第13話
迷宮を出ると、先ずは冒険者ギルドへ向かう。
溜まったドロップ品を買い取って貰うためだ。
「済みません、素材の査定をお願いします」
「あら、いらっしゃい。
今日もたくさんあるのかい?」
前回と同じ女性がそう声をかけてくれる。
「はい。
結構あります」
「じゃあ倉庫の方に行こう」
『作業中』の札を出した彼女の後をついていく。
「今日はどんなもんだい?」
指示された場所に、3日分の品を出す。
キラーラビットの肉が100。
目薬80、木材(中)72、リトルボアの肉が150。
黒トリュフ150、魔石110。
トイレットペーパーと、スケルトンが落としたお金は勿論除く。
「・・あんた本当に運が良いんだねえ。
羨ましいよ。
10分時間をおくれ」
「はい」
幾らくらいになるだろうか?
既にスケルトンが落としたお金だけで、2万4000ギルを得ている。
「お待たせ」
やはり9分弱で査定してくれた。
「全部で12万1600ギルだね。
内訳は、木材(中)が1つ50ギル、リトルボアの肉(500ℊ)が1つ100ギル。
黒トリュフ(100ℊ)が1個300ギルで、スケルトンの魔石も1つ300ギルだね。
あとは前回と同じ値段さ」
「それでお願いします」
「しかし黒トリュフがこんなに落ちるなんてねえ。
普通なら、月に5、6個持ち込まれれば良い方なんだよ?」
「はは、運が良かったんです」
「あんた1人で戦ってるんだろ?
いろいろ気を付けな。
特に人にはね」
「心配してくれてありがとう。
もう少ししたらお金が貯まりそうだから、そうしたら護衛の奴隷を買うつもりです」
「ああ、それが良いね」
「因みに、トイレットペーパーの買い取り額は幾らですか?」
「80ギルだよ」
「結構な値段がしますよね。
皆さんどうしているのでしょう?」
「大抵は浄化の魔法か、それ専用の植物の葉だね。
やたらな物を使うとかぶれるから、栽培してる農家は多いよ。
トイレットペーパーなんて、貴族か金持ちしか使わないね」
「失礼ですが、アイテムボックスを使えますか?」
「ああ、勿論。
あたしは以前、迷宮に潜っていたからね。
【町民】はレベル44だよ」
アイテムボックスは、【商人】のジョブを持たなくても、各ジョブレベルが30以上になるとランクFで使えるようになる。
尤も、各人のMPや、各々のジョブレベルなどに左右されるから、その性能には大きな差が出るようである。
因みにジョブレベルだが、これはその数字が同じなら、若者と老人の間に基本的な強弱の差は生じない。
スキルの有無や経験の差で違いは出るが、単に老いたからといって、弱くなる訳ではないのだ。
この世界では、若い内にきちんと努力しておけば、老いても足腰が丈夫でいられる。
その辺りにも、ゲーム世界の影響が色濃く出ている。
「迷宮でたくさん落ちたので、いろいろ教えていただいたお礼に、少し差し上げます」
トイレットペーパーを3つ出して、彼女に渡す。
「あら、ありがとう。
大事に使わせて貰うわ」
どうやら喜んでくれたみたいだ。
素材の料金を受け取って、今度は普通の受付へ。
「こんばんは。
討伐数の評価をお願いします」
いつもの人の前で、そうお願いする。
「あら、ちょうど良かったわ。
騎士団から先日の報奨金が届いています。
5万ギルですよ。
あの3人、結構な額が付いていたのですね。
ギルドの預り金の方は、思った通り、ゼロでしたけど」
「それは嬉しいですね。
大分嫌な思いをしましたが、溜飲が少し下がりました」
「どうぞお受け取りください、金貨5枚です。
こちらに受領のサインをお願い致します。
それから評価ですが・・おめでとうございます。
ギルドランクDになりました」
「ありがとうございます」
「上がり方が凄くお早いですけど、大変なのはここからです。
迷宮の10階層にいるフロアボスを倒さないと、以後はどんなに魔物の数を倒しても、Cには上がりませんから」
「分りました」
ギルドから出ると、今度は公衆浴場に行く。
ここのお風呂は空いていて、いつも4、5人しか入っていない。
経営の方は大丈夫なのだろうか?
しっかりと湯に浸かってから、身体を擦り、髪を洗う。
さっぱりして出てくると、下着を付けてから、脱衣所にある温風機で髪を乾かす。
銅貨5枚で、魔石を用いた小型のクーラーのような装置を3分使え、そこから吹き出る温風で髪を乾かす。
残念なことに瓶ジュースは売っていないので、外に出てから屋台で果物を買い、宿に帰ってから食べることにする。
今日の夕食も屋台で済ますことにして、白パンと、リトルボアの肉と野菜の煮込みを食べた。
宿のベッドに寝転がり、ジョブレベルを確認すべく、ステータスウインドウを開く。
【市民】17、☆【魔法使い】6、【剣士】12、☆【神官】6、★【賢者】3。
次いでスキルを確認すると、<PO:模倣2>、<PO:地図作成1>となっており、<模倣>が1つ上がっている。
魔法は、相変わらず火魔法しか上がっておらず、レベル5だった。
他にもざっと目を遣る。
HP:3520、MP:6320。
〖魔物図鑑〗が1%になっている。
溜息を吐きながら、ウインドウを閉じる。
こちらに来て早1週間が経とうとしている。
戦闘にも、不便な暮らしにも大分慣れてきたが、やはり生身の人間を殺すのは少し抵抗がある。
魔法でならそれほど気にならないかもしれないが、剣で殺す場合は、手にその感触が残るから。
大事なものを護るためには仕方がない。
剣を向けてくる相手を殺さなければ、そいつらに自分や大切な人達が殺されるだけ。
自分だけがその宿命を負っている訳でもない。
多くの野生動物だって、生きるために日々殺し合っている。
日本の平和な環境で、誰かが代わりに手を下してくれた肉や魚を食べ、自然と牙を失ってきた自分達。
そのつけが、今になって回ってきただけなのだ。
慣れなければいけない。
その時は、心を殺してでも実行しなければならない。
もし壊れそうになっても、それを癒す手段は、きっと身近にあるはずだから。
「おはようございます」
待ち合わせの3分前に宿から出ると、既にカズヤが待っていた。
「おはよう。
よく眠れたか?」
「ええ、普通には」
「これから転移で盗賊のアジト付近まで跳び、そこで様子を見ながら奇襲をかける。
君にもしっかり戦って貰う。
頼んだぞ」
「はい」
「手をこちらに」
左手を差し出されたので、それを握る。
視界が一瞬ぼやけ、直ぐにクリアになる。
あまり日の差さない、薄暗い森の中。
その少し先に、洞窟のような大きな穴が見える。
「ここはどの辺りなの?」
「あの町から十数キロ離れた森の外れだ。
1年前くらいから、ここに盗賊達が住み始め、いろいろと悪事を働くようになった」
そう告げる彼の瞳が、真紅に染まっている。
「ねえ、瞳が真っ赤だよ?
大丈夫?」
「自分が怖いか?」
盗賊のアジトに目を向けたまま、カズヤが静かにそう口にする。
「怖くなんてない。
あなたを心配してるのよ」
「自分の瞳は、ある特別な力を使うと色が変わることがある。
喜びや嬉しさは蒼で、怒りや憎しみは紅で表示され、色が濃いほど、その感情が強いことを示す。
あそこに居る者達は、それだけ自分の怒りを買ったということだ」
「・・そう。
念のために聴いておくけど、もし盗賊達の仲間に女性がいた場合はどうするの?」
「質問の意味がよく分らん」
「殺すの?
それとも捕まえて奴隷として売る?
犯罪者の処遇は、捕縛者に選択の余地があるのでしょう?
死ぬくらいなら、奴隷としてでも生きたいと思う人だっていると思うし」
「彼ら(彼女ら)に殺された者達は、果たしてそれを選ばせて貰えたのだろうか?
命乞いを聞き届けて貰えたのだろうか?」
「・・・」
「犯罪者を裁く時、そこに性別が考慮される余地はない。
生まれや育った境遇だって、本来は被害者側には何の関係もない要素でしかない。
そんなものをいちいち考慮していたら、そういう境遇の中で歯を食いしばってまともに生きている者達にも失礼だろう。
それを減刑理由に挙げるなら、『お前達もいずれはそうなる』、彼らにそう言っているに等しいのだからな」
「・・・」
「既に物言えぬ被害者の代わりに加害者を裁くというのなら、当人の主観や理屈は極力避けるべきなのだ。
それは第三者側の自己満足でしかないはずだから。
本来は、せいぜい過失くらいしか考慮すべきでない。
罪人が幾ら後悔しようと、改心しようとも、無残に殺された者達はもう二度と生き返りはしないのだから」
交通事故に巻き込まれて、酷い死に方をした両親のことを思い出す。
彼らは、もし加害者が『心から反省しています』と言ったのなら、それで満足するだろうか?
自分達の人生は、喜びや楽しみは、全て彼に奪われてしまったのに・・。
「つまらないことを聴いてごめんなさい」
「謝ることはない。
人にはそれぞれの考え方がある。
立場や
自分が今口にした言葉の数々は、あくまでも被害者側の心情を汲んだものだ。
加害者の更生を手助けする者達からは、きっと自分とは異なる意見が出るに違いない」
「私はあなたの意見に賛成よ」
「まあ、ある意味正解のない議論だからな。
命の遣り取りをする場所で、あれこれ迷わなければそれで良い」
「ありがとう。
何だかいろいろ吹っ切れた」
「では、そろそろ行動しようか」
「ええ」
私はもう、迷わない。
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