが捜していた赤髪の男に逢えるかもだよ?」

「・・・・・・う、う、あ・・・・・・うあ・・・・・・ああ——・・・・・・」

「嬉しいの? きっとすぐに喋れるようになるよ。赤髪の男に逢って話したい事とか一杯あるでしょ? この森って迷路みたいだから、赤髪の男もきっとどこかで迷ってるよ。まだ抜けてないと思うよ。だからもうすぐだよ。もうすぐ逢えるからね!」

人の言葉を失くしたシンバが、今、人の言葉を喋ろうとしている。

それ程迄に、赤髪の男に逢える事は、感情を高ぶらせ、込み上がらせる想いの程の嬉しさなのか——。

「あ、今、人影が見えたような・・・・・・ディジーの花畑けの方だよ、行ってみよ!」

それとも恐怖なのか——。

「う・・・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・・だ・・・・・・くっ、あ・・・・・・ああ・・・」

ディジーの花畑けの中央——。

黒いフード付きマントを身に纏う者が立っている。

ゆっくりと振り向きざまに、風でフードが外れた。

後ろで縛られている長い赤髪が靡いている。

——なんて綺麗な人・・・・・・。

今のシンバと同じ色の瞳と赤い燃えるような髪にディジーは見惚れてしまう。

「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!」

急にシンバが頭を抱え、悲鳴を上げた。

「シンバ!? どうしたの?」

ガタガタと体を震わせ、シンバは脅えている。

「シンバ? シンバ! どうしたの!?」

ディジーはシンバの震えている両肩を持った、その時、視界が暗くなる。

——影?

そして殺気!

ディジーはシンバを思いっきり突き飛ばす。

その瞬間、ザクッと、ディジーの右肩が裂け、血が噴射した。

赤髪の男が剣をディジーに振り落としたのだ。

ディジーは肩から右腕に流れる血を見ていた。

——熱い。肩が熱い。

——何故?

——これは私の血?

透き通る真っ赤な血は一面に広がり、真っ白な花びら達も赤くなる。

突き飛ばされ、尻を地につけて動けずにいるシンバも返り血で赤くなる。

そして脅えも震えも止まり、瞳の色がブラウンに戻っていた。

ディジーは、シンバの直ぐ目の前で倒れる——。

シンバの瞳がゆっくりと、赤髪の男を見上げ、

「なに・・・・・・するんだ・・・・・・」

声になってない声で、そう呟いた。

「シ・・・・・・シンバ・・・・・・? 言葉、取り戻した? 良かったぁ・・・・・・」

ディジーは、シンバのその声にならない呟きを、しっかり聞き取り、今の自分の状況を理解してないのか、喜んで微笑んでみせる。

「捜したぞ、同胞よ——。

いい匂いだ、花の香りに混ざった血の匂い。酔い痴れるよなぁ?」

シンバは左右に首を振り、再び脅え始めた。

「英雄だの、ビーストハンターだの、自分の強さを世界で認めさせているが、何のつもりだ? その癖、お前の正体を目にする者は少なく、風のように消えて行く——。

己の強さを風の噂で俺に伝えていたのか? フッ、お前が強くなればなる程、俺はお前を追う。その強さを噂で聞く度、お前を喰らいたくて、殺したくて、喉がカラカラだったよ。お前もそうだろう? その手の平のもので潤すがいい」

シンバは自分の手の平を見る。ディジーの血が流れる程にある。

「う、あ、うう、うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

「シ・・・・・・ンバ! 駄目だよ、折角・・・・・・くっ! うっ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」

ディジーは肩を押さえ、息を切らし、立ち上がった。そして赤髪の男を見据えた。

「——シンバの敵なの? なら私の敵! シンバを傷付けるなら、私が許さない!」

「まだ死んでないのか。面白いな、喰い甲斐がありそうだ、そう思うだろう? シンバよ」

赤髪の男はシンバを見て、二ヤリと笑う。

「シンバに話しかけるな! シンバを傷付ける奴は許さない! 許さないからぁーーーーっ!!!!」

ディジーは拳を握り締め、赤髪の男に飛び掛った——。

ディジーがちょっとでも動く度に、肩から血が噴射するのに、まるで何もないかのような動きで、赤髪の男に立ち向かう。

——なにをしている・・・・・・?

殴り飛ばされ、蹴り上げられ、弄ばれているディジー。

最早、肩だけの怪我ではない。

力の差も歴然としている。

だが、何度も立ち上がるディジー。

——なにをしている・・・・・・?

——なにしてるんだよ・・・・・・?

血が辺りに飛び散る。

ディジーの綺麗な白い肌が、真っ赤に染まっている。

それでも、形振り構わず、ディジーは立ち上がる。

——なにしてるんだよ?

——なにしてるんだよ!!!!!!

ディジーはシンバの盾になっている。壊れても、壊れようとしない盾に——。

——なにしてるんだよ!!!!!! オイラは!!!!!!

「やめろ・・・・・・やめろ、やめろ、うわああああぁぁぁぁぁぁぁやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

シンバは大事に持っていたクリムズンスターを鞘に入れたまま振り上げ、赤髪の男に飛び掛かった。

当然の事ながら、赤髪の男はそれを腕で受け止める。

「——抜けよ、シンバ。その方が楽しめる」

そう言った赤髪の男を、シンバはキッと睨む。

「もっと楽しもう。さぁ、クリムズンスターを抜け。何の為にクリムズンスターを渡したと思っている? お前なら扱えるだろう。俺と同じ、お前ならな——」

言いながら、赤髪の男も自分の剣を抜こうとした、その時、

「アル!!!!」

ロベリアの叫び声。そして、

「ディジーさん!!!!」

オーソの声。

今、オーソがディジーを抱きかかえる。

「オーソ・・・・・・さん・・・・・・?」

ディジーの目が見えないのか——?

「オーソ・・・・・・さん・・・・・・なの・・・・・・? シンバは・・・・・・? シンバは無事・・・・・・?」

「無事ですよ! 大丈夫です! それより早く手当てを!」

「私は・・・・・・平気・・・・・・だから・・・・・・シンバを・・・・・・」

「喋ってはいけない! 血が止まらぬ!」

オーソはディジーを抱え、急いで、ヤーツの研究所へ戻る。

シンバは、息を荒くし、その場に、只、立ち尽くしている。

「アル! アル・・・・・・何故ディジーを? アル? アルなんでしょう? あたしを見て! アル!」

赤髪の男はロベリアの声など、耳に入っていないのか、その目にはシンバだけを映し見ている。

「アル・・・・・・あなたはあの時のままなの? 変わらずモンスターのままなの? ねぇ、アル! クリムズンスターをシンバに渡したなら、もうあなたはモンスターじゃないんじゃないの? ねぇ、アル! 答えてよ! アル!!!!」

赤髪の男はクルリと背を向ける。

「——邪魔が入った。この奥の広い場所で待っている。言っておくが、シンバ、もう追い駆けっこは終わりだ。必ず来い」

そう言うと、奥へと消えて行く。

ロベリアは悲しい瞳の色をし、その背を見送る。

シンバも、赤髪の男の背が、森の奥へと消えるのを見て、反対方向へと背を向け、行く。

ヤーツの研究所へ行くのだろう。

「待って、シンバ! あたしも行くわ!」

ロベリアの言うアルファルドと、シンバの探して赤髪の男は同一人物だった——。

だが、まだ謎は残っている・・・・・・。



ヤーツの研究所、ディジーはベッドに横たわり、オーソの血を輸血してもらっている。

シュロは一生懸命、体中の血を拭き取っている。

「ディジーはどうなの? 大丈夫なんでしょう?」

ロベリアは震える声で、パトに尋ねる。

「・・・・・・時間の問題です。一体どうしてこんな事に・・・・・・今、O型のオーソさんの血を輸血してるんですが、ロベリアさんは何型ですか? O型なら——」

「あたしはABなのよ」

「いいから、わたしの血を全て抜き取るのだ!」

オーソが吠える。

「血があればディジーは助かるの?」

ロベリアがそう聞くと、パトは首を振った。

「生きていられる時間が延びる程度です・・・・・・あ、シンバさん! 目の色が戻ってるって事は元に戻れたんですか? 僕の言葉、わかりますか? シンバさんの血液型は何型ですか? O型なら——」

「オイラはB型だよ」

シンバは部屋を出ようとする。

「何処行くの!? シンバ!」

ロベリアが呼び止めた。

「——アイツが、アルファルドが待ってる。行かなきゃなんねぇ」

「なに言ってるの! あんな奴、もうほっときなさい! またモンスターに戻るわよ! アイツは何も変わってなかった、アナタは変われたんでしょう? いえ、元に戻れたんでしょう? 今は人としてディジーの傍にいなさいよ!」

ロベリアは、ヒステリックな声を出し、吠える。

「そうだぜ、あんちゃん。おねえちゃんの傍にいてやれよ」

シュロの冷静な声色も、怒りで震えている。

「なんで? なんでオイラが傍にいなきゃなんねぇの? オイラがいようがいまいが、死ぬ時は死ぬよ」

「クルルル! クルルルルルル!」

バルーンはシンバのまわりを目障りに飛ぶ。

「邪魔だ! 殺すぞ!」

シンバはバルーンを叩き落とした。バルーンは床に思いっきり打ちあたり、転がる。

「シンバさん、アナタが人としての思考を失った時、ディジーさんはアナタの為に一生懸命でした。仲間だからって、金銀財宝より大切なものって言ってたんです。アナタの為に殺人者に迄なる勢いでした! そんな彼女を、シンバさんはほっとくんですか!」

パトが眼鏡の奥でシンバを睨み見る。その瞳には涙が溜まっている。

「そんなのオイラ覚えちゃいないよ。生憎、人としての思考も感情もなかったからな。でも覚えてたとしても、オイラの知ったこっちゃねぇけどな」

「コラ、シンバ!!!! いい加減にしやがれってんだ! 俺様はよぉ、女を大事にしねぇ男は一番嫌ぇなんだよ! 大体、俺様はよぉ、お前をそんなろくでなしに育てた覚えはねぇぞ!!!!」

訳のわからぬ事を吠えるセージに、シンバは溜め息。

「オイラはアンタに育てられた覚えはない」

「ああ!? なんだと!? ああ、でも、まぁ、育てた覚えもねぇなぁ」

直ぐに納得するセージに、なら吠えるなと言いたくなる。

「シンバ! ディジーはアナタの仲間なんでしょ? あたしならいい。あたしなら、あなたの仲間とは言えない。だから、あたしなら見捨てられても納得する。あたしは、アナタを利用してたに過ぎない。アナタを餌に、アルに逢えるかもと・・・・・・だけどディジーは違うでしょ!」

「オイラは行かなきゃなんねぇ」

シンバが、そう言うと、もう何を言っても駄目なのかと、皆、静かになった。

「もう良い。シンバ、早く行け。ホバー船の中に、お前の荷物がある。わたしは今直ぐお前の息の根を止めたい。わたしの理性のある内に消えろ、二度とお前など見たくない」

オーソの静かなる怒りに、シンバが部屋を出る瞬間、

「仲間じゃないよぉっ!!!!」

シュロが泣き叫んだ。

「なんでわかんないんだよぉ! おねえちゃんはあんちゃんを仲間だなんて見てないよ! 俺達じゃ駄目なんだよ! 何人いたって、あんちゃん一人いなきゃ駄目なんだよ! 自分の気持ちに気付いてないなら、それでいいよ、嘘でいいよ、頼むからここにいてくれよ! あんちゃん!!!!」

シンバにしがみつき、泣きながら、訴えるシュロ。

シンバは払いのけ、何も言わずに、部屋を出て行った。

「なんでだぁーーーーっ!!!!!! なんで愛されてる事に気付かないんだぁーーーー!!!! 必要とされてるのになんでだぁーーーーっ!!!!」

シュロの、その最後の叫びはヘリオトロープの森にまで、響きそうだった・・・・・・。



ヘリオトロープの森。

ディジーの花が一面に咲いている場所。

一部だけ赤く揺れるディジーの花々。

——血の匂いがする・・・・・・。

その奥で、アルファルドはシンバを待っていた。

アルファルドは咲き乱れているディジーの花を一輪摘んで、グシャっと手の中で握り潰す。

そして、手の平で、花びらなどがバラバラになった花を見つめる。

「フッ、簡単に壊れるな。だからこそ、美しいのだろう。壊れかけは美しいものだ」

足音に、アルファルドは振り向く。

「・・・・・・来た・・・・・・か・・・・・・」

目を細めると、シンバの姿が近付いて来るのがわかる。

ニィっと笑うアルファルド。

「逃げずに来たと言う事は、お前は強くなったと言う事だな、シンバ」

アルファルドはマントを脱ぎ捨てる。

腕から、胸、腹、背、無数の傷跡が、体を覆っている。

「クリムズンスターの呪いを受けた証の傷だ。シンバ、お前にもあるだろう? クリムズンスターを装備すると、魂を無にした分だけの傷を負う。最強の剣だが、クリムズンスターは諸刃の剣、死に近いダメージを受ける。そして剣に思考が呑まれる。だが俺達の思考とクリムズンスターの呪いは似たようなものだ。喰いたい、殺したい、遊びたい。だから俺達は思考が呑まれず、剣と共鳴する。月の光を浴びた俺達なら、クリムズンスターを俺達の意思で扱える。

シンバ、ブルーシルバーの瞳を持つお前に出会えた時、俺は嬉しかった——。

覚えているか? 小さな村で、お前は嬉しそうに村人となる者等の肉を喰らってたなぁ。

しかし、お前はまだ幼すぎた——。

俺の相手にならなかった。だが折角逢えた同胞を殺すなど出来なかった。

お前なら俺を殺せる程になる強さを秘めていると悟ったからだ。

俺はお前に手を差し伸べた。酷く傷付けてしまったが、『——大丈夫か?』ってな。

そして、お前にクリムズンスターを託した。

その剣でしか、俺を傷付ける事はできない。俺に殺されたくなければ、クリムズンスターを装備できる程に強くなれ、お前の身を守れるのは、その剣だけだとな——。

そして、俺から逃げるお前を、俺は小さな村で見送ったんだ——。

今となっては遠い昔の想い出だよ」

アルファルドはシンバを見つめる。

もうあの頃とは違う。

背丈も体格も。

そして強さも——。

「シンバ、ここへ何しに来た? 殺されに来たのか? 殺しに来たのか? いや、違うな、孤独から抜け出しに来たんだ。お前は強すぎて、誰にも殺せやしない。死がないようで怖いんだろう? 永遠は光も闇も恐怖だ。だから、お前は殺されに来た。そして俺を殺しに来たんだ。それが俺達二人の約束だから」

シンバは不気味に肩だけ動かし、無音で笑っている。

「——楽しいか?」

「いや、思ってたより、随分と口数が多いんだなって思ってさ。想い出話さえ聞いてくれる人がいなかったんだな、アンタ。寂しかったんだろう? そう思われる程、ベラベラとよく喋るなぁって思ってね——」

「フッ、その通りだ、寂しかったよ。お前を追い駆けるのは長かったからな。しかし、それも今日でピリオドだ。永遠の恐怖も今日で終わるだろう」

「悪いけど、オイラはまだ永遠を感じた事はない」

その台詞に、アルファルドの表情が不快にピクリと動いた。

「だけど、もうアンタから逃げるのは終わりだ。必死だった。オイラはこんなに強いんだから追って来るなと、ビーストハンターの名を挙げ、影に潜んでるかもしれないアンタにメッセージを出してたが、英雄となってもソレは無意味だったな。

でもオイラはアンタと勝負しなきゃならない。もう逃げてられねぇ。アンタはオイラの大事なものを奪った。許さねぇ! 絶対許さねぇ!!!!」

「——大事なもの? あの無謀な女の事か? そうか、やっと死んだか」

「勝手に殺すな!!!! まだ生きてる!!!!」

シンバは剣を抜く。

「!? なんだその剣は?」

「長年使って来たオイラの剣だ。アンタと戦う為、ホバー船に戻って取って来た」

「何故クリムズンスターじゃない!?」

「言ったろ、オイラは永遠を感じちゃいねぇ。オイラは殺しにも、殺されにも来た訳じゃねぇ。アンタがオイラの大事なものを奪わなければ、オイラはまだ逃げてた。そう、オイラは死が怖い。殺される恐怖は、大したものじゃない。オイラよりも上がいるって事だからな。それはひとりじゃないって事だ——。

へっ、生憎、オイラにクリムズンスターは装備できないって事だよ」

「なんだと・・・・・・まだその程度のレベルなのか。そんなレベルで逃げずにここへ来て、俺に勝てると思っているのか」

「勝てるなんて思って来てねぇよ! あんたを絶対に許さねぇって勝負しに来たんだよ!!!!」

シンバはアルファルドに飛び掛った。

アルファルドも剣を抜くが、剣は使わず、飛び掛って来るシンバの腹に拳を打ち込んだ。

シンバの口から血塊が吐き出される。そしてシンバの頭を鷲掴み、大樹に叩きつける。

シンバの体は力無く地に落ちた。その木の幹には血が付着している。

「瞳もブルーシルバーにならんのか——。

だがな、始まったばかりだ。まだ倒れるのは早い。そうだろう? シンバ」

シンバはゆっくり立ち上がる。

アルファルドはまだ剣を使おうとはせず、蹴る殴るを繰り返すのみ。

やがてシンバは立てなくなる。そんなシンバの髪を鷲掴み、持ち上げ、膝で顎を蹴り上げた。一瞬シンバの視界は闇となる。そして、アルファルドは剣を持っていた事を思い出したように、剣の柄の部分で、額を殴りつけて来た。

痛さも極限迄来ると全く痛くない。

今、自分がどうなってるのかさえ、わからないが、まるでオルゴールの音色が繰り返し繰り返し——。

ネジがきれる迄、同じ音色が流れ続けるように、ディジーの笑顔が浮かんでは流れる——。



『あはははは、ねぇねぇ、びっくりしたぁ? 聞く迄もないかぁ。あはあはあはははは』



『あはははは、やーーーーい、怖いんだろぉ』



『あはは、鼻血も滴るいい男になれたじゃん』



『花の名前。ディジーっていうの。私、この花から名前貰ったんだよ』



『大体シンバが——・・・・・・そうだ、いい事考えちゃった。私、シンバと一緒に旅しよ』



『・・・・・・シンバ・・・・・・一緒に・・・・・・行こう・・・・・・ね・・・・・・』



『そっか・・・・・・私が言ったから・・・・・・頑張ったんだね・・・・・・バァーカ! 頑張りすぎでしょ!』



『いなくなんないよ。私、シンバにずっと付いて行くよ? 心細くなった時とか、独りだと思った時とか、振り向いてみて? 私がいるから。絶対に、私、いるから。傍にいる』



『ねぇ、シンバ。シンバが、邪魔だ、付いて来んなって怒っても、迷惑がっても、困られても、私は付いて行くから。何言っても付いて行くから。何言っても無駄だと思うよ?』



——ディジー・・・・・・



『シンバがシンバの事、嫌いでも、私はシンバの事、好きでいるから』



——ディジー・・・・・・



『勝手に離さないでよ。ずっと握ってて。簡単に離さないで』



——ディジー・・・・・・



『・・・・・・嫌いになんてならないよ』



——ディジー・・・・・・



『シンバが好きだから。いいよ、ずっと一緒だね・・・・・・』



——ディジー・・・・・・



『シンバが好きだよ』



——ディジー・・・・・・



オイラはこんなにキミに愛されていた。こんなにこんなに愛されていたのに気付かないで憎まれ口ばかり言って、オイラはキミを傷付けてばかり。

今なら抱き締め、好きだと言えるのに、全て遅すぎたね。

最後の最後まで、キミを見捨てたオイラを許してくれないだろう?



『シンバに話しかけるな! シンバを傷付ける奴は許さない! 許さないからぁーーーーっ!!!!』



——ディジー・・・・・・

そうなんだ、キミを傷付ける奴は許せなくて、アルファルドから逃げる事をやめ、それがキミへの愛だと——・・・・・・。

言い訳だね。

キミに愛されてる事が当然で、今、それが消える事が一番怖いんだ。

結局、一番怖い事から逃げる為に、オイラはここへ来た。

オイラは最初から最後まで逃げ腰で——。

だけど本当にキミを失うと思うと怖い。

オイラはキミの愛が必要なんだ。

もう一人じゃ駄目なんだよ——。



『有り難う』



誰だっけ・・・・・・?

あぁ、そうだ、キミはあの女の子だ・・・・・・

アルファルドから逃げて、最初に立ち寄った荒れ果てた町で、ビーストから女の子を助け出した。

あの女の子だ・・・・・・

でも、あの女の子がなんで・・・・・・



『有り難う』

涙を一杯流し、それでも笑顔で、女の子は礼を繰り返し繰り返し——。



——ああ、そうか・・・・・・。

全て運命だったんだね。

どうして早く気付かなかったんだろう?

ちょっとしたズレが、キミをディジーと思わせなかった。

ディジーはオイラに教えてくれていたのにな。

オイラ達の最初の出会いは10年前だと——。

ねぇ、どんな気持ちだった?

オイラがキミに気付かないでいた事。

今になって気付いても遅いと笑わないでくれ。

笑ってないで、オイラの話を聞いてくれ。

ねぇ、ディジー、キミに伝えたい事があるんだ・・・・・・。



「シンバ、立て」

オルゴールの音色は消え、アルファルドの声で現実に戻された。

しかし、立てる力など、シンバに残ってはいない。

仰向けで倒れたまま、虚ろな瞳をしている。

「シンバ、お前には呆れた。お前なら俺を殺せると思っていたが、俺に深い傷一つ負わせられない。それでも俺はお前の気持ちがわかる。俺とお前は同胞だからな。殺してやろう、シンバ。お前を永遠から解き放ってやろう——」

アルファルドは剣を高く掲げ、シンバの腹に落とした。

「————ッ!」

シンバは声にならない悲鳴をあげた。

「俺はアケルナルへ行く。あそこに辿り着いた者には至福の死が訪れると聞いた。伝説か神話か、御伽噺か。なんでもいい、俺も永遠から解き放たれたいのだ。確実なものでなくても、もうそれに頼るしかない——」

アルファルドは、そう言い残し、マントを拾って立ち去った。

シンバは残った力で、腹に突き刺さった剣を抜いた。

血は流れているだろうが、もう何処から流れ出ているのかさえ、わからない。

——もう駄目か・・・・・・。

ディジーの花が風で揺れる微かな音が、

『シンバ』

と、ディジーの声に聞こえる。

——ディジー、オイラ、もう駄目だ・・・・・・。



今、ディジーが目を覚ます——。

皆、ベッドのまわりでディジーを見守っている。

「・・・・・・みんな・・・・・・シンバ・・・は・・・・・・?」

「あんな奴! もう良いではないか! ディジーさんの傍にはずっとわたしがいます!」

オーソが力の無いディジーの手を握る。

「・・・・・・シンバに・・・・・・・・・・・・逢いたい・・・・・・」

「シンバさんはディジーさんを見捨てて行ってしまいました。もう忘れてください。ディジーさんには僕達がいますから!」

そう言ったパトにディジーは小さく首を振った。

「みんな・・・・・・シンバに・・・・・・怒ってるの・・・・・・? 何かあったの・・・・・・? シンバは本当はね・・・・・・とっても優しい・・・・・・んだよ・・・・・・」

「おねえちゃん、なんであんな奴庇うんだよ! あんちゃんはおねえちゃんがこうやって苦しんでるのを知ってて、ほっといて行っちゃったんだぞ! もう喋らなくていいよ、おねえちゃんがあんちゃんの事を庇う言葉を喋る分だけ、辛くなるよ!」

「・・・・・・シュロ君・・・・・・いいの・・・・・・私は・・・・・・シンバが・・・・・・助けてくれなかったら・・・・・・10年前に・・・・・・とっくに死んでたの・・・・・・本当は・・・・・・私・・・・・・なくした家族を・・・・・・探してた訳じゃないの・・・・・・生まれ変わりなんて・・・・・・どこかで信じきれてないもの・・・・・・私は・・・・・・生まれ変わった家族を探してたんじゃなくて・・・・・・シンバを探していた・・・・・・」

「それって、もしかして10年前、シンバさんが助けた女の子というのは、ディジーさんだったんですか?」

パトの問いに、コクンと小さく頷くディジー。

「でもだからって、シンバさんは今のディジーさんの助けにはなってないじゃないですか!」

「ううん・・・・・・私が・・・・・・勝手に付いて来ちゃったから・・・・・・オーソさんや・・・・・・シュロ君が・・・・・・シンバと一緒に・・・・・・いるの見て・・・・・・私も・・・・・・一緒に行きたいなって・・・・・・何度もシンバの前に現れて・・・・・・嫌がるシンバに・・・・・・無理矢理・・・・・・ついて・・・・・・来ちゃったの・・・・・・嫌われて・・・・・・当然だから・・・・・・」

「バーーーーカ。嫌っちゃいねぇよ」

シンバの声に、皆、振り向き、シンバの姿に息を呑んだ。

血のシャワーを浴びたように、全て真っ赤で、平然と立っているシンバが嘘のように見える。辺りに本物の血の臭いが漂うが、シンバの表情は明るい。

「いつからそこにいたのよ」

ディジーの手前、平然にしなければとロベリアはシンバに普通に尋ねる。

「一緒にいきたいなって辺りかな?」

シンバも普通の声のトーンで答える。

そしてディジーの元へ歩き出す。ポタポタと落ちる血が床を染めて行く。

今、ディジーの元へ辿り着いた。

「シンバ・・・・・・どうして・・・・・・血だらけなの・・・・・・」

「ああ、これ? 血じゃないよ。血だったら笑えねぇって!」

「でも・・・・・・」

「オイラは嘘はつかねぇって言ったろ。ディジーが心配する事じゃねぇから!」

「だって・・・・・・」

「ああ、もう、じゃあ、本当の事言うよ、ディジーを驚かせようと思っただけ。なのにディジー、なんか真剣っぽい話してたから、そんな気分じゃなくなったから驚かせなくなっただけ。なんかマヌケだよな、ここまで演出しといてさ」

ソレは嘘には聞こえなかった。自然な呼吸音とサラリと出る台詞。

しかし限りなく落ちる血が床に血の海をつくる。だが、誰一人としてシンバに手を貸す者はいない。今、ソレをシンバは望んじゃいない、皆、わかっているからだ。

「本当・・・・・・? 嘘じゃないって・・・・・・約束できる・・・・・・?」

「疑り深い奴だな。約束できるに決まってるだろ」

「じゃあ・・・・・・嘘じゃないって・・・・・・指きり・・・・・・」

「え、あ、いや、オイラ、手汚れてるし」

「いいの・・・・・・指きり・・・・・・」

シンバは手の平を自分の服で拭くが、服の汚れが更に手についてしまう。まぁ小指だけなら、まだ綺麗な方かと、シンバはディジーの小指に、自分の小指を絡ませた。

「・・・・・・約束・・・・・・」

「ああ、約束だ。オイラは嘘はつかねぇ」

「良かった・・・・・・本当に・・・・・・血じゃないんだね・・・・・・」

少し微笑んでみせるディジー。

「びっくり・・・・・・しちゃった・・・・・・散々シンバを・・・・・・驚かして来たのに・・・・・・最後は・・・・・・やられちゃったね・・・・・・」

「最後ってなんだよ、オイラはこれからだって、お前を驚かせてやるよ、散々驚かされたお返しはこれくらいじゃぁ足りないからな」

ディジーの小指から伝わるぬくもり。

「あのさ、ディジー」

「ん・・・・・・?」

「オイラ、渡したい物があるんだ。ほら、セントヒルタウンで欲しがってたピアス。あれ、実は買ったんだけど、ずっと渡しそびれてて、そんでもって受け取ったら、ディジーに伝えたい事があるから、聞いてほしいんだ——。

あれ? 確か右ポケットに入ってたと思うんだけど、左だったかな・・・・・・」

「・・・・・・シンバ・・・・・・指きり・・・・・・とらないで・・・・・・」

「ちょっと待ってろ、今——」

「いいの・・・・・・もういいから・・・・・・指きり・・・・・・してて・・・・・・」

「わかった、じゃあ、指きりしながら探すから待ってろ」

シンバがディジーの小指に再び、指を絡ませた時、

「・・・・・・私・・・・・・もう・・・・・・死んじゃう・・・・・・みたい・・・・・・」

ディジーはそう言った。シンバはピアスを探すのを止め、ディジーを見る。

「何言ってんだよ。オイラ達、ずっと一緒だろ」

「ディスティープルに・・・・・・一緒に・・・・・・登ったら・・・・・・シンバに・・・・・・途中から・・・・・・逢えなく・・・・・・なっちゃった・・・・・・あれ・・・・・・こういう・・・・・・事・・・・・・だった・・・・・・の・・・・・・かな・・・・・・全て・・・・・・運命・・・・・・なの・・・・・・か・・・・・・な・・・・・・」

「そんな運命、オイラが壊してやる!」

「・・・・・・本当・・・・・・?」

「ああ、ディジーとはまた逢えるさ。例え二人、離れ離れになっても、年老いて、寿命がきても、また生まれ変わっても——」

「また、逢える?」

その台詞は、ディスティープルで最後に出逢った時に吐いたディジーの台詞。

あの時は憮然とした態度で答えてやれなくて、後悔をした。

もしも答えていれば、また逢えたんじゃないだろうかと思ったからだ。

「逢えるよ! オイラは嘘はつかねぇ。約束は守る!」

シンバのその台詞を聞いたからなのか、それとも聞く前にか、ディジーは瞳を閉じた。

シンバの小指には、ディジーの小指がまだ絡まっている。温かいぬくもりと力さえ感じる。

しかし、もうディジーは微笑まない。

「ディジー? 嘘だろ? またオイラの事、驚かそうとしてんだろ? おい? ディジー? ・・・・・・くっ!」

シンバの瞳に涙が溢れ出る。

「お前はいつも勝手なんだよ! オイラはまだ何も伝えちゃいねぇし、ピアスも渡してねぇだろ! 欲しいんじゃなかったのかよ! おい、目を開けてくれ、笑ってくれ、ディジー、おい! 頼むから!! オイラの横でずっと笑っててくれよ!! ディジー!!」

シンバはディジーの体を揺さぶる。オーソは涙を堪え、シンバを止めた。

「よさぬか、シンバ。ディジーさんはもう——」

「離せよ!」

「聞くのだ、シンバ! ディジーさんは——」

「聞きたかねぇよ!」

「お前がそんなだとディジーさんの魂は彷徨ってしまうぞ! ディジーさんをゴーストに堕とす気か!」

「くっ! ・・・・・・うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

シンバは自分の泣き喚き声と共に気を失った——・・・・・・。



「あ、あんちゃん、目が覚めた? そろそろ目覚める頃だって、パトさんが言ってたからね」

ディジーが寝ていたベッドに寝かされ、傷口も手当てしてあり、服も綺麗になっている。

ディジーの花束を持って来たシュロは、それをベッドの横のチェストの上の花瓶に入れ、窓を開けた。

「風がね、気持ちいいよ」

ディジーの花びらが、風で、部屋に舞い込む。

優しい香り——。

あれから何日過ぎたのだろう。

全て夢だったと、そう願いたい。

包帯をしているものの、余り痛さを感じない。あんな大重傷だったものが、略、完治している事を考えると、かなり眠っていたのだろう。

シュロの穏やかな表情も、悲しさを克服した月日の流れを感じる。

「・・・・・・ディジーは?」

部屋の中舞う花びらを見ながら、シンバは起きて、一番最初に、ディジーの名を呼んだ。

「ヘリオトロープの森で眠ってるよ・・・・・・」

「・・・・・・」

「ねぇ、あんちゃん、あんちゃんは嘘はつかないんだろ? 約束は守るんだろ? 俺、あんちゃんのそういう所、やっぱ憧れる」

そう言ったシュロを見る。

「英雄のあんちゃんもビーストハンターのあんちゃんもカッコよくて憧れるけど、どんな約束も守るあんちゃんは一番カッコいい!」

「・・・・・・シュロ、オイラは嘘つきだから。嘘ついて、逃げてばっかで、結局、本当の気持ちさえ、ディジーに伝えないまま。英雄もビーストハンターも嘘。本当のオイラは逃げてるだけの臆病者なんだ」

「嘘じゃないよ」

そう言ったシュロを見る。

「嘘じゃない。おねぇちゃんを好きだった気持ちは本当でしょ? それにあんちゃんが今まで築き上げて来たものは、英雄もビーストハンターも嘘じゃないよ。あんちゃん本人だよ。守り抜いた約束だって沢山あるじゃないか。俺もね、これからは、もっとカッコいい生き方して行こうって思ってるんだ」

シュロの話し声に、パトが部屋に入って来た。

「ああ、目覚めたんですね。気分はどうです?」

シンバは俯く。

「良かった、目の色も普通で。ディジーさんがいないのに、シンバさんの目がブルーシルバーだったらどうしようかと思ってました」

笑いながら、パトはそう言い、シンバに近付く。

「シンバさん、愛は偉大ですね」

突然、そう言ったパトに、シンバが顔を上げると、パトはニッコリ微笑んだ。

「どんな学問も、知識も、愛の前は無力だ。ティルナハ—ツに犯されたシンバさんを、どんな医学でも治すのは不可能だと思っていました。でも手を差し伸べるだけで、どんな病も治る時がある。ディジーの優しい香りは、凶暴性を和らげるって、わかっていたのに、その香りが優しいからだなんて、考えてもみなかった。脳の仕組みとか遺伝子とか、そんなものじゃない、心なんですよね。僕はね、これからは心も研究に入れようと思うんです」

パトは、言い終わると、シンバの手の中に、赤いルビーのピアスを入れた。

「服、着替えさせた時に、出て来たんです」

シンバはピアスを見つめる。

今更、シンバの手の中にあるルビーのピアス。

「あら、思ったより顔色もいいじゃない、元気そうね」

スープを運んで来たロベリア。

「少し何か口にした方がいいんじゃないかしらと思って」

シンバはフルフルと首を横に振る。

「食べたくないの? あたしが作ったスープ、なかなか美味しいのよ? あたしね、これからは少し優しくなるの」

クスクス笑いながら、ロベリアは冗談っぽくそう言った。

「あたしね、ディジーのようになりたいのよ。ディジーはあたしを色っぽくて綺麗でいいなって言ってくれてたけど、そんなに綺麗じゃないって気付いたの。どんなに頑張って大人っぽくしたって、どんなに頑張って美しさを磨いたって、本当に必要とされる人にならなきゃ意味ないわ。必要とし、必要とされる。思いやりや優しさ、愛、そういうのって、目に見えないけど、どんな花よりも美しいものだってわかったの。あの子、本当、綺麗だったもの。美しさに自信のあったあたしも完敗よ」

ロベリアが、そう言うと、バルーンが、トコトコとやってきて、

「クルルルルルルルルル」

と、鳴いた。

「なぁに、当たり前って言いたいの? 見てなさいよ、バル、あたしだって、ディジーに負けないくらい綺麗になるんだからね!」

ロベリアはバルーンを抱き上げ、そう言った。

「よぉ、シンバ、やっと起きたのか。お前寝すぎじゃねぇか?」

オイルで顔を黒くしたセージ。

「今、ニュー・ハイ・ラティルス号の調子が悪くてな、まぁ、大した事ぁねぇんだが、整備してた所だ。今の内に整備しとかねぇとな、お前の為によ。これからは優しくなると決めた俺様だからよ」

「・・・・・・オイラの為に?」

「あぁ、使うんだろ?」

「・・・・・・使う?」

シンバが眉間に皺を寄せ、尋ねると、

「使わねぇのか? お前、行くとこあんじゃねぇのかよ?」

そう言われた。

——行くところ・・・・・・。

「今だけだぞ、俺様が気利かせて、お前の行きてぇ場所に連れて行ってやれるのはよぉ」

セージがそう言うと、オーソが、

「お前の一番最初に行くべき場所は、飛行船で行く遠い所ではない。シンバ、起きれるなら、わたしと一緒に来るのだ。ディジーさんが眠ってる場所に連れて行ってやろう。お前を待っておる、逢いたがっておるのだ」

そう言いながら現れた。

「オイラに・・・・・・逢いたがっている・・・・・・?」

「さぁ、早く支度しろ。外で待っておるからな」

オーソが出て行くのと同時に、シンバは、みんなの顔を見回した。

「みんな、あんちゃんが目覚める迄、この掘っ建て小屋にいようって決めたんだよ」

「失礼な! ここは研究所です!」

向こうの方で、シュロに突っ込みを入れるヤーツの声が聞こえた。

「どうして・・・・・・?」

シンバは、わからないと言った風に、口を吐いた。

「どうして? あら、仲間じゃない、あたし達」

「そうですよ、シンバさん。僕達は仲間」

「仲間のあんちゃんが、俺達には必要なんだよ」

「まぁ、その内起きるの待ってるくらい、俺様は寛大な心の持ち主だから、どうって事ねぇからよぉ」

「クルルルルルルルル・・・・・・」

バルが鳴いた後、部屋の中を舞うディジーの花びらが、シンバの手の中に落ちた。

まるで、ディジーが微笑んでいるかのよう——・・・・・・。

シンバはベッドから出て、オーソが待っている外へ向かった。

オーソはシンバが出て来ると、無言で歩き出す。シンバも何も言わず、オーソの背について行く。何も話さず、只、黙々と歩く二人。

やがてヘリオトロープの森の中へと足を踏み入れて行く。

迷う事なく、あのディジーの花畑けへと着き、その花畑けの中央辺りに、小さな十字架の形をした石が立っている所で、オーソは止まった。

「ここが・・・・・・?」

シンバの問いに、オーソは頷く。

「単なる十字架じゃねぇか。こんなのがオイラに逢いたがってるってのかよ」

「もういいだろ、シンバよ——」

オーソは穏やかな表情をしている。

「もういいだろう? こんなカタチになってしまったからと言って、お前の愛が変わるものでもないだろう? 今更と言うな、今だからこそ、素直になれ。シンバよ、わたしは素直に言うぞ・・・・・・」

オーソは空を見上げる。空に沢山の花びらが舞っている。

「シンバ、お前はディジーさんとお似合いだよ」

「おっちゃん・・・・・・?」

「認めなければなるまい? わたしもこれからは素直になると、ディジーさんに誓ったのだからな」

——これから・・・・・・?

「ああ、そうか・・・・・・みんな、この墓石に祈ったのか・・・・・・祈って、これからの自分を誓ったのか・・・・・・」

「お前は何を祈り、誓う?」

そう言ったオーソを、シンバは見る。

「オイラは・・・・・・」

ふと、手の中にあるピアスに気が付き、シンバはピアスを墓の前にそっと置いた。

——ディジー。

——見たかったな、キミがこのピアスをしてるトコロ。

——似合ったと思うんだ。

——うん、だから・・・・・・

「また逢おう、ディジー。オイラはキミを探す。必ずキミを見つけるよ。その前に、約束を守らなければいけない。だから、オイラの傍で待ってて——」

オーソは、そう言ったシンバを、もう大丈夫だと思い、頷き、その場を一人、立ち去る。

ディジーの花畑けで、花びらが舞う中、ディジーに包まれ、シンバはいつまでも墓に祈りを捧げ、誓いを続ける——・・・・・・。



ヤーツの研究所に戻り、シンバは、クリムズンスターと、そして後2本の剣を探す。

一つは自分が腰の鞘に入れ、持っていた剣。

もう一つは——・・・・・・。

その剣を、シンバはロベリアに差し出した。

「なぁに?」

「アルファルドの剣だ。アイツ、最後にこの剣で思いっきりオイラの腹を刺しやがった。ソレ、引き抜いて持って来た」

「気持ち悪いじゃない。何故そんなもの、あたしに?」

「さぁ?」

「さぁって、なんなのよ」

「オイラにはわからねぇよ。只、こうするのが一番だと思っただけだから」

ロベリアはシンバからアルファルドの剣を受け取り、柄の部分を優しく指で撫でた。

「もうバレバレって奴なのかしら?

アルはね、とても優しくて、正義感が強くて、冒険家で——・・・・・・。

大好きだった。

今から13年程前、あたしはシュロと同じ12歳だった。アルは16? 17? くらいだったわ。あたし達は孤児でね、でも孤児院が潰れる事になり、そんなに幼い子もいなかった為、皆、自立する事になったの。アルはあたしを妹のように可愛がってくれて、あたしは何処に行くにもアルと一緒だった——・・・・・・。

あの頃は、アルを優しいお兄さんと見ていた部分が多いと思うの。勿論、憧れもあっただろうし、初恋という感情もあったと思う——・・・・・・」



『アルーーーーっ! 待ってアルーーーーっ!』

『ローべ。走ると転ぶぞ』

『ハァ、ハァ、アル! 子供扱いしないで!』

『ははは、ごめんごめん』



くしゃくしゃとあたしの髪を掻き撫でるアルの手は、まだあたしには大きく感じていた。



『ねぇ、アル、ディスティープルに行くんでしょう? あたしも一緒に連れて行って!』

『ごめんよ、ローべ。俺はあの塔に運命を見る為でも、運命を賭ける為でもなく、運命を変える為に行くんだよ。ローべの運命まで変えたくない』

『運命を変える?』

『ああ、俺は強くなって、世界中の困ってる人達を助ける者になる。そんな器のでかい男になる為、自分の運命を変えてくる。今の俺は孤児という事に拘り、凄く情けない小さき者だ。そんな拘りも捨て、もっと世間でも認められるようになるんだ。その時はローべも一緒だ』

『本当?』

『ああ、約束だ』

『嘘吐かない?』

『ははは、俺が嘘を吐いた事あるか?』



あたしは首を横に振ったわ。

そんなあたしの頭を、またくしゃくしゃと掻き撫でてくれるアル。

あたしはアルの帰りを待つ為、ダジニヤの町で働き、毎日、ディスティープルに通ったわ。

今日はアルが帰って来るかもしれない、夜には帰って来るかもしれない、朝一番には帰って来るかもしれない、そう思いながら、毎日、ディスティープルを見上げていた。

数日過ぎた頃、アルは戻って来た。

でもアルはアルじゃなくなっていた——。



『アル? どうして瞳の色が違うの? ねぇアル? 本当にアルなの? ねぇ、アル? 何処まで登ったの?』

『一番上さ。ローべ、月が綺麗だったよ。さぁ、一緒に行こう? 俺達を孤児だと馬鹿にした奴等を見返す時が来たよ。神様が与えたくれた運命さ』

『アル?』



アルは本当に自分自身の運命を変えてしまった——・・・・・・。

変わり果てたアルが恐かった。

あたしは手を差し伸べるどころか、遠く離れて、アルについて歩いていた。

人を殺して行くアル。

ガルボ村でクリムズンスターを手にするアル。

血を舐め、肉は食むアル。

アルは最早人ではない。

モンスターだ!

何れあたしを殺すだろう——・・・・・・。



「今更、思うのよ。あの時、あたしがディジーのようだったら、アルは優しいアルに戻ったんじゃないかって。変わり果てたシンバを愛せたディジーのように、変わり果てたアルを愛して、受けとめてたら、アルは元に戻ったんじゃないかしら——。

馬鹿よね、あたし。アルから逃げた癖に、シンバがクリムズンスターを持ってるなら、あの人はモンスターじゃなくなったのかもって、期待して。

モンスターだろうと、モンスターじゃなかろうと、アルはアルだと見てやれなかった癖に、今更よね——・・・・・・。

でも、どこかで、アルはモンスターのままだとわかっていたの。だからあたしはシンバに付いて来た。クリムズンスターを持ってるシンバに必ず逢いに来るとそう思ったから。

それでも、ちょっとの期待と一杯の不安で、あたしがあの人に逢いたかったのは本当。

例え、モンスターでもね——・・・・・・」

ロベリアはアルファルドの剣を優しく撫でている。

全て今更だと思っているのだろうか——。

「アルファルドはアケルナルへ行くと言っていた」

「アケルナル? 川の果て、ですか?」

パトがそう尋ね返す。

「知っているのか? パト」

「ええ。えっと、確か・・・・・・、地図で言うとですね・・・・・・、ここです」

パトはテーブルの上に地図を広げ、高い山を指差した。

「流れの激しい長い川をのぼり、滝をのぼり、磁石もきかず、太陽さえ見えない樹海をくぐり、険しい山を登り、やっと川の果てに着くと言われています。死者が集る場所で、生きてる者が行く場所ではないと言う伝えもありますし、辿り着いた者には至福の死が訪れると言う謂れもあります。つまり大自然に殺されに行くようなもので、行っても何もありませんよ」

「ああ、あいつは殺されに行くんだ。凶暴になった自分が恐くて、幾ら殺しても殺される事のない恐怖が永遠に思え、変わり果てた自分がして来た行為に、誰が愛してくれるだろうって、孤独を感じてる。モンスターなんて、この世に存在しない。なのに存在してしまった悲しみに苦しんでるんだ」

「あたしのせいだわ・・・・・・」

ロベリアは尚もアルファルドを愛するべきだったと、自分を責めている。

「でもアルファルドさんという方は、ディスティープルに登って月の光をどうやって浴び、ティルナハ—ツに犯されたんでしょうか? 16、17歳の年齢なら、かなりの月の光が必要となりますよ。精神的になんら大人と変わらない年齢ですから」

パトが考えながら、そう言った。

「ディスティープルの中は迷路だった。でも人それぞれ景色が違うようだ。オイラはブロックの普通の迷路だったが、ディジーは木々があり、花も咲いていると言っていたから、森のようだったんだろう。

——例えば、アルファルドが目にしたのが鏡の迷路だったら?

一番上まで辿り着き、そこは次へ続く階段がなく、そのまま空だった。偶然フルムーンで、満月が幾つもの合わせ鏡となり——。

無限の月の光は、アルファルドの理性を破壊して、奴を獣のようにする時間を与えずに、一気に狂気につくり変えられた。

全てオイラがそう思っただけ。違うかもしんねぇけど」

「うん、僕もシンバさんの意見に頷けます。何の根拠もありませんけどね。でもそう考えると、ディスティープルはとても危険な場所ですよね。誰でも登る許可があり、もしも危険人物が何かの弾みで天辺まで登りつめたらと考えると恐いです。今回のような事が偶然でも奇跡でも、二度と起こってほしくないですから」

皆、パトの台詞に黙り込む。

ディジーの存在はそれぞれの中で大きすぎた。

そんな存在を失ってしまう事は、本当に二度と起こってほしくない出来事である。

「オイラ・・・・・・、アケルナルへ行かなきゃなんねぇ」

そう言ったシンバを、皆、見る。

「約束したんだ、アルファルドと。奴と戦うと約束したんだ」

シンバはクリムズンスターを、手に取り、見つめる。

「——アルを殺すの?」

ロベリアの声は小さく、呟きにも聞こえる。

「殺せるかどうかわかんねぇ。あいつは強いってもんじゃねぇから。だからアケルナルに着いたって、奴は死なない。オイラは約束を守る為にあいつに逢いに行く!」

「おうよ、それでこそ男だ。行く場所はアケルナルでいいんだな? 俺様のニュー・ハイ・ラティルス号は絶好調だぜ!」

セージが待ってましたとばかりに言った。

「アケルナルへの空のルートは難しいですよ。コンパスがききませんからねぇ。夜の星座で方向確認が必要です。行くなら夜ですよ! それに風のルートへ入ると、更に方向確認が難しくなります。風の吹く方向も読みに入れないと! 僕が星と風のナビゲーターになります!」

パトがそう言いながら、広げた地図を指差し、セージと相談し始める。

「わたしも共に行こう。アルファルドの魂に経のひとつくらい読んでやらねばな」

「あんちゃんが殺されるかもよ?」

「シンバなら、ゴーストに堕ちながらも、アルファルドを殺すであろう? その為の経だ」

「そうか、なら俺も行こうっと! 王になる者、平和な世界を築く為に、この世の不安は取り除いておかないとね。それをちゃんと自分の目で確認しなきゃ!」

「クルルルルルルル!」

「バルも俺と一緒に行こうな!」

オーソとシュロとバルが、そう話している。

「あたしも行くわ。もう遅いかもだけど・・・・・・アルに愛を伝えたい・・・・・・」

ロベリアも、そう呟き、

「みんな・・・・・・一緒にいってくれるのか?」

シンバが、みんなに聞いた。

皆、それぞれ顔を見合わせ、力強く頷いた。

「行こう、アケルナルへ——!」



その夜、ヤーツに見送られ、飛行船はアケルナルへ向けて飛びたった——。

飛行船を使えば、流れの激しい川も、滝も、樹海も、険しい山も、ひとっ飛びだが、飛行船自体を着地させる場所が山の麓近くに一ヶ所あるだけである。

パトの風読みと星の方向確認は完璧で、夜明け前にはそこ迄、辿り着けた。しかし、突風や嵐のような風など、風向きの悪いルートだった為、飛行船の羽が一つやられてしまった。

「アケルナル迄、直ぐそこです。僕はセージさんと飛行船の修理をしてます。シンバさんと一緒に行っても、役に立ちそうにないので、待ってる事にします」

「あたしもここで待ってる。シンバの応援もアルの応援も、どっちの応援もできないから。アルに逢えるといいわね。そしたら・・・・・・アルに・・・・・・ううん、なんでもないわ」

ロベリアはそう言って、言葉を呑んだ。

「伝えるよ」

そう言ったシンバを、ロベリアが見ると、

「伝える。もし連れて来れるなら、連れて来る」

と、シンバが、そう言って、ロベリアは、小さく頷いた。

「バルもここで待ってろ。俺は王としての責任を果たす為にあんちゃんに付いて行って、ちゃんと、この目で決着を見届けて来るから」

シュロがバルに、ここに残るように言い聞かせている。

「さぁ、急ごう。アルファルドは自分の足でここに来ると行っても、シンバが眠ってる間に旅立ってるんだ。とっくに着いてる可能性があるだろう」

オーソがそう言い、シンバは、セージ、パト、ロベリア、バルーンに、手を振る。

必ず戻ると——。

道のない険しい山をシンバとオーソとシュロは登って行く。

「このメンバーって、最初のメンバーだね」

シュロが笑いながら言った。

シンバは、ふいに振り向いて、立ち止まり、誰かを探し出す。

「あんちゃん?」

「ああ、いや、なんでもない、行こう」

後ろから軽やかに駆けて来て、

『わぁっ!』

って、驚かしに来るんじゃないかと、ディジーの姿を探していたのだ。

そして、ベッと舌を出して、走り去っていくディジー。

そこら辺に咲き乱れているディジーの花、それがまた、ディジーを思い出させる。

——きっと逢ったって、口喧嘩するんだろうな。

——それでもオイラは、キミに逢いたい。

やがて、険しい坂から、なだらかな斜面となり、そして夜明け——。

アルファルドを追い、今、目の前に捕らえた。

「アルファルド!!!!」

シンバの声に、アルファルドの瞳もシンバを映し出した。だが、

「・・・・・・まだ生きていたのか」

アルファルドの口調は面倒そうに呟いただけだった。

「約束の戦いだ!」

シンバは真剣だが、アルファルドは冗談を言うなと溜め息を吐く。そしてオーソとシュロを見て、鼻で笑った。

「雑魚を何人連れて来ようと同じだ」

「知らねぇだろ、仲間ってパワーをさぁ! ひとりじゃ何もできねぇけど、仲間がいれば何でもできるんだぜ! その上愛があれば、どんな勝負だって勝ち続けられるんだ!」

シンバは腰の剣を鞘から抜いた。

オーソも槍を構え、シュロも大鎌を振るう。

「フッ、下らないな。結果はもうわかっている。シンバ、俺を何度も幻滅させるな」

「勘違いすんなよ、アンタは、一度も勝ってない!」

「なんだと!?」

「アンタはずっと負けて来たんだ、負け続けて来たんだよ! 自分にな!」

シンバがそう言い終わるのが合図のように、3人、同時に攻撃を仕掛けた。

ガッキーーーーン!

アルファルドは素早く剣を抜き、片手だけで持たれた剣の刃で、シンバの剣、オーソの槍、シュロの大鎌を受け止め、容易く薙ぎ払う。

シュロはアルファルドの背後に回り込み、大鎌を振ったが、それはもう既に影。

オーソがそこだと槍を突いたが、簡単に払われ、腹に蹴りを食らい、跪く。

シンバの剣とアルファルドの剣の刃が重なり合い、押され押し、互い睨み合う。

「シンバ、折角、死を与えてやったのに、何故、生きようとする? モンスターのまま、それでもいいのか?」

「いいさ」

「——!?」

「オイラは、オイラが大嫌いだけど、こんなオイラをありのまま愛してくれた奴がいるんでね。そう簡単には死ねない!」

「お前を愛した者がいる? フッ、幻想だな。お前は俺と同じなんだ。生きてちゃいけない生物だ。誰からも愛されないモンスターなのだからな」

アルファルドの剣捌きが早くなる。シンバは押されながら、必死に剣の刃で受け止める。

——くそっ! どうしたらコイツに勝てる?

シンバに夢中になって攻撃するアルファルドの背中を、オーソが槍で突くが、鍛えられた細い身体全体についてる筋肉は、硬い鎧。掠り傷程度しかダメージを与えれない。

「あんちゃん、伏せろぉーーーーっ!!!!」

その声に、訳はわからないが、シンバは身を屈めた。

ブーメランのようにクルクルと飛んで来る大鎌。

グサッとアルファルドの胸に突き刺さる。だが、突き刺した大鎌の先は1センチも満たない。あっさりと引き抜かれてしまう。

「——先に雑魚を片付けるか」

アルファルドの獲物を狙う瞳が、オーソとシュロに向けられる。

——どうしたらいい? どうしたら勝てる?

シンバは剣を腰に仕舞い、背負っている剣を抜いた。

クリムズンスター!

——重い・・・・・・。

ズシッとする重さは手慣れない為。

——くそっ! どうして装備できないんだ!

「呪われし剣だからだ。この世を死ぬ程に呪ってみろ。お前のレベルなら装備できる」

アルファルドは、そう言って、鷲掴んでいたシュロの頭を離し、ドサッと地に落とした。

気付けば、ちょっとした隙にオーソもシュロもやられている。

——この世を呪う?

そんな事できる筈がない。

ディジーが存在したこの世界は、シンバにとって、大事な世界。

それに今となっては、シンバなりに、結構、気に入ってる世界なのだ。

「シンバよ、お前は何故、親となる者の肉を喰らった?」

シンバの鼓動が速くなっていく——。

「幼いながら、情さえ失い、独り哀しみに耐えていたのは何故だ? お前がモンスターのようになってしまったというだけで、お前の親はお前に何をした? 剣を向けたか? 銃を向けたか? それとも逃げたか? 思い出してみろ、お前は誰にも愛されない」

ドクドクと血流を感じる。シンバに何か異変が起きようとしている。

「全てはこの世が悪いのだ。月など存在する、この世が——。

だからお前は愛する者さえ失った——・・・・・・」

「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

身体中に刻まれて行く呪いの激痛に、シンバは悲鳴を上げた。

——殺せ・・・・・・殺せ・・・・・・殺せ・・・・・・

——殺すんだ・・・・・・殺すんだ・・・・・・殺すんだ・・・・・・

——殺せ!

——生きている者を殺せ!

——魂をも斬り裂け!

——全て無にするんだ!

シンバの思考が剣に呑まれて行く。

「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!」

身体に刻まれる呪いの激痛と呑まれる思考に、シンバは悲鳴を上げ続ける。



『シンバ』



暗い思考の中で、ディジーの花畑けに立つディジーの姿が、シンバを呼んでいる。



『シンバ、約束だよ』



——約束?



『また逢おうね』



——ああ、また逢おう。



シンバはどんなに暗闇で迷おうとも、ディジーを失う訳にはいかない!

——この世の暗闇を斬り裂いてやる!

——その先にあるのは光だ!

シンバの身体中に刻まれた呪いの傷は、不思議に塞がり、跡となり残る。

クリムズンスターは無重力のように軽く、シンバはアルファルドに構えた。

「——フッ、上出来だ。約束の戦いとなるな」

アルファルドは、そう呟き、二ヤリと笑う。

再び、シンバとアルファルドの剣の刃が重なり合う。

呪いにさえ勝てたが、アルファルドの強さは呪い以上——。

一旦、二人、後ろに飛び、離れる。

——本の一瞬でいい、一瞬の隙がほしい。

その時、シンバの背後から、驚く程の風がブワッと吹き抜けた。

風に運ばれたディジーの花びらが、アルファルドの目隠しとなる。

——そう、キミはいつもオイラの傍にいる。

最後に賭ける一撃! シンバはクリムズンスターを掲げ、高く飛んだ。

——ディジー、キミが好きだから。

今、クリムズンスターが、アルファルドの左肩から心臓を抜け、腹部迄、ザクッと入った。

「——終わりだ、アルファルド。長い旅だったな」

シンバはクリムズンスターをゆっくりと引き抜いた。

アルファルドの瞳がブルーシルバーからブラックに変わる。

そしてドサッと倒れた——。

「・・・・・・シンバ・・・・・・俺の血は・・・・・・赤いか・・・・・・? 俺は・・・・・・人間なのか・・・・・・?」

「あぁ、人間だよ」

「・・・・・・そう・・・・・・か・・・・・・」

アルファルドは笑ってみせる。

「シンバ・・・・・・約束を守ってくれたな・・・・・・」

「喋れる力があるなら、立てるだろ? ロベリアの所へ行こう。ロベリアは今もお前の事を想ってる」

「いや・・・・・・ローべには・・・・・・最後迄モンスターだったと・・・・・・伝えてくれ・・・・・・」

「どうして——!?」

「俺の・・・・・・最後の・・・・・・人間らしい・・・・・・愛情・・・・・・表現さ・・・・・・」

アルファルドは笑顔のまま、瞳を閉じた。

オーソとシュロは気を失っていたが、暫くすると、目を覚ました——。



戻ったシンバに、ロベリアは何も聞かず、シンバも何も口を開かなかった。

そして、皆で、アルファルドを地に埋めた。

ロベリアは、その地に、アルファルドの剣を刺した。

「——さよなら、アル。あたし、あなたを愛してたわ。多分、これからもずっとあなたを愛し続けるわ。ディジーの花のように、優しく、あなたを愛して行くわ」

オーソの経に紛れ、囁いたロベリアの台詞はアルファルドに届いたのだろうか——。

シンバは、ディジーの花を、2、3本摘み、アルファルドが眠る地に添え、祈った。

どうか必要だった愛が届き、安らかに——。

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