第27話
「うーん、見た目はそんなに汚くはないね」
「まあ、この大きさの湖が色を変えていたら、それこそ猛毒でしょう」
「何の魔物だと思う?」
「魚系ではないでしょう。
恐らく両棲類」
「イモリや蛙みたいな?」
「多分」
ふと思い付いて、<地図作成>のスキルをオンにしてみる。
思った通りだ。
このスキルは、迷宮内だけではなく、外部でも表示されるらしい。
周辺の魔物と自分達の位置が、脳内に現れる。
「・・居た。
2匹居る。
ただ、水中で攻撃が届かない」
「おびき寄せるしかないわね。
・・どの辺り?」
「ここから大体50mくらいの場所。
水深までは不明」
「用心しながら近寄りましょう。
ミーナは風魔法でお願いね?」
「了解」
側まで行くと、そこの部分だけ水の色が濁っている。
「ロープでも持ってくれば良かったかな。
釣りの要領で、側まで餌を投げられたのに」
「水中に岩を投げ込んで、挑発してみましょうか?」
「そうね。
とにかく陸におびき出さないと何もできないから。
・・20m先の正面にお願い」
「分った。
皆、準備は良い?」
「ええ」
私とミーナが、魔法を放つ体勢を取る。
リーシャが湖面に向けて、できるだけ大きくした礫刃を打ち込んでいく。
人の頭の大きさくらいある礫刃が、5、6発撃ち込まれた辺りで、地図に動きがあった。
「動いた!
リーシャは一旦下がって!」
私の後ろに駆け込んだリーシャが、蛇槍を構えたところで敵が姿を現す。
2m以上ありそうな、けばけばしい色をした蛙だった。
敵の力が分らない以上、最初から最大の攻撃で向かう。
レベル6になったばかりの火魔法を、2連射する。
それを受けた1体は、さすがに骨しか残らない。
だが、ミーナの風刃を受けたもう1体が、そのままの勢いで彼女に襲い掛かろうとする。
私は透かさず障壁魔法を展開し、彼女の身を護る。
行く手を阻まれた敵に、リーシャが思い切り蛇槍を突き刺し、その彼女に毒を吐こうとした蛙を、今度はミーナが剣で突き刺す。
力なく吐かれた毒を浴びたリーシャの盾が、強酸で溶かされたように煙を上げる。
「これで御仕舞よ!」
私は、至近距離からレベル3の火魔法を撃ち込んだ。
魔物の腹に大きな穴が開き、やっと動かなくなる。
「みんな大丈夫!?」
「ええ」
「私も問題ありません」
「良かった。
・・結構大きかったね。
1体は骨しか残ってないけど、こちらの1体は辛うじて原形を保っているから、証拠品として持ち帰らないとね。
村長さんに見せてから、町までアイテムボックスで運んであげる。
ミーナが騎士団に提出してね」
「良いの?」
「勿論。
こっちの骨も持って行く?」
「そうね。
念のため。
・・あら?」
「どうしたの?」
「身分証が落ちてる」
「こちらからも出てきたわよ」
魔物の骨の付近に1枚、死体の側に2枚落ちていた。
「・・帰って来なかったって言ってた村人かな。
これも村長さんに見せて、どうするか尋ねよう」
「この湖の汚染はどうするの?」
「・・これだけ広いと、私達だけでは完全には無理ね。
汚染の酷い箇所だけ浄化して、後は自然に任せましょう。
村の水田や畑を集中して浄化した方が効果的だと思う」
「そうね。
じゃあそうしてから帰りましょうか」
3人で手分けして、汚染色の濃い場所を浄化して回る。
20分くらいそうしてから、村へと戻った。
村長宅で、拾った身分証を提示しながら討伐が終了したことを報告すると、少女同様、とても喜んでくれた。
身分証は、その家族に見せた後、私達で神殿に返却して欲しいとお願いされる。
町まで行くには馬でも1日以上かかるから、かなり大変なのだろう。
それを了承して、田畑の浄化を申し出ると、驚いた顔をした後、困ったような表情をされる。
「とても有難いのですが、今年の収穫が期待できない状況では、お支払いの方が・・」
「料金は全て事前に女神様から頂いております。
なので一切必要ありません」
そう告げた際の、彼らの浮かべた笑顔が眩しかった。
先ずは水田に案内され、これまた3人で浄化作業を始めるが、私以外の2人はMP容量も少なければその回復速度も遅いため、大量に保管していたMP回復薬を20本ずつ渡し、頑張って貰う。
売れば1本5000ギルの回復薬を大量に渡されたミーナは、若干その美しい顔を引き攣らせていた。
約1時間後、1㏊に及ぶ水田の浄化が完全に終わり、稲の状態がかなり改善する。
浄化の魔法は、そのレベルが高いほど、解毒を含めた様々な効果を発揮するのだ。
次に畑へと向かうが、ここは作業前に念のため尋ねる。
「土中の有用な微生物にまで影響があるかもしれませんが?」
「うーん。
では、作物の傷みが激しい場所だけお願いします。
どの道そこは、土を作り直す必要がありますから」
「分りました」
ここは水田ほど汚染されてはいないので、私1人で行う。
全ての作業を終え、もう一度村長宅に案内される。
「本当にありがとうございました。
これでどうにかやっていけそうです」
その家族全員から、深々と頭を下げられる。
「全ては女神様のお導きです。
それから、こちらをお渡ししておきます。
もし村人や稲に何かあったらお使いください」
アイテムボックスから毒消しを20本ほど取り出し、テーブルの上に置いた。
「こんなことまでしていただいては・・」
「その代わり、今後2、3か月くらい、1回銀貨1枚で馬を1頭、1時間くらい貸していただけませんか?
この村から他の場所まで、遠乗りがしたいのです。
勿論、お返しする際は、きちんと疲労を回復させておきます」
「そんなことで宜しいのでしたら、お金は頂きませんので、どうぞお使いください」
「それは駄目です。
馬は村の財産のはず。
せめて飼い葉代として、銀貨1枚くらいは負担させてください」
「・・あなたは随分変わっていらっしゃる。
お金が要らないと言われて、そんなことを仰ってくださる方はそうおりませんよ」
村長が、穏やかに目を細める。
「・・こちらに少し余裕があるのは確かですが、私はできることなら、被害を受けた方々のお力になりたいのです」
両親が亡くなった後の、自身の窮状を思い出しつつ、そう告げる。
「今後いつでもこの村をお訪ねください。
あなた方への門は、常に開いております」
「ありがとうございます。
こちらこそ、宜しくお願いします」
村の門を出るまで、村長をはじめ、多くの人が見送ってくれた。
「ねえミーナ、私が後であなたに相談事があると言っていたのを覚えてる?」
2人を伴った最初の転移で、町へ帰る道のりの半分まで来た時、思い切ってそう切り出す。
「ええ、勿論」
「・・良かったらさ、私達の仲間になってくれないかな?」
「喜んで」
「え、即答?
騎士団はどうするの?」
「辞めることにしました。
このまま続けても、今の団長が居る限り、きっと同じ事の繰り返しになるでしょうから」
「誘っておいてなんだけど、本当に良いの?
3代続いた家なんでしょ?」
「良いの。
どうせ大した家じゃないし、家族も使用人もいないから、潰したところで誰も困らない。
遣り甲斐さえ失くした今、家に拘って騎士にしがみ付いても意味がないことを理解したから」
「ありがとう。
リーシャ共々、大事にするから宜しくね」
「こちらこそ。
夏海といれば、きっと楽しく生きられると思うから」
「最初にあなたを見た時、何となくそうなりそうな気がしたの。
夏海が好きそうな容姿だもの。
それに、人柄も申し分なかった。
今後は2人で夏海を支えていきましょう」
リーシャがミーナに右手を差し出す。
「ええ。
宜しくね」
引いていた馬の手綱を持ち替えて、ミーナがその手を固く握る。
「今ここにはいないんだけど、うちにはもう1人、臨時のメンバーがいるの。
今度彼に会った時に紹介するね」
「男性?」
「ええ、私の恩人で想い人。
大丈夫。
決して彼の方から私達に何かをしてくることはないから。
女神様の御墨付き」
「・・夏海の想い人か。
どんな人か楽しみ」
「私を除け者にしないなら、彼との恋愛は自由だよ?」
「え、そうなの?」
「但し、うちのパーティーに居る間は、男性は彼だけにしてね。
女神様との大切なお約束で、他の男性は入れられないの」
「女神様の関係者なんだ?」
「そう。
かなりの重要人物だと思う。
あんまり愛想は良くないけど、優しい人よ」
その後、もう一度転移して第7の町に戻り、街中で更に騎士団の支部近くまで転移して、ミーナの後を付いて建物内に入った。
討伐素材の回収部門に倒した魔物2体分の死体を渡し、私達はそこで外に出て、ミーナだけが退団手続きをするために残った。
暫くすると、さっぱりとした表情で、彼女が出て来る。
「これで正式に夏海のパーティーに入れるわ。
改めて、宜しくお願いします」
私に、頼れる3人目の仲間ができた瞬間だった。
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