第8話

 「えっ、そうだったの!?」


宿でジョブの項目を読み込んでいたら、思わぬ記載があって頭を抱える。


特に何もしなくても、勝手にレベルが上がっていくものだとばかり思っていた。


道理で【市民】しか上がらなかった訳だ。


自分でジョブを選択、設定しないと、1番最初に表示されたものしか上がらないとある。


普通の人は、神殿で自分が何を持っているのかを調べて、有料でその中から好きなジョブに設定して貰うらしいが、私の場合は少々特殊なので、全て自分でやらなければならない。


異世界からの転入者で、女神の使徒に準じた扱いを受ける私だけは、1度に5つのジョブを設定できる。


生活魔法だけはジョブを【魔法使い】に設定しなくても使えるが、火や水などの基本魔法は、ジョブ設定なしには使えない。


人はメインとサブの、2つのジョブを付けることができるが、魔法を使いたいなら、そのどちらかを【魔法使い】に設定しなければならないのだ。


今日の戦闘で、私には新たに【剣士】のジョブが増えていた。


まだレベル1だが、物理攻撃用のジョブが持てたのは有難い。


私の場合、現在所持しているジョブが5つなので、それをそのまま設定する。


各ジョブをタップすると、叩いた順に番号が表示されて明るくなったり暗くなったりするので、①【市民】②【魔法使い】③【剣士】④【神官】⑤【賢者】にした。


①がメイン、②がサブ扱いで、【賢者】のジョブは他人に見せたくないので、念のため1番後ろ。


順番が後ろでも、設定さえすればどれも同じだけの恩恵を得られるから問題ない。


【賢者】の効果を見ると、『魔法習得速度がレベルにより上昇』、『各魔法攻撃力がレベルにより上昇』、『MP回復速度がレベルにより上昇』とある。


さすが最上位ジョブ。


期待が持てそう。


「明日は2階層に行ってみよう」


この時、私は正に浮かれていたのだ。


初日の戦果に、そこが命の遣り取りをする場所だと忘れていた。


そしてそれは、最悪な結果となって返ってくる。



 翌朝7時。


目にしたスライムを倒しながら、2階層への道を探す。


次から困らないように、ノートに簡単な地図を描きながら進む。


1時間以上歩いて、やっと2階層へ通じる階段を見つける。


新たな階層も、石畳の広場のような空間だった。


ここでは、私の他に、戦おうとしている人を見かけない。


だからか、あちこちにゴブリンが涌いていた。


1番近い単体のゴブリン相手に、火魔法を使ってみる。


詠唱は必要ないので、掌を向けて放った。


ボン!


まだレベル1なのに、結構な威力の魔法が放たれて、1発で倒してしまう。


跡に何か落ちたが、それを拾う前に周囲の敵を倒さないと危険だ。


私に気付いた相手から、どんどん魔法を撃ち込む。


再使用までのタイムラグは1秒程度なので、どうにか近付かれる前に倒し切った。


とりあえず周囲に敵の姿が見えなくなると、ドロップ品を拾い始める。


意外な物を目にしたので、鑑定で調べてみると、やはり木材(小)と鉄片(小)だった。


木材は、薪にでもするのか、10㎝くらいの幅の短い丸太で、レアである鉄片は15㎝四方の薄いものだ。


1階層でスライムから石鹸がノーマル品としてドロップし、レアでは歯磨粉が落ちた時、女神様が健康で文化的な生活に必要な物を、優先的に落としてくださるのではと考えたが、どうやら間違っていないような気がする。


尤も、ユニークスキルの<レアアイテムドロップ率>を持っていなければ、ドロップ率はノーマル品でも2%(レアは1%)みたいだから、あの値段で売られている訳だが。


再びノートに簡単な地図を描きながら、先へ進んで行く。


相変わらず、トイレは200mおきくらいに在る。


宿屋の朝食の席で聞いた話では、トイレの使用中は、決して人や魔物に襲われないのだという。


女神様の加護が働いているということだが、そこまでしてでも、迷宮内を汚されたくはないのだろう。


涌いているゴブリンを片っ端から魔法で倒していくが、MPが減っているという実感は然程さほどない。


確認すると、もう200回近く使ったけれど、まだ9割以上残っている。


火魔法レベル1は、必要MPが10。


今はレベル2で、必要MPは20である。


結構な速度でMPが回復しているようだ。


更に2時間ほど歩いて、ようやく3階層への階段を見つける。


その時には、この階層での討伐数が400を超えていた。


お昼の時間を過ぎていたこともあり、3階層に上がる前にここで食事を取る。


その内容は昨日と同じ。


さすがに毎日同じだと1週間もすれば飽きるだろうから、その内何処かでお弁当の代わりになる物を探さねばならない。


娯楽が乏しいこちらでは、食事は最高の楽しみの1つでもあるから、あまりおろそかにできないし、したくない。


お茶を飲み、ごみをアイテムボックスに入れたら、3階への階段を上がる。


そこもやはり、石畳の広場であったが、所々に低い壁のような物があって、その陰に隠れるようにして魔物が存在した。


ウサギがいる。


最初はそう思った。


でもその割には何だか大きい。


地球の小型犬よりずっと大きく、体長は80㎝くらいある。


ここも人影はまばらで、目で確認できる範囲には2人しかいなかった。


なので直ぐ戦闘になる。


動きが速い。


そして牙が鋭い。


戸惑って、最初に数発の体当たりを受けた。


衝撃は強いが、防具類のせいか、思ったほど痛くはない。


冷静になって、跳んで来る敵目掛けて剣先を向けると、勝手にダメージを受けてくれる。


それで相手がひるんだら、かさず火魔法を撃ち込む。


消滅した跡には、300ℊくらいの肉の塊が落ちていた。


フウー。


思わず一息吐く。


他の2人の周囲にいる魔物を避け、その他の場所にいるウサギたちに、火魔法で先制して、剣で止めを刺す作業を繰り返す。


慣れてくれば、この階層もそう苦ではなかった。


ウサギは鑑定の結果、正式にはキラーラビットといい、肉の他にレアアイテムとして目薬を落とした。


夜目が利くからとか、そういう理由ですか?


スマホやゲーム、パソコンの存在しないこの世界で、目薬なんて果たして需要があるのだろうか?


そんなことを考えながら、夕方5時近くまで、地図を作りながら討伐を続けた。


4階層への階段も見つけたし、今日はもう帰ろうとして転移魔法陣のある場所へと戻り始めた時、人の話し声がした。


男性数人の話し声。


何だかいろいろと愚痴っている。


周囲に誰もいない広い空間で、変に絡まれでもしたら嫌なので、脇に逸れてさっさと歩く。


背後から男達の話し声が聞こえなくなったが、気にせず進んだ。


突然、誰かがこちらに駆けて来る足音に振り向くと、何かに頭を殴られたような感覚を受ける。


わずかだが、痛みも感じた。


それが矢による攻撃だと理解する前に、今度は脇腹に打撃を受ける。


自分の直ぐ目の前に、濁った眼をしたオッサンが居て、そいつが私にナイフを突き立てていた。


『え、・・何で?』


突然のことで、自分が人から攻撃される理由が思いつかない。


うする内に、もう1人の男が剣で私を切りつけてくる。


恐怖と混乱で的確な対応ができず、男3人組の攻撃に、どんどんHPが削られていく。


「こいつ、なかなかしぶといぞ!

人が来る前に片付けろ!」


脳内で警告音がした。


このままでは死ぬ。


殺されてしまう。


そう思った時、男の1人が吹っ飛んだ。


「どんなに楽しく遊べる場所を創ろうとも、こういった下種げすが涌くのは仕方ないのか」


2人目のオッサンも蹴り飛ばされる。


「誰だてめえ!

一体何処から・・・」


私を助けてくれたらしい、その人物を見た3人目の男から、次第に声が失われてゆく。


その男性、私を助けてくれた少年の両目が、真っ赤に輝いている。


「・・お前、まさか番人・・」


「違うな。

単なる通りすがりの遊び人さ」


3人目の男も、蹴り上げられて、石畳の上で悶絶する。


「大丈夫みたいだな。

念のため、ステータスウインドウを開いてHPを確認すると良い」


私の方に向いたその少年は、真っ赤だった瞳を元の漆黒に戻して、穏やかにそう言ってくれる。


「・・あ、はい。

助けていただいてありがとうございます。

そうしてみます」


急いでステータスウインドウを立ち上げ、いろいろと確認してみる。


HPは残り2100ほどだったが、〖女神の加護〗の数字が2になっている。


つまり、本来なら1回死んだことになる。


改めてぞっとした。


こんなに簡単に襲われるなんて・・。


日本人の美徳(?)のせいで、男達のステータスウインドウを無闇に見なかったばかりに、彼らの悪意に気付けなかった。


この世界は、変な遠慮が死に繫がる場所なのだ。


「こいつらをどうしたい?

ここで殺すか、騎士達に処分して貰うか。

尤も、どの道彼らが死ぬことには変わりないので、殺して褒賞を得た方が得だが」


何とか逃げようとする男達に、彼が再度蹴りを与えながら尋ねてくる。


「・・殺すのですか?」


「言っておくが、ここで殺しを躊躇ためらうようなら、冒険者から引退し、二度と迷宮には入らない方が良い。

君1人ならともかく、仲間を連れて戦う場合は、他の者達の命を危険にさらす。

要らぬ情けをかけたところで、誰もが改心する訳ではない。

逆恨みされて、以後も執拗しつように狙われることだってある」


そうだった。


私はこれからも、ずっと1人で戦う訳ではない。


奴隷を購入すれば、彼女達は私の意思に逆らえず、常に不安を抱きながら戦わなければならない。


強敵と戦っている時、もし今みたいに他者から襲われれば、きっとひとたまりも無いだろう。


「・・そうですね。

殺しましょう」


「君が止めをさせ。

剣で1回刺すだけで良い。

もう彼らには、そのくらいのHPしか残っていない」


「分りました」


直ぐ側の男に剣を突き刺す。


「ぐっ」


身分証とギルドカード、装備、数枚の硬貨を残して男が消え去る。


「待て、止めてくれ。

もう二度と悪いことはしない」


嘘ですね。


ステータスウインドウの感情表示が、怒りと憎しみになってます。


無言で剣を突き入れる。


「てめえ・・」


憎しみに溢れた目をして消えていく。


3人目は、ここまできて逃げようともがいた。


無様ぶざまに動くその背中を一突きする。


「くそっ・・」


2人目と3人目も、1人目と同じものを残していった。


その全てを拾い上げ、アイテムボックスに収納する。


それから、命の恩人に向かって改めて頭を下げた。


「本当にありがとうございました。

お陰様で、まだ人生を楽しむことができます」


心が落ち着いたことで、相手をしっかりと見ることができる。


背が高く、引き締まった身体つきをした、黒髪黒目の少年。


同じ年か、多分違っても1つくらいだろう。


こんな場所なのに、何故か地球のスーツを着ている。


そして何より、上から下まで全てが黒一色で統一されている。


「お礼に何をお渡しすれば宜しいですか?」


今の男達の物は、彼が権利放棄したので、私しか受け取れなかった。


「何も必要ない。

単なる義憤で参加しただけだから」


幾ら顔が良くても、こんな気障きざな台詞を吐いて全く嫌味に聞こえないのは、きっとこの人の雰囲気と、その優しい瞳のせいだろう。


「それなら、いつかご恩をお返しできるように、私と友達になってくれませんか?」


女神様が仰っていた男性は、きっとこの方だ。


そのステータスウインドウを、私ですら全く見ることができない。


「・・自分で良いと言うなら」


「はい。

あなたが良いです」


この後、もう直ぐ夕方の6時になるところだったので、明日またここで会うことだけを約束し、急いで転移魔法陣のある場所まで転移して、そこで別れた。


転移のスキルは、ランクがFでも、3㎞程度なら全く問題なかった。

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