第46話

 翌朝、ソニの村での日課を終え、カナエ達を迷宮に送り届けると、一旦家に戻り、リーシャを置いて、ゼマを連れ出す。


神殿に入り、2人で女神像の前で跪いた。


ここに来る前、ゼマには今はただ女神様にお祈りするだけで良いと言ってある。


もしそのお声が聞けたなら、決して失礼のないようにとも。


一心に祈る彼女を尻目に、私は女神様に念話をお送りする。


『女神様、おはようございます。

本日は大事なお願いがあって参りました』


直ぐにお返事がくる。


『何でしょう?』


『私の隣で祈りを捧げる彼女、ゼマの犯罪歴を消してあげたいのです。

彼女は訳あって盗みを繰り返しましたが、人を傷つけてはおりません。

本人も深く反省しており、被害に遭った方々には、この後私が慰謝料を含めて弁償致します。

女神様がお出しになる条件にも、できる限りお応え致しますので、どうかお願いできないでしょうか?』


『・・彼女と話をしてみます。

少しお待ちなさい』


『はい』


隣で祈るゼマの瞳が見開かれたことで、私はそのままじっと待つ。


10分もかからず、再度女神様からのお言葉が流れてくる。


『あなたの願いを叶えます。

彼女が果たすべき贖罪については、既に本人に伝えてあります。

なのであなた個人には、神殿への200万ギルの寄付を申し付けます。

その金額には、あなた達同様、彼女の肉体強化における特例も含まれております。

どんなに鍛えても、女性本来の曲線美を失うことはないでしょう。

それで宜しいですね?』


『はい!

ありがとうございます!』


『それから、数日中には『試練』を与えるつもりでおります。

受けるつもりがあるなら、日程を調整しておきなさい』


『かしこまりました』


そこで念話は途切れ、ゼマを促して受付へと戻る。


顔見知りの神官に、『女神様の思し召しに従います』と告げて、白金貨を2枚手渡す。


驚きの表情を晒した前回とは異なり、彼女はその寄付金をうやうやしく受け取った。


神殿を出ると、その足で服屋に行く。


ゼマの替えの下着数枚と、普段着2着、戦闘用1着、そして何故かメイド服を欲しがったので、それも2着購入する。


その後、彼女用の革製の防具を見繕い、馴染みの定食屋に入った。


「女神様から何を言われたの?」


注文した料理がくるまでの間、情報交換をする。


「罪を消す代わりに、1年間、あなたの奴隷として働くよう仰せ付かりました」


「・・そう。

それだけ?」


「はい」


「女神様のお言葉は絶対。

申し訳ないけど、1年間は我慢してね」


「勿論です。

寧ろ、ずっと奴隷のままで構いません。

私のせいで200万ギルという大金を負担させてしまい、夏海様には何とお詫びして良いか分りません。

本当に申し訳ありません」


目立つから立ち上がりはしなかったが、彼女が深く頭を下げてくる。


「お金はまた稼げば良いだけだから、気にしないで。

それから、私に『様』を付けなくて良い。

奴隷にするのはあくまでも形式上の話であって、実質は家族と同じなんだから」


「そういう訳には参りません。

これは私の、私自身に対するけじめでもあります。

たとえ内心ではそう思わせていただいたとしても、対外的には主人としてお仕えするつもりでおります」


「あの2人も他人行儀は嫌がるわよ?」


「ではお二人には『さん』付けで対応致します」


「・・まあ、今はまだそれで良いわ。

それから、ゼマにもある程度は迷宮に入って戦って貰うね?

少しは鍛えておかないと、この先何があるか分らないから。

家事はとりあえず、ごみの焼却と、掛け布団を干すくらいで良いわ。

洗濯と洗い物は私のアイテムボックスでどうにかなるし、掃除は【浄化】で済ますから」


「・・アイテムボックスにそのような機能が?」


「後で詳しく教えるけれど、私のは特殊なの。

私に関することは、個別に許可を出すまでは、身内以外は内緒にしておいてね」


「かしこまりました」


ちょうど料理が運ばれてくる。


「足りなかったら好きに注文して良いわよ」


「大丈夫です。

普段の私はあそこまで食べません。

あの時は、耐えられなくなるまで我慢していた状態でしたし、久し振りに食べた、美味しいお料理でしたので・・」


俯いて羞恥に顔を赤らめる彼女と、それからゆっくりと食事を楽しんだ。



 家に帰り、待っていたリーシャに、本日の要件を話す。


「女神様のご指示で、ゼマの犯罪歴を消去する代わりに、1年間、彼女を私の奴隷にしなければならないの。

これからあの奴隷商人の所に行くから、序でにあなたの奴隷紋を消させてね。

リーシャはもう、そんなものがなくても、私から離れて行ったりしないよね?」


「当たり前でしょ。

絶対に離れてなんかやらない。

まだ何もしていないのよ?」


「・・それってさ、私の身体が目当てって言ってる訳?

私はカズヤのものだから、待っていても無駄かもよ?」


「今のは半分冗談よ。

夏海が好きなことには変わりがないけど、あなたがその彼とどうにかなるまでは何もしないわ。

お風呂でのハグと、抱き枕担当さえさせてくれればね」


「・・あの、お二人はそういうご関係なんですか?」


近くで話を聴いていたゼマが、顔を真っ赤にして尋ねてくる。


「違うわよ?

私はノーマル。

見て楽しむのは好きだけどね。

リーシャは完全にそっち系・・の一歩手前かな。

心配しなくても、同意なしに何かをしたりはしないはずよ。

彼女、元他国の王女様だし」


「!!!」


「失礼ね。

私は夏海が好きなのであって、女性なら誰でも良い訳じゃないわよ?

今の所、夏海の他に私のお眼鏡に適うのは、ミーナくらいだしね」


「でもゼマはきっと、将来凄い美人になるわよ?

今でさえ相当スタイルも良いし」


「ならそうなった時に考えるわ。

本命は夏海なんだし」


「一応お礼を言っておくね。

適度なスキンシップなら、私も応えてあげるから」


「嬉しい。

ずっと待ってるわ」


「・・あの、聴いていて恥ずかしいので、そろそろ出かけませんか?」


「あ、ごめんね。

直ぐに出よう」


真っ赤な顔で俯くゼマに、微笑みながら謝る。


そうよね。


そういうお年頃だもの、いろいろ想像しちゃうわよね。


この時、ゼマのステータスウインドウの感情・気分欄に表示されていた文字は、彼女の名誉のためにも内緒にしておいた。



 奴隷商の女主人の下へ、リーシャとゼマを連れて行き、手数料の2万ギルを支払って、手続きをして貰う。


リーシャは晴れて奴隷から解放され、平民となり、ゼマは一時的に私の奴隷となった。


リーシャ自身は、別に奴隷のままでも良いと言ったのだが、彼女をそのままにしておくと、身分証でそれが他者にも分るから、後々問題になりかねない。


彼女はとても美しい。


その美しさと気品ゆえ、まるで誘蛾灯のように人を集め、そして無下にされた者達から、向こうの世界で私自身が受けたような中傷をされかねない。


もしそんな事になったら、その現場に私が居合わせたなら、そうした者達を半殺しにしてしまう可能性が高い。


その相手が貴族だろうが国王だろうが関係ない。


どちらかが滅ぶまで戦ってやる。


そのために、今私は必死にレベルを上げているのだから。


力なき正義なんて、理想論でしかない。


意に反する他者に言うことを聞かせるには、武力か経済力のどちらかが必要になる。


大人同士の交渉は、ほとんど奇麗事だけでは済まない。


そのことは、私も身に染みて理解している。


それから、今回のことで、私も【奴隷商人】のジョブを取ることにした。


仕方がないとはいえ、大事な人(この場合はリーシャ)のお尻を他者に何度も触らせるのは釈然としない。


たとえそれが同性でもだ。


なので今回は、ゼマには背中に紋を施して貰った。


駄目を承知で【奴隷商人】の取り方を女主人に尋ねてみたところ、調べれば分ることだからと、トイレットペーパー50個と引き換えに教えてくれた。


【魔法使い】と【商人】の2つで良いそうだ。


『どうせ貴女は、それを商売にはなさらないでしょう?

なら教えたところで、私の不利益にはなりません』


そう言って微笑んだ。


奴隷館を出て、何の商売を始めるかを考えながら、2人を家まで送る。


その後、私だけクエの村に転移して、村長宅に赴き、ゼマの被害に遭った人々を集めて貰う。


その皆の前で、今回の犯人を捕まえ、適切に処分したことを伝える。


それから、事前に聴いておいた彼らの被害額に、銀貨50枚ずつを慰謝料として足し、それを手渡していく。


人によっては被害額の10倍以上にもなり、勿論、誰からも文句は出なかった。


元々、依頼料すら貰っていないしね。


女神様にお約束した全てを終え、迷宮にカナエ達を迎えに行って、村まで送り届け、やっと一段落する。


今回の件で減った額を少しでも取り戻すため、夕方6時以降の迷宮に潜り、メタルスライムとゴブリンキングを倒したのは言うまでもない。

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