もてるアイツは罪作り

Coconakid

もてるアイツは罪作り

 休み時間のことだった。

 池田いけだ君が教室の後ろで女の子三人に囲まれて、たじたじとなっている。

 それでも穏便おんびんに済まそうと池田君は愛想のよい笑顔を浮かべていた。

「最近、調子に乗りすぎ」

 きつい性格の真中まなかさんが冷めた目つきで責めている。すらっと細く背も高いから圧倒されて池田君はのけぞった。

 真中さんの両端には左京さきょうさんと右田みぎたさんが家来のように立っていた。

 その家来のふたりは池田君をただ見つめていた。仕方なく真中さんに合わせて立っているだけのようだ。

 左京さんも右田さんも池田君が本当は好きなはず。池田君といつも話すとき目が輝くし、意識しているのがはたから見ても丸分かりだ。

 この時、状況は責めていても池田君の側にいられる事は多少なりともふたりにとっては喜んでいるはずだ。

 池田君は確かにお調子者だ。でも明るくて誰とでも話すから気さくな性格が憎めない。さらに顔も整っていて、かっこいい――というよりもまだこの年頃は子供っぽさが残ってかわいい。

 あの人懐こい性格が合わさるとクラスの女の子は好きになってしまいやすい。

 中学にあがったばかりで、クラスはまだ男女の意識がなくみんなで和気藹々わきあいあいとしていた。そこに池田君のようなタイプが笑顔を向けて話しかけてくるから、話しかけられた女の子たちはすぐに心開いてとりこになってしまう。

 何を隠そうこの私もそうだ。

 だけどみんな心に秘めているだけで面と向かって池田君に好きだと告白した女の子は誰もいない。

 池田君ももてる事をわかっているのか、女の子に好かれるのをよしとするだけで別に彼女を作ろうともしてなかった。

 でもみんなチャンスがあれば池田君の彼女になりたかったと思う。だから池田君が誰と親しいのか、女子はつい気になってしまう。

 池田君が「ごめん、ごめん」と真中さんに謝っている声が耳に入ってくる。

 真中さんは池田君に一体何をされたのかわからないけど、気に入らない事があると真中さんははっきりと文句をいうから、女の子の間でも恐れられている。私も滅多めったに彼女とは話さない。

 真中さんは池田君のことなんて興味がないから、あそこまで強きに文句を言えるのかもしれない。まさか真中さんまで池田君のことが好きなはずがないだろうと、誰もがそう思いながらふたりのやり取りをこそこそとうかがっていた。もちろん私もその中のひとりだ。

 真中さんが怒りをぶつけても、池田君が最後まで腰低くヘラヘラしていたのでそれはすぐに事が収まった。

「気をつけてよね」

 真中さんは最後にそう言うと、まだくすぶった感情をもちながらも池田君から離れた。

 左京さんと右田さんも、池田君の顔を気にしながら真中さんの後をついていった。

 全てが過ぎ去ると、池田君は少しほっとして息をついていた。

「池田、一体何をしたんだよ」

 他の男子生徒が数人、ひとりになった池田君に近寄っていった。

 休み時間が終わるまで池田君はその男子生徒たちからかわれながら楽しそうに過ごしていた。

 次の席替えがあれば池田君の隣の席になりたいなと私は密かにそう願って、こっそりと池田君を見ていた。

 池田君が好き。その感情はどんどん膨れ上がっていく。

 そして午前の授業が終わり昼になった。この日、給食にプリンがついてきた。

「誰か、プリンくれ」

 自分の分があるのに池田君は女の子たちに声を掛ける。女の子たちは「いやよ」と断るけども、本当はあげてもいいと何人かは思っているはずだ。

 だって私がそうだったから。

「よぉ、鶴見つるみ、プリンくれ」

 ほら、池田君は私にも声を掛けてきた。何人かの女の子たちがこっちを見ている。これは抜け駆けするなと言う同調圧力だ。

「い、いやよ」

 他の女子生徒が言ったのと同じように断ざるを得ない。

 本当はあげたくても、あげてしまうとそこで池田君が好きだとみんなの前で言っているのと同じことだ。やっぱりそれも恥ずかしい。

「ちぇっ、太るぞ」

「放っておいてよ!」

 結局はいがみ合ってしまう。でもこれは私の気持ちを隠すためのカモフラージュ。

 そんなやり取りでも池田君は最高にいい笑顔を私にむけていた。だからこんな会話でも本当は嬉しくて仕方がない。それがちょっかいだとしても、もしかしたらとかすかな希望を抱いてしまうのだ。

 こんな調子で毎日私は池田君を目で追いかける。

 少しでもかわいくなりたくて、私は前髪のスタイルを少し横分けにしてみた。

 ほんの些細ささいなことでも、鏡に映る自分の雰囲気が違った。

 そして池田君は朝登校してくると、すぐさま私の前髪の変化に気がついた。

「おっ、鶴見、前髪いつもと違う。かわいいじゃん」

「えっ、そ、そうかな。あ、ありがとう」

 何気ないふりを装うも、私の心臓はドキドキしてそしてほほがほんわかと温かくなってくるのを感じた。

 自分でもピンク色になってるのがわかるから、つい顔をそらしてしまった。

「そう、照れなくていいじゃん」

「何よ、本当はからかっているんでしょ」

 ついまた、心にもない事をいってしまう。

 素直になれない私の心。それなのに、池田君は嫌な顔せず楽しそうに笑っていた。

 私の方が落ち着かず、そわそわしてしまう。それでも池田君の側で過ごせるのはとても嬉しい。

「そうだ、鶴見、一時間目の国語の宿題のプリント、ちゃんとやった?」

「うん、ちゃんとしてきたけど」

 もしかしてそれを見せてというのだろうか。別に見せるぐらいなら構わないけどと思っていたら、池田君は手のひらを合わせて拝みながら私に頼み込んできた。

「お願い。俺のプリント鶴見が書いてくれないか」

「見せてほしいんじゃなくて、私が池田君の宿題をしろってこと?」

「そう。頼む。二時間目の数学の宿題もしてないから、鶴見が変わりに国語の宿題をやってくれると有難い」

 これには参った。

 好きな人の頼みは聞いてあげたい。でも私は自分の字にコンプレックスを持っていた。あまりきれいじゃないのだ。それにそんな事をしたら先生に気づかれる。

「自分の字でかかないといけないでしょ。ばれるよ」

「大丈夫だって。プリントに答えが書いてあるか先生はさっと見るだけだから、ばれないって。とにかく頼む」

 それでも私は自分の字が恥ずかしくてできない。

「他の人に頼んでよ」

「他の奴も女子たちに頼んでるじゃないか。それに俺は鶴見がいいんだよ」

 私はドキッとしてしまった。

 確かに周りを見れば、池田君のように男子が女子に宿題をしてもらうように頼んでいたし、すでに何人かの女子は宿題を手伝っていた。

「頼むよ、鶴見。お願い」

 懸命に頼んでくる池田君。

 私がいいといわれた後の強いお願いは、私の心を揺るがした。

「間違っていてもしらないよ」

「そんなの構わない。形だけでもやってきたって証拠になればいいから」

 私は戸惑いながらも池田君のプリントを受け取った。

「鶴見、ありがとうな」

 みんなの憧れの池田君の頼みごとを、私が引き受けたのは優越感かもしれない。少しだけ特別扱いなものを感じ、宿題の代筆だというのに、自分の字のきたなさを心配するよりも池田君に頼まれごとをされた嬉しさの方が遥かに上回ってしまった。

 その時不意に視線を動かせば、真中さんと目が合った。私は真中さんが苦手なので見て見ぬふりをした。

 時計を見れば、時間があまりない。慌てて私は池田君のプリントに答えを書きこんでいった。急いで書き込めば字はどんどん乱れていく。でも気にしてられなかった。

 それが全て終わると、プリントを池田君に渡しにいく。

「できたよ」

「おお、鶴見、サンキュー」

「どうなってもしらないよ」

「大丈夫、大丈夫」

 私だけに笑うその池田君の表情につられて、私もついにんまりとしてしまった。

 この時、池田君を好きな女の子たちは私に嫉妬しているかもしれない。そう考えると私は他の女子たちを追い越した気になってしまった。

 そして一時間目の国語の授業が始まる。

 先生がやってくるなり、宿題のプリントをまず提出させた。

 年を取っているが、いつも身だしなみを気にして化粧をきっちりとするきつい感じの広井先生は、学年の先生の中でもプライドが高く気難しいことでも有名だった。

 先生は集めたプリントにざっと目を通していく。私はドキドキしてその様子を見ていた。

「なんだこれは。自分の字で書いてない奴がたくさんいるじゃないか。人にやってもらったのか」

 やっぱりばれてしまった。

 怒りモードで広井先生は、怪しいプリントを束から抜き出し、そこに書かれていた生徒の名前を呼んで起立させていく。

「本人の字かくらい先生にはわかるんだから。ほらこれも違う」

 朝から湯気が出るくらい広井先生は怒っていた。

 その時だった。

「池田!」

 案の定、池田君の名前も呼ばれた。それは私が一番恐れていたことだ。

 ところが広井先生はじっくりと池田君のプリントを見直した。

「あっ、池田、ごめんごめん。

 今度は私が「えっ?」と衝撃を受けてしまった。

 列が離れた前の席にいた池田君は一度立った後、再び座った。その後肩を震わせ、私の方へと振り返った。

 その時、ばっちりと目が合った。

 池田君は私を見て大声で笑い出しそうになるのを必死で堪えている。

 池田君の満面の笑顔なのに、その時の私は顔に縦線がいくつも入ったように引きつってしまった。

 広井先生の言った「」という言葉が授業中ずっとリフレインしていた。

 その後、授業が終わり、広井先生が教室からいなくなるや否や、池田君は一目散に私の席へと駆けつけた。

「鶴見! ありがとうな。やっぱりお前に頼んで正解だった」

「……」

 これって喜ぶべきか悲しむべきか、もう声にならない。何をどう思っていいのかわからない。さらに池田君の言葉は私に容赦ようしゃなく止めを刺した。

「鶴見ののお陰で本当に助かったよ」

 上から岩が落ちてきたような衝撃だった。

 私は恋焦こいこがれている池田君を無表情で見つめる。

 この先もずっと字がきたないと思われ続けることに私のショックは計り知れない。

 それなのに池田君は屈託くったくのない笑顔を悪気なく私に向けていた。

「また頼むな、鶴見」

 ポンと気軽に私の肩に手を置いて、そして去っていく。

 私は暫く動けず席に座ったままだった。

 誰かが側を通ると同時に声が聞こえた。

「だからアイツ、こっちが気があると思うと、すぐ調子に乗るんだよ。そこ怒るべきだよ、私のようにね」

 ハッとして声の方向を見れば真中さんだった。

 真中さんは私に振り返る。

 少しだけ片方の口元を上げて、同情するようにふっと笑った。

 もしかして真中さん、あなたもしかして……?

 あの時、池田君に怒っていた真中さんのことを思い出すと、今の自分がおかれている状態と重なった。

 私が何かを言おうと口元を震わせた時、突然ふざけあって高笑いする池田君の声が教室に響いた。

 私と真中さんは池田君に振り返る。

 お互いどうしていいのかわからない表情で池田君を見ていたと思う。

 私たちの他にもこんな思いで池田君を見ている女の子がいっぱいいるのかもしれない。

 好きであってもその気持ちを心に秘めて、悪気なき池田君の仕打ちに悲しみを抱えながらそれでも目で追ってしまう情けない恋。

 そんなの誰にも知られたくない。

 また真中さんと顔を見合わせ、一度だけ心が通い合った気になったけど、それもまたお互い見なかったふりをして視線を逸らす。

 この恋は誰にも言わない限り自分が池田君に惚れてるなんてわからないのだ。

 でも池田君に惚れてるなんて、今はなんだか悔しい。

 ため息をついて自分のノートに書いた字を見つめれば、やがてそれはより一層いっそういびつにじんでいった。


 了

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