第17話

 夕食後、宿に戻ってステータスウインドウを開く。


ジョブを見て、【市民】21、☆【魔法使い】8、【剣士】16、☆【神官】8、★【賢者】4になっていることを確認する。


止めを刺した盗賊達の中に、【斧使い】46と【村人】40がいたので、少しは上がるだろうと思っていた。


明日はまた、朝から迷宮に入る。


13時からのカズヤとの訓練前に、7階層を何とかしたい。


いろいろあった日なので、その日はそれで床に就いた。



 朝6時。


迷宮が安全になる時間を待って、入り口の転移魔法陣から6階層まで跳ぶ。


見つけ次第、片っ端からスケルトンを倒しながら、7階層への階段を上る。


所々に岩が置いてある。


7階層に広がる眼前の光景を見て、最初はそう思った。


だが側に寄ってよく見ると、その1つ1つが大きな陸亀であることが分った。


<特殊鑑定S>を使った結果、『フィールドタートル。個人推奨ジョブレベル15。弱点は火と雷、首』と出る。


雷魔法はまだ使えないので、火魔法レベル3を放つと、1発で消滅した。


【魔法使い】と【賢者】のレベルが上がっているせいだろうか。


試しに剣でも戦ってみたが、甲羅の中に身を隠されると、かなり時間がかかる。


おまけに、時々回転しながら襲ってくるので、それに当たると少し痛い。


複数に寄られると、嚙み付こうとさえしてくる。


諦めて、全て魔法で倒すことにした。


ドロップ品は、ノーマルが鼈甲べっこう、レアは強精剤だった。


この階層の地図を完成させながら、約4時間、ひたすら倒しまくる。


MPが半分くらいに減ったところで、6階層に戻り、昼食を取った。


魔法以外では倒し難いからか、7階層には私以外、誰もいなかった。


意外と魔法使いは数が少ないのかもしれない。



 13時5分前、6階層の魔法陣側で待機していると、時間通りにカズヤがやって来た。


「今日も宜しく」


昨日、お互いの肌を見せ合ったことを思い出し、私の顔が少し赤くなる。


「ああ。

また盾を用いた訓練をしていこう」


彼の方は平然としている。


何だか少しくやしい。


「思い切りいくから、宜しくお願いします!」


邪魔なスケルトンを倒しながら、人の見えない場所で打ち合いを始める。


「フッ」


キン。


「それなりに剣速が増してきたな。

・・【剣士】は16か。

他のジョブ効果も相俟あいまって、実際には20以上の威力があるだろう」


<特殊鑑定S>を持つ私のステータスウインドウを、いとも簡単に盗み見てるし。


本来なら、私が許可を出さない限り、誰にも見られないはずなんだからね。


私だけにしか見ることができない項目は、たとえ許可を与えたって無理だし。


やっぱり彼には、私の全てが丸見えなんだわ。


こっちは見ようとしても何も見えないのに、狡い!


「ハッ、・・フンッ」


多少の怒りを込めて剣を振ると、『無駄な力が入っているぞ』とハリセンでお尻を叩かれる。


派手な音がするだけで、全く痛くないけど、時々付近を通り過ぎる人にその音を聞かれて、笑われるのが恥ずかしい。


盾で受けようとするが、まだ半分も追いつかない。


ふて腐れて攻撃に徹しようものなら、『そうらそうらどうした、もう受けないのか?ならこれで帰っちゃうぞ?』と、表情を変えずに、声音だけで脅してくる。


惚れた弱みか、そう言われるとまた懸命に頑張ってしまう私。


何だか彼、女の扱いに凄く長けてる気がする。


ムムムッ。


私の振る剣に、更に余計な力が加わった。



 「何とか盾のスキルを得たようだな」


訓練開始から4時間が経ち、夕方5時を過ぎた頃、カズヤが満足そうにそう言ってくれる。


「・・良かった。

やっと報われたのね」


適宜回復を得ているとはいえ、4時間ぶっ通しでの戦闘は、なかなかに応える。


自分より遥か上の存在と戦うのだから尚更だ。


「2日で千数百回は(盾で)受けたからな。

まあ、よく頑張ったな」


「集中力だけは(元の世界の勉強で)身に付いていたからね。

・・でもきっと、あなたとでなければ続かなかったと思うけど」


「君に仲間が増えたら、今度は君がこうしてそのに教えていくんだ。

しっかり覚えておけよ」


「夏海」


「ん?」


「『君』じゃなくて『夏海』」


「話しやすい方を使いたいんだが・・」


「・・なるべくそう呼んでね」


「努力しよう」


時間が来たカズヤが帰っていき、私はギリギリまでスケルトンを倒して外に出る。


お風呂で汗を流したら、今日は何を食べようかな?



 翌朝も朝6時から迷宮に入る。


入り口の魔法陣で6階層まで跳んだら、最短距離で8階層を目指す。


貧乏性なので、お金を落とすスケルトンは片っ端から、フィールドタートルは進路を塞いでいるものだけ。


そうこうして3時間で8階層に上がれば(因みに、疲労を回復しながら走っている)、そこには灰色の狼がいた。


『グレーウルフ。個人推奨ジョブレベル16。不利属性なし』と<特殊鑑定S>に出る。


補足として、『仲間を呼ぶ』との記載があった。


火魔法を試すと、ここもレベル3なら1発で済んだ。


中途半端に剣で攻撃して、仲間を呼ばれるとめんどうなので、出し惜しみなく魔法を連発する。


それにしても数が多い。


他の人が戦って、仲間でも呼ばれたのだろうか?


1㎞進んだだけなのに、150匹くらい倒さねばならなかった。


ドロップ品は、ノーマルが毛皮、レアは魔石だった。


あんまりお金になりそうにないかな。


9階層に期待することにして、倒すよりも、先に進むことを優先する。


8階層に入ってから約3時間。


走りながら魔法を連発しただけあって、精神的な疲労が凄い。


時々複数で襲われ、何度かダメージも食らう。


でもその甲斐あってか、やっと9階層への階段に辿り着く。


一気に登って、転移魔法陣の側で壁沿いに腰を下ろす。


ここまで来れば、次からは入り口で9階層まで跳べるのだ。


周囲に魔物が居ないことを確認し、水と簡単な昼食を取る。


今の宿に更に1週間分の予約を入れたら、宿の女将さんがお弁当の質を上げてくれた。


何と、この世界には米が存在するのだ。


私がアイテムボックスを使えることを知っているので、専用容器にご飯と、野菜と肉のおかずを詰めて渡してくれた。


これで40ギルなら安い。


美味しいご飯を食べて精神力が大分回復したところで、改めて9階層を眺める。


ここまでは全て石畳の広場で、数十m先に魔物がうろついていた。


立ち上がり、<特殊鑑定S>を用いる。


『リザードマン。個人推奨ジョブレベル18。弱点は火と雷、首筋』と表示される。


今回はその下もちゃんと読む。


『ドロップ品はノーマルが鉄剣、レアは鱗の盾。尻尾は切断しても直ぐ生えてくるので注意』


そう書いてあった。


今日はもう時間がないので、戦わずにカズヤとの待ち合わせ場所に転移する。


時間きっかりに、彼は7階層に顔を見せた。


「今日は魔法の訓練をしよう」


「何の魔法ですか?」


「障壁魔法だ」


「障壁?

・・バリアみたいなもの?」


「そうだ。

普通の盾では、属性が付いてなければ、土や風、水以外の魔法攻撃がほとんど防げない。

単発攻撃なら避けることも可能だが、範囲攻撃だとそれもかなり難しい。

なので今の内から練習して、たとえ最低レベルであっても使えるようにはしておいた方が良いだろう」


「どうやるのですか?」


「この魔法はかなり習得が難しい。

自分の魔力を形にして、それを前面の空間に押し広げなくてはならない。

たった1つの例外を除いて、【魔法使い】か【神官】、【魔導師】、【聖女】、【賢者】、【勇者】にしか覚えられないし、盾のスキルも持っていないとならない。

必要MPも、張る障壁の大きさによっては1500くらい持っていかれる。

幸いにして、君は既にどの条件もクリアしている。

なので後は作成訓練だけで済む」


「よく分らないです」


「盾を装備しているだろう。

その盾を、前方の空間に弾き飛ばすようなイメージで魔力を使ってみろ」


「・・うーん、コツが摑めないです」


盾を構えてそこに魔力を通そうとするが、何だか上手くいかない。


「仕方ない。

最初はイメージを補強してやる」


そう言うと、彼は私を後ろから抱き締めるようにして、両手をその掌で包み込んだ。


「ひゃっ」


「こちらから魔力とそのイメージを脳内に送り込んでやるから、その通りにどんどん練習してくれ」


「あっ、・・んん、・・くっ」


「何をもだえている。

さっさと集中しろ」


「だって凄く気持ち良いんです!

まるであなたの魔力が、私の身体を撫で回っているみたいに」


「おかしなたとえをしないで欲しい。

自分が変態みたいに聞こえるではないか」


「こういうのは、こんな場所ではなくて、お風呂場かベッドの上でしてください」


「いかがわしい事をしているみたいに言わないでくれ。

流す魔力を落とそう。

・・これでどうだ?」


「はあ、・・はあ、・・これなら何とか耐えられます」


「ではそろそろ集中してくれ。

良いか、前方に盾を押し広げるようなイメージだぞ」


「・・はい」


それから4時間、幸いにも魔物しか見ていない中で、ひたすらイメージトレーニングを繰り返す。


背後から彼に抱き締められている温もりを、ごく当たり前のように感じ始めた時、到頭薄い障壁が、前面の空間に現れる。


「あっ」


「よくやった!」


彼が抱擁を解いて、素直に喜んでくれる。


「一度でも成功すれば、後は自分一人で訓練してゆけるだろう。

毎日欠かさず練習するように。

・・お疲れさん」


「ありがとうございます」


背中に感じていた彼の温もりが、どんどん冷めていく。


今日も一緒にお風呂に入りたかったが、『もう帰らねばならない』と告げたカズヤを見送り、私も迷宮を後にする。


抱き枕が欲しいな。


何処かで作って貰おうか。


彼の代わりに、思い切り抱き締めて眠る物が欲しかった。

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