第44話

 朝6時にソニの村で馬を連れ、転移で町の側に戻った後、東へ向かって駆け出す。


回復魔法を掛けながら馬を走らせること約2時間、眼前に大きな村が見えてきた。


集落を囲う木の塀の周囲を畑が囲み、更にその周りを疎らな柵が覆っている。


大きさはソニの村の倍程度。


門の前で馬を降りると、そこに居る男性に声をかけられる。


「見たところ冒険者のようですが、この村へは何をしに?」


「騎士団にいる知人から、この村で現在起きている問題を相談されまして、私が犯人の捕縛に名乗りを上げました。

残念ですが、騎士団はまだ動かないようですので・・」


「・・そうですか。

助かります」


「済みません、一旦馬を置いて、また戻ってきますので少々お待ちください」


転移でソニの村まで戻って厩舎に馬を戻し、待っていたカナエ達を迷宮に送り届けて、再度クエの村まで転移する。


ランクがDになった転移スキルは、Fだった頃の4倍の距離を1度で跳べる。


要求されるMPは、Dなら1回に500なので、これも問題ない。


ただ、たとえ跳ぶ距離が短くても1回で500取られるので、MPが多くないと、ランクが上がるにつれて多用できなくなる。


魔法の『レベル』は現状のレベルを下げて使うことができるが、スキルの『ランク』はそれを下げて使用することができないのだ。


消えてから再び目の前に現れた私を見て、先程の男性が目を丸くしていた。


「済みませんが身分証の呈示をお願いします。

普段は要らないのですが、今はこんな状況ですので・・」


呈示後、村長の下に案内され、更に詳しい情報を得た。


私を見て、最初は少し不安げだったが、ギルドカードを見せると途端に態度を変えた。


Bランクの冒険者に正式に依頼を出せば、最低でも1万ギルは取られる。


それを只でやってくれるというのだから、当たり前かもしれない。


私の方でも、『捕まえた犯人の処遇は、全て捕縛者に一存する』という念書を書いて貰い、調査を開始する。


先ずは地図スキルが完全に機能するように、村と、その畑全体を歩き回る。


居住地だけで1㎞四方もあるので、小走りで回った。


その後、村長さんから教えて貰った各被害者宅を訪れ、何の被害に遭ったのかを正確に尋ねる。


『特殊なスキルを持っているから、私に嘘は通じません』と予め伝えると、皆正直に教えてくれた。


得られた情報を整理する。


犯行時間は、村全体が眠りに就く、夜の9時以降。


被害は、最初は畑の収穫時期にあった農作物。


それがなくなると、個人宅の納屋に貯蔵されている、生でも食べられる食料や食材。


1回1回の被害額はそれ程でもなく、せいぜい300から500ギルくらい。


騎士団の女性から聴いた通り、死傷者はおろか、食料以外の物的被害も無い。


犯行は、連続で起きることはなく、少なくとも1日は日が空くらしい。


犯人の姿を見た者は誰もいない。


以上の点から、私なりに犯人像を推理する。


そしてこの犯人は、必ず私が捕まえることにした。



 夕方5時40分、村の周辺の森まで足を運び、地図の拡張に努めた私は、一旦迷宮に戻ってカナエ達を拾い、公衆浴場に連れて行く。


共に入浴し、屋台で夕食を選んで、2人を村に送り届ける。


昨日今日で新たに9000ギル、魔石7つを稼いだという2人のステータスウインドウを覗くと、やはり結構レベルが上がっている。


スケルトンを1撃で倒せるようになったと言っていたから、そうだろうとは思っていたのだが。


______________________________________


氏名:カナエ


ジョブ:{☆【騎士】6 ☆【戦士】5 【槍使い】17 【斧使い】13}


HP:3480

MP:4280


*所持金:5640ギル


______________________________________


______________________________________


氏名:サナエ


ジョブ:{☆【騎士】3 ☆【戦士】3 【斧使い】12 【斧使い】10}


HP:2790

MP:3590


*所持金:5720ギル


______________________________________


変化のあった所だけを見ても、もう2人共、Dランクパーティー以上の戦力だろう。


この短期間に、よくもこれだけの努力をしたものだ。


「お父さん達が、迷宮で得た現金は、自分達の物にして良いと言ってくれたんです。

物資だけを村に収めれば良いって。

それでつい頑張ってしまいました」


そう言って笑う2人を見て、何だか私も嬉しくなった。



 夜の9時。


私はたった1人でクエの村に居た。


昨日、そして一昨日と、夜盗の被害が出ていないことから、今日辺りが危ないと踏んだせいである。


一旦家に帰ってリーシャとミーナに事情を説明し、決して危険な相手ではないからと、自分1人で行くことを渋々認めて貰ったのだ。


私が思うに、犯人は恐らく隠密系のスキルを持っている。


納屋の鍵を壊さないことからも、開錠スキルまでありそうだ。


こういう相手には、こちらも人数を絞る必要がある。


多過ぎると、却って気付かれてしまうだろう。


地図スキルを村全体、その周辺地域にまで展開し、外で動く者が居ないかを注視する。


2時間くらい経った頃、森の外れから出て来る、緑の点を見つける。


真っ直ぐに村へと向かって来る。


私は武器も持たず、その点が目指すであろう場所へと転移した。



 私の名はゼマ。


ダークエルフの、14歳の女の子。


放浪癖のある両親が、私に黙っていなくなったのは3か月前。


その後1か月は、家にある物で何とか食い繫いできたが、それすらなくなると、生きるために外で食料を探す羽目になった。


とは言っても、それまで狩猟すらしたことはなく、家にあった武器も、鋼の短剣が1本だけ。


うちの両親は変わり者で、同種族が集まる集落には住まず、遠く離れた場所で自分達だけの家を建てて暮らしていたので、私には、友達も知り合いもいなかった。


それまで、ろくに努力もせずに、家とその周辺でのうのうと暮らしていた私も悪い。


親からも幾度となく狩りを覚えろと言われてきたのに、狩りなんて野蛮だと、専ら家で魔法書や本を読んでいたのだから。


両親ともに魔法使いで、幸いにも私にもその血は流れ、幼い時から火と水、隠密魔法が使えた。


それからユニークスキルとして、<開錠>や<アイテムボックス>、<特殊鑑定>、<罠感知>など、どう見ても【便利屋】としか思えないものを持っていた。


以前両親に尋ねたところ、母親がそのジョブを持っていて、しかも昔は2人とも冒険者をしていたらしい。


彼らの放浪癖は、その頃からのようだった。


いつもなら、いなくなった後には何らかのメモや手紙が残されていた。


食料も、2、3か月分は置いていってくれた。


それが今回は何も残されてはおらず、食べ物も、節約しても1か月しか持たなかった分だけ。


畑に植えられた野菜は、まだ実が生っていなかった。


直ぐ帰って来るかもと期待したが、どうやら甘かったらしい。


家にあった書籍などの貴重品の類が全て持ち去られていることからも、私は、親に見捨てられたのかもしれない。


何の生産性も無い、只の穀潰ごくつぶし。


今考えれば、周囲に何もない深い森の中で、狩りもしなければ田畑を耕すでもない私は、彼らにとっては穀潰し以外の何者でもなかっただろう。


元々、欲しくて作った子供ではなかったようだし。


早く独り立ちできるよう、狩りを教えようとしても、それすら従わない。


確かに、愛想を尽かされる材料は揃っていた。


最後に残った1日分の食料と、鋼の短剣だけを持って、私は外に出た。


それまでは、外に出るといっても、せいぜい家から300m以内だった私が、生きるために初めて森をさ迷う。


魔物に怯えながら、隠密魔法を自身に掛けつつ、最初は茸や果物、木の実なんかを取っていた。


幸いにも<特殊鑑定>が使えたお陰で、それが食用になるかどうかは判断できたから。


だが、半月もするとそれすら見つけることが難しくなり、川の水だけで我慢したりした日もあったが、1か月後には到頭空腹に耐えられなくなってきた。


立ち止まれば死ぬと自分に言い聞かせ、必死に歩いて森を抜けた先に、小さな村が見えた。


その畑には、美味しそうな野菜が沢山実っていた。


躊躇わなかった。


隠密魔法のレベルを最大にして自身に掛け、直ぐ様畑へと駆け寄る。


夢中で野菜をいで、そのままかじり付く。


5、6個食べたところで、やっとお腹が満たされ、自分のした事に気付いた。


『私、泥棒を働いたんだ』


押し寄せて来る恐怖に、思わず走り出す。


その村から何処かに通じる道をひた走り、動けなくなると、木の陰に隠れてうずくまった。


『堕ちる所まで堕ちてしまった』


狩猟でさえ野蛮だなんて思っていたのに、到頭泥棒まで・・。


高貴な生まれでもないのに、自分の身を汚すことを嫌がってきた報いを、今になって受けている。


野菜の汁で汚れた口元を、洗い流すかのように流れ落ちる涙。


私はもう戻れない。


一生こうして生きていくしかない。


未だ神殿に行ったことさえないから、身分証すらなく、村や町に堂々と入れない。


おまけに、ステータスウインドウの犯罪歴には、『窃盗』の文字がある。


一頻り泣いた後、ゆるゆると立ち上がって、また歩き出す。


人目を避け、日差しを恐れ、2日目に見えてきた大きな村。


私はそこで、暫くお世話・・になることにした。

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