第22話

 「・・いつもこんなペースで戦闘してる訳?」


「そうだよ。

【賢者】のジョブを持ってると、MPの回復が凄く早いの」


「よくそんな最上位のジョブを持てたわね。

それも女神様の恩恵?」


「これは私の努力の結果。

10年以上学校で真面目に勉強して、そこでずっと優秀な成績を収めてると習得できるの。

リーシャなら可能だと思うけど、さすがに今は学校にまで通わせられないから」


「10年じゃねえ。

子供の内からじゃないと、難しいわよね」


「向こうの世界では、そういう教育システムが出来上がっていたの。

残念なことに、半数近くは真面目に勉強していないけど。

何事も、只だと身が入らない人が多く出るから」


「教育が只なの!?」


「平和で豊かな国だったからね。

王政ではなく民主制だから、人気取りのためにいろいろ無償だったのよ」


「良い国だったのね」


「・・それはどうかな」


少なくとも、法律面では同意できない。


「それにしても、このドロップ率は何なの?

稼ぎ放題じゃない」


私の表情がかげったのを見て、リーシャが話題を変える。


「スキルのお陰で、50%の確率で落ちるからね。

だからリーシャに手が届いたの」


経験値はシェアされても、個人が持つスキルのドロップ率までは共有されない。


私が倒せばどんどん落ちるが、リーシャが倒すとほぼ落ちない。


買い取り受付のおばさんの言葉を思い出す。


「楽な相手なら、私が手出ししない方が良いみたいね」


「それだとあなたの経験値が溜まらないから、気にせずどんどん倒して」


こうしておしゃべりしている間も、歩きながら、見つけ次第敵を倒している。


6時間近く歩くと、12階層への階段が見えた。


「上がった所でお昼にしましょう」


「やっとなのね」


これまでも、適宜回復魔法を使いつつ、水分補給やトイレ休憩を挟んできたが、長時間の戦闘に慣れていないリーシャには、少しばかり応えたらしい。


ほっとしたように微笑んだ。


階段を上がり、次からは入り口の魔法陣で跳べるようにしたら、隅の空いている場所を探して、浄化をかけてから座り込む。


「はい、あなたの分」


宿に頼んでおいた、お弁当と飲み物を渡す。


「ありがとう。

迷宮内で食べるのは、これが初めてだわ」


子供の頃に入っていた際は、戦闘行為は1、2時間だったらしいから、食事の用意など必要ない。


王女が迷宮内で食事をするなんて、普通は考えもしないのだろう。


そうでなくても、壁に寄りかかって呑気に食事を取っている姿を見られて、他のパーティーから呆れられたこともある。


みんな少しでも稼ごうとして、必死なのだ。


ここで稼いでおかないと、外部で身体の損傷に怯えながら戦うことになるから。


逆に腕に自信がある人達は、確実に素材が手に入る、外部での戦闘を好むとも聞いた。


私達は、女神様のため、己のために、一刻も早く強くなる必要がある。


向こうの世界で読んだ、異世界でのスローライフなんて、まだずっと先のことに違いない。


ゆっくり食べて、お茶を飲んで一息吐いたら、また攻略を再開する。


12階層の魔物はオーク。


<特殊鑑定>に『個人推奨ジョブレベル21。弱点属性は火と風。パワータイプ。ドロップ品はノーマルが肉(1㎏)、レアは鉄の斧』と出る。


「ここではリーシャは、なるべく盾で攻撃を受けて。

盾スキルを少しでも上げる努力をしよう。

攻撃と回復は、私が魔法でするから」


「了解」


お昼を食べてる間に涌いたのか、かなりの数がいる。


リーシャの負担にならないよう、1体を残してどんどん倒す。


火魔法の使用レベルは相変わらず3だ。


炎を浴びせて肉を落とすから、まるで料理しているような気分になる。


生だけど。


リーシャが先導し、攻撃を受けている間に、その周囲の敵を倒しつつ進む。


頭の中で効果音が鳴った。


確認すると、<地図作成>のスキルが2になっている。


試しに表示させると、魔物の位置が赤い点で表されていた。


因みに、自分達の色は白だ。


「地図スキルのレベルが1つ上がったよ」


「あら、おめでとう」


「今日中にこの階層を制覇してしまおうね」


「・・一般の人が聞いたら、きっと怒るわね」


「だってまだ12階層だよ?」


「【村人】や【町民】、【都民】、【放浪者】しかジョブを持たない人達は、強い仲間に支えられないと、毎日数時間戦っても、10階層まで来るのに5、6年かかるのよ?」


「・・確かに、全く魔法が使えないと厳しいかもね」


「あなたは異常なの。

それをしっかりと認識しておかないと、思わぬ所でトラブルに巻き込まれるからね?

私以外には、言動に注意してね」


「うん。

ありがとう」


「フフフッ。

素直な娘は好きよ。

さあ、また頑張りましょう」


「・・リーシャの誕生日って、何月?」


「11月よ」


「何だ、私の方がお姉さんじゃない。

かわいいわね」


フフンと笑う。


「そういう所が子供なのよ。

今日は一緒に寝てあげようか?」


「結構です!」


近くに涌いたオークに、魔法で八つ当たりした。



 「ふう、今日も目一杯頑張ったなー」


公衆浴場の湯に浸かりながら、間延びした声を漏らす。


リーシャが気にしないというので、今回からは個室ではなく、一般の湯船に入っている。


結局あの後、12階層を隅々まで踏破し、夕方の6時ぎりぎりまでオークを倒し続けた。


リーシャもずっと攻撃を盾で受け続け、盾のスキルが3になって大喜びだった。


レベルが上がると、盾で受ける際のダメージが緩和され、盾自体の消耗率も少しだけ緩やかになるらしい。


「この浴場、人が少ないわね。

まだ早い時間なのかしら」


女湯には、私達以外に3人しかいなかった。


「いつもこんな感じだよ?

ちゃんと利益が出てるか、こちらが心配になるくらい」


「入浴料は50ギルだったわね。

これだけの広さなら、そう高いとは思わないけれど・・」


「もしかして、自宅にお風呂がある人の方が多いのかもしれないね」


「うーん、町の近くに湖や川があるから、水源には困らないでしょうけど、下水工事がそこまで進んでいるかしら。

奴隷館には、ちゃんとしたお風呂があったけど」


「毎日入れたの?」


「私はね。

奴隷の人達は2日に一度だったかな」


「もう少しお金が貯まったら、安い場所に家を買おうと思うの。

リーシャにも自分の部屋をあげたいし、もっと寛げる場所が欲しいからね」


「夏海の稼ぎなら、十分可能ね。

私ももっと頑張るから」


「どんな家が欲しい?」


「あまり大きいと掃除が大変だから、人並のもので良いんじゃない?

ある程度の広さの庭と、お風呂があって、トイレが水洗なら言うことないわ」


「元王女様なのに、リーシャって現実的だよね」


「王宮の暮らしだって、やってる事は庶民とそう大差ないわよ。

ただそれを、何倍にも大袈裟にしているだけだもの」


「未練はないの?」


「全くないわ。

夏海と暮らす今がとても幸せだから」


「裸の状態で、そんな表情をしてそう言われたら、大抵の人はリーシャを押し倒しているね。

私が男だったら、間違いなく今夜は寝かさない」


「嬉しい。

寝ないで待ってるわよ?」


「男だったらって言ったでしょ。

ちゃんと寝なさい」


「いじわる。

寝る前に思い切り抱き締めてやるんだから」


「・・・意外と悪くないかも」


「え?」


「私、抱き枕が欲しかったのよね。

リーシャの大きな胸に顔を埋めながら、手足を巻き付けて寝たら気持ち良いかも」


「・・・」


「試してみても良い?」


「時々私にも同じ事をさせてくれるなら良いわよ」


「・・まあ、時々ならね」


「眠るのが楽しくなったわ」



 「おかえり」


宿に帰ると、盗賊達から助けた4人が私を待っていた。


「こんばんは。

どうかしたのですか?」


「あたし達、明日でこの宿から他へ移るからさ。

その前に挨拶しとこうと思って」


「今後どうするか決まったのですか?」


「ああ。

この町で、小さな店を買い取って、そこで酒場をやることにしたんだ。

4人全員で切り盛りして、何とか暮らしていくよ」


「そうですか。

安心しました」


「本当はにもちゃんと礼を言いたかったんだけど、何処にいるかも分らないから・・」


「あとで私から伝えておきます。

彼は今、用事で2か月くらい留守にしているので」


「そうなのかい。

店が軌道に乗ったら、一度彼と飲みに来ておくれよ。

サービスするからさ。

冒険者ギルドから歩いて15分くらいの所にある、『黄昏』って店だから」


「ええ、是非お伺いしますね」


「あの・・いろいろありがとう。

あの時はちゃんと言えなかったけど、あなた達2人には、本当に感謝してるの」


自分達が奴隷に売られると勘違いしていた女性が、おずおずとそう言ってくる。


「彼にもそう伝えておくね。

・・ゆっくりで良い。

いつか笑えるようになることを願っているから」


「うん」


「これは私からのお祝い。

10万ギル入ってる。

最初は何かと物要りだと思うから」


リーダー格の女性に、予め用意しておいた、金貨10枚入りの小袋を手渡す。


「・・そんな、良いのかい?

あの時だって、半分も貰っちまったのに・・」


小袋を受け取った手が震えている。


「本来、あなた達は何も悪くない。

被害者だからって、下を向いて歩く必要なんか絶対ない。

彼も、そして私も、あなた達の味方だから。

何かあったらできる限り相談に乗るから。

・・だから、皆でこれからの人生を楽しんでね」


「ありがとう」


4人が一様にそう告げた言葉は、かすかにかすれていた。

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