第3話 竜
何も知らないの
何も教えてくれない
知りたいって考えたことも無かった
無い、と…思い込む為の言葉だった
【竜】
「…毎日来てたの?」
「鍵開けっ放しで、不用心だよ」
「大事なもんはここにないし」
「でも、私みたいな人がいるよ」
「…いや、いねぇだろ」
「いるじゃん。私が」
「もう来るなよ」
他には小さなコンビニ袋。…姿を見せたのは二ヶ月と半分が経った時だった。
「うわ、布団かゆ…」
「洗濯してもよかった?」
「いらないよ」
ごろん、と寝転んだ男、…〝竜〟は、一つ足りない指を広げて頭を掻いた。その部分は、真っ白にぐるぐる巻きになっていた。
「竜、って、いうの?」
「シゲだよ」
「だって、あの人竜って…」
「いいんだよ。竜って別人、シゲでいい。」
こちらを見ずにそう言うと、見せたことの無い笑顔でこっちを見た。
「なぁ、名前。何で言うの?」
「…え?わ、わ、わた、」
「何でテンパってんだよ。…あー、これ、やっぱ怖いよな…。別に何もないし、帰った方が良い」
「いやだ!」
いつもより少し大きな声が出た。どうしても…、嫌だった。
「あ、あぁ、」
「私の名前は、徳江環子。…シゲ」
「………、……わぁーかった。泣くな」
ぐっと堪えてた涙が、一生分ぐらい浮かんで流れた。どくどくと血が波打つくらい顔が熱い。あつくて、あつくて、痛くて、苦しくて…心が、温かくて。
「俺、自分で工務店やることになったんだよ。…わ…わ、環子さえ、良ければ」
「、へ」
「俺と…付き合う?」
声が出なくて
心が沸騰してて
蝕んだこの気持ちがわからなくて
なのに、…欲しくて。
「おっと、」
「よろしく、おねが、っフグ」
「……フグ?…は、はははっふくくく…」
笑う声に耳が蕩ける
全身が喜んでいる
少し低い声が私を呼ぶ
初めて、この人に触れたの。
つよくつよく、つよく抱きしめたいと思った。だから、そうした。
「ただ側に居るだけだったのに、なんでこんなに…心をぐちゃぐちゃにする、のぉ…」
「…さあ、なんだろうな?」
意地悪に笑った人は、私のおでこに、ちゅう、と音を立てて唇をあてた。
「それが好きってことなんだろ」
体とか、心とか、どうでもいい
なんでもいいから
どうか
…側に居させて下さい。
.
ただ側に居るだけ 茶子 @hgsjn
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