第45話

 「動かないで。

抵抗しなければ、私からは攻撃しないわ」


ある家の納屋の鍵を開けようとしたところで、私はそのに後ろから声をかける。


「!!!」


まさか見つかるとは思っていなかったらしく、その娘は酷く身を竦ませた。


「ゆっくりと振り向いて。

大丈夫、何かしたりしないわ」


その言葉に、恐る恐る従う娘。


「こんばんは。

ここじゃ何だから、村の外で少しお話しない?

私、あなたに興味があるの」


「・・私を捕まえないんですか?」


「少なくとも、騎士団や村人に突き出すつもりはないわ」


「・・分りました」


「ありがとう。

じゃあ行きましょ」


彼女が出て来た森の入り口まで歩く。


「この辺りで良いかな。

お腹が空いているのよね?」


頷く彼女に、アイテムボックスから取り出した、白パンと肉料理を渡す。


「座って、遠慮なく食べて」


相当お腹が空いていたらしく、あっという間に平らげる彼女に、どんどん御代わりを渡してあげる。


「お茶もあるわよ?」


差し出すと、恥ずかしそうに手に取った。


約10分後、やっと満足したらしい彼女に、改めて話しかける。


「私の名前は水月夏海。

冒険者をしているの。

あなたの名前を聴かせてくれる?」


「・・ゼマです」


「どうしてそんな暮らしをしているの?」


ざっと見たところ、非常にかわいらしい容姿と、深い知性を感じさせる瞳をしている。


とても泥棒紛いの暮らしをしているとは思えない。


「・・恥ずかしながら、両親に愛想を尽かされたらしく、黙って置き去りにされましたので生きるために仕方なく。

狩りすら学ばなかった私が悪いのですが、森で食べ物が見つからずに、それで・・」


「これからどうするのかを考えてる?

あなたさえ良かったら、私達と一緒に暮らさない?」


彼女のステータスウインドウを覗きながら、そう尋ねる。


「え?」


「男性とは一緒に暮らしていないから安心して。

女性だけの3人暮らし。

私達は冒険者で、日中は迷宮に潜ってることが多いから、家事さえ手伝ってくれれば、あなたは好きに暮らして良いわよ?

いつまでもそんな事を続けていられないでしょう?」


「・・良いんですか?」


「ええ。

他の2人も凄く良いだから、きっとあなたとも上手くやっていけると思うわ」


「でも私、犯罪者ですよ?

身分証の呈示を求められればごまかせません」


「それについては私に考えがあるの。

絶対とは言い切れないけれど、多分あなたの犯罪歴は消せると思う。

念のために確認するけど、理由もなく人に危害を加えていないわよね?」


「はい、全く。

今まで誰にも見つかってはおりませんし、そうするつもりもないですから」


「なら大丈夫。

私の方で、できるだけの事はしてあげる。

どうかな?」


「何で私にそこまでしてくれるのですか?

私達、初対面ですよね?」


「正直に言うわね。

先ずは、あなたがかわいいだから。

私、実際に手は出さないけれど、綺麗な女性を見るのが好きなの。

それから、今あなたのステータスウインドウを見ているのだけど、随分と有能だから。

無理にとは言わないけれど、その内私達を手伝ってくれると有難いかな。

最後に、私、個人的にダークエルフの女性が好きなの。

以上よ」


「!!

・・私のステータスウインドウを見ることができるのですか?」


「ええ、全部」


「全部!?」


「スリーサイズや感情、ユニークスキルに至るまで、全部」


「・・あなたは一体どういう人なんですか?

そんな事ができるなんて、書物にさえ記載されてはおりませんが」


「まだ内緒。

ゼマさんが仲間になってくれたら教えてあげる」


「仲間・・」


「そう、仲間、友達、家族。

お互いに助け合い、頼り合う存在」


ゼマの瞳に涙がにじむ。


これまでの約2か月が、怒涛の如く彼女の頭を通り過ぎる。


魔物の鳴き声に怯える夜。


お風呂にも入れない、安心して用も足せない日々。


人の物を無断で口に入れ、黙って持ち去る後ろめたさと情けなさ。


世界から自分1人だけが取り残され、不必要だと言われているような、どうしようもない疎外感。


そんな自分に、彼女は今、何て言ってくれた?


仲間、友達、・・そして家族。


今まで得られなかった、失ったと思っていたものを、全部彼女が与えてくれると、そう言ってくれた。


私はその彼女に、一体何をしてあげられるだろう?


中途半端な魔法以外に取り柄のない私が、彼女に何をお返しできるだろう?


もっといろいろ学んでおけば良かった。


何故もっと努力をしなかった?


私に一体、何ができる!?


「あなたが良いの。

今の、ありのままのあなたが」


その穏やかな声に、私はもう我慢できなかった。


「ああああーっ!」


これまで出したことのないような大声で、泣き叫ぶ。


後悔、懺悔、己に対する怒りなど、その全てを伴った声色で。


暫くして、ようやく泣き止んだ私に、目の前の女性が右手を差し出してくる。


「一緒に、生きましょう」


私はその手を、己の未来を、しっかりと握り締めた。



 「ゆっくり入ってね。

あなた、火と水の魔法が使えるようだし、お湯を入れ替えたいなら自由にして良いわよ?

勿論、私を呼んでくれても大丈夫。

愛着がなければ、その服や下着は廃棄した方が良いわね。

下着は新しい物をあげるし、服は私のを貸してあげる。

明日、あなたの服を買いに行きましょう」


「ありがとうございます」


「タオルはこれを使って。

歯を磨きたいなら、この新しい歯ブラシをあげる。

ここにある備品は好きに使って良いから」


いろいろと準備してくれた夏海さんが出て行くと、私は服を脱ぎ、お風呂に入った。


温かい。


気持ち良い。


随分長いこと忘れていた感覚を、心を含めた身体全体で実感している。


あの後、何と転移魔法を使って私をこの家まで連れて来てくれた彼女は、出迎えた2人の女性に簡単に事情を説明し、私をお風呂場に案内してくれた。


この家で待っていた2人の女性も、それぞれ物凄く美しい人達だった。


俯いて、満足に彼女達の顔を見れなかった私に、2人がかけてくれた言葉、『大丈夫。あなたはもう、私達の家族』。


この言葉を聴いた時、私は必死に泣くのを我慢した。


歯を食いしばって、声が漏れるのを耐えた。


諦めかけていた世界に、まだこんなに素晴らしい人達が居た。


本当に、自分は井の中の蛙だった。


これまでの事、そしてこれからの事を、湯船の中でお湯をぼんやりと眺めながら考える。


途中で1度、お湯を新しく入れ替えながら、私は2時間以上お風呂に入っていた。



 「2人に相談なく連れて来てごめんね。

あのを見て、どうしても助けてあげたくなったの。

良い娘なのは私が保証するから。

・・彼女の部屋は、今私が使ってる場所にする。

私は皆の寝室を、自室と兼用するから。

どうせ必要な物は全部アイテムボックスに入れてあるしね」


「彼女のことなら気にしないで良いわ。

あのなら、私も賛成する。

それに部屋なら私の所を空けても良いわよ?

どうせろくに使ってないし」


「良い娘よね、あの

どうしてあんなことになっていたのか分らないけど、きっと仲良くできるわ。

部屋は私が空けても良いわよ?」


「彼女を受け入れてくれてありがとう。

部屋は私の所で大丈夫。

必要なら、もう1軒買うし。

明日は遠乗りの後、神殿に寄って、その後やるべき事をやってから迷宮に入るから、2人はもう1日お休みでも良いよ?

リーシャには、私の方で用があるし」


「じゃあ明日もお休みね。

村で土木作業を手伝ったら、夏海の用事をこなして、あとはゆっくりすることにする」


「では私は、買い出しと料理の作り置きをしておきます」


「分った。

じゃあそういう事で。

今日はもう遅いから先に寝て。

私はあの娘を部屋に案内したら潜り込むから」


「了解。

朝早いからそうさせて貰うわね」


「おやすみなさい」


2人が寝室に向かうのを見送って、私はゼマの為に、冷たい飲み物を用意した。

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