第37話

 「ここからは、槍ではなく斧を使ってね。

折角だから、【戦士】のジョブを狙ってみよう。

戦闘基本職を3つ取れれば、上位職の【戦士】が手に入るから」


2人にそう告げて、鉄の斧と鱗の盾を渡す。


「「はい、頑張ります」」


迷宮の2階層。


少し先にはゴブリンの集団がいる。


「それから、なるべく盾で相手の攻撃を受けてね。

盾のスキルを取れば、あなた達は【騎士】にもなれるよ?

HPが減っても、私が回復してあげるから大丈夫」


「私達が【騎士】を得られるんですか?」


「そう。

乗馬スキルを持ってると、習得が楽なの」


「頑張ります」


2人のやる気が更に増す。


「今のあなた達なら、ゴブリンと1対1で戦っても勝てる。

余計な敵は私が間引くから、どんどん進もう」


「「はい!」」


戦闘が始まる。


2人が臆することなく敵に挑む中、私は彼女達に向かいそうな複数の敵を槍で排除する。


2人は、私が指示した戦い方を守り、相手の棍棒を盾で受けながら、斧で果敢に反撃を繰り返す。


彼女達が2、3体倒すごとに回復魔法を掛けてやりながら、私は転移で数㎞先に跳び、そこに集まっているゴブリンを狩り尽くしては、また元の場所に戻る。


そんな戦闘を4時間近くこなし、私も到頭、【槍使い】と【戦士】を手に入れた。



 「もう直ぐ夕方6時になるから、ここでお終いにしよう。

たくさん戦ったし、今日はお風呂に連れて行ってあげる」


「お風呂ですか?

ありがとうございます!

嬉しいです」


カナエが凄く喜んだ。


「良いんですか?

・・何から何まで申し訳ありません」


サナエが恐縮して頭を下げる。


「2人はよく頑張ってくれるから、私も応援のし甲斐があるの。

・・行きましょ」


転移で跳んで、公衆浴場の手前まで来る。


受付で3人分の料金を支払い、脱衣所へ(日本の銭湯のように、番台と脱衣所が同じ空間にない)。


「脱いだ装備や衣類は私に渡して。

私のアイテムボックスに入れて置けば、出る時には奇麗になってるから」


「アイテムボックスにそんな性能が?」


「私のはね。

・・内緒よ?」


「・・夏海さんって、女神様に愛されているのですね」


「他の人よりはそうかも。

石鹼とシャンプー、タオルはこれを使って」


「・・シャンプーなんて初めてです」


「中で使い方を教えてあげる」


それから約90分。


お風呂で全身を磨いた彼女達は、随分と華を増した。


遅くなったので、夕食は村で食べて貰うことにして、転移で彼女達を村に送る。


出迎えた村長夫婦とサナエの両親に、理由を話して遅くまで連れ回したことを詫び、彼女達の夕食にと、買い置きしておいた料理を多めに渡す。


「それからこれは、本日彼女達と一緒に戦って得たドロップ品です。

臨時パーティーを組んだので、私が得た物も含め、今回は全て差し上げます」


そう言って、ゴブリンが落とした木材(小)と鉄片(小)を、それぞれ150個ずつ積んだ。


鉄片は、農機具や武器の作成にも使えるから、村では重宝するだろう。


半日分としては異常なほどの量に驚く彼らを尻目に、私は村を後にする。


そしてそれから、たった1人で神殿へと向かった。



 『女神様、夜分に申し訳ありません。

懺悔に参りました。

どうか私の独り言をお聞き逃しください』


膝を着き、女神像の前で祈り始める。


『私は今日、女性の顔面を殴りました。

迷宮内で跡が残らないとは思いましたが、敢えてそこを狙って攻撃しました。

・・怒りが抑えられなかったのです。

私は元の世界で、両親が亡くなるまでは幸せでした。

裕福ではありませんでしたが、日々の生活で困ることは無く、人並の生活を送れていました。

それが、あの忌まわしい事故で一変したのです。

未成年の上、他に身寄りのない私は、必要な事後手続きさえ満足に取れず、本来なら貰えるかもしれなかった幾つかの補償や給付を受けることもなく、生活に困窮し始めました。

学業の傍ら、懸命にバイト先を探し、残された住宅ローンの返済を猶予して貰うために、銀行へ相談にも行きました。

ですが何れも、私が未成年であるが故にろくな扱いを受けず、『決まりだから』の一点張りで相手にされませんでした。

バイトの面接では好色な視線に晒され、銀行では今売りに出しても借金しか残らないのを知りつつ、売却を勧められました。

誰も私の生活になんて興味が無い。

有るのは私の身体にだけ。

バイト探しで夜遅くまで街中を歩けば、ナンパ目当ての男性がしきりに声をかけてくる。

酔ったおじさんに絡まれる。

学校の生徒達には、同情と哀れみ、蔑みの視線を向けられる。

それまで何度も告白され、何れも断ってきた男子達からは、『ざまあ見ろ』といった目を向けられ、私の人気をよく思っていなかった女子達からは、『いい気味だわ』と陰口を叩かれる。

挙句の果てに、『夜の繁華街で男漁りしてる』なんて中傷までされる始末。

・・でも、1番許せなかったのは、両親を死に追いやった相手が罰せられなかったことです。

精神疾患があるという理由で、お酒まで飲んでいたらしいのに、全く罪に問われなかった。

財産も無く、保険にすら入っていないから、慰謝料すら取れないだろうって。

弁護士さんからそう告げられた時、私は思ったんです。

『なら私にそいつを殺させてくれ・・って』

何で加害者がのうのうと生きていて、被害者側が泣き続けなければならないのですか?

悲しみや苦しみが風化するのを待つだけなんて、酷過ぎませんか?

資力のない犯罪者が税金で養われているのに、何の罪もない人間は、自己破産した上でいろいろ我慢しないと援助して貰えないのですか?

『ならせめて、復讐する権利くらいくださいよ!』

そう、心で叫び続ける私でした。

・・女神様に機会を与えられ、この世界に辿り着いた時、私はやっと自由になれたと思いました。

心に涌いてくる、夢にまで出てくる浅ましい憎悪、偏見から、やっと解放されるのだと。

けれど、ここでも早々に暴漢に襲われ、殺されかけて、そんな小さな希望すら失くすところでした。

カズヤに出会い、リーシャとミーナが支えてくれなければ、私は狂っていたかもしれません。

だからこそ、彼を、彼女らを、私に好意を向けてくれる人を大事にしたい。

たとえ、その人達に悪意を向ける相手を殺してでも、彼ら、彼女らを護りたい。

その強い思いの結果が、今日の行為へと繋がったのでしょう。

・・私は、自分がしたことを恥じてはおりません。

今後も、同じような状況に陥れば、また同じ事を繰り返すかもしれません。

それでも、女神様は私をお認めくださるでしょうか?

唯それだけが心配です』


閉殿近くで誰もいない神殿。


その最奥の女神像が光る。


『自信をお持ちなさい。

己の行いに胸を張りなさい。

わたくしは、あなたを認めます』


夏海の身体が光を帯びる。


『大事だ、大切だと言いながら、自分が傷つくこと、己の身体を汚すことまではしない者はたくさんおります。

理想論だけを語っても、行動が伴わなければ、それはあくまで自分の内でしか通用しない絵空事。

自分と同じ様に、敵対する相手にも己の正義、主張があり、それを話し合いのみで解決できるなんてことの方が希なのです。

力なき者は力ある者の主張に逆らえず、刃向かえば制裁を受ける。

これは歴史が証明してきた真実です。

自分の主張を通すには、護りたい人を護るには、自身が力を付けなければなりません。

平和な世界なら、それは多くの賛同者のみで済みますが、死が間近に存在する世界では、(知恵を含んだ)力のみが正義、最大の武器なのです。

あなたが元居た世界でも、ヒーローや正義の味方はほぼ必ず武力で敵を倒すでしょう?

人々を殺そうとしている敵に対して、先ず説得から始める正義の味方を見たことがありますか?

人と人が完全に分り合える。

悲しいことですが、それは狭い範囲でしか成り立ちません。

人数が多くなればなるほど、何処かで異論、反論が必ず出てきます。

・・よく誤解されがちですが、武力を持つこと自体は決して悪ではありません。

問題はその使い方なのです。

武力を備えること自体が悪なら、異世界に転生したチート能力者は全員が悪人であり、魔王を倒しに行く勇者などは、その最たる者になってしまいます。

そんな考えは、自分や家族を殺しに来た相手に、黙って大人しく殺される者だけが持ち得て良いものです。

ヒーローだって、正義の味方だって、弱かったらそうなれないでしょう?

つまり人々の根底には、強さイコール正義の図式があるのです。

そして罪深いことに、自分はそうなる努力をしないで、ろくな代償も与えずに他者にそれを押し付けて、身を護らせる者が多い。

戦いで受ける痛みも苦しみも、相手から向けられる憎しみさえその者に押し付けて、自分達は平和を気取っている。

人には向き不向きがあり、戦えない者がいるのは当然ですが、ならば身を挺して他者を護る者には、何らかの特権があって良い。

わたくしの管理するこの世界では、わたくしこそが法であり、正義です。

そこに異論は認めません。

そのわたくしが認めます。

あなたの行いを、考え方を、その在り方を。

思いのままに進みなさい。

信じる道をお行きなさい。

を蔑ろにしない限り、わたくしはあなたを支持します』


『あ、ありがとうございます』


思いも寄らなかった力強い激励に、夏海の瞳が潤む。


『今回、あなたとこうして話し合えたことで、わたくしも心を決めました。

あなたに、【女神の使徒】のジョブを与えます。

また、『回収と連絡の指輪』の機能を一部拡大し、あなたと念話ができる存在を12名まで増やします。

あなたとの契約は、何れか1つの迷宮で最深部に到達し、そのコアを入手させることでしたが、以後はそれに拘りません。

複数の迷宮でコアを得て、わたくしからそれぞれの報酬を得ても良いし、迷宮攻略を成し得なくても、この世界を回り、好きな事をして、それで満足するようならそこで約束の報酬を支払い、元の世界に帰して差し上げます。

何れにせよ、今後も努力と精進を重ね、わたくしに人の可能性をお見せなさい。

あなたに、期待致します』


女神像から光が失われ、夏海が帯びていた光も消え失せる。


ステータスウインドウを開くと、ジョブの欄に【女神の使徒】が表示されている。


これまでは何処か後ろめたかった己の考え、気持ちを、女神様によって肯定された喜び、嬉しさ。


言い様が無い幸福感を抱え、家へと向かう。


そこには、自分と一緒に風呂に入るため、ずっと私を待っていた2人の姿があった。


その後、本日2度目の入浴をしたのは言うまでもない。

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