第36話

 朝7時30分。


遠乗りと見回りを終えた私とリーシャは、カナエ達を連れて自宅に戻り、そこでミーナと合流して、迷宮へと向かう。


1階層でカナエ達に武器と盾を渡し、12時に迎えに来ることを伝え、自分達は21階層へと足を踏み入れた。


これまでよりも天井が高い。


「そう言えば、私、<乗馬>を取ったわよ?」


「え?

もう、もっと早く言ってよ。

今設定を変えるね」


得意げに胸を張るリーシャに、苦笑いしながらそう言いつつ、彼女のジョブ設定を変更する。


{☆【魔法使い】25 ☆【戦士】8 ☆【騎士】1}・・これで良しっと。


「私も早く【戦士】を取ろう」


槍を持ちながらそう口にした視界に、空を飛ぶ魔物が映る。


『ホーク。個人推奨ジョブレベル(パーティーメンバーのそれぞれが、このレベルであることが望ましいの意)32。弱点属性は火と雷。ドロップ品はノーマルが魔石、レアは鳥の羽(4枚)』との鑑定結果が出る。


「カウンターか魔法でしか、攻撃できないわね」


「弓はあるけど矢がない。

買っておけば良かった」


「来ますよ」


私を狙って来た相手に、タイミングを見計らって槍を突き出す。


上手く片方の羽を貫通したが、自分も敵の体当たりを受ける。


けれど、ほとんど痛みを感じない。


リーシャとミーナが左右から攻撃して止めを刺した。


アイテムボックスが使えるようになったミーナにも、3種類の武器を渡し、好きな物を選択して貰っている。


今は槍だ。


「大丈夫?」


心配したリーシャに声をかけられる。


「うん、全然痛くなかった。

【戦士】のためにも早く【槍使い】を手に入れたいから、今日はこのままのスタイルでいこう。

攻略速度は大分落ちるけど、『急がば回れ』だね」


「それでも、普通よりはずっと速いんだけどね」


3人が3人とも、戦闘上位職を複数設定したパーティー。


おまけにレア武器所持者。


どんどん先に歩きながら、襲ってくる敵を秒殺していく。


離れた敵にはミーナが風魔法でヘイトを稼ぎ、自身は回り道をせずに向こうから襲ってこさせる。


12時までに、10㎞ほど先へ進んだ。


「一旦ここでお昼休みね。

2人には、これから工房で採寸をして貰うから、私はその間にカナエ達を村に送り届けてくる。

悪いけど、今日のお昼ご飯は2人で食べて。

終わったら、念話で教えてくれれば迎えにいくから」


「了解。

男性なら嫌だけど、彼女なら我慢できるわ」


2人を伴い、1階層に転移した。



 「駄目です!

これは借り物なんです。

お渡しできません」


「そんな良い槍と盾、ここで戦うお前らには勿体ねえよ。

俺達が使った方が役に立つって。

なに、只とは言わねえよ。

この鉄の剣と、木の盾を代わりにくれてやるから」


「さっさと渡した方が良いよ?

この人、怒ると怖いんだから」


カナエ達を迎えに行くと、柄の悪そうな男女2人が彼女達に絡んでいた。


「何してるの?」


「ああ!?

邪魔すん・・」


「ねえ、何してるの?」


「ひっ!」


私の顔を見た男が悲鳴をあげる。


「何をしているのか言ってみて?」


私の顔から表情が抜け落ちる。


ただ、その瞳だけが氷のように冷たく、鋭くなっていく。


「な、何もしてねえ。

まだ何もしてねえよ。

だから許してくれ」


顔を引き攣らせた男が、無様に許しを請う。


「駄目。

私が来なかったら、あんたは必ず彼女達に手を出した。

迷宮内は自己責任。

だから・・死ね」


槍の柄で、男の顔をぶん殴る。


「ギャッ」


男が顔を押さえてうずくまった。


「意外にしぶとい。

でもHPはあと残り12か。

蹴ったら死ぬかな?」


男のステータスウインドウを覗きながら、そう口にする。


「か、勘弁してあげて。

悪気はなかったんだよ」


女の方が、震えながらそうほざく。


「悪気がなくて、人の物を奪おうとする訳ないでしょ?

・・そう言えば、あなたも同罪だったね」


「ひっ!」


槍をしまい、顔面に拳を突き入れる。


「ガッ」


「迷宮内だと、血も出ないし、顔も崩れないから便利。

安心して女性の顔を殴れるわ。

・・あなたのHPはあと60。

もう1発で終わりかな」


「ゆ、許してくださいっ」


女が泣きながら床に這いつくばる。


「・・夏海、もうその辺りで許してあげて」


「この人達は、もう2度と彼女達にちょっかいを出さないわ」


リーシャとミーナが、私を宥めるように、穏やかな口調でそう言ってくる。


「本当に何もされてない?」


カナエ達の方を向き、2人に確認する。


「・・はい、大丈夫です。

お借りした装備を取られそうになっただけです」


「私も、まだ手は出されておりません」


フーッ。


溜息と共に、怒りを吐き出していく。


「・・今回だけは、これで許してあげる。

でも2度目はないから」


男達に向かって、事務的にそう告げる。


「はい、はい。

ありがとうございます!」


土下座する女性の声に、畏怖と喜びの混ざったような色が溢れる。


お昼時だからか、迷宮に出入りする人達が、私達を遠巻きに眺めていた。


どの顔にも、怯えと安堵が浮かんでいる。


「良い宣伝になってくれたから、その分、回復魔法を掛けてあげる。

さっさと失せなさい」


2人を回復してやると、男女は脇目もふらずに迷宮を出て行った。


「ごめんね。

それしか持っていなかったとはいえ、私が高価な装備を貸し与えたから・・。

入り口近くの1階層なら大丈夫だと思ったんだけど」


「夏海さんが謝る必要はありません。

この武器のお陰で、私達は短期間で随分レベルが上がったんです。

夏海さんが仰っていたように、絡まれた時点でさっさと迷宮を出て、騎士の方々に保護を求めるべきでした」


「その通りです。

どんどん強くなるのが嬉しくて、まだ出たくないと欲をかいたのがいけなかったんです」


「あなた達に非はない。

強くなりたいという思いは、ここで頑張る人には当然の欲求だもの。

・・一旦ここを出ましょう。

リーシャとミーナを工房に連れて行くから、その後、3人でお昼を食べよう」


転移を用いて2人を工房まで送り届け、『ごめんね。今日は先に帰っていて』と伝える。


私の考えが分るのか、2人とも笑顔で頷いてくれた。


その後、カナエ達を馴染みの定食屋に連れて行く。


「・・もう怖くなっちゃった?

迷宮では、敵は魔物だけとは限らない。

ごく希にだけど、さっきみたいなことが起こり得るの」


注文を済ませ、2人に話しかける。


「私は大丈夫です。

ああいう事は、何処に居てもある事ですから。

村に住んでいれば、盗賊の襲撃に怯えることだってよくあります」


カナエが気にしていないと微笑んでくれる。


「私も平気です。

私達は強くならないといけないんです。

村を、家族を守るために・・」


サナエも気丈にそう言ってのける。


「じゃあまだ2人とも、迷宮に入る意欲はあるのね?」


「「勿論です」」


「2人のステータスウインドウを簡単に見せて貰うね?」


______________________________________


氏名:カナエ


ジョブ:{【村人】7 【農民】7} 【槍使い】1


HP:650

MP:450


______________________________________


______________________________________


氏名:サナエ

人種:人間

性別:女性【処女】

年齢:15

*スタイル:155・82(B)・56・83

地位:平民

所有奴隷:なし


ジョブ:{【村人】5 【農民】5} 【槍使い】1


HP:530

MP:330


スキル:<PA:乗馬2> <PO:裁縫1>


*ユニークスキル:


魔法:


生活魔法:【浄化】2


状態:異常なし

*感情・気分:熱意 親愛 不屈

犯罪歴:なし


*所持金:125ギル


現在地:『第7迷宮の町』


______________________________________


あ、2人とも【槍使い】が取れてる。


スライムで数をこなせる分、私より早いのね。


ランクに応じて経験値が余分に入る<努力>を持ってるカナエの方が、やはり成長が早い。


既に身分職が7になっている。


これなら2階層でも全く問題ない。


寧ろ<盾>を覚えるには、上の階層でないと駄目だろう。


「2人とも【槍使い】が取れてるね。

おめでとう。

今ここで設定を組み替えてあげる。

臨時のパーティー申請を送るから、承諾してね?」


「え?

・・ジョブ設定は、神殿でないとできないのでは?」


「私はできるの。

・・内緒にしてね」


「はい、勿論」


申請を送った2人から、『承諾』の意思表示がくる。


______________________________________


氏名:カナエ


ジョブ:{【槍使い】1 【村人】7} 【農民】7


______________________________________


______________________________________


氏名:サナエ


ジョブ:{【槍使い】1 【村人】5} 【農民】5


______________________________________


「はい、これで良し。

確認してみて?」


「凄い。

・・本当に入れ替わってる」


「それでね、今日はこの後何か用事ある?」


「私は特にありません。

父からこちらを優先しろと言われております」


「私も大丈夫です」


「なら今度は私と一緒に迷宮に入ろう。

今日は夕方6時まで、ずっと2人に付き合ってあげる」


食事を終えると、私達は再度迷宮に潜った。

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