8. 辿られた記憶
ホバー船はプラタナスへ向かっていた。
シンバとオーソの関係はぎくしゃくし、パトとの別れも近付き、ホバー船の中はセージ以外の声は少なく暗い雰囲気が漂っていた。
プラタナスへ着き、パトが船から降りると、
「パトさん! 今迄何してたんですか!」
と、一人の研究員が態々、迎えに出て来た。
「ごめん、ごめん、グリティカンへ——」
「パトさんの話は後! 大変なんです! 急いで来て下さい!」
研究員はパトの腕を引っ張り連れて行く。
「面白ぇ事でもありそうだな!」
セージは、そう言ってホバー船を飛び降り、パトの後に続く。シンバも何だろうと、パトの後を追う。そして残りのみんなも——。
「パトさんがいない間、凄い生命体を発見したんですよ!」
「凄い生命体?」
「正確に言えば、凄い生命体を育てた、ですかね? 西大陸のストロア城エリアの南西に島があるでしょう? その島の湖の辺りで見つけたらしいです」
「——らしい?」
「はい、12人の研究員の内、帰って来たのは、たったの1人。その1人も今は集中治療室です」
「ちょっと、よくわからないよ。焦らずにゆっくりと説明してくれないか?」
研究員はパトに頷き、ある部屋のドアの前で止まった。
「じゃあ、とりあえず、その生命体を見て下さい。それと後ろの方々は——?」
そう言われ、パトが振り向くと、シンバ達が苦笑いして立っている。
「彼等は僕の仲間です。大丈夫、プラタナス内部の事を口外したりするような人はいないから」
と、パトがそう言って、研究員は頷き、シンバ達も部屋の中へ入れる事ができた。
硝子のカプセルの中、緑色の肌と髪の色をした小さな子供が眠っているようだ。
「これが凄い生命体?」
「はい、どう思いますか?」
「どうって・・・・・・色素に問題あるなくらいかな?」
「性別わかりますか?」
裸で眠っているのだ、それくらい見ればわかるだろうと思うが、
「——生殖器がない・・・・・・」
今度こそパトは驚いた。
「そうなんです、実は、この子は一粒の種子から育ったもので、そう、つまり、この子は植物なんです!」
「植物? ははは、まさかぁ」
パトはふざけたように笑ったが、直ぐに真剣な表情になり、
「餌は何を喰らうんだ?」
研究員にそう尋ねた。そのパトの表情は正に研究者。瞳の奥はデータ—を求めている。
「今の所、光と水で育ってます」
研究員はそう答えた。
「なぁパト、これは植物の進化って奴か?」
シンバの問いにパトは首を振る。
「これは変異です。進化と変異は違う——」
パトの表情は暗い。
「餌が光と水だけなら食虫植物の変異型ではなさそうだ。しかし妙だ、こんな急激な変異が起きるなんて。植物が人の型を成すなんて考えられない。で、この植物の知力の方はどうなんだ?」
「殆ど眠っているだけだから何とも言えませんが、知力自体は我々人間の方が上だと結果は出ています」
「知力自体は、か。という事は人間にはない備わった能力を持っている可能性はあるかもという事か。かなり優れてそうだ——」
パトは悩んでいるような、困っているような表情を出す。
「ねぇパトさん? 何かヤバそう?」
ディジーがそう聞くと、パトは頷いた。
「この事態は人類の危機の一歩です」
パトは人型の植物を見つめ、話し出した。
「生物の存在理由って知ってますか? 生物にはそれぞれに大切な役目があります。一人では生きられないでしょう。皆、協力し合い、その役目を守らなければなりません。人間に与えられた役目は、他の生物にない、優れた知力です。それが皆で生きて行く為の人間に与えられた能力なんですよ。もしも、この星に人間の存在がなかったら、どうなっていたと思います? 案外、うまくいってたんじゃないかと考える人もいますが、それは違います。自然をうまくコントロールする生物が存在しないと、生命というのは弱いもので、あっという間に滅びてしまいます。僕達は、この星に住む生物達をうまく導いてあげなきゃいけないんだ。この星の人間は自然を愛し、これ以上の便利さを求める事もなく、科学の発展も何かを失い、生まれるものなどなかった。しかし、それが不運となり、第二の月の発見が遅すぎました——。
もしも科学技術で人類がもっともっと高度文明を築いていたら、第二の月など、素早く発見できた事でしょう。人間は自分の存在の役目を果たせないでいるんです——。
だから、もう、この星に住む生物を導く者は人間ではないと、新人類が誕生しているのかもしれません」
「——だとしたら、オイラ達人類は、次に何の役目を果たせばいいんだ?」
シンバの問いに、パトは、
「そうですね、死んで土になる事ですかね?」
誰も何も言えない答えを返した。シンと静まる。
「下らない理論を思いつくね、キミは」
その重い沈黙を破ったのは、あのトルトという嫌な研究員だった。行き成り現れ、
「植物の人型か。こんな下等生命体が新人類だと? もっと身近に存在する究極生命体のサンプルに気付かぬかねぇ」
と、シンバをニヤニヤしながら見つめ、その部屋をあっさり出て行ってしまった。
「トルトさんは何しに来たんでしょうか? まぁ、それはいいとして、この植物の人型の種子はどこで手に入れたって? 僕もその場所の植物を見てみたい」
パトが研究員に尋ねる。
「西大陸のストロア城エリアから南西に浮かぶ島にある湖の辺りですよ。そこに棲息するビーストは凶暴過ぎるみたいです。さっきも言いましたが、12人中、生存者は1人ですから。それと行くならば、橋が壊れてて、エアポートへの道は通行止めになってるので、船を手配するか、またはエアーバイクで、途中まで行って、別のエアポートから行くしかないです。しかも今、この島への航路の途中の海域で台風が発生してるらしいですから、港からは船を出してくれないかもしれませんよ。プラタナスのヘリは、この島へ向かった研究員が乗って行って、なんとか帰って来た一機も修理中です」
その説明を聞いて、パトは苦笑いして、セージを見る。
「セージさん、ホバー船で連れて行ってくれますか?」
「おう、面白そうだからな、俺様も付いて行ってやる! ホバー船なら、乗り換えなしの一直線だ! 有難く思えよ?」
「シンバさん、ボディガードしてくれますか?」
「あぁ、そうだな、パトは仲間だしな」
仲間と言われた事のお返しか、シンバは笑顔でそう答えた。
そして、再び、パトを加えて出発となる。
ホバー船の中、地図を広げて見る。
「ストロア城エリアから南西——、あった! この島ですよ!」
パトが指差した場所に、シンバは、
「オイラが住んでたマウレク村があった島だ」
と、低いトーンで呟いた。
「そうなんですか? 誰も余り立ち寄る事のない島ですし、村がそのまま跡を残してるかもしれませんね」
「・・・・・・そうだな」
シンバはパトに無理な笑顔で頷くが、その表情は作っているのが、よくわかる。
——何も残ってなければいい。
やがてホバー船は目的地付近に着く。
島は木々が生い茂り、ホバー船では入れない。
歩いての探索となった——。
「まるでジャングルですね。木に印をつけて進みましょう」
言いながら、パトは木に印をつける。
あちこちでディジーの花が沢山咲き乱れている。
「これだけの植物がありながら、僕達が毒ガスにやられないのは、このディジーの花のおかげです。それにディジーの花の香りは不思議と生物の凶暴化を和らげます。しかも毒ガスを取り入れ、美しい空気に戻してくれているんです。唯一、ティルナハ—ツに犯されない植物なんです。何故犯されないのか、まだ解明されてないんですけど、もしかしたら、僕達人間にとって、この花が最後の希望なのかもしれません。まだ人間が、この星の生物を導く者として存在できる可能性が本の少しディジーの花のおかげであるのですから」
「そんな大層な花だったのかぁ。うひゃあ、私と同じ名前ってのが何か引けるぅ」
「どうしてですか? ディジーさんの名前、とても合ってますよ。ディジーさんは本当にディジーの花のような人です」
蘊蓄をベラベラと喋り、ディジーを誉めるパトが、オーソは気に入らず、ずっと睨んでいる。
木に印をつけながら、奥へ奥へと進む。
ビーストはシンバが一人で一気に片付ける。
まだ怪我も治ってないが、凶暴以上に凶暴なビーストにも、たったの一撃で仕留める。
流石、英雄とも言われるビーストハンター。
しかし、何故、こんなにも凶暴となっているのだろう。
ふと、シンバは足元に何かを見つけた。
——ヌイグルミ・・・・・・。
そのヌイグルミを拾いあげると、
「シンバさん、村ですよ! 村の入り口に来たみたいです! 何処かに休める場所があるかもしれませんよ!」
パトが、そう叫んだ。
皆、パトに続き、植物に呑まれた村に入って行く。
只、植物に呑まれただけで、村はそのままの形を残していた。
——オイラの故郷、マウレク村・・・・・・。
シンバは幼い頃を思い出す。
友達が沢山いて、いつも遊びまわっていた。
悪戯で嘘をついた事で、友達が泣いた。
父さんが、その時、教えてくれた事。
『シンバ、嘘はつくな。約束は守れ。それが出来てこそ、格好いい男なんだぞ』
オイラは父さんのように格好いい男になりたかった。
だからオイラは近所の爺ちゃんに剣術を教えてもらっている事が嘘じゃないと、みんなに教えたかっただけなんだ。
『湖には行っちゃ駄目よ』
そんな忠告は無視して、
『今夜、集合だ』
オイラは友達みんなを湖に誘った。
湖の底にいるお化けを、教えてもらった剣術で、格好良く倒し、オイラは強いんだって所を見せたかった。
それと嘘つきじゃないと証明したかったんだ。
だって、みんな、言うんだもん。
年寄りに剣なんて扱えない。老人が剣術を教えれる訳ないだろ。シンバの嘘つきって——。
オルゴールの音色が聞こえる。
優しく柔らかい音色に誘われるまま、小さな家の中に入って行く。
「あ、シンバ。見て、このオルゴール」
ディジーの手の中でメロディを奏でるピエロのオルゴール。
「可愛いね」
ディジーはオルゴールを見つめる。
あの日も、このオルゴールは鳴っていた——。
とても楽しかった——。
——楽しかった!?
ああ、楽しかったじゃないか。
千切られた血管も、内臓が潰れる感触も、悲鳴と共に吐き出される血塊も、挽肉のように分解した心臓も、心を満たすものがあった。
ビーストが村を襲ったなどという嘘の記憶と確かな感触の真実の記憶——。
——父さん、嘘はつくなと言われたけど・・・・・・。
オイラはもう一つ嘘をつき、その嘘を隠すため、また、記憶を書き換えるだろう。
——この女の血はどんな味かなぁ。
「シンバ?」
ディジーが顔を上げ、シンバを見た瞬間、振り上げられたソードが、振り落とされた。
オルゴールの音色が終わる——。
「——くっ! ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」
息を荒くし、シンバは冷や汗を流す。
ディジーの手の中、ピエロが割れている。
「急に剣なんて抜くから何するのかと思ったら、どうして意地悪するの! 折角の可愛いオルゴールが——」
シンバはディジーを抱き締めた。
ディジーは突然の事に言葉を失い、シンバを警戒している。
割れたピエロが滑稽に床に転がり落ちる——。
「・・・・・・シンバ?」
「嫌いにならないでくれ」
「そんな事言うくらいなら意地悪しなきゃいいでしょ! ・・・・・・シンバ?」
ディジーを抱き締めて離さないシンバ。
強く強く抱き締める。
震えているのを隠すように、強く強く——。
自分の弱さを隠すように、強く強く——。
強く強く抱き締める。
何かを教えるように、強く強く——。
気持ちを伝えるように、強く強く——。
「・・・・・・嫌いになんてならないよ」
ディジーはシンバの全てを受け止めるように、優しくそう答えた。
するとシンバは、ゆっくりディジーから離れ、
「確かめてもいいか?」
と、ディジーに顔を近づける。
「え? え? ちょっ、シンバ? ま、待っ——」
その時、
「緊急大発見!! ミイラがあるって!! 今、パトにいちゃんが調査中!!」
と、シュロの大声が響き、ディジーはシンバの腕から、スルリと抜け出した。
束の間の沈黙——。
「ミイラだって。私達も行ってみよ?」
「あ、ああ・・・・・・」
——キスをかわされた・・・・・・。
その家を出て行くディジーに置いていかれる気分となる。
壁に貼られた埃だらけの写真を人差し指で、ピッとなぞると、笑顔の少年と男性と女性の顔が出て来た。
——父さん、母さん・・・・・・。
シンバは、その家を後にした。
そして、皆が集ってる場所に行く。そこには干乾びた死体がある。ミイラだ——。
「シンバさん、マウレク村はビーストにより襲われたんですよね? でも、このミイラの傷跡、ビーストの爪というより、刃物みたいなんですよ」
パトは言いながら、ミイラを更に調べようとしている。
「ビーストに襲われたのなら、きっと他にもミイラ化してる死体はある筈です。もっと、たくさんの死体があるかと思ったのに。誰かが運んだんでしょうか? シンバさん、この村には、何人くらい人が住んでました?」
「——パト、先を急ごう」
「え? だって、もう日も暮れますし、今夜はここで休んだ方がいいですよ。夜になると道に迷いやすいですし——」
「オイラはここにいたくないんだよ!!!! 一刻も早くここから出たいんだ!!!!」
物凄い剣幕で吠えるシンバ。
「そ、そうですよね。シンバさんにとって、ここは悲しい思い出の場所ですよね、すみませんでした、シンバさんの気持ちも考えずに・・・・・・先へ進みましょう」
ミイラの調査を止め、パトは先へ進む準備を始める。
皆もミイラの場所から動き出す。
そして、村を後にし、湖へと向かう。
ビーストの凶暴さが増していく。
昼間とは違う凶暴さに、シンバ一人で仕留めるのも一苦労となっているだろうが、シンバには余裕を感じる。
「ああ、ビーストの凶暴さが増し、強さも上がったのはフルムーンのせいですよ」
パトは木々の間から見え隠れする月を見上げた。
「本当、綺麗な満月」
ディジーも月を見上げ、呟いた。
「第二の月もフルムーンとして、この地に光を放ってるんです。フルムーンの時のティルナハ—ツは強力に生物を凶暴とするんですよ。でも妙だな、余りにも凶暴になりすぎてる」
パトの疑惑など無視して、シンバは先へ先へと進んで行く。
妙なのはシンバだ——。
やがて湖に着いた。
湖は不思議な光を放っている——。
「これはティルナハ—ツ・・・・・・?」
パトは湖の光に、そう呟いた。
湖に浮かぶ水花も、ティルナハ—ツを浴び、目に見えて、キラキラの粉のような、何かを吐き出している。
それはとても幻想的で、素晴らしく美しい光景。
しかし、それは毒ガスと光の輝きが、狂気へと誘う恐ろしい壊れかけの世界。
「凄い、凄いよ、ティルナハ—ツが目に見えて光ってるなんて! 水花の吐く毒ガス迄が見える程の強力なティルナハ—ツがここにあるなんて! 通りでここにいるビーストは凶暴過ぎる筈だ。でもどうして——?
そうか、ここの湖の水は全く汚れてなくて、鏡のようなんだ。それで月の光が反射して、全部で4つの月の光がここに集ってるって訳か!」
パトは自分自身に、そう説明し、一人、頷いている。
「・・・・・・なんか、俺、変だ・・・・・・」
シュロが額を押さえ、よろめく。
「そうか、シュロ君は子供だからティルナハ—ツに理性を壊されつつあるんだ。ヤバいな、シュロ君を早くここから——」
パトが言いながら、シュロに手を貸そうとした時、目の前に現れた植物の人型。
「・・・・・・これだけのティルナハ—ツを浴び続ければ急激な変異も起こりうる訳か」
そのパトに呟きに、植物の人型はカッと目を見開いた。
シンバは剣を抜く。
「シンバさん! 待って下さい! 相手は戦闘を考えてないかもしれません! 和解できるなら——」
パトが全ての台詞を吐く前に、シンバの剣は植物の人型を斬り裂いた。
まるで疾風のようなシンバ——。
次から次に現れる植物の人型。
一体、何年の月日、凄まじいティルナハ—ツを浴び、植物はそうなったのか、しかしシンバの手により、全滅へと向かい始める。
「シ、シンバさん?」
「くっくっくっ、この妙な生物を全て殺したら、次はお前達の番だ。くっくっくっ」
シンバの瞳はブルーシルバーに輝いている。
「シ、シンバさん? その瞳の色は? どうしちゃったんですか! シンバさん!!」
わからなくて、パトは泣きそうな声で吠える。
今、最後の一人となる植物に、シンバは止めを刺した——。
「つまんねぇの。悲鳴もあげないし、血も不味い。オイラ、やっぱり野菜は嫌いだ」
シンバは左手に塗られた緑色の血液らしいものを舐めている——。
「——誰? あれはシンバなの? 今、何が起きたの? ねぇ、どうして植物の人達、死んじゃってるの・・・・・・?」
全て見ていたが、何も信じられないのか、ディジーは誰かに問い掛けていた。その問い掛けに答えるかのように、シンバはディジーに微笑む。
まるで何も知らない無垢な笑顔で——。
「ディジー、言ってよ。オイラが好きだって。そしたらディジーは殺さないから」
ディジーは言葉を失っているのか、出せないでいる。
「——くっくっくっ、へへへ、あはははは! そうだよな? 言える訳ないよな? でもさ、凄く我慢してたんだ。ディジーの血の味が知りたくて。でもキスの味で我慢しようとしたのにさ、嫌がられて、かわされちゃったもんな。その柔らかそうな唇に舌を捻じ込んでさ、そんでもって、優しく囁くんだ。内臓も喰ってみたいな、ってね。あーーーーっはっはっはっはっはっはっは! いいんだよ、ディジー、そんな困った表情しなくても。もう好きだなんて言えって無理は言わないよ。おいで、ディジー・・・・・・。優しく喰らってやるからさ」
瞳を爛々とし、シンバはディジーに手招きをしている。
「あいつ、瞳をブルーシルバーに変え、思考があるようだ。獣のように唸りもしない。何故だ!? 人の言葉を話せるなら何故——!?」
今迄、瞳の色を変えたシンバは人の言葉を喋らず、唸り、薄笑いを浮かべている所しか、オーソは見ていない。
「彼の中に理性が造られて来てるんだわ。壊れた理性が新たに蘇ってるのよ! 狂った考えを持つ、その思考は普通だと造られて来てるんだわ! このままだと本当にあたし達殺されるわ! 逃げましょう!」
ロベリアはそう言うが、シンバの疾風のような動きに、どこまで逃げれるというのだろう。
「おい、何だかよぉ、偉ぇ事になってるけど、このガキ、どうするんだ? ああ!?」
セージは倒れてしまっているシュロを抱き上げ、緊張感のない声を出す。
「クル!!!! クルルルルルルルルルルルッ!!!!」
シンバに歩み寄ろうとするディジーを止めるように、バルーンが鳴き、ディジーの前を飛びまわる。
「・・・・・・バル、お前は本当に賢いのね。獣なのに変にならない。でもね、シンバだって変になってない。きっと元に戻るから」
ディジーがそっとバルーンにそう言うと、バルーンは、それ以上鳴かず、大人しくなった。
ディジーは一人、シンバに近付いて行く。
「ディジーさん!! 何をする気ですか!!」
パトが叫んだ。
「ディジー!!!! 戻りなさい!!!!」
ロベリアが叫んだ。
「ディジーさん!!!! 行ってはならぬ!!!!」
オーソが叫んだ。
しかし、ディジーは誰の叫びにも振り向かない。
バルーンはただ見守る事しか出来ず、セージもシュロに手一杯。
「へへへ、うへへへへ、いい子だねぇ、ディジー。言ってごらん? 優しくしてって。お願いって。そしたら苦しまないように一気に心臓抉ってやるからさぁ。へへへへへ。それとも苦痛を感じながら逝きたいか? くっくっくっ、あのね、ディジー、オイラ、ディジーの事が好きみたいだ。ディジーはオイラの事、嫌いだろう? 好きって言えなかったもんな。だからオイラが喰らってやる。ディジーの血と肉はオイラの血と肉になる。それでずっと一緒だ。ずぅーーーーっと一緒に行こう?」
ディジーはシンバの目の前で立ち止まる。
シンバは狂嬉しながら、剣を振り上げ、皆、目を伏せた。
剣が振り落とされる瞬間、
「シンバが好きだから。いいよ、ずっと一緒だね・・・・・・」
ディジーの囁く声がシンバの耳に届き、
「シンバが好きだよ」
ディジーの唇が、そう動いたのが、シンバのブルーシルバーの瞳に映った。
まるでディジーの花が風で揺れる音のよう——。
優しい香りだけを残し、散り行く花びら——。
そんな果敢ない花のように、優しい声だけを残し、ディジーはシンバに斬られ、湖に落ち、沈んで行く——。
ティルナハ—ツの輝きと、キラキラの粉を吐き出す水花の浮かぶ湖。
波紋が広がり、浮かび上がる鮮やかな赤い水の色。
それはとても幻想的で、素晴らしく美しい光景。
——なにをした?
——オイラは今なにをした?
——好きだと言ってくれてるディジーに、オイラは何をしたんだ!!!!!!
「うわああああああ!!!! ディジーーーーっ!!!!」
シンバは湖に飛び込んだ。
あの日と同じブルーの中・・・・・・。
湖には行っちゃいけないと両親に言われていました。
でも友達みんなで、真夜中、湖に行きました。
途中で怖くなって、みんな逃げちゃったけど、オイラ、一人で湖に来ちゃいました。
湖は綺麗でキラキラ光っていました。
覗き込んだら、落ちてしまいました。
持っていた剣も、服も、重くて、沈んでいき、苦しくて、もう死んじゃうと思いました。
目を開けると満月が見えました。
気付いたら、オイラは陸に上がっていました。
凄いパワーが漲って、村へ戻り、オイラが強い所を見せるつもりが、皆を殺すという形になりました。
父さんも母さんも殺しました。
ビーストが村を襲ったなんて嘘です。
これが本当の事なんです。
あの日の真実の出来事。
オイラは思うんです。
全ては神様からの贈り物なんじゃないかって。
凄いパワーも、クリムズンスターも。
だからオイラは生きている。
オイラは生きているんですよ・・・・・・。
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