第32話

 翌朝8時30分。


毎朝の日課をこなし、19階層の2人と合流する。


昨夜は少し寝苦しかったし、何だか2人とも怒っていたみたいだから、とりあえず朝1番で謝っておこうと思ったけれど、どちらも根に持つタイプじゃないので、顔を合わせると普通に挨拶されて必要なかった。


2人から思い切り抱き締められたけど。


昨日と同じ要領で進みながら、見つけ次第、敵を倒す。


因みにこれまでの階層は、全て直線の石畳の広場である。


曲がり角が1つもないのだ。


見渡しが良く、何処に魔物が居るかひと目で分る。


ただ、不思議に思うのは、他のパーティーの人達が一体どうやって階層を攻略しているのかだ。


今は遠乗りや14階層での無双に毎日1時間ずつを割いているとはいえ、安全と言われる夕方6時まで目一杯の時間を使って、それも回復魔法で疲労を取り除きながら時折走ってまで攻略している私達が、丸々半日を使ってやっと次層への階段を見つけられるくらいなのに、魔法も使えないような人達が、どうやってそれを可能にしているのかが全く分らない。


夕方6時以降は、低階層にも高位の魔物が現れるのだから、テントなどを張って、そこで寝泊まりなんてできるはずもない。


転移魔法を使う人を他に見たこともないし、不思議で仕方がない。


実際、階段付近では時折他のパーティーを見かけるが、1㎞も進めばほぼ誰もいなくなるのだ。


まあ、無双するには人がいない方が良いので、こちらとしては都合が良いのだが。


巻き付かれるのはごめんなので、昨日と同じ、火魔法のみで倒していく。


他の2人も、2人1組になって、最初にそれぞれの魔法で牽制してから剣や槍で止めを刺していく。


実に無駄がない。


お昼までには8㎞くらい先へ進み、浄化した場所で腰を下ろすと、私だけお弁当箱を渡され、他の2人はサンドイッチだった。


訝る私がお弁当箱を開けると、ご飯の上に薄焼きの玉子焼きが敷かれ、そこにケチャップでハートマークが描かれていた。


ミーナの顔を見ると、にっこりと微笑まれる。


その無言の圧力に耐えながら、私は静かにお弁当を平らげた。



 夕方5時近く、やっと20階層への階段が現れる。


私は一旦それを上がってから、また下に戻り、6時ぎりぎりまで19階層でラミアを狩った。


既に入手した蛇弓は400を超えている。


20階層のフロアボスに挑む前に、1度ギルドでドロップ品を売却することにした。



 「こんばんは。

買い取りをお願いします」


「あら、いらっしゃい。

・・また1人お仲間が増えたのかい?

今度のもえらい別品さんだね。

あんたの所には美人しか集まらないのかね。

・・奥に行くだろ?」


「はい」


『作業中』の札を立てた女性の後を、3人で付いて行く。


「さて、今回は何だろうね」


女性が手で示した場所に、自分達で使う分を除いたドロップ品を、アイテムボックスから出して積んでいく。


ソルジャースケルトンの魔石350。


キラーウルフの毛皮400と魔石300。


リザードソルジャーの魔石400とシミター300。


毒消し(改)300と蛇弓390。


MP回復薬500。


その数を見た女性の顔が引き攣る。


「・・20分頂戴」


どれも凄い数があるので、女性は鑑定スキルを用いながら必死にメモを取っていく。


「こうして見ると、やっぱり夏海のスキルは異常ね。

普通の人の一生分くらいあるんじゃない?」


作業の邪魔にならない所まで離れて、リーシャとミーナが小声でおしゃべりしている。


「私はもう慣れたけど、他の人には決して見せられないわ。

パーティーへの加入申請が凄いことになるもの」


「今まで全くなかったの?」


「男性からはね。

女性からは数件あったけど、全て夏海が断っていたわ。

彼女、他人のステータスウインドウも全部見ることができるから、いろいろとね・・」


「ああ、なるほど。

・・私は運が良かったんだわ」


「あなたは夏海の好みだもの。

最初に皆で入浴した際も、かなり見られていたでしょ?」


「それはまあ、・・お互い様だったから」


「彼女、あんな綺麗な顔をして、かなりそそられる身体だものね」


ちょっと、聞こえてるんだけど。


「・・はあっ、お待たせ。

あんたの時は、かなり神経を使うわ。

締めて471万5000ギル。

おめでとう。

ギルドの歴代買い取り価格第1位を更新しました。

内訳を聴くかい?」


「単価だけをお願いします」


「今回の魔石はどれも1個400ギルね。

あとは、キラーウルフの毛皮が1枚100ギル、シミターが1本2000ギル、毒消し(改)が1つ600ギル、蛇弓が1つ2500ギル、MP回復薬は前回同様1つ5000ギルね。

この額で良いかい?」


「はい、お願いします」


「もう一生分くらい稼いだんじゃないのかい?」


「いえいえ、ついこの間も、神殿に200万ギル寄付してきたんですよ」


「へえ、意外に信心深いんだね。

・・そういやさ、前から疑問だったんだけど、あんたまさか迷宮の敵を全部倒して回ってるのかい?」


「え?

・・そうですけど」


「やっぱり。

だから短期間でこんな数になるんだね。

・・神殿で転移チケットを買っていないとはね。

驚いたよ」


「ええ!?

そんな物があるなんて知りませんでした。

・・2人とも知ってた?」


後にいる2人の方を向いて尋ねる。


「私は知っていたわ。

けれど、(転移スキルがある)夏海には必要ないでしょ?」


「私も知ってはいましたが、うちには必要ない物なので・・」


「一体どんなチケットなんですか?」


再度、買い取り担当の女性に尋ねる。


「1日に1パーティーで2枚しか買えないのだけど、自分達が攻略した階層の最上階までなら、何処でも転移できる代物さ。

例えば、17階層まで行ったことがあるなら、最初からそこまでは跳べる。

そして帰りも、もう1枚を使えば1階層の入り口まで戻って来れる。

3階層ごとに存在する迷宮内の転移魔法陣と併用すれば、かなりの階層に一瞬で行けるのさ」


「そんな・・。

だからどの階層も、階段付近にしか人がいなかったのね」


「みんな自分の命が懸かっているからね。

最初は無理して奥まで進まないのさ。

その階層で十分な勝ち目が見えるまで、直ぐ下に避難できる階段付近で戦うのがセオリーなんだよ。

それだって、全部の魔物を倒して進む奴なんていないよ?

次の階層を狙う際には、どうしても戦う必要がある時だけさ。

あんたらが異常なんだよ」


「でも、皆さんよくそんなお金がありますね?

迷宮内に入る際に50ギル取られて、転移チケットまで買ってたら赤字じゃないですか」


「そこは神殿だからね。

貧しい者からはほとんどお金を取らないんだよ。

チケットを買う際に通らねばならない小さな門があって、そこにパーティーごとの金額が表示されるんだ。

所持金が少ない連中は、大体が1ギル、つまり銅貨1枚。

逆に裕福な者達は、その所持金の1%近くを請求されると言われている。

因みに、その場だけの所持金じゃないみたいだからね?

470万も稼いだあんたなら、それだけでも4万7000ギルくらい取られるよ?」


「・・それは、さすがに使いませんね」


「まあ、あんた達には必要ないさ。

それより、そろそろ支払いを済ませちまうよ。

今回も白金貨の出番だからね」


「はい、ありがとうございます」


受付に戻って待つこと約2分、別室から白金貨を取って来た彼女が、目の前のトレーにお金を積んでくれる。


「白金貨4枚に大金貨1枚、金貨21枚と大銀貨1枚。

締めて471万5000ギル。

ほら、人目につかない内にさっさと終いな」


女性が小声でそう促してくれる。


「はい」


リーシャとミーナが周囲から見えないように両脇に寄ってくれる中、さっさとアイテムボックス内にお金を終い込む。


「それから、シミターと蛇弓は暫く買い取り不可ね」


「分りました。

・・でも、こちらで持参しておいて何ですが、そんなに在庫を抱えて大丈夫なんですか?」


「勿論、他の支部にも買い取らせるよ?

元々がレアな品だから、10や20なら何処も引き取ってくれるし、あんたのお陰でこっちにはMP回復薬が大量にあるからね。

それとセットで売れば、これくらいなら直ぐにけるさ」


「【魔法使い】の数はそれ程でもないのに、MP回復薬はかなり需要があるんですね」


「まあね。

魔法が使えると、どうしてもそれに頼りがちだし、そういう連中ほど金を持ってるのさ」


分るだろう?


まるでそう言っているかのように微笑まれる。


「あはは。

あの、今回もたくさん買い取っていただけたので、ほんの少しですが、これどうぞ」


3種類の魔石を1つずつカウンターに載せる。


「いつも済まないね。

今回の分は、ギルド職員の飲み代にでも使わせて貰うよ。

ありがとね」


小さく手を振られながら、今度は通常の受付へ。


こんな時間だからか、いつもの女性の前には誰も並んでいなかった。


「済みません、3人分の査定をお願いします」


「お待ち致しておりました。

随分とご活躍みたいですね。

お陰様で当ギルドも大変潤っております。

ギルドカードのご呈示をお願い致します」


笑顔でそう言われる。


呈示して約2分、更に深い笑みで以て告げられる。


「おめでとうございます。

リーシャさんの個人ランクがC、ミーナさんの個人ランクがDになりました。

既に19階層まで攻略されているご様子。

皆さん全員がBランクになるのも時間の問題ですね」


そこから先は、ギルドの依頼も受けないと上がらないのだ。


「ありがとうございます」


曖昧な笑みでごまかし、ギルドを後にした。


因みに、個人ではなく、パーティーのランクというのは形式的には存在しない。


その時は強くても、メンバーの入れ替わりなどで常時変動するからだ。


なので、高ランクの依頼を受ける際は、個人ランクのどのレベルが何人いるかで判断される。


馴染みの定食屋で夕食を取りながら、他の2人に明日の予定を告げる。


「明日はいつもの日課が終わり次第、20階層に挑むね。

恐らく何周もすると思うから、今夜はしっかり食べて休んで。

多分、明日にはミーナのレベルが30を超えるんじゃないかな。

そうしたら、毎月の給料日を設けて、週1のお休みも作ろう」


「・・お休みね。

ずっと働き通しで、何をしたいか忘れてしまったわね」


リーシャが苦笑いする。


「私は久々に買い物かな。

もう少し衣類や食材を揃えないと・・」


「皆で使う物は私が出すから、きちんと請求してね?」


「ありがとう。

でもそれ程の額じゃないから」


「早く調味料を落とす魔物が出て来ないかな。

甘い物が食べたい」


「市場で買えば良いでしょ」


「ええー、砂糖や蜂蜜が使ってあると高いじゃない」


「・・夏海の金銭感覚がよく分らない」


その夜は、皆で果実酒を煽りながら、とろとろに煮込まれたビックボアのお肉に舌鼓を打った。

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