第29話
朝の5時。
特大サイズのベッドの中で、柔らかな感触と共に目を覚ます。
昨晩の抱き枕はリーシャだったようだ。
私が、寝る時はなるべく3人一緒が良いと言うと、4つある客間の1つを寝室にして、そこにこの間購入した特大サイズのベッドと、水差しなどを置く小さなテーブルだけを置いて寝ることになった。
個室ごと浄化したトイレには、棚の上にトイレットペーパーと魔石(流す際の水を創り出すもの)を積み、浄化を終えた浴室には、湯船に大量の湯を
騎士団での雑務に心身ともに疲れていたミーナは、掃除は最低限しか行っておらず、水と火の魔法が使えないこともあり、家の風呂は使わずに、2日に1度、公衆浴場に通っていた(それ以外は浄化)。
私にそのことを知られて、恥じ入るように顔を伏せた彼女だが、『そんなの、私が元居た世界では、大して珍しくもないよ?』と教えてあげたら、どうにか立ち直ってくれた。
私の抱える事情については、既にミーナにも告げてある。
大きな胸の感触を惜しみつつ身を起こし、寝室を出て身支度をする。
今日からソニの村で遠乗りをするため、私だけ先に起きて、1、2時間程練習してから迷宮に入ることにしてある。
食堂のテーブルに2人の朝食を置いて、転移で村まで跳んだ。
農作業をする村の朝は早く、私が村長宅を訪れると、既に皆が起きていた。
銀貨1枚を支払うと、娘さんが『馬に乗ったご経験はお有りですか?』と尋ねてくる。
前回ここを訪れた際は、私だけ走って来たからだろう。
私は元の世界では、ごく一般的な庶民だった。
特別な学校に通ってでもない限り、そんなものあろうはずがない。
当然の如く首を横に振ると、何と娘さんが指導を買って出てくれた。
それはそうだろう。
私は経験もないのに、ジョブやスキルを得ることばかり考えて、大事なことが抜け落ちていたのだ。
馬は生き物だ。
感情もあれば、こちらの予想外のこともする。
私が是非にと頭を下げると、娘さんは喜んで教えてくれた。
厩舎で1番大人しい馬を連れ、村の外で、騎乗の仕方や手綱の持ち方、基本的な走り方や注意点を丁寧に指導してくれる。
2時間もすれば、私でも普通に走れるくらいにまで上達した。
時間なので、本格的な遠乗りは明日からにして、今日はここまでにする。
帰り際、娘さんに指導料として、キラーラビット、リトルボア、オーク、ビックボアの肉をそれぞれ2つずつと、塩と胡椒、醬油の小袋や容器を渡した。
農村地帯なので野菜はあるだろうが、恐らく肉はあまり手に入らないのではと考えたからだ。
案の定、凄く喜んでくれた。
転移で家に帰ると、リーシャとミーナが準備万端で待っていた。
「遅くなってごめんね。
今日からまたがんがん稼ぐよ」
「ええ。
私もそろそろアイテムボックスを覚えたいし」
「私も頑張る。
早くリーシャに追い付かないと」
「フフッ、やる気十分だね。
良いよ、良いよ。
さあ行こう」
転移で迷宮まで跳び、そこから入り口の魔法陣を使わずに、16階層への階段まで自身のスキルで跳んで来る。
上がった先には、私の大好きな魔物が居た。
『ソルジャースケルトン。個人推奨ジョブレベル27。弱点属性なし。ドロップ品はノーマルが400ギル、レアは魔石』
「400ギル!?」
敵を<特殊鑑定>で調べた私は、思わず声に出す。
「あーあ、夏海の目の色が変わった。
今日明日はここで狩りまくりね」
リーシャが諦めたように笑う。
「でも分るわ。
400ギルなんて、一般人の2日分の生活費じゃない?
夏海と会う前なら、私だって必死になったかも」
「リーシャは元王女様だから、お金での苦労を知らないのよ」
私が揶揄するように言うと、彼女は少しむくれた。
「私だって、国を出てからはかなり苦労したのよ?
お供の2人の身を護りながら、野宿だってしてたんだから」
「ごめんね、冗談だから。
そんな風になんて思っていないから」
「今日はお風呂で抱き締めて。
それなら許すわ」
「はいはい」
「来ますよ!」
ミーナの声で、一方的な戦闘が始まった。
6階層のスケルトンと大きく違う点は、兜や盾で武装していること。
あとは動きが少し速くて、剣に威力がある。
2、3体で襲ってくることもあり、私達のレベルでは、本来なら倒すのが難しい。
だが、私達は普通ではない。
女神様の恩恵により、他の人達にはない強みがある。
ジョブを5つも付けることが可能な私は、只でさえ他人の倍以上の強さを発揮する。
それに加えて、私達は3人ともが貴重な【魔法使い】だ。
複数で襲ってくる敵には、火、水、風、土の4属性の中から、有効な攻撃で先制できる。
弱点属性のない今回の敵の場合は、リーシャの土魔法で足止めするなり転ばすなりして、1体ずつ倒すこともできる。
私の場合は、めんどうなので火魔法で燃やしてから、斧で砕く作業を繰り返した。
回復魔法すら持っている私は、頃合いを見ては仲間2人の体力を回復し、休みなく4時間を戦い続ける。
グシャ、グシャと骨の砕ける音を響かせながら、どんどん先に進む。
途中からは両手に斧を持ち、まるで狂戦士の如く戦い続けた。
午後1時。
昼食のために一休みする。
さすがに精神的に疲れた2人が、重たい息を吐いた。
「やっと休憩なのね。
まるで大国と戦争しているみたい」
引っ切り無しに涌く敵に対処していたリーシャが、やれやれといった感じで腰を下ろす。
彼女は1人だけ槍を使い続けていたので、1体を倒すのに時間がかかった。
なので、倒したと思ったら直ぐに近くに新たな敵が涌き、本当に休む暇なく戦っていた。
「お疲れ様。
でもやっとリーシャの努力が報われたよ。
【槍使い】のジョブが取れて、おまけに【戦士】まで増えてる」
「本当!?
ああ、これで少しは楽になるのね」
「本当にお疲れ様。
第3ジョブを戦士に変えておくね。
あとは私と一緒に乗馬の訓練をすれば【騎士】も取れて、それで一段落かな」
「リーシャの言っていた意味がやっと分った。
確かに、今となっては騎士団の訓練が
「みんな恵まれてたんだよ。
戦いには、やっぱりハングリー精神が大事なんだよね」
「夏海のはそういう次元じゃない気がする。
それにもう、結構なお金持ちでしょ?」
「私が元居た世界はね、私くらいの年齢では、お金を稼ぐ場所が極端に限られていたの。
お金が無くても、働きたくても、どうしようもない場合が多かったんだよ。
それに比べて、この世界には迷宮がある。
年齢制限がある訳じゃないし、50ギルさえ払えれば、1階層でなら子供の内から鍛えて、稼げる可能性があるじゃない。
その50ギルが払えなくても、町の外には魔物が居て、自分を鍛えさえすればそれらと戦って素材を得られる。
可能性という意味では、この世界はかなり恵まれているんだよ。
だって努力が、経験値やジョブ、スキルとなって、全て自分に跳ね返ってくるんだもの。
元の世界で偶に見かけた、どうでも良い、人を欺くのが仕事のような職種に就いて、無意味に無駄に生きてるような人をあまり見ないで済むんだもの」
「・・夏海が闇落ちしてる。
魔法も魔物も存在しない世界だって聴いたけど、良いことばかりじゃないのね」
ミーナが若干引いている。
「平和で自由過ぎるとね、その内くだらない事を考えたり行ったりする人が出てくるのよ。
いろんな人が居て、その頭の数だけ思考が存在すれば、中には突拍子もない事を言ったり、信じられない事をする
そしてそれを、ほとんど適正には裁けないの。
法を司る人達の多くは、机にしがみ付いて情報という形でしか世間を知らないし、自分にさえ関係なければ、どうでも良いと考える人もたくさんいるから。
加害者のことには親身になれても、その被害者のことにまでは考えが及ばない。
私が居た世界には、そんな人が結構いたの」
「普通は逆だと思いますが・・」
「そう思うでしょ?
ある種の自己陶酔なんでしょうけどね。
不作為や過失でもないのに、罪のない人を何十人も殺した人の命を心配するなんて、ナンセンスよ。
『この人を死刑にしたところで・・』なんて言葉は、第三者が言うべき言葉じゃない。
その点、こちらの世界はシンプルで良いわ。
やられたらやり返せるし、討伐名目で退治してもお咎めないしね」
「・・何だか夏海の戦闘好きの理由が分った気がする」
それまで黙っていたリーシャが、溜息を吐きながら呟いた。
「引いた?」
「まさか。
人は、他人に言えない多くのものを抱えながら生きてるわ。
生まれや育った環境、能力だってそれぞれ違うのだもの、そんなの当たり前よ。
人として守らねばならないことは、実はそう多くはないと思うの。
それさえ守れれば、あとは当人の自由だもの。
私は夏海が好きで、その生き方に共感できる。
共に過ごした時間は僅かでも、私は夏海を信じられるわ」
「・・今晩、リーシャを寝かさないかも」
「そう言うなら、いい加減実行してよね」
「そうしたらミーナが困るでしょ。
同じベッドで寝てるんだし」
「・・少し見てみたいかも」
「え!?
・・今の私には、ちょっとハードルが高過ぎるかな」
「もう、夏海はいつも口ばっかり」
「こういうのはね、酒場でおっちゃんが看板娘に『ねえちゃん、今度デートしようぜ』って言うのと変わらないの。
適当にあしらえば良いのであって、本気にしたら駄目なのよ」
「あなた一体幾つよ?
考え方がまるでオジサンよ?」
「酷い!
この怒りを魔物にぶつけてやる」
その後、昼食を終えた彼女らは、夕方6時までぶっ通しで狩りを続けるのであった。
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