第7話

 宿に戻り、部屋で独りになって考える。


これまでの体験や聴いた話の内容から、1日の大体の生活費を概算する。


私1人だと、毎日迷宮に入り(入場料は何処でも1人50ギル)、税金(都市部の平民は年に1万ギル。年の半数以上を村で生活している場合は、農民保護のため、2000ギル)を日割にして組み入れると、約350ギル程度になる。


お風呂を1日おきにして、昼食と夕食を少し節約すれば、300ギルで済む。


早急に1人、奴隷を購入しなければならないことを考えると、毎日1万ギルくらい稼がないといけない。


女神様に頂いたお金は、何があるか分らないから極力予備に回したいし、背中を護ってくれる人が、素人の私には必ず必要だ。


問題なのは、1日迷宮に潜って、どのくらいの稼ぎになるか分らないことだ。


ユニークスキルの<レアアイテムドロップ率S>の表示をタップすると、『アイテムがドロップした場合、50%の確率でレアになる』と出る。


これは心強い。


最初の数年は、浅い階層しか無理だろうし。


装備品の確認をしてみる。


アイテムボックスに入っていた鋼の剣の説明には、『決して欠けたり折れたりしない』とある。


これも助かる。


迷宮内で武器がなくなるという、最悪の状況を回避できるからだ。


魔法も使えるが、MPが有限であることを考えると、物理的な武器は絶対に必要だ。


革の兜、鎧、手袋、ブーツには、それぞれ『物理耐性+5』というスキルが付いていた。


4つとも装備すれば、全部で物理耐性+20となり、相手の物理攻撃がかなり軽減される。


ギルドカードも、この際ちゃんと見てみる。


______________________________________


氏名:水月 夏海 ○(魔力若しくは血液を付着させる所)

個人ランク:F

所属パーティー名:

所属メンバー:

現在受けている依頼名とその期限:


依頼放棄件数:0

未評価魔物討伐数:0


______________________________________


依頼放棄件数?


引き受けておいて、途中で放り投げる無責任な人が、そんなに多いのかな?


未評価魔物討伐数の所をタップすると、ギルドによる査定前の、倒した魔物名とその数が全て記録されるとある。


これから自分が戦闘に参加するのだという意識が、どんどん高まってくる。


ベッドに寝転がる。


女神様が仰っていた、パーティーに加えても良いという男性について考える。


臨時でしか入らないとはどういう意味なんだろう?


そもそも、相手の容姿やお名前すらお伺いしていない。


黒い服装だけなんて、もし間違えたらどうしょう。


やっぱり女神様は黒がお好きなんですね。


そんなことを思っている内に、何時の間にか眠っていた。



 朝の7時。


この町、第7迷宮の町の、迷宮の入り口に来ている。


この世界では、迷宮の存在する町の名は、どの国も全て番号名となっている。


他の町は、その国ならではの固有名詞なのに、迷宮がある町だけは番号表示。


これも、女神様がお定めになった決まりだという。


第7迷宮の町の迷宮では言いづらいので、第7の迷宮と呼ぶことにする。


並んでいた列の私の順番がきたので、大銅貨1枚を払って中に入る。


かなり大きい。


外側には入り口しかないので分らなかったが、1階層だけでも小さな町くらいの広さがありそうだ。


その外観は、だだっぴろい石畳の広場。


入り口から直ぐの所に転移魔法陣があって、熟練の人達が、そこで次々何処かに転移していく。


近くにいた女性に『済みません、あれはどう使うのでしょうか?』と尋ねたら、『その階層に行って一度でも戦ったことがあれば、3階層単位でそこに転移できるわよ。勿論帰りも使えるから』と教えてくれた。


剣を携え、人から離れた場所で何度か素振りをしてみる。


思っていたほど剣が重くは感じないが、我ながら素人丸出しの太刀筋だ。


片手で振れるので、その内盾を試してみるのも良いかもしれない。


そんなことをしていると、近くに1体のスライムが涌いた。


動かないので、恐る恐る剣で斬りつける。


2回目の攻撃で動き出したが、3回目に切りつけた時に消滅した。


跡に石鹼が1つ残る。


どうやらドロップしたらしい。


初めての戦果に嬉しくなって、大事に拾い上げてアイテムボックスの中に入れる。


脳内でチャイムのような音が響き、女神様からメールが届いたことを知らせてくる。


ステータスウインドウを開くと、1番下にあるメールの項目に通知が来ている。


『迷宮では、他者が先に攻撃した魔物に手を出そうとしても、その者が権利放棄しない限り、一切攻撃できません。

攻撃された魔物は、その相手を殺すまで、その人物のパーティーメンバー以外を襲いません。

他者が倒した魔物がドロップした物は、その同一パーティーのメンバー以外は拾えません。

拾わないと、ドロップ後10分で消滅するので、入手するならお早めに。

なお、各自のアイテムボックスに入っている物は、殺された後もドロップしません。

所有者が死ねば、女神であるわたくしの下に返還されます』


表示させると、このようなことが書かれていた。


フムフム、火事場泥棒を心配する必要はないのね。


それからはどんどん、見つけ次第倒していく。


アイテムが落ちる確率は約5割。


<レアアイテムドロップ率>の項目の詳しい説明を読むと、所持しているだけで、ノーマルのドロップ率がFなら5%、Aなら30%になり、そこから更にFなら5%がレアになる。


Sの場合、通常の人は到達できない、女神様に直に与えられた特別なスキル段階なので、ノーマル品のドロップ率が50%、そこから更に50%がレアになる。


4体目のスライムを倒した時、歯磨粉がドロップした。


値段的に考えると、こちらがレアね。


この階層はスライムしか出ないみたいだ。


そのせいか、ほとんど人がいない。


女神様に頂いたユニークスキルのお陰で、私は結構稼げるが、他の人はそうでもないのだろう。


外に出るとまた入場料を取られるので、迷宮内の片隅で、宿の主人に有料で作って貰ったサンドイッチを食べ、木製の水筒でお茶を飲む。


その後はトイレに。


そう、何と迷宮内には各階層に十分な数のトイレが設置されている。


男女別で無料と有料の2種類があり、有料の方は1回20ギル取られるが、その分個室が大きく、水洗による自動洗浄、消臭機能がついていて、トイレットペーパーもあり(固定されていて取り出せない)、中で手も洗える。


無料の方は、便座の5mくらい下にある穴に、スライムが見えたのでやめる。


当然、紙も無かった。


因みに、命が懸かった緊急時以外で、外部の時みたいにトイレを使用せずにその辺で用を足すと、その最中に迷宮の番人が召喚され、利き腕ではない方の腕を切り落とされるらしい。


迷宮の入り口には、その事が記載された掲示板があるし、入場料を払う時、私が初心者だと告げると、騎士にもそのルールを確認された。


『女神様は奇麗好きで、規則を守らない怠け者がお嫌いだ』と。


日本に居た時、酔っ払いが道の隅で用を足しているのを目にさせられ、不愉快な思いをしてきた私としては、非常に納得できる決まりだ。


トイレ後に毎回手を洗わない人も、『その手、要らないんじゃない?』と個人的には感じる。


だってそんな手で握手を求められたくないし、ましてや同じ室内で、あちこち物を触られたくない。


漫画喫茶でトイレ後に手を洗わない人なんて、最低だと思う。


私はそれを見て、二度とその種のお店に行かなくなった。


狩りを再開し、またどんどん倒していく。


3撃必要だったものが2撃になり、やがて1撃で倒せるようになる。


ステータスウインドウを開いて確認すると、【市民】のジョブレベルが4になっていた。


他は全く上がっていない。


ギルドカードで討伐数を見ると、300を少し超えている。


約10時間の成果としては悪くないのかな。


何よりドロップ数が凄い。


石鹼が80個、歯磨粉が70個も落ちた。


奴隷商の女主人に今日手に入れた歯磨粉だけを売ったとしても、1万500ギルになる。


目標クリアだ。


夕方の5時を過ぎたので、もう今日はおしまいにして、公衆浴場へと向かう。


この分なら、お風呂は毎日は入れそうだ。

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