第9話

 「はあーっ、今日は本当に酷い目に遭った」


公衆浴場の湯にどっぷりと浸かり、深い溜息をく。


ゲームのような世界に居ながら、ここが現実の世界でもあることを実感させられた1日だった。


彼(そう言えば名前すら聴いてなかった)と別れてから、冒険者ギルドに事の詳細を説明に行った。


あの3人組からドロップした身分証とギルドカードを提出し、襲われたことを報告したら、受付の女性(いつもの人はいなかった)に別室へと案内され、そこでギルドのお偉いさんにいろいろと説明させられた。


私の身分証の犯罪歴の項目に罪名表示がなかったから、すんなりと信じて貰えたけれど、ギルドカードを呈示させられた際に、私がまだFランクで、未評価魔物討伐数が1200以上あったことがばれて、『もっとこまめに報告してくれ』と小言を食った。


疲れていたので、『まだ2日しか経ってないんですー』と文句は言わず、明日きちんと評価を受けると約束して解放された。


因みに、3人組の件で騎士団から報奨金が出た場合には、後日渡してくれるそうだ。


ギルドからは、彼らから預かった資産が残っていれば、その8割(2割は手数料)を渡してくれるらしい。


尤も、犯罪者となった時点で、それを隠すために以後は身分証の呈示を必要とする手続きができないので、ほとんどないだろうとも言われている。


この世界には、盗賊というジョブは存在しない。


何故なら、盗賊とは本来、犯罪者を意味するからだ。


そんなものを、この世界を管理する女神が職業として認めるはずがない。


当然、泥棒を意味するシーフもジョブにないから、似たような役割の者は、【便利屋】と呼ばれるジョブになる。


地球における、探偵や鍵師、公的な暗殺者(テロリストや、政府にとって都合の悪い者を始末する)を兼ねたような存在で、手先が器用な者達を示す。


この世界で盗賊と呼ばれる存在は、今回の3人組のように、犯罪に手を染め、身分証やジョブを更新できずに定職に就けない者達で(大体は人から奪わないと生きていけないから)、便宜上、そう呼ばれるだけである。


湯船の縁に両手を組んで、その上に頭を載せながら、助けてくれた彼のことを考える。


良い男だったな。


かなり男前だった。


イケメンなんて、何かチャラいイメージがするような言葉よりも、男前という言葉の方がしっくりくる。


手前味噌になるが(『自慢じゃないが』と言うと、『自慢じゃん』と、表現というものを解さない人に突っ込まれるので)、私は向こうの世界ではかなり持てた。


成績が良くて運動神経にも優れていたという付加価値はあったにせよ、容姿自体も良いはずである。


まあ、そのせいで、両親が死んで生活に苦労するようになると、それを喜ぶような人達もいたのだが。


そんな私を見ても、彼は全く態度を変えなかった。


女神様曰く、『遊び人の女たらし』だそうだから、少し身構えていたのだが、何のアプローチもされなかった。


私から言い出さなければ、明日会う約束すら取り付けられなかっただろう。


服の上からチラッと見られるだけなら、ましてや彼からの視線なら、私はむしろウエルカムである。


彼の視線は、私の女を磨いてくれそうな気がする。


それに私だって、男女を問わず、美しいものを見るのが好きなので、きっとお互い様だ。


今日は念入りに洗っておこう。



 翌朝、宿に1週間分の予約を入れて、先ずはギルドに向かう。


『あ、今日は居た』


受付の1つに馴染みの女性の顔が見えたので、迷わずそこに行く。


「おはようございます。

査定をお願いしたいのですが」


「あら、おはようございます。

迷宮探索は順調のようですね。

ここでの査定はランクに関するものだけで、素材は別の窓口になりますが、宜しいですか?」


「はい。

ただ、ギルド自体の依頼は1つもこなしていませんが、それでも上がるものでしょうか?」


「Bまでは大丈夫ですよ?

ギルド登録してから倒した魔物数でも評価されます。

そうしないと、ジョブレベルが高い方を、いつまでも低級扱いするような事態になりかねませんから」


「昇進試験はあるのですか?」


「ございません。

これまでに倒した魔物の数や種類で、おおよその判断は可能ですから。

・・ギルドカードのご呈示をお願い致します」


「はい」


「・・たった2日で随分倒されたのですね。

内容を確認致しますので少々お待ちください」


2分ほど待ってから、再度声をかけられる。


どうやら手作業での確認ではなく、瞬時に数と種類ごとの把握ができるような魔法装置があるようだ。


これも女神様の恩恵なのかな。


「お待たせ致しました。

スライム435、ゴブリン411、キラーラビット361、それから犯罪者3名ですね。

おめでとうございます。

ランクがEに上がりました」


「ありがとうございます」


「でもよくお一人で彼らに勝てましたね。

あの3人組はそれぞれがランクDの冒険者で、姑息な不意打ちを得意とする者達なのですが・・」


「助けてくれた方がいたので」


「止めは全てあなたが刺したようですが」


「ええ、まあ、いろいろありまして」


「こんなに早く人に襲われるなんて、ついていなかったですね。

今後も十分に気を付けてくださいね」


「はい、ありがとうございます」


ランクにEと表示され直したギルドカードを受け取り、次は素材の買い取り受付へと移動する。


「買い取り査定をお願いします」


「はいよ。

ギルドカードと素材を出してね」


「ここでは全部出せませんが・・」


「そんなにたくさんあるのかい?

じゃあこっちに来て」


『作業中』の札を出して一旦窓口を閉じたおばさんが、奥にある倉庫のような場所に私を案内してくれる。


「ここに全部出して良いよ」


言われた通りに、奴隷商に売るアイテムを除いた、木材(小)110と鉄片(小)95、キラーラビットの肉90、目薬90、それから3人組の装備を広げる。


「ちょっ・・あんたまだEランクになったばかりだろ。

どんだけ運が良いんだい。

何か特殊なスキルでも持ってんのかい?」


「ご想像にお任せします」


「・・さすがに直ぐには無理だね。

10分ほど時間を貰うよ」


「はい」


さすがはプロの担当だけあって、仕事が速い。


実際は8分くらいで終わる。


「・・全部で6万1450ギルだね。

内訳は、木材が1つ20ギル、鉄片が1つ150ギル、キラーラビットの肉(300ℊ)が1つ50ギルで、目薬が1個250ギル。

装備の方は、武器に1つ良い品があって、それが5000ギル。

他の2つはそれぞれ2000ギル。

防具類は全部で9000ギルにしかならないね。

・・どうする?」


「それでお願いします」


「あいよ」


「因みに、石鹸は1つお幾らになりますか?」


「80ギルだね」


「・・そうですか」


「向こうで支払うから、済まないがまた受付に戻ってくれるかい?」


「はい、分りました」


結構な収入になり、足取りも軽くなる。


このまま頑張れば、20日も経たずに最初の奴隷に手が届くだろう。



 午前8時20分。


迷宮にやって来る。


彼との約束は午後1時。


それまでに4階層の攻略をしてしまいたい。


私の今のレベルだが、【市民】13、☆【魔法使い】4、【剣士】8、☆【神官】4、★【賢者】2だ。


昨晩宿で考えた結果、大体次のような成長率だと思って間違いないはず。


最上位の★ジョブは通常の4分の1で、上位の☆ジョブは通常の2分の1。


スキルの方は、まだ変化がないので分らない。


魔法は火魔法のみがレベル4になっている。


ジョブにはそれぞれ特定のレベルで使える技が、通常は1、☆で2、★で4つあるが、まだそのレベルに至っていない。


3階層まで入り口付近の転移魔法陣で上がって来て、目に付いたキラーラビットを倒しながら4階層への階段を目指す。


火魔法のレベルが4になったせいで、今は魔法1発でかたが付けられるから楽で良い。


尤も、魔法レベルは現在2に調整してある(経験値は溜まる)。


弱い相手に最大威力で攻撃してもMPが無駄になるだけなので、ステータスウインドウの使用項目欄でそう設定した。


元の魔法レベルが上がると、1発の威力も上昇するらしい。


目薬が思いの外高く売れたので、積極的に狙っていった。


他に戦っている人がいれば、その周囲の魔物は残したので、150ほど狩って4階層への階段に辿り着く。


さて、今日も頑張りますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る