7. 呪われし者
「あのっ! あの、セージさん! プラタナスへ行って下さい! 僕、もう戻らないと、休暇がもう終わりなんです!」
ホバー船の所まで来た途端、意を決してパトがセージに叫んだ。
「ああ!? プラタナスだと!? 行ってやってもいいが、ハイ・ラティルス号がビーストにやられちまってるから、修理しねぇとなぁ」
セージのそのセリフに、皆、
「ええーーーーっ!!!!」
と、声を上げた。
「セージ、そういう事は早く言えよ、どうすんだよ! ページェンティスの宿屋もホテルもビーストに潰されて、今更、城に戻り、ホバー船が直る迄の間、休ませてくれなんて言える訳ねぇし。特にシュロはラン王女と感動の別れをした所なんだぞ!」
シンバはセージを責めるが、
「うるせぇなぁ。小便垂れが」
と、セージはホバー船の修理を始める。
「早く直るように僕も手伝います!」
パトも修理を手伝い始める。
他の者は手伝いたい気持ちはあっても、知識がない為、無理だ。
シンバは、ふとオーソを見て、思い出した。
「確か、ここから南東にガルボ村がある! オイラは一度も行った事ねぇけど、噂では霊能力を伝えてる小さな村だ」
「ガルボ村? 遠くないなら行こうよ」
ディジーがそう言うと、
「いや、あそこは行かぬ方が良い」
と、オーソは真剣な表情。
「あそこは恐ろしいゴースト、いや、ゴースト以上の化け物が存在するのだ」
そんな事を言うオーソを無視して、皆、ガルボ村に向かう。
「お、おい、わたしの言う事を聞け! 呪われるぞ! あそこには近付かぬ方が良いのだ」
「セージ、パト、オイラ達、ガルボ村に行ってるからな」
セージとパトは返事の変わりに、シンバに手を上げて見せる。
オーソはゴチャゴチャとうるさいが、足はガルボ村へと向かっている。
30分程で、ガルボ村に着いた。
「あれ? なんかガルボ村の衣装の柄、オーソさんの帽子や肩の部分にあるものに似てる」
ディジーは言いながら、オーソを見つめる。
「きっ、気のせいですよ、ディジーさん、あんまり見つめないで下さい」
「ていうか、何やってんの? アンタさっきから?」
ロベリアが、挙動不審に、オーソがオドオドしながら、周りを気にして、木の影などに隠れているから、そう聞くが、オーソからは、
「隠れてなどいない!!」
と、意味不明な答えが返って来た。誰も隠れてるなど言ってもないのに。
「兎に角、皆、ホバー船に戻ろう! ここは危険だ!」
オーソがそう言った矢先、
「おや、ポルベニアさんの所のオーソじゃないか。随分と帰って来なかったけど、元気そうだね。早くその元気な姿、お母さんに見せておやり」
と、近所のオバサンらしき人が言うだけ言って、オーソの横を通り過ぎて行った。
シーンと静かになる一瞬。
「何故バレたんだ・・・・・・隠れていたのに・・・・・・」
そう言いながら、オーソは木の影から出て来たが、ほぼほぼ木の影から、はみ出していた。
大体オーソのその巨体、普通にいて目立つのだから、隠そうと考えるのが間違っている。
「ここってオーソさんの生まれ育った所? ねぇねぇ、オーソさんのおうちはどこ?」
ディジーは楽しそうにはしゃいでいる。
「い、いや、うちへは行かない方が——」
「早く早く! ね、ね、どっち、どっち?」
「あ、あっちですが——」
「あっちね?」
オーソはディジーに手を引っ張られ、デレデレしながら、教えたくないうちを教えている。
そして、一軒の古い家の前に来た。
「ここね?」
と、ディジーはドアを開ける。
「あ、ディジーさん、やめて・・・・・・」
オーソの弱気な口調。
「すいませーん! こんにちわー! 誰かいませんかぁー?」
ディジーの呼ぶ声に出て来たのは、太った大きなオバサン。
「あら、あら、どちら様で? うん? ん? オーソ? オーソじゃないか! オーソ!」
感動の母と息子の再会かと思えば、おばさんは持っていたフライパンで行き成りオーソを叩き倒した。
——うわっ、セージキャラだぞ、この人!
何故か一番脅えるシンバ。
「か、母ちゃん、痛い、やめて、母ちゃん!」
「連絡一つしやしないで! この子は!」
この時、オーソが言っていた恐ろしいゴースト以上の化け物とは、自分の母親の事を言っていたのだと、皆、悟った——。
「か、母ちゃん、仲間なんだ。シンバに、ディジーさんに、シュロに、ロベリア。それとバル。ははは、その、あの、何と言うか、ご無沙汰してました・・・・・・」
紹介されたので、皆で、軽く頭を下げると、オーソの母親はフライパンを掲げたまま、苦笑いで、頭を下げた。そして、皆、家の中にお邪魔する事となった。
オーソの父はソウルマスターとして、今、少し遠くの町に仕事に行っているらしい。
それとオーソには小さな妹がいた。
「嘘ぉー! オーソさんの妹なのに超可愛いーっ!!!!」
ディジーの、その発言に、オーソはガーンとショックを受けている。
「まぁ、まぁ、まぁ、うちのバカデカい息子がお世話になってるようで。ゆっくりしていって下さいねぇ」
オーソの母親は茶菓子を出して、にこやかにしている。なんだかんだ言って息子の帰りが嬉しいのだろう。
ディジーとシュロとバルーンはオーソの小さな妹と遊んでいる。
シンバとロベリアは出された茶菓子に手を伸ばそうとしている。
「ところでオーソ、家にずっと帰って来ないで、連絡も何もないし、お前、まさか使命を忘れたんじゃないだろうね!? 使命を果たせた様子でもないし!」
「か、母ちゃん、その話は今は——」
「なに? なんだってぇ?」
「は、はは、ははは、ははははははは、はは・・・・・・。シンバ!!!! 出かけるぞ!!!!」
オーソは行き成り、シンバにそう吠えた。
「なんで? オイラ、まだお菓子食ってないのに?」
「いいから来い! 外で待っておる! シンバ一人で来るんだ! 良いな!」
オーソの妙な迫力に、シンバは頷いた。
「全く、一体なんなんだい、あの子は! すいませんねぇ、本当に妙な子で」
オーソの母親にそう言われ、シンバは苦笑いで、外に出た。
「おっちゃん? どうした?」
「シンバ、この村にある祠に行く。一緒に来るのだ」
「は? なんで? ゆっくりしようよ。おっちゃんだって、久々の家なんだろ? ちょっとセージキャラだけど、優しいイイお母さんじゃないか、おっちゃんの母親」
「一緒に来るのだ!!!!」
「いいけど・・・・・・今ぁ?」
「今すぐだ!!」
「じゃぁ、みんなに言って来るよ」
「皆には言わずに行く!!」
「ハァ? なんでだよ? つーか、なんでそんな所に行く訳?」
「できれば行きたくないのだがな」
オーソが歩き出すので、シンバは溜め息を吐き、後を追う。
オーソの話を聞きながら——。
「わたしはこの村に来たくはなかった。理由は二つ。一つは母ちゃんが苦手でな。もう一つは祠の中で話そう」
その祠だろうものが見えて来た。
「この村は代々から伝わり、ソウルマスターが多い。この服の柄模様もゴーストの嫌いなもの。札みたいなものだ。代々から続き、受け継いだものは沢山ある。例えば——」
オーソは祠の中へ入って行く。シンバも後に続いて、中へ入った。
「気をつけろ、この祠はゴーストがウジャウジャいて、油断すると体を乗っ取られる。暗いからな、足元にも気をつけろ」
「あぁ、でも明るいものがフワフワしてて、別に見えねぇ訳じゃねぇよ」
「ほぅ、火の玉が見えるのか。流石だな」
「火の玉?」
「所謂、人魂だ」
オーソにそう言われ、人魂かよと、ゾッとする。
「あー・・・・・・何処まで話したかな」
「代々受け継いだものは沢山あるって所——」
「そうだ、それで先ず、この衣装の柄。そして技や術や経。まぁ、ゴーストを除霊する為に必要なものだ。そしてもう一つ、クリムズンスター。ソウルマスター達が長き間、封印して来た呪われし剣だ」
シンバの足が止まった。オーソは振り向き、
「シンバ、止まるな、付いて来い」
と、先へ進む。
「待てよ、だってクリムズンスターって? いや、それより呪われし剣って何だよ」
「いいから付いて来るのだ」
シンバは止まっていても仕方ないと気付き、オーソの後を追う。
「私はソウルマスターやエクソシストの様に術や経だけでゴーストを除霊するよりも、特殊な武器を使う技でゴーストを弱らせ、経で除霊するゴーストハンターをしておる。つまり、ソウルマスターやエクソシストは生きている者には何のダメージ効果も与えられぬが、ゴーストハンターは生きている者を武器で殺し、その者がゴーストに堕ちたなら、そのままバトル続行で除霊する事もできる」
祠の一番奥に着いた。そこは広く、何か祭ってあったようだ。
恐らくクリムズンスターを——。
オーソは振り向いて、シンバを見た。
「シンバ。わたしはお前を殺さねばならない」
シンバは何も言わず、オーソを見ている。
「心配するな。もしもお前がゴーストに堕ちたなら、その後も責任を持って、除霊してやろう」
オーソの瞳は真剣だ。
「わたしの使命は呪われし剣、クリムズンスターを元に戻し、その接触者を殺す事。
シンバよ、霊をも殺す武器は恐ろしい。その武器は生物の肉体を斬るだけでなく、魂という命を斬り殺してしまうもの。そして、そのクリムズンスターは全てを無にしてしまうものだ。わかるか? 宇宙(ソラ)の暗黒の視野の中に落とされた血の雫が剣となり、この世を無にしようと呪っている、それがクリムズンスターだ。その剣は誰も扱えぬ。
ハイプリーストだろうが、神官だろうが、神だろうが、その呪いを解く事は不可能であり、どんなソウルマスターもゴーストマスターも、ソイツを扱う者は狂う。余りにも強い闇の力で生きている者を斬り殺し続ける。シンバよ、お前はまだ人を殺してないだけマシだ。被害者が出る前にわたしが殺してやろう。殺されたくなければ、わたしを殺すしかあるまいが、お前の力ではわたしには敵わない」
オーソは槍を構え持った。
「・・・・・・ふぅん、おっちゃん、本気で言ってんの?」
「シンバよ、お前は自分が呪われてなどいないと思ってるだろう。だが、わたしはお前が呪いにかかっている姿を目にしている——」
——!?
「覚えておるか? 翼竜との最後の戦いを。お前は瞳の色を変え、薄笑いを浮かべ、時折、人を忘れたかのように唸っておった」
「嘘だ」
「嘘ではない。記憶さえないのなら、剣に思考を呑まれている証拠ではないか。シンバよ、お前は呪われておるのだ」
「・・・・・・わかったよ。そこ迄言うならサバイバルゲームだ。オイラは呪われてねぇし、クリムズンスターを返す気もない。オイラのその意見が通らないなら、殺るか殺られるかしかないだろ。残念だよ、おっちゃんとは仲間だと思い始めていたのに——。
おっちゃんがいなくなった後、みんなには何て言うかな?」
「シンバよ、もうわたしを殺った気でいるのか?」
「当然だろ。オイラを誰だと思ってるんだ? 今迄だって、目に見えてオイラの方が強かったじゃねぇか」
「フッ。敵となるとわかっておる者相手に、手の内を全て見せると思うか? シンバよ」
オーソは不敵な笑みを見せる。
「なんだよ、今迄、手加減してたとでも言うのかよ」
「あぁ。それにな、お前の戦術はお見通しだ。今迄、ジックリと観察させてもらったからな」
オーソは、そう言うなり、槍をクルクルとまわし、シンバに飛び掛った。
バトルスタート。
思っていたより、スピードも速く、槍を避けきれずに頬に擦る。シンバは舌打ちしながら腰の剣を抜いた。
「さぁ、呪われし姿を現せ! シンバよ、わたしを殺したくて仕方ないだろう?」
「それでオイラを挑発してるつもりかよ、そんな台詞吐かなくても殺してやるぜ!」
剣の刃で槍を受け止めるが、パワーで撥ね返される。パワーはオーソの方が上。
しかも今迄とは想像もないパワー。
槍を振り回すだけで物凄い風を起こし、シンバを襲う。
——バカな。防御してるのが精一杯だなんて。
——こんなにレベルが違ってたなんて。
——このオイラが、このオイラが!
シンバがただ構えるだけの剣の刃に、槍を打ち当てて来る。
そのパワーで剣が宙を飛ぶ——。
今だとばかりにオーソは槍をシンバの左肩から腹にかけて落とした。血が噴射する。
——血? オイラの血がこんな大量に?
シンバの手の中一杯に溢れる血。
「どうした、シンバ。もう終わりか? お前がいなくなった後、みんなには何て言うかな?」
そう言ったオーソをキッと睨んだ時、シンバの瞳に槍の先がキラリと頭上で光るのを映した。それは既視感——?
シンバの脳裏に見る似たシーン。
あれは——・・・・・・
『グルルルルルルルル』
まるで人という理性を忘れ、獣のように唸る。
その少年は脅えながら、誰に威嚇しているのだろう——。
『どうした? もう終わりか?』
キッと睨み上げた時、瞳に剣先がキラリと頭上で光るのを映した。
その剣を持っているのは美しい月のようなブルーシルバーの瞳を持つ赤髪の男——。
——なんだ? この記憶は?
獣のような唸り声をあげている少年。
——あれは誰なんだ? オイラ?
——違う! あれはマウレク村を襲ったビーストだ!
——いや、あれはビーストだったか?
——ビーストなんかじゃない、あれは・・・・・・
——あれはモンスターだった!
——オイラの姿をしたモンスターだった!
母さん、何故、そんなに脅えてるの?
父さん、何故、ライフルを構えているの?
何故みんな逃げるんだよ?
何故みんなこんなに簡単に壊れちゃうんだよ?
何故、こんな事になったんだ?
ブルーの中落ちて行くオイラ・・・・・・。
もう駄目だ、苦しい、助けて、息ができない!
オイラは確実に死ぬ——!
——なのに何故オイラは生きている?
「うわああああああーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「!? シンバ!?」
頭を抱え、苦しみに叫びながら、シンバは跪く。
オーソは何事かと、槍をゆっくり下ろした。
シンバの叫びも動きもピタリと止まり、そして、ムクッと起き上がった。
「・・・・・・へ。へへへ。うへへへへへ」
シンバは不気味に笑い、瞳は爛々とブルーシルバーの銀光を放っている。
「そうだ、シンバよ、それが呪われし者の姿であろう? 今のお前になら躊躇う事なく止めを刺せる。行くぞっ!」
オーソはシンバに飛び掛る。しかしシンバはスルリと躱し、落ちている剣を拾った。そしてシンバはパワー、スピード、戦術、全てを変えた。
避けれる筈の槍の先を態々、素手で掴み、手の平から溢れる血を嘲笑い舐めている。そして持っている剣は使わず、オーソの腹部をシンバの手が抉った。体内に埋め込んだ手をゆっくりと引き抜く。オーソは大きく開いた口から血の混じった涎を垂らし、声もなく、激痛に表情を歪めた。
シンバは楽しそうに笑い、手に付いた血と肉の破片を舐めている。
オーソは今一度、槍を持ち直す。シンバはオーソの動きに、威嚇し、唸り始めた。
「グルルルルルルルル・・・・・・」
鼻の頭に皺を寄せ、まるで獣のように喉を鳴らし、人を忘れきった声を出す。
そして人とは絶対に違う反射神経と勘。シンバは紛れもなく獣となっている。
姿は変わらぬままだからこそ、それはモンスターだ。
オーソに勝機はなくなった——。
しかし、シンバは突然、前のめりに倒れた。
「!? どうしたというのだ?」
「麻酔針よ」
ロベリアが現れた。
倒れたシンバの耳後ろ下辺りに細い針が刺さっている。ロベリアはそれを抜いて、
「あたしのダーツの方の腕前も中々でしょう」
と、オーソを見た。
「ロベリア、どうしてここへ——?」
「あなたこそ、何も知らないのに、シンバをここにつれて来るなんて、間違ってるわ」
「何も知らぬとは、どういう意味だ」
「あなた、アルファルドの名を知ってても、アルファルド本人を知らないわね。アルファルドという男の話を聞いただけ。違う?」
「その通りだ。ゴーストハンターとしてクリムズンスターを盗んだアルファルドという男を殺せ、そう使命を受けた。しかしアルファルドという男は死んだと風の噂で聞いてな、わたしはクリムズンスターを探し、シンバと出逢ったという訳だ。ロベリア、お前は何者なんだ?」
「あたし? 普通の女よ。でもあたしは知っている。シンバはクリムズンスターの呪いにはかかってないわ」
「何故そんな事がわかる?」
「何故? 簡単な事よ、クリムズンスターの呪いを見た事があるから」
「ロベリアよ、お前はアルファルドという男と知人なのか? アルファルドがクリムズンスターの呪いを受けたのを見たのか?」
「・・・・・・あの人が死んだと噂を流したのはあたしよ。あの人はもういないんだと思いたかったのよ。でも、あの人は生きている。シンバにクリムズンスターを渡したなら、あの人はもうモンスターじゃないかもしれない。何を期待してるのかしらね」
「もっと解り易く話してはくれぬか?」
「——その内ね」
ロベリアはシンバを揺さぶり起こそうとする。
「ま、待て、シンバは今の内に止めを——」
「駄目よ、シンバは殺させないわ。シンバはアルファルドを見つける手掛かりですもの。それにシンバはクリムズンスターの呪いは受けてないのよ。だからシンバをこんな所へ連れて来る必要もないの」
「ではシンバの瞳の色が変わり、獣のような唸り声をあげる姿をどう説明するのだ?」
「その症状は呪いとは違うものよ。あなたの使命には関係のない事。信じてもらえないかしら? でもシンバを殺すと言うのなら——」
ロベリアはオーソを睨み見る。オーソはロベリアともバトルになるのかと槍を構え、
「多少、傷を負っているが、お前相手に調度のハンデだろう。言ってみろ、殺すと言うのなら、なんだ?」
ロベリア相手に余裕の声を出す。
「ディジーに言いつけるわ」
そう来るとは思わず、オーソは槍を落とした。
「どうする? 今直ぐにあたしを殺す? でもね、ディジーに言って来た事があるの。あたしもシンバも戻らなければ、オーソが怪しいからねって。ディジーは、なにソレ?って笑ってたけど」
「——クッ! 小賢しい女だ」
「さぁ、戻りましょ、遅くなると、ディジーに怪しまれるわよ」
と、ロベリアはシンバを起こした。
目覚めたシンバの瞳はブラウンで、頭を押さえ、頭痛を訴えたが、雰囲気は、いつも通りに戻っていた——。
オーソの家に戻ると、二人の血だらけの姿に、オーソは自分の母親に、シンバはディジーに酷く怒られた。そして、手当てをしてもらう——。
ディジーはオーソの母親から薬や白い布を幾つか貰い、オーソの妹の部屋で、シンバに手当てをしていた。
小さな部屋に二人きり。
隣の部屋から聞こえる、シュロとバルーンとオーソの妹の笑い声。
その向こうから更に聞こえるオーソの痛がる声と怒鳴る母親の声。
そしてシンバの隣でブツブツと文句を言い続けるディジー。
「本当シンバってバカ! 何処でどう遊んでて、こんな死ぬようなダメージ受けて来るわけ? 肩から腹部辺り迄パッカリじゃない、筋肉なかったら大重傷だよコレ! シンバはオーソさんみたく筋肉ムキムキの大男じゃないんだから、オーソさんと一緒になって遊ばないの! わかった? ほら、ほっぺたも切れてる!」
「いってぇ! もっと優しくしろよ!」
「何言ってんの! 甘えないの!」
頬に薬を塗ろうとしたディジーの腕を掴み、
「もっと優しくしてくれ」
と、いつもと違う表情のシンバ。
ディジーはその表情と掴まれた腕にドキッとする。
「オイラがオイラの事を嫌いでも、お前はオイラの事好きでいると言ったな」
「え、あ、い、言ったよ」
「——今も好きか?」
「え、な、なに急に、別に好きだけど?」
「もしもオイラが、オイラじゃなくなっても好きか? オイラがモンスターみたくなっても好きと言えるか?」
ディジーは何も答えず、シンバを見つめる。
シンバはディジーから目を逸らし俯いた。
「——わからなくなった。いや、本当はわかっているからわからない真似してるんだ。
怖いんだよ、真実を認めるのが——。
本当の事知ったら、きっと、みんな、オイラから離れて行く。お前もいなくなる・・・・・・」
シンバがディジーの手を強く握る。震えているのがディジーに伝わる。
静かな沈黙に支配され、空気が重い。
「なーんてな。ははっ、今言った事、全部忘れてくれ。もう手当てもいいや。後は舐めときゃ治る。悪かったな」
パッとディジーの手を離して、急に軽い口調でそう言って、笑っているシンバ。
「シンバ?」
「気にしないでくれ。元々オイラ一人だった訳だし、今更、何言ってんだって感じ」
「シンバ」
「大体さ、オイラは一人が合ってるんだよな」
「シンバ!」
「やっぱオイラ、一人で旅してた方がいいや」
「シンバ!!」
大きな声で名を呼ぶディジーに、シンバは黙って俯いた。
シンバは、左手で、自分の右手首辺りを掴み、震えを自分で押さえつけてるように、握り締めている。
ディジーは、そのシンバの左手に、そっと手を置いて、
「勝手に離さないでよ。ずっと握ってて。簡単に離さないで」
囁くように、そう言うから、シンバはディジーを見る。
「シンバ、ずっと一緒に行こうって約束したじゃない。シンバが言いたい事はちょっとわかんないけど、シンバがモンスターでも好きだよ。何を心配してるの? みんな、シンバから離れてしまっても、私はいなくなったりしないよ。ほら、そんな心配なら、離さなきゃいいじゃない? 繋いだ手は何があっても離さないで」
と、シンバの手を握るディジー。
「でもオイラが離れたいって言ったら? どうしても離れた方がいいって言ったら?」
そんな台詞を言いながら、離したくないと、強く強く、痛いくらい、ディジーの手を握るシンバ。
「どうしても離れないよ」
強く強くシンバの手を握り返し、そう言ったディジーを見ると、ディジーは、
「だってね、シンバの事は10年前から好きだもん。だから、もう絶対に離してやんないんだ」
と、イタズラっぽい表情で笑って、ベッと舌を出すから、シンバは力が抜けて、ディジーの手を離して、
「10年前? 随分いい加減だな」
と、少し笑う。
「シンバこそ、ずっと一緒に行こうって約束したんだから、いい加減な事言って約束やぶんないでよね!」
「いい加減って! オイラはなぁ、オイラなりに悩んでんだよ!」
「悩む必要なんてないでしょ、ずっと一緒に、ずっと傍にいるんだから。そんな悩む必要ない事で悩むなんて、よっぽど悩みがないか、只のバカだよね」
「バカじゃねぇ!!!!」
「大きな声出せるくらい元気出たね? 後は舐めとけば治りそう」
「幾らオイラが舐めとけば治るって言ったからだとしても、少しは女らしく、最後まで、ちゃんと手当てしろよ! 大体、包帯の巻き方、雑過ぎ! 頬の傷はどうなったんだよ、消毒くらいしろよな!」
と、ブツブツ文句を言うシンバの頬に、突然、ディジーがキスをした。
シンバは文句を全部呑み込み静かになる。
「ハイ、ほっぺたの傷の手当て終わり。さ、みんなの所へ行こ」
ディジーは、その部屋を出て行く。
オーソも、まるで何もなかったかのような態度。
次の日、オーソが一緒に来る事で、シンバは複雑に思う。
——呪われし者。
シンバは赤髪の男を思い出していた。
『——大丈夫か?』
そう手を差し伸べてくれた赤髪の男——。
呪われし者にどうして手を差し伸べたのだろう?
それは同胞だからだろうか。
それとも、この記憶が間違っているのだろうか——。
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