第14話

 「奥から見張りが1人出て来たな」


眠そうな顔をして、中年の男が頭を搔きながら外に出て来る。


用を足すつもりなのか、近くの木の側に歩いて行く。


「転移して背後から仕留めてくれ」


「分った」


こちらに背を向け、ズボンに手をかけた男の背中に、剣を突き立てる。


「グフッ」


肉に剣が刺さっていく感触に耐え、貫き通す。


一歩下がって剣を引き抜くと、崩れ落ちた男の身体から身分証が浮き出た。


「・・大した装備はしていないな。

だが僅かでも足しにはなるだろう。

後で使い道があるから、アイテムボックスに入れておいてくれ」


カズヤが男の装備をはぎ取り、それを身分証と共に渡される。


「・・少しは慣れたか?」


私の装備にまで跳ねた男の血を浄化してくれながら、彼がそう心配してくれた。


「大丈夫。

やれるわ」


「経験値を稼いで貰いたいから、止めはなるべく君に刺して貰う。

敵の戦力を削いでからそちらに引き渡すので、どんどん処理してくれ」


「了解。

・・魔法を使っても大丈夫かな?」


「何故だ?」


「強い火魔法を使ったら、身分証が燃えちゃわない?」


「大丈夫だ。

この身分証は女神が自ら作成している。

普通の魔法では損傷しない。

神殿に納めて、女神自身に浄化(消滅)して貰わねば消失しないのだ」


「そうなの?

知らなかった」


「勉強不足だな」


「ムッ。

『まだこちらに来て1週間だし・・』」


「洞窟の中に入るぞ」


すたすた歩いて行くカズヤの背中を追い、自分も中に入る。


「・・換気をしないといけないな」


確かに、まだ広場に出る前なのに、えたようなきつい臭いがする。


「ウインドフロー」


カズヤの言葉と共に、強風が洞窟内を循環し、20秒もしないで大分空気が奇麗になった。


「全く風を感じなかったけど、どうして?」


「障壁を張ったからだ。

ごみや埃、その他諸々が顔や衣服に付いたら嫌だしな」


「・・助かるわ」


「何だてめえら!

ここが何処か分って入って来たんだろうな!?」


広場に出ると、いきなり怒鳴られた。


「知りもしないで、こんな汚い場所に来る訳がなかろう」


「死にてえのかてめえ!

・・良い女じゃねえか。

極上品だな。

見たことねえぞ、こんな上玉」


男が私を見て、品定めするように目を細める。


「にいちゃん、お前、馬鹿だなぁー。

ここは迷宮内じゃねえんだぜ?

女なんか侍らせてちゃ、どうなってもしらねえぜ?」


男の後ろに控えている十数人の男女も、薄笑いしていやらしい顔をする。


「彼女に会えて、冥途の土産ができたな。

・・では、さらばだ」


不可視の風の刃が、前方にいた者達の手足をことごとく切り落とす。


「ぎゃっ」


「いてえ」


「痛っ」


立っていられなくて、次々地面に倒れる盗賊達。


カズヤがそこに近付いて行き、彼らを1人ずつ私の方に放り投げてくる。


「どんどん止めを刺せ」


「うん」


地面に投げ捨てられた者達に、なるべくその顔を見ないようにしながら、素早く剣を突き立てていく。


「や、やめろ。

お宝は全部やる。

女達もくれてやる。

だから助けてくれ」


頭目らしい、最初は威勢の良かった男が、必死に命乞いをしてくる。


「・・お前は以前、襲った村で6人の子供を殺した。

女の子じゃない。

売れないし、抱けない。

たったそれだけの理由で・・」


私は無言でそいつの首をねた。


「助けて。

何でも言うことをきくから。

身体が治れば、うんとサービスしてあげる」


「君は以前もそう言って、襲って来たこいつらに媚びたよな?

目の前で旦那が殺された時、自分だけは助かったから、それを笑って見ていただろう?

貧しい村でも飢えなかったのは、その旦那が一生懸命働いてくれたお陰じゃないのか?」


彼女の首も刎ねる。


「あ、あんた、新しいお頭にならないか?

そんだけ強ければ、好き勝手できるぜ?

金も女も思いのままだ」


生憎あいにくとそのどちらにも困っていない。

それに自分は、人が純粋に喜ぶ姿が好きなのだ。

幸せそうに微笑む顔を見ているだけで、十分満足できる」


その男に止めを刺しながら、私は彼の言葉が嬉しくて、つい口元を緩めてしまう。


「お、俺達を殺せば、奥にいる女達が全員死ぬぜ?

牢には見張りがいる。

侵入者が来たら、そいつらを人質に取れと言ってあるんだ。

良いのか?」


「いつも思うのだが、そういう脅し文句で素直に武器を捨てる者は馬鹿だと思う。

そんなことをするくらいなら、最初から助けになど行かない方が良い。

相手の要求に従ったところで、何も解決しないどころか、かえって事態を悪化させるだけだ。

こうして公然と倒しに来たということは、人質の命は考慮しないという意味だ。

それくらい理解しろ」


そうよね。


先ずは大本おおもとをどうにかしないと、余計な被害が増えるだけだわ。


人質の命がどうのこうの言う人達って、大抵その人達は安全な場所にいて、好き勝手言ってるだけだもの。


人質を優先するあまり、現場で戦っている人が死んでも良いなんてことにはならない。


人質になった皆さんには悪いけど、命にも優先順位があると思うの。


その人にとって、大切な命から守っていくのは仕方のないことだわ。


数が多いので、以後は作業のように止めを刺し続けた。



 「これで最後だな」


十数人いた盗賊達から身分証と装備をはぎ取り、死体はとりあえずそのままにしておく。


更に奥に進むと、確かに簡単な牢があり、見張りの少女が1人いた。


ただ、その少女は武器を持っておらず、牢の側で震えているだけだ。


「・・酷い有様だな。

浄化」


僅かに顔をしかめたカズヤが、部屋全体に魔法を放つ。


人が生活するような場所ではなかったその空間が、見違えるように奇麗になる。


「君の処遇は、牢の中にいる者達に任せる」


見張り役の少女にそう告げると、カズヤは牢内で虚ろな目をした3人の女性達に尋ねた。


「彼女をどうしたい?」


暫く返事がなかったが、浄化を受けて身奇麗になったからか、少し表情を取り戻した1人の女性が答えた。


「助けてやって。

この娘はあたし達の世話をしてくれてたんだよ。

身体を拭いてくれたり、食事を届けてくれたり、男達の玩具にされてたあたし達に優しく接してくれたんだ。

良い娘なんだよ」


「そうか。

了解した」


カズヤが微笑む。


「鍵を開けるから、そこから出てくれ」


開錠の魔法を使ったカズヤが、女性達を牢の外に出す。


「・・何か着る物が必要だな」


3人の女性達は、浄化されて奇麗になったとはいえ、身体の大半が見えている、穴だらけの衣類を着ている。


「仕方ない。

当座は我慢して貰おう」


足腰が弱っていた彼女達に回復魔法を掛けてやり、盗賊達の死体がある場所まで戻る。


女性4人の遺体からまだ着れそうな衣服を剝がし、浄化してから3人に渡す。


「とりあえずこれに着替えてくれ」


彼女達がそうする間、カズヤは広場の隅、不必要に置かれた大きめの木箱をどかす。


それに隠された穴からは、盗賊達がこれまでに貯め込んだ、お金や宝石の類が見えた。


時には商隊なども襲っていたのだろう。


それなりの額があった。


カズヤはそれらを全てアイテムボックスに収納し、夏海達の居る場所に戻る。


「ではここを出よう。

夏海君、彼女達を外へ。

そこの君、君だけは少しここに残ってくれ。

話がある」


先程カズヤの問いに答えた女性が、1人だけ残される。


「・・話って何だい?」


「単刀直入に言う。

君は彼らの子供を身ごもっている。

今ならまだ消し去ることもできるが、・・産みたいか?」


「!!!

・・ごめんだね。

あんな奴らの子なんて産みたくもない。

産んでも絶対に愛せない。

できるなら消してほしい」


『生まれてくる子供に罪はない』、そう宣う者も多いが、カズヤはその考えに無条件で賛成しはしない。


愛した人の子ならともかく、乱暴されて、本人の意思に反してできた子供まで、その被害者に産めなんてとても言えない。


その子供を見る度に、その子を思い出す度に、被害者である女性達は、忌まわしい過去の記憶にさいなまれる。


自分の身体についてのことは、他者が口を出すことではなく、本人自身が決めるものだ。


『産んでから、誰か他の者に育てて貰えば良い』、そういう問題では済まない。


中絶を殺人だと非難する者は、産むのを拒む当事者の心を殺しているのと同じことになる。


それに、産まれてから他者に育てられた者は、その事情を知った時、大抵は本当の親を知りたがる。


そして探し当てた時、その親から憎しみの目で見られたら、その者はどう感じるだろうか。


こういった問題は、皆が幸せになれるような展開にはほとんど繋がらない。


「了解した」


カズヤの魔法が女性の身体を包む。


生まれるはずだった子の魂は、人知れず、彼が輪廻の環の前列へと送った。


女性を伴って洞窟から出ると、カズヤはその穴に向けて火球を1発放つ。


「転移するから皆で固まってくれ」


漏れ出る煙を背後に、カズヤ達2人と、少女を含む4人の女性達が、第7迷宮の町へと消えていく。


こうして、この日、付近一帯の村々を荒らし回っていた盗賊団は壊滅した。

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