第35話

 午後4時。


再度入った迷宮で、私は20階層のフロアボス戦を1人でこなすべく、ジョブ設定を行っていた。


{☆【魔法使い】26 【剣士】53 ☆【騎士】1 ☆【神官】26 ★【賢者】13}・・これで良し。


右手に蛇槍、左手にはカズヤに貰った盾を持ち、門の奥に在る扉を押し開ける。


戦闘開始と共に、ハイオークとオークマジシャンに火魔法を放って瞬殺し、オークソルジャーの1体も火魔法で倒したら、残りの2体と槍で戦う。


一方の攻撃を盾で受け、もう一方に槍で攻撃する。


1体を倒すのに3回の攻撃が必要だが、それも直ぐ終わる。


全て倒して金貨が落ちるまで約3分。


夕方6時まで、それを延々と繰り返した。



 午後5時58分。


かねてから試してみたいことがあった私は、まだ迷宮内の1階層に留まっていた。


夕方6時を過ぎると、浅い階層にもランダムで強い魔物が現れる。


そう聞かされてこれまでは避けていたが、一体どの程度までの敵が出現するのか興味があった。


他の2人がいる時は、もしものことを考えればできないが、私だけなら直ぐに転移で逃げられる上、〖女神の加護〗もある。


身分証上で刻まれる時刻が、夕方の6時を過ぎた。


その瞬間、迷宮内に何らかの魔力が溢れたような感覚に陥る。


脳内にマップを展開し、1階層の奥の奥まで表示させる。


すると、今まで表示されなかった色があった。


黄色。


それがたった1つだけ表示されている。


地図作成スキルが4になったからだろうか。


転移で100m手前まで跳び、そこからゆっくりと近付いていく。


視界に映ったその敵は、通常の青い色ではなく、銀色をしたスライムだった。


<特殊鑑定S>を用いてその敵を調べる。


『メタルスライム。個人推奨ジョブレベル51。物理耐性A。魔法耐性E。強酸を吐く。ドロップ品はノーマルが金貨10枚、レアは金塊(1㎏)』


絶対に倒す。


それを見た瞬間、私の心は決まった。


20mの遠距離から、火魔法レベル6を立て続けに放つ。


相手が動くまでに2発命中したが、消滅しない。


こんなことは初めてだ。


近付かれるまでに5発命中したが、まだ生きている。


吐き出された強酸をかわしながら、更に4発撃ち込んだところでやっと消滅する。


合計9発、使用MPは540。


事前に知っていなければ、吐かれた強酸をかわせたとは思えない。


正に強敵だった。


ドロップ品を見て、ほっと息をく。


良かった。


ちゃんと落ちた。


しかも金塊。


これは売らずに取って置こう。


元の世界なら、これ1本で400万円くらいはするはずだから。


再び涌くのかを確認したかったが、リーシャ達との約束があるので、今日はこれで帰る。


勿論、この戦闘のことは内緒だ。


何でって、絶対に怒られるからね。



 「へえ、あの娘を迷宮にねえ。

そんなに好戦的には見えなかったけど」


お風呂の中で、別行動だった2人と会話する。


「戦いが好きというより、村を何とかしたいという思いが強いんだと思うの。

ユニークスキルに<努力>があったから、きっとある程度までは強くなるはずよ」


「彼女の友人だという、もう1人の娘は?」


「その娘はユニークスキルを持っていなかった。

<乗馬>と<裁縫>だけだね。

でもさ、これが何を意味するか分る?

私は彼女達に、槍と盾を貸したんだよ?」


「!!」


「そう、元から<乗馬>を持ってる彼女達は、【騎士】を取り易いの」


「そんな子供達が多ければ、ちょっとした騎士団代わりになるわね」


「武器や装備がないから、そこまでにはならないけど、自警団としてなら通用しそうでしょ?

ギルドで売れなくなった、剣や斧なんかを少し分けてあげても良いし」


「夏海って、めんどうが良いわよね」


それまで黙って聴いていたミーナが微笑む。


「何の落ち度も無いのに困っている人を見ると、以前の自分と重なる時があるの。

あの時は、本当に辛かったから・・」


不意にリーシャから抱き締められる。


「今は私達がいるわ」


「うん、・・ありがとう」


「リーシャ狡い。

私は身体を洗ってあげる」


「あ、そう言えば、ミーナには後でこの家の残金を支払うね。

今日の午後、不動産屋でざっと調べてきたの。

査定を頼んだ訳じゃないけど、似たような感じの物件を見てきたから、それの1割増しで買い取ります。

そうすると70万ギルくらいで、前回渡した分を差し引いて65万ギル。

それで良いかな?」


「え、この家、そんなにした?」


「郊外だけど小さな庭もあるし、建物自体は古くても、1つ1つの間取りは広いでしょ?

トイレも水洗だし、お風呂場も、ゆったりと寛げる設計だもの。

不満があれば、80万まで出すよ?」


「不満なんか無いけど、もう少し安くても良いのよ?」


「それは駄目。

じゃあお風呂から出たら、65万ギルを渡すね」


「・・ありがとう。

自分が未だにここに住んでいるのに、何だか悪いわ」


「その内他にも家を買うし、そうしたらそこに居る間は、ここを誰かに貸し出すことも考えてるから。

勿論、親しい知人に限定した話だけど」


「夏海が何を考えているのか、何となく分った」


リーシャがそう言って微笑む。


「それとね、先日剣を打ち直して貰った工房に、2人のための兜と鎧を発注したの。

ミーナの装備はまだ揃えたばかりだけど、これからどんどん敵が強くなるだろうから、魔鋼という特別な素材で作って貰うことにした。

オーダーメイドだから、明日一緒に工房に行って、寸法を測って貰おうね」


「20階層での連戦が、早速役に立ったのね」


「リーシャは魔鋼が何か知ってるんだ?」


「私の元専用装備が、それで作られていたのよ」


「ならリーシャには、同じ魔鋼で作られた盾もあげる。

鑑定したら『☆が付く』って出たから、きっと素晴らしい品だよ?」


「彼女、まだ若いのに凄腕の鍛冶師なのね」


「既に鍛冶スキルが4だしね。

今後のためにも仲良くしたいかな」


「うう、会話に入れない」


「そんなことないでしょ?

ミーナ達は今日何したの?」


「主に買い物と食事ですね。

あとは街を散策しました。

ただ・・」


「私服で出かけたのが悪かったのよ。

いつものように、戦闘服で出歩けば良かったわ」


「・・ナンパされたんだ?」


「ええ、それもかなりの頻度で。

最後の方は、もう相手の顔すら見ませんでしたけど」


「リーシャとミーナが私服で歩いていたら、多少はしょうがないけどね。

私だって、顔と胸には視線を送るだろうし、スカートが短ければ、太股だって見ちゃいそう」


突然、湯船からリーシャが立ち上がる。


「良いわよ。

夏海になら、幾らでも見せてあげる」


つんと上を向く大きな胸を伝って、身体を流れ落ちるお湯の雫が何だかエロい。


「私のだって、好きなだけ見てください。

夏海になら、どんな姿勢でもお見せしますから」


美しい女性の濡れた髪って、凄くそそると思うのは私だけなの?


でもさ、いい加減、この2人にも恥じらいを持って貰わないとね。


その方がそそるし。


「じゃあお言葉に甘えて。

2人ともそこを動かないでね」


湯船に立つ2人の、ある1点だけを、反対側の縁に腰かけながらじっと見つめる。


1分、2分、ただずっとそこだけを見つめ続ける。


次第に彼女達の太股が、もぞもぞとし始めるが、気にせず眺め続ける。


「ううっ、ごめんなさい。

もう許して・・」


リーシャが真っ赤になって慈悲を乞う。


「もうこれ以上は責任持てない」


ミーナの呼吸がせわしくなっている。


この辺りが潮時ね。


「ありがとう。

お陰で十分に堪能したわ。

私はもう出るから、2人はどうぞごゆっくり」


そう言い残し、さっさと浴室から出る。


その夜、私はベッドの中央で、左右の2人からずっと抱き締められたままだった。


少しやり過ぎたかしら。


寝苦しかったが、自分で蒔いた種でもあるので我慢する。


リーシャとミーナの、いつも以上に優しい香りに包まれて、次第に瞼が落ちる。


今は凄く幸せだ。


多少の馬鹿をやっても、少しくらい意地悪しても、こうして側を離れないでいてくれる、大切な人達がいる。


差し出された手は放さない。


差し伸べた手を戻さない。


私はそうして彼女達と共に生きていく。


そうすれば、いつかきっと嫌な夢を見なくなるから。

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