第26話

 「え?

・・お風呂ですか?」


「うん、そう。

ミーナも一緒に入らない?」


「それは構いませんが、そんな物、一体何処に?」


夕食を共に取りながら、お互いの簡単な身の上話をすると、私達の間にあった距離感はぐっと縮まった。


塩と胡椒、醬油で味付けをしたリトルボアのステーキと、白パンに果物、お水か赤ワイン。


そう、この世界には胡椒や醬油があるんですよ。


迷宮でドロップするらしいです。


迷宮でドロップする肉類は、きちんと血抜きがされているので変な臭みもなく食べられる。


食べ終えた食器類やナイフも、私のアイテムボックスにそのまま入れれば、次に使用する際には奇麗になって出てくる。


それを見たミーナが、目を丸くして驚いていた。


「私のアイテムボックスに、町の職人街で買った浴槽が入れてあるの。

1番大きな物を買ったので、大人でも4人くらいは楽に入れるよ?」


「夏海のアイテムボックスって、かなりレベルが高いのね。

ジョブレベル30で貰える<アイテムボックスF>は、あの大きなベッド1つでも大変なくらいだと聞くよ?」


ミーナはまだアイテムボックスが使えない。


「まあ、そうかな。

それで、外の空き地の一部をリーシャの土魔法で少し弄って貰って、浴槽を置く土台と、抜いたり流したりしたお湯を溜める穴を作って貰うから。

入った後にちゃんと戻せば大丈夫だよ」


「浴槽の中に入れるお湯はどうするのですか?」


「私が火と水の魔法で作るよ?」


「・・でも、外から丸見えなんじゃ?」


「それも大丈夫。

私達の裸は(カズヤ以外には)誰にも見せない。

リーシャの土魔法で、周囲に壁を作って貰うから」


「夏海達といると、正直、驚いてばかりです。

先程のトイレもそうですが、生活レベルが貴族、いえ、それ以上だと思います」


溜息と共にそう言われる。


「騎士団での遠征任務では、野宿は当たり前ですし、お風呂だって何日も入れないことがあります。

女性の団員も少なからずおりますが、皆、遠征の時にはかなりの我慢を強いられます。

それでも、仕事に遣り甲斐があるのならまだ良い。

ですが、ここ最近の扱いで、それもなくなってしまいました」


セクハラ団長の話はさっき聞いたし、寂しそうにそう口にする彼女に、私はある決意をする。


「とりあえずはさ、お風呂に入っていろんなものを流してしまおう。

そしてぐっすり寝て、さっさと依頼を片付けよう。

その後で、私はミーナに相談したい事があるから」


「私にですか?

・・分りました」


「じゃあもうお風呂に入るよ。

リーシャ、お願いね」


「はいはい」


立ち上がったリーシャが、先ずは土を強化して浴槽の土台を作り、次いで傾斜のある深い穴を掘る。


それから周囲に高い土塀を作成した。


土魔法のレベルが4もある彼女だからこそできる芸当だ。


私はその土台の上に浴槽を置き、直径2m、深さ1m以上の大きな桶と、手桶を出す。


の子板を配置し、お風呂から出た際に履く、木製のサンダルを3足並べる。


石鹸とシャンプー、タオルを出して、浴槽と、かけ湯用の桶にお湯を入れたら即席の浴場の出来上がり。


「お待たせ。

さあ入ろう。

脱いだ物は私に渡してね。

出た時には奇麗になってるから」


「今日はたくさん汗をかいたから、浄化だけでは物足りなかったの。

・・嬉しいわ」


そう言って服を脱いでいくミーナを見ながら、私は少し顔を赤らめた。


『やっぱり髪の色と同じなのね』


彼女の髪は、奇麗な赤茶色をしている。


「ふうー。

(周囲が土塀だから)星しか見えないけれど、これはこれで良いものね」


かけ湯をして、先に湯に浸かったリーシャが満足そうにそう漏らす。


「華があるものね。

思った通り、ミーナの身体は凄く奇麗」


髪と同じ色の瞳に、親しみを感じさせる整った容貌。


リーシャとはまた違った形を持つ、美しい胸。


色白の肌に、素晴らしい身体のライン。


男性でなくても、思わず手が出そう。


「夏海やリーシャなんて、もっと奇麗じゃない」


恥ずかしそうに顔を朱色に染めながら、彼女が浴槽を跨ぐ。


「後で背中を洗ってあげる。

1人暮らしだと大変でしょ?」


「ありがとう。

私もそうするね」


最初の頃にあった妙な緊張感は、長湯をしている内に、汗と共に流れてゆく。


入浴後は、3人とも同じベッドに入っておしゃべりをしている内に、いつの間にか眠っていた。



 翌朝5時。


習慣とは恐ろしいもので、目覚ましがないのにこの時間に目が覚める。


顔にふくよかな弾力を感じ、思わずそれに頬を擦り付けると、誰かが『う、うん』という声を漏らした。


状況を認識して、そっと身を離そうとするが、お互いにしっかりと抱き締め合っているらしく、相手を起こさずに離れるのは無理だった。


「・・おはよう」


私の動きに反応して目を開けたミーナに、おずおずと挨拶する。


暫く、ぼうっとしていたその奇麗な瞳が、急速に焦点を定めた。


「!!

・・おはよう」


「昨夜は素晴らしかったわよ」


「・・夏海も激しかった」


お互いに抱き枕の代わりにしていたことを、軽口で流す。


ミーナの位置は、2人で寝ていた際のリーシャの位置だったので、無意識に抱き締めてしまったようだった。


「ごめんね。

いつもリーシャを抱き枕代わりにしてるから・・」


「別に気にしてない。

夏海なら嫌じゃないから」


下着だけの姿で寝ていたので、ベッドから出て服を身に付け、トイレや洗顔などの、朝の身支度を始める。


携帯トイレは、仲間がいつでも使用できるように、昨夜から外に出したままだ。


女神様から直に頂いた品々は、私以外には持ち運びができない。


第三者が収得しようとしても、弾かれる。


例外は、消耗品であるトイレットペーパーやティッシュ箱の類だけだ。


当然、もし私の身に何かあれば、アイテムボックスの中身同様、女神様に返還される。


抱き枕の役目をミーナに奪われて、少しむくれていたリーシャも起き出し、皆で白パンとロースハムに果物、珈琲の朝食を取る。


珈琲豆は、迷宮に存在する特定の魔物から、月ごとに違った品種の物がドロップするらしい。


市場で見かけて購入したが、皮の小袋1つ(200ℊ)で400ギルと、かなり高価だった。


「さて、それじゃあ仕事に入ろう。

先ずは汚染現場に行って、周囲の調査から」


皆が食べ終えたのを見計らい、行動に移る。


昨日村長から聴いた話では、村から1㎞ほど離れた小さな湖のほとりに、3か月くらい前から毒を持った魔物が棲みついたとのこと。


様子を見に行った村人が誰も帰って来なかったので、どんな魔物かまでは分らないと言っていた。


その湖は村の大事な水源で、そこから流れる小川から、田畑に水を引いているらしい。


今年の稲は絶望的だと嘆いていた。


「一緒に仕事をする上で、お互いの能力をある程度知っておくのは大事だよね?」


現場へと歩きながら、ミーナにそう声をかける。


「それは勿論」


「じゃあさ、ミーナのステータスウインドウを見ても良い?

私達のは見れないだろうし、こちらから教えるから」


本当は既に確認しているのだが、この際きちんと許可を得ておく。


「あなた達なら構わないけど、ユニークスキルなんかは見れないから、どの道教えた方が早いのでは?」


「大丈夫。

秘密だけど、私なら見れるの」


「!!!」


「見せて貰うね」


______________________________________


氏名:ミーナ・ラングレー

人種:人間

性別:女性【処女】

年齢:17

*スタイル:170・93(G)・57・88

地位:平民

所有奴隷:なし


ジョブ:☆【騎士】21 ☆【魔法使い】10 【町人】8 【剣士】8


HP:2610

MP:3410


スキル:<PA:盾3> <PA:乗馬2> <PO:料理4> 


*ユニークスキル:<PO:全状態異常耐性B> <PO:全魔法耐性D> <PO:物理耐性B> <PO:幸運B>


魔法:【風魔法】2


生活魔法:【浄化】3


状態:異常なし

*感情・気分:驚愕 親愛 信頼

犯罪歴:なし


*所持金:2万4567ギル


現在地:『ソニの村』近郊


______________________________________


「ユニークスキルに凄いのが揃ってるね。

<全状態異常耐性>がBなら、大抵の毒なら大丈夫だものね」


「・・本当に見えるのね」


「<幸運>のスキルは初めて見たかも。

何か良いことあった?」


「全然。

夏海達に会えたことくらいね」


「フフッ、嬉しいことを言ってくれますな。

私達のもざっと教えるね」


彼女に耳打ちする。


「!!!

・・それ本当なの?

夏海ってもしかして・・」


「うん。

女神様の使徒的な立場」


「驚いたけど、何だか安心できた。

あなたみたいな人が女神様のお使いなら、この世界もそう悪くはならないわね」


「そんなにプレッシャーをかけないで。

今でさえやる事が多くて、毎日結構大変なんだから。

本当は、もっとのんびり、だらだらしたいのよ」


苦笑しつつ、同じ苦労をしているリーシャを見遣る。


「あら、私は、夏海が好きであくせく働いているのだと思っていたわ」


「ええーっ、私がそんなに真面目に見える?」


「見えるわよ。

あなたは黙っていれば、図書館で黙々と本を読んでいるか、静かに教鞭を取っていそうなタイプだもの」


「『黙っていれば』って・・」


「その美しく艶やかな黒髪と、清楚な美貌がそう見せるのね。

一目で惚れちゃったもの」


「・・2人ってそういう関係なの?」


「違うの。

彼女は掛け替えの無い仲間で、抱き枕の代わり。

私には、他に好きな男性ひとがいるから」


いつの間にか話が変な方向へと逸れかけた時、件の湖が見えてきた。

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