第49話

 朝7時、到頭タゴヤの町に到着する。


門の外から見た感じでは、港町だからか、センカの町より大分大きい。


海風に乗って、ほんのりと潮の香りが漂ってくる。


今日はもう時間が無いので、町を覆う外壁付近まで行って、そこから転移で村に戻る。


愛馬に回復魔法を掛けていると、村の周囲を回っていたゼマも戻って来る。


「もう慣れた?」


「はい。

カナエさんの教え方が凄く分り易くて、散歩するくらいなら大丈夫です」


「その分なら、1週間くらいで乗馬スキルを取れそうね」


「頑張ります」


「おはようございます」


当のカナエが馬に飲ませる水を運んできた。


「おはよう。

リーシャはまだかかりそう?」


「もう直ぐお見えになると思います。

今日は井戸を作っていただいていたので、いつもより時間が掛かったようです。

掘るだけではなく、地中の外壁まで整備していただけたので。

1日で井戸ができるなんて、思ってもみませんでした」


「彼女は優秀だからね。

サナエももう準備できてる?」


「はい。

今まで弟の訓練をつけていましたので、直ぐ来ると思います」


「弟?」


「ええ。

彼女は2つ下に弟がいるんです。

その子が、姉の活躍する姿を見て、自分も強くなりたいと言ったらしくて。

彼女、とても喜んでいました」


「カナエは一人っ子なんだよね?」


「はい、残念ながら。

ただ、最近村が少しずつ豊かになってきてるので、両親はもう1人くらい作る気でいるかもしれません」


この世界の婚姻年齢は若い。


貧しい者は大体が16、7で結婚するので、彼女の両親もまだ32、3である。


「そういうカナエには、誰か良い人いないの?」


「え、私ですか?

・・今の所、この村で良いと思った人はおりません。

親がもう1人作らなければ、何れ何処かで探さねばならないでしょうが」


リーシャとサナエがやって来たので、この話はここまでになった。



 「今日1日9階層で頑張ったら、明日は10階層のフロアボス戦に挑んでみようか?

私も一緒に戦ってあげるから」


「良いんですか!?

ありがとうございます!」


「ギルドランクもCになるし、戦って損はないからね。

サナエもそれで大丈夫?」


「はい。

夏海さんが一緒なら安心です」


「了解。

じゃあ今日も頑張ってレベル上げしよう」


カナエ達が9階層に転移して行き、1階層に残った私達は、ゼマを5階層に送り届ける。


「もし午前の間に盾スキルが取れたら、午後からは6階層で戦ってみよう。

今のゼマなら多分大丈夫」


「分りました」


「何かあったら連絡して」


早速戦い始めた彼女を尻目に、自分達は27階層の昨日進んだ場所まで跳ぶ。


2人の武器に水属性を付与し、自分は【水魔法】を打ちまくる。


1時間もしないで【水魔法】のレベルが2になり、今はこの階層には他に誰もいないせいもあって、お昼までに私だけで敵を500以上倒した。



 「ミーナは味噌って知ってる?」


お弁当を食べながら、彼女にそう聴いてみる。


「ええ。

実際に食べたことはないけど、どんな物かは分るわ」


「今度買ってくるから、料理に使ってみてくれる?

炒め物にも、鍋やラーメンにも合うんだよ?」


「分りました。

ラーメンって確か、異国の麺料理ですよね。

夏海は好きなんですか?」


「うん。

ここに来るまでによく食べてた。

尤も、醬油ラーメンか味噌ラーメンばかりで、豚骨やニンニク入りのは好きじゃなかったけど。

あまりにもごてごてした物や、臭いのきつい物はちょっとね」


「フフッ。

体力は付きそうですけど、恋人とキスする時には敬遠した方が良いですよね」


わたし的には、他人が分るほどニンニク臭をさせていたら駄目よ。

休日に食べるなら好きにすれば良いけど、仕事があるのにお昼にそれを食べる人は大減点」


リーシャが顔を僅かにしかめながら、そう口にする。


「まあねえ、その気持ちはよく分るわ」


「好きな物を食べて何が悪いって言う人がいるけど、だったらそれが嫌いな人に会いに来ないで欲しいわ。

臭い息を我慢してやる義務なんてないもの」


「以前に何かあったの?」


珍しくリーシャが感情的に物を言うので、気になって聴いてみる。


「例の兄弟がね、異国で食べたニンニク料理を気に入って、私が嫌いなのを分っていて、それを食べた後によく会いに来たのよ。

一定以上は近寄らせなかったけれど、不愉快で仕方なかったわ」


「・・最低だね」


「ほんとそう」


「その点、ミーナの料理には臭いものがないから良いよね」


「ええ、安心して食べられるわ」


「夏海に嫌われたら嫌だもの。

事前にちゃんと調べてから料理してるの」


「今日の抱き枕係はミーナで決定」


「・・まあ、仕方ないわね」


その後、カナエ達の所でドロップ品を預かり、ゼマの居る5階層に跳ぶ。


「・・もう取れたみたいね」


いちいち聴くまでもなく、彼女の浮かべる表情で分る。


ゼマは基本的に御澄おすましさんなのだが、目元や口許の微妙な変化で何となく察することができるのだ。


「はい、お陰様で」


「じゃあ6階層に行こうか。

スケルトンだから、打撃が有効だよ?」


1、2戦様子を見てみて、全く問題ないのでリーシャ達の下へ戻る。


「今日中に階段を見つけて、明日は28階層に上がろうね」


カナエ達やゼマに感化された夏海が、物凄い勢いで敵を倒していく姿を見て、呆れる2人。


「何であんなに元気なのかしらね」


「ジョブを10個も付けられるからというだけでは、説明がつかないわよね」


「夏海のお弁当に、何か入れてない?」


リーシャが冗談を飛ばす。


「たとえ媚薬や精力剤を盛ったとしても、<全状態異常無効>を持つ彼女には意味ないでしょ」


ミーナが笑う。


「さて、私達も頑張らないと。

懸命に走らなければ、どんどん置いて行かれるからね」


「ええ。

私達しか彼女を護れないから」


それからまた、いつもの時間までひたすらレベル上げにいそしんだ。



 「今日は鉄の剣15本に、鱗の盾が1つね。

あとこれが今日の夕食」


入浴後、カナエ達を村まで送ると、村長さんが顔を見せる。


「夏海様、少しお時間を頂いて宜しいですか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


村長さんを含め、この村の大人達は、私達を『様』付で呼ぶようになった。


リーシャはともかく私は普通の庶民なので固辞したのだが、『この村にこれだけのご尽力をしていただいている方々を、他の呼び方では呼べません』と、村長さんも譲らなかった。


結局、カナエ達には普段通りにして貰うことを条件に、受け入れざるを得なかった。


「矢の試作品を幾つかお持ちしましたので、実際に試してみていただけますか?」


「はい、是非」


松明が焚かれた場所の近くで、用意された的代わりの板に向けて弓を射る。


弓道なんてしたことないから、あまり様になってないけど、矢はどれも真っ直ぐに飛んだ。


「問題ありません。

これなら大丈夫でしょう。

既定の数ができ次第、私が買い取ります。

それから、村での試し打ちや訓練用に、蛇弓を2つ差し上げます。

好きに使ってください」


「・・高価な品と聞いておりますが」


「沢山持ち込み過ぎて、ギルドでは暫く買い取って貰えないので、村で有意義に使って貰った方が良いですから」


「ありがとうございます。

では遠慮なく」


親子で頭を下げてくる2人と別れ、自分は1人で夜の迷宮に。


1階層から順に見ていくが、4階層まで黄色の点が見つからない。


5階層でも見当たらなくて、6階層に跳んだ時、そこでやっと1つの黄点を見つける。


近くまで跳んで<特殊鑑定>を用いると、『スケルトンキング。個人推奨ジョブレベル84。魔法耐性D。攻撃力が150%になるパワーアタックに注意。ドロップ品はノーマルがハイポーション×3、レアが白金貨3枚』と表示される。


王冠を被り、豪華な赤いマントを身に付けた魔物。


如何にも強そうで、魔力のオーラを纏っている。


少し気後れしながら<特殊鑑定>画面を見ていると、魔物の名前の部分が、他の文字よりも太いことに初めて気が付いた。


もしかして・・。


名前の部分をタップすると、新たに小さな表示画面が出現し、HPとMPが表示された。


『HP:25000。MP:2000』


しまった。


今まで全然見てこなかったから、これが高いのか低いのかの判断がつかない。


・・とりあえず、火魔法レベル7を1発ぶつけてみて、それでどれくらい削れるのかで逃げるかどうかを決めよう。


鑑定画面を残したまま、離れた場所から魔法をぶつける。


画面の表示が、『HP:23750。MP:2000』に変化する。


20発で倒せるのか。


迫り来る魔物を見ながら転移し、また魔法を放つ。


時折、怒り狂った相手が何かのスキルを使うかのように光り、転移直前の自分に対して剣を振り下ろしてくるが、距離を取って戦っているので、それが私に届くことはない。


迷宮内を跳び回り、10回、15回と火魔法レベル7を放った迷宮内は、夜の闇と炎の明かりが交差し、ある意味幻想的な美しさを見せる。


おまけに、戦いに巻き込まれた只のスケルトンが落とす魔石や銀貨が私に吸収されるため、それが銀色の流星のように映える。


敵の攻撃が1発当たれば、一体どれくらいのダメージを受けるか分らない、ヒリヒリした雰囲気の中、やっと最後の魔法を放ち終える。


気のせいかもしれないが、悔しそうに消えて行った魔物が落とした、白金貨3枚を眺める。


この戦いで使ったMPは、全部で11400。


転移Dが1回500、火魔法レベル7が1発70。


それが20回分だ。


普通の人なら、先ず間違いなくMPが尽きるだろう。


☆が付く上位職を4つ持っていたとしても、あと7400をレベル加算値だけで稼がねばならない。


つまり、全部でレベル247以上ないといけない。


私達以外の人達は、1度にジョブを2つまでしか設定できないし、その上限も99までだから、複数のジョブを育てるのも大変だろう。


【賢者】と【女神の使徒】の有難味を実感しながら、静かに迷宮から姿を消す私であった。

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