第25話
『女神様、お呼びにより参上致しました』
朝の9時。
昨夜のメールでこの時間に神殿に来るようにと指示された私は、朝の6時から8時まで迷宮内を駆け回り、16階層へと足を踏み入れてから、そのままリーシャを連れて転移で神殿前まで跳んできた。
受付で銀貨2枚のお布施を渡し、女神像の前で跪いて祈ると、直ぐに応答がある。
『ご苦労様。
もう少しここで待っていてください。
程無く今回の依頼の相手が現れます』
昨夜届いたメールの内容は、『ある人物に力を貸して欲しい』というもの。
何でも、その人物が住んでいる村の付近に、最近になって魔物が棲みつき、村の重要な水資源を汚染しているらしい。
冒険者ギルドと町に滞在する騎士団にも助けを求めたが、ギルドでは提示した依頼料では難しいと難色を示され、騎士団からは未だ応答がない。
村を代表してこの町まで来たその女性は、昨日から、
『なお、今回のわたくしの依頼は、『試練』扱いと致します。
達成すれば、こちらが提示した品の中から褒美を取らせます。
もしその中に欲しい物がない場合、次回以降に使えるポイントとして溜めることも可能です』
『試練、でございますか?』
『ええ。
あなたも多少は力を付けました。
なので今後不定期で、わたくしから試練、つまり行うか行わないかが自由な依頼を出します。
但し、今回の件に関してだけは強制です。
その分、報酬は現時点では破格の物を用意致しました』
『それが何であるかをお尋ねすることはできますか?』
『携帯用の水洗トイレです。
因みに、何処に流れるかはお教えできません』
『!!!
大変厚かましいお願いではありますが、それを事前に頂くことは可能でしょうか?
試練には、身命を賭して臨むつもりでおります』
『・・良いでしょう。
やはりあなたは聡明です。
物の価値がちゃんと分っておりますね』
『ありがとうございます!』
『あなたのアイテムボックスに入れておきます。
頑張りなさい。
失敗は許しません』
『はい!』
その後、ここへやって来た依頼人の少女に事情を伝え、感激の涙を流して女神様に感謝するその少女を宥め、宿に話を通して1週間分の延長料金を支払い、町の家具屋で必要な物を買って、直ぐに現地へと向かう。
少女は馬でこの町まで来たらしく、リーシャ1人をそれに同乗させて貰い、私は回復魔法を常時掛け続けながら、その後を走った。
馬にまで回復魔法を使用し続けた結果、通常なら1日以上かかる行程を、何と9時間で辿り着く。
お陰で村に着いた時、回復魔法のレベルが3になっていた。
「君には、ソニの村まで魔物討伐に向かって貰う」
「私1人でですか?」
「そうだ」
「・・その魔物の情報を頂けますか?」
「それがよく分らんのだ。
窮状を訴えてきた女が的外れな奴で、今一つ要領を得ない。
毒を扱うということしか分らん」
「そうですか。
いつ出発すれば宜しいですか?」
「今直ぐにだ」
「・・分りました」
明らかに嫌がらせだ。
2週間前、騎士団での飲み会の後、私にしつこく言い寄ってきた団長の頬を叩いたのが原因だろう。
それ以降、何かにつけて雑用を命じられた。
私がそれに耐えていると、今度はあからさまな行動に出てきた。
本来、騎士団での任務には、必ず2人以上で事に当たらなければならないという決まりがある。
なのにろくな情報もないまま、遠隔地に1人で向かわせるなど有り得ない。
私が我慢すると考えているからだろう。
私の家は、私しか後継ぎがいない。
というより、家族は私1人だけだ。
父は戦死し、母は病死して、他に兄弟姉妹もいなければ、身寄りもない。
家運が傾き、使用人すらおらず、然して大きくもない家は
ただ、私には1つだけ、他に誇れる長所があった。
容姿だけは良かったのだ。
母譲りの美しい顔立ちに、スラリと背が高く、そのくせ胸は必要以上に大きく、腰は
そのせいで、引っ切り無しに男が寄って来る。
お金や地位を笠に着た、どうしようもない連中ばかり。
私は別に、お金に困っていない。
住む家はあるし、贅沢をしないので、騎士団から支給される給料で十分やっていける。
だが、それを理解してくれない連中が、目の前の団長の如く、私の邪魔をするのだ。
さっさと部屋を出て、旅支度を始める。
正直、何日かかるか分らないのに。
「やっと着いた。
これで次からは転移で来られるかも」
防具類を一切外し、身軽な状態で走り続けたとはいえ、8時間も走れば、精神の方が参ってくる。
途中に30分程度の休憩を2回入れたが、正直、今日はもう休みたい。
それは馬に乗っていた2人も同じだったらしく、かなり疲れた顔をしていた。
「この村に宿屋はある?」
依頼人の少女に聴いてみる。
「ございません。
旅人やお客様がみえた時は、村長である父が所有する離れを使って貰っています」
「私達がそこを借りることはできるかな?」
「勿論です。
先ずは父に会って、話を聴いてあげてください」
馬から降りた彼女が、その手綱を引きながら、家へと案内してくれる。
そこで村長から、村の現状と魔物についての説明を聴いた私達は、まだ井戸の1つが無事であり、当面の飲み水だけは心配ないというので、とりあえず今日は身体を休めることにした。
離れの建物に案内して貰うと、意外に広い。
部屋数が3つあり、風呂はないが、汲み取り式のトイレはある(使わないけど)。
その内の1部屋を借りて、先ずは魔法で埃の目立つ部屋全体を浄化する。
本当に何も無い部屋なので、アイテムボックスから、念のためにと買っておいたベッドを出す。
リーシャが、『一緒に寝られる大きいサイズを買いましょう』と言ったので、どうせならと、1番大きいサイズを買った。
3000ギルもしたけど、木製の立派な作りで、大人3人が余裕で寝られる。
「少し村の中を歩いてみようか?」
まだ寝るには早い時間なので、リーシャを誘ってみる。
「そうね。
どんな村か、ざっと調べておきましょう」
外に出て、400m四方くらいの、村の中を歩く。
集落自体は100軒くらいか。
夕飯時なのか、あまり人と会わない。
馬の飼育をしているようで、厩舎が1つある。
その他には、小さな雑貨屋が1軒に、これまた小さな鍛冶屋が1軒あるだけ。
定食屋さえなかった。
粗末な木の塀の外には、水田と畑が広がるが、稲に勢いがない。
「これは思ってた以上ね。
私、町まで転移して買い物してくる」
「今から?」
「だって食べる物がないし。
魔物の肉はあるけど、調味料がない」
お弁当は途中の休憩で食べてしまった。
「村長さんが、『食事は
リーシャも、その食料事情を考慮して、遠慮した方が良いと考えたようだ。
「1回の転移で何処まで跳べるか試したいし、ちょっと行ってくる」
そう言うや否や、私は第7迷宮の町まで跳んだ。
幸い、2回目の転移で町まで着き、街中でも転移を繰り返しながら、大急ぎで必要な物を買って村に戻る。
離れのある場所まで来ると、リーシャともう1人、知らない女性が立ち話をしていた。
「おかえりなさい」
リーシャが私に気付き、その女性との会話を中断する。
「ただいま。
・・何かあったの?」
「私達の他にも、町の騎士団が人材を派遣してくれたようなの。
・・尤も、彼女1人しかいないのだけど」
そこでその女性が、私の方を振り向いた。
綺麗な人。
私達と同じくらいの年齢かな?
「こんばんは。
私達は村の依頼で魔物討伐をしにきた者ですが、騎士であるあなたと協力することは可能でしょうか?」
「初めまして。
私は第7迷宮の町に常駐する、第3騎士団所属のミーナと申します。
今回の任務は私1人しかおりませんので、協力できるならこちらも心強いです」
「良かった。
私達、これから夕食なのですが、宜しかったらご一緒に如何ですか?
大した物ではありませんが、お近づきの印にご馳走します。
この村、何もないみたいですし」
「有難いお申し出ですが、宜しいのですか?
情報がほとんどなくて、ろくに準備もできずに来たので・・」
「ええ、是非」
いつまでも入り口で立ち話も何なので、離れの庭で即席の焼き場を
リーシャに調味料類を渡して肉を見て貰っている間に、離れの空いている部屋の1つを浄化してやり、そこにミーナの荷物と装備を置く。
「・・寝る時はどうするのですか?」
がらんとした部屋で、一応尋ねてみる。
「床に毛布を敷いて寝ます」
「・・あの、決して他意は有りませんが、宜しかったら私達のベッドで一緒に寝ませんか?
見て貰えば分りますが、かなり大きな物を買ったので、3人でも余裕なんです」
まだ初対面と言って良い女性だが、相手に悪意がないのはステータスウインドウを見れば分かるし、任務とはいえ、この少女を直に床で寝させるのは気が引けた。
「・・何故そこまでご親切に?」
少し警戒されてしまったかな?
仕方ない。
ちょっとだけ本音を言おう。
「あなた凄い美人ですし、お友達になりたいからです。
もう一度言いますが、決して他意は有りません」
「・・お名前をお尋ねしても?」
「水月夏海です」
精一杯の笑顔を浮かべる。
「・・あなたも凄く美人だわ。
お言葉に甘えさせて貰いますね」
少し頬を染めた彼女が、初めて微笑む。
「ちょっと夏海、まだなの?
お肉が冷めてしまうわよ?」
焼餅を焼いた訳でもないだろうが、外からリーシャが私を呼ぶ声がした。
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