第10話
4階層の魔物はトレントだった。
石畳の床の上を、樹の根をはやした2mくらいの樹木が走って襲ってくる様はシュールでしかない。
幸い、レベル3にした火魔法を1発撃ち込むだけで済んだので、周囲を掃除しながら地図を描いた。
そして何と、トイレットペーパーがここで落ちた。
トレントのノーマルドロップは木材(中)で、レアがトイレットペーパー。
木材(中)の方は、恐らくアイテムボックス持ちでないとそうたくさんは持って帰れないのではないか。
だって大きさが木材(小)の倍くらいあるし。
ここはパーティーを組んで戦っている人達が数組いた。
装備や年齢などから判断すると、みんな私のようなビギナーなのだろう。
実入りなら3階層の方が良さそうだが、トイレットペーパー狙いなのかな。
私も12時まで頑張って倒して、その後、壁沿いに座ってお昼を食べる。
食べている時も涌くので、そうしたら直ぐ魔法で倒す。
ドロップ品をいちいち取りに行くのがめんどう臭い。
午後1時10分前に、彼との待ち合わせ場所である、3階層の転移紋前に転移する。
人がいないのを確認して、アイテムボックスから鏡と櫛を出し、身だしなみを整える。
他の人の邪魔にならないよう、壁際で待っていると、程無く彼が現れた。
「済まない。
待たせてしまっただろうか?」
「いいえ、私も少し前に来たばかりですから」
「今日はもう既に狩を?」
「はい、4階層でやっていました」
「昨日は時間がなくて聴けなかったが、自分はここで君と何をすれば良いのだ?」
「・・宜しければ、時々こうして私を助けてくれませんか?
私にはまだ信頼できる相手がいなくて、私自身も弱いので、昨日のようなことがまた起こらないとも限りません。
なるべくお望みの報酬をお渡しできるよう頑張りますから、お願いできませんでしょうか?」
ここが勝負所なので、精一杯の決め顔を作って彼を見つめる。
「・・自分は君を怒らせたのだろうか?」
「はい?」
「君の瞳に炎が宿っている」
「・・・」
そりゃ、今まで男子に媚びたことなんてなかったし、女の武器をちらつかせる必要なんて皆無だったけど、そんな痛い勘違いをされるほど、様になっていませんか?
かなりショックです。
「怒ってません。
真剣にお願いしているつもりでした」
下を向いてそう告げる。
「大変申し訳ない。
こちらの勘違いで、君に随分失礼なことを言ってしまった。
許して欲しい」
「別に気にして・・なくはないですけど」
「自分で良ければ、こちらが暇な時は是非とも一緒に遊んで欲しい」
「本当ですか?」
「勿論。
ただ、今の自分はやるべきことも多くて、そうそうは遊ぶ時間が取れない。
1日5、6時間がせいぜいで、毎日遊べる時もあれば、月に数度しか会えないこともある。
それでも良いだろうか?」
「ええ、十分です。
ありがとうございます!」
満面の笑顔でそう告げる。
「報酬の件だが、物は何も要らない。
パーティーに臨時で参加しても、ドロップ品は全て君が得て良い。
その代わり、自分とは普通に接してくれ。
敬語も必要ない」
「でもそれじゃあ、あなたはどうやって生活するのですか?」
「・・この世界では、必要に応じて(妻から)お小遣いを貰えるから」
「どうも親からじゃないみたいですね。
・・女ですか?」
女神様だろうか。
いえ、さすがにそれはないわよね。
「済まないがその辺りはノーコメントで。
それで、その条件でどうだろうか?」
「普通にって、友達のようにですか?」
「正にその通り」
「そんなの、報酬にもなっていませんが、あなたがそれで良いと言うなら・・。
あ、お名前を聴いても良いですか?
私は
「・・カズヤという。
名字はまだない」
え?
・・まさかね。
女神様は私一人だけだと仰ってたし。
「友達というからには、呼び捨てで良いよね?」
「勿論」
「じゃあこれから宜しくね、カズヤ」
「宜しく頼む、水月君」
「何でよ!?」
「何故怒る?」
「ここはあなたも、私を呼び捨てにすべきところでしょう?」
「君付けの方が呼びやすい」
「・・せめて名前で呼んでよ」
「分った、夏海君」
男って、直ぐ馴れ馴れしくしたがるのに、変な人。
「因みに、そろそろ回収しないと消えてしまうぞ?」
「はいはい」
こうして話をしている間にも、涌いた魔物を魔法で倒していた。
迷宮内は、恋バナとかには向かないわね、きっと。
「自分が思うに、君は対人戦闘に全く慣れていない。
なので暫く自分相手に訓練した方が良い」
「模擬戦というやつですか?」
「そうだ。
そうしておかないと、その内何処かで行き詰まるだろう」
「でも私、寸止めとかできませんよ?
危なくないですか?」
「フッ」
「あ、今鼻で笑いましたね?
心配してあげたのに」
「君の攻撃など掠りもしないが、それだと訓練にならないから、ちゃんと弾いてやる。
君はその武器を使って良いし、自分はハリセンで戦うから当たっても音しかしない」
「ハリセン!?
あの紙でできた?
それでどうやって真剣を受け止めるんですか?」
「弾く際に魔力を通せば良い」
「物に魔力なんて通せるのですか?」
「それができなければ、武器や防具を魔法で強化できないだろう?」
「・・確かに」
「先ずは実際に訓練をやってみよう。
細かいことは、その都度考えれば良いから」
「はい。
宜しくお願いします」
迷宮の中央付近に陣取り、お互い武器を構えて向き合う。
「最初に言っておくが、こちらは隙がある場所を打ち込むので、顔以外の場所を何処でも叩く。
もし微妙な場所に当たっても、セクハラ扱いしないように」
「同じ場所ばかり何度も連続で叩かなければ大丈夫です」
「それから、途中で魔物が涌いたら魔法で倒してくれ。
その間は攻撃しない」
「はい」
「ドロップ品は戦いながら回収するように」
「頑張ります」
「では始めよう。
好きに攻撃してこい」
「・・やあーっ!」
キン。
「武道じゃないから掛け声は不要だ」
ムムッ。
「そら、いくぞ」
パーン。
頭を叩かれる。
「それ次」
パーン。
今度はお尻。
「もう1発」
パーン。
腕を叩かれる。
良い音がするだけで全く痛くないけど、彼の動きが全然見えない。
「・・うーむ。
大分緩やかに攻撃しているのだが、全く見えてないようだな」
えーっ、あれでですか?
キラーラビットより遥かに速いですけど。
「仕方ない。
暫くは君の攻撃を受けるだけにしよう。
その代わり、どんどん打ち込んでこい。
疲れても直ぐ回復してやるから」
「うう。
いきますよ!」
それから約3時間、ほぼ休みなく剣を振って戦った。
彼の回復魔法は素晴らしく、肉体的には勿論、精神的疲労まで取り除いてくれる。
おまけに、
自分でも、どんどん剣の振りが良くなっていくのが分った。
「今日はこのくらいにしておこう」
私から距離をとった彼が、ハリセンを収めてそう告げる。
「・・はい。
ありがとうございました」
乱れていた呼吸を整え、彼にお礼を述べる。
「君は見かけによらず、かなり根性があるようだ。
頑張って訓練を続ければ、必ず良い戦士になるぞ」
「あら、私ってあなたから普段はどう見えるのかしら?」
「水辺に咲く、カキツバタのように見える」
「!!」
「黙ってそこに
「素直に喜んで良いか迷うわね」
何と無く髪をいじりながら、あさっての方を向く。
「ただ、咲く場所には気を付けることだ。
清流のほとり、光の側が君の居場所だ。
澱んだ場所ではその美しさが活きない」
「どういう意味?」
「迷宮攻略も大事だが、そればかりだと生き方が殺伐としてくる。
プライベートも大事にしろと言っている」
「ありがとう。
あなたもそれに貢献してね」
「できる範囲でな。
さて、自分はそろそろ帰る」
「あ、待って。
今後どうやってあなたと連絡を取れば良いの?」
「明日また同じ時間に4階層の入り口で会おう。
その時までに考えておく」
「分った。
今日はありがとね。
楽しかった」
「ああ」
満足そうに転移していくカズヤを見送る。
その後、18時すれすれまでウサギを狩って、私も迷宮を出る。
今日は汗をかいたから、夕食前にお風呂に行こう。
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