第2話 夜の再会は滲んだ暗闇





ぽつん ぽつん ぽ ぽぽぽ ぽたっ


音 色 空 紅 妖艶 声


重たすぎるこの心臓を、どうか





【夜の再会は滲んだ暗闇】













「おーい、わこちゃぁーーーん」

「シロちゃん?」

「また彼氏がねぇぇぇ」



 号泣。めちゃくちゃ泣いてる。放課後、少し教室で本を読んでから帰ろうとした時のことだった。



「うーん、どうしたの?」

「ヒグッ…あんなやつ!」



 話をうんうんと聞いた。気の利く返事やアドバイスなんて出来ない私は、そうだねぇ、と頑張ったね、を沢山言いながら。すると、段々と泣き止んできたシロちゃんは、いつものようにお花の咲いた…ような、笑顔で、「ありがとう」と言った。

 役に立てたとも思えないけど、どうにも愛くるしいなぁと思いながら。



「わこちゃん帰ろ」

「うん、あ、でも。…バイト行かなきゃだから、駅まででいいかな?」

「今日バイトなんだねぇ。了解だよ」

「シロちゃん、今日はもう怒ったままにしておくの?」

「そりゃね!」

「そっか、」



 カレシにオコル。なんだか可愛いなぁ、というぼんやりした感想。ふふふ、と思わず溢れた声に、むっとしながら「面白いの?」とシロちゃん。



「いや、私は好きな人もいないから…なんか、いいなぁって思っちゃって。ごめんね、変なところで」

「怒るの疲れるよ〜」



 むっ、がへらへらっ、に変わって。ホッとした後、ふたりで駅までたわいもない話をしながら歩いた。



「じゃあね!」

「また明日ね、シロちゃん」



 にっこりと笑って手を振った。恋をすると、女の子は可愛いくなるという。…なら、シロちゃんは天使だ。

 鼻歌を歌いながらバイト先の定食屋に行った。




「…おう、きたかわこ。」



 定食屋のおじさんとおばさんは、いつも優しい。そして、あの夜を思い出す…

















『…お会計、いい?』


 ひと月前。バイトが終わる9時半に、その人はお会計をした。

 毎日お店に来る人で、同じような時間に来てはビールとおつまみになりそうなものをちょろりと食べて、お会計して帰る。

 酔いそうなくらい強い香りを纏い、形の良い唇が開いたり閉じたりして言葉を紡ぐ。



『あ、っはい』



 いつものようにお会計をして、バイトを終えた。少し古びた入り口のガラガラ、という音と共に外に出る。

 …すう、と息を吸う音が聞こえた。

 静かな住宅街、カンカンの灰皿にはタバコがたくさん詰まっている。そこにトントン、と叩きつける小さな音まで全て、クリアに聞こえた。



『…あー、終わり?』



 あまりにじっと見つめられて気まずい気持ちになったのか、目があってから10秒後に男の人はそう言った。



『そう、です』

『ここら辺あんまり治安よくないから、早く帰りなよ』

『え、あ、』

『じゃあね。』





 …今思えば策略だったんじゃないだろうか。




『、おい!』










 一週間ほど同じ行動をとっていただろうか。…いつも外でタバコを吸っていて、私を見るなり『危ないし、早く帰りなよ』とだけ言ってすぐに帰る。そんな生活だった。




 雨の…土砂降りの雨の日。同じように外に出ると、また男の人は一言言って帰ろうとして。…何を思ったのかもわからないけれど、私は距離を置いてその後ろをついて行った。ストーカーじゃないか、と頭の端で警告する声がした。…でも、なんだか、今ついて行かないといけない気がした。



『…おい!!』



 そして。背後からスッと見えた人影がこちらに走って来た時、男の人は振り向いた。ふとももにかすった傷から、とろりと朱の粘液が伝う。…私の記憶は、そこで終わりだ。




『…起きたな。』



 焦ったような顔をした人が目の前に居て。目が覚めたらそこは、ワンルームの室内だった。



『傷は残るかもしれないが、まぁ、命があって良かったよ』

『あの…』

『あァ…ここな。俺の部屋だけど、別に何もしないよ。これから出るし』

『、そうじゃな、くて』




 ぐいっと腕を掴んで引いた…ように思ったけれど、スッとその体が消えた。何事もなかったかのように、『どうした?痛いか?』と微笑んだ。




『送るのは…まぁ、無理だけど。タクシー呼ぶからそれで帰りな』

『あ、あの、助けてくれ、』

『怖かったな。もう大丈夫だから、安心していいよ』



 頭の上に手が乗った。

 じわり、と涙がでた。












 …それから毎日、夜の10時。私はこの部屋のドアノブをひねる。







「お疲れ様でしたー」

「今日もありがとね、わこちゃん」



 おばさんが私にまかないを食べさせてくれて。うきうきと今日もあのアパートに向かった。

 …別に誰でもないし、何でもない。何もしないし、同じ空間に居るだけ。お互いを知るような会話もない。



「、…シゲ!」



 …雨がざあざあと降る

 …視界がぐにゃりと歪む

 …座り込み流れる血が、

 …血が。




 部屋の玄関扉にもたれかかったその人は、部屋に入る前で倒れ込んでいた。



「お、ぉ」

「喋らないで、あ、きゅうきゅ、」

「…竜!!!」

「せん、せい」



 後ろから走ってきたガタイの良い男の人は、余裕のない呼吸をしながらシゲを連れて行った。「血拭いといてもらっていい?」と強張った顔をしながら。














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