第4話
「身分証の呈示をお願いします」
町へと続く門の入り口で、門番の人にそう言われる。
私は素直に従い、アイテムボックスからそれを出した。
「・・はい、結構です」
ざっと見ただけで返され、中に入れて貰える。
初めて訪れた異世界の町は、考えていたよりずっと奇麗で大きかった。
石畳の広い道を、冒険者ギルドを探しながら歩いて行く。
分らないことを聴くなら冒険者ギルド。
漫画やゲームで培った私の
時折側を通り過ぎる馬車に気を付けながら、道の両側に並ぶようにして広がる店に視線を送る。
字が読めない人用に、大きな店には必ず木製の看板が掛けられていて、それに描かれた絵で以て、そこが一体何のお店か教えてくれる。
大きな町なので、辿り着くまで20分くらいかかった。
混雑している室内を通り抜け、6人いる受付係の、手が空いている人の下へと歩いて行く。
「こんにちは」
挨拶すると、相手も笑顔で返事を返してくれる。
「こんにちは。
当ギルドにようこそ。
本日はどのようなご用件ですか?」
「初めてこの町に来たので、いろいろとお伺いしたくて。
依頼を受ける訳ではないのですが、宜しいでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ。
ここはそういった方々の案内所も兼ねておりますから」
「では先ずお伺いしますが、この町にも迷宮はありますか?」
「ございます」
「迷宮に入るためには、ギルドに登録しないと駄目でしょうか?」
「いいえ、入るだけなら登録の必要はございません。
入り口で入場料を支払えば、どなたでも入れます。
ただ、迷宮で得たアイテムや素材の買い取りには、ギルドの会員証が必ず必要になりますので、そういったことをご希望なら、登録することをお勧め致します」
「田舎から出て来たのであまり常識がないのですが、それは身分証では代用できないのでしょうか?」
「身分証というものは、あくまでも本人確認のために用いられます。
入国審査や納税状況の確認、犯罪歴の調査などが主たるものです」
私の服装を見ながら、意外そうな顔をして、そう教えてくれる。
奇麗な身なりをしているから、良家の出身とでも思ったのだろう。
「教えていただきありがとうございます。
そういうことでしたら、ギルドに登録させていただきたいのですが」
「ありがとうございます。
身分証のご呈示と、登録料として銀貨1枚のお支払いをお願い致します」
言われた通りにすると、『【市民】とは珍しいジョブですね。少しお待ちください』と言って、彼女がギルドカードの作成作業に入る。
1、2分で完成し、真新しいカードを渡される。
「お待たせ致しました。
こちらがあなたのギルドカードになります。
魔法がお使いになれるなら、ここに指で魔力を通していただけますか?
お使いになれない場合は、申し訳ありませんが、この針で指に傷を付けていただき、少量の血を擦り付けてください」
そう言って、カードの該当部分を指差し、小さな剣山のようなものを差し出してくる。
魔法は使えるはずなので、人差し指に気を込めるようにしてその場所に触れると、一瞬だけ、カード全体が輝いた。
「ありがとうございます。
これで全てのお手続きが完了致しました。
そのカードは大切に保管し、失くさないようお願い致します。
紛失した場合は、再発行手数料として銀貨2枚が必要になりますし、他者に拾われ届けられた場合には、その方に自費で銀貨1枚の謝礼を払わねばなりませんので」
「分りました」
「他に何か、お聴きになりたいことはございますか?」
「女性1人でも安心して泊まれる安価な宿と、お勧めの食事処を教えていただけますか?」
「私の主観的なものになりますが、宜しいでしょうか?」
そう言って、その場所への地図を描きながら教えてくれた彼女にお礼を述べて、私は直ぐにギルドを後にした。
「ふー、やっと落ち着ける」
宿の部屋で椅子に座りながら、一息つく。
あの後、紹介された定食屋さんでお勧めメニューをいただき、少し市場を歩いておおよその物価を把握した後、この宿に部屋を取った。
心配していた食事だが、普通に食べられた。
野菜や果物は地球の物とあまり変わらないし、お肉もちゃんと鶏、豚、牛と揃っている。
私が食べたメニューのお肉は、店員さんによるとリトルボアという魔物のものだったが、結構美味しかった。
『魔物って食べられるのですか?』
そう聴いた私に、その店員さんは驚いた顔をして、こう教えてくれた。
『・・全部ではありませんが、食用になるものは多いですよ。
中には、家畜の肉より数段美味しい物もあります』
物価については、地球の先進国と言われる国々よりは大分安い。
銅貨1枚、つまり1ギルが、日本円にして30円くらい。
『懐に余裕のない人向け』とパン屋さんが苦笑いして教えてくれた黒パンが2ギルで、『お嬢ちゃんへのお勧めはこっちだよ』と勧めてくれた白パンが8ギル。
面白かったのは衣類を扱うお店で、複数の人種が存在するせいか、下着やズボンを売る場所が分かれていて、獣人には尻尾があるため、お尻の方に丸い穴が開いていた。
簡単に破れないよう、その縁が補強されて厚めになっている。
穿く時は、尻尾をその穴に通しながら穿くそうだ。
人間やエルフ用の物は、デザインが地味であることを除けば、地球のものとそう変わらない。
替えの下着が欲しかったので2枚購入したが、肌触りも気にならないくらいよくできている。
布だけの物だが、ちゃんとブラもあり、プラスチックという素材がないため、ボタンは木製のもので全て代用されていた。
不思議だったのは、この世界でトイレットペーパーと歯磨粉、石鹸とシャンプーが売られていたことだ。
アイテムボックスにたくさん入っていたから、もしかしたらこちらの世界にはないのではないかと危惧していたのだ。
安心したのと同時に疑問を感じたのでお店の人に聞いてみると、迷宮にいる特定の魔物を倒すと、
いわゆるレアアイテムというやつだ。
つくづくゲームのような世界だなあと考えていると、店員さんが『偉大なる女神様の恩恵です。かのお方は、女性が美しくいられるための品々を、幾つも
確かに、読んだことのある複数の異世界漫画では、大体がこれらの品々を入手するために苦労していた。
地球でも、後進国の中には異世界並みの暮らしをしている場所があるが、少なくとも日本人なら、トイレットペーパーと石鹸、歯磨粉くらいはないと困るだろう。
女性達がかわいく描かれている漫画でも、トイレで拭く物がなかったり、替えがない、小さな桶に入れたお湯だけで髪を洗い、そのお湯で身体を拭くような生活しかできないのなら、実際には相当女子力が落ちるはずだ。
だから敢えてそういった場面を描かないことで、そこで活躍する女子達への、読者側の好感度の低下を防いでいる。
よくある設定の、魔王討伐へ向けた勇者達の旅なんかでは、彼らは何日もお風呂に入らないまま、その辺の草むらや林の中で、用を足しているはずなのだから。
そう考えると、あの値段にも納得がいく。
ロール型のトイレットペーパーと、長方形の石鹸は、1つ100ギル。
丸い木製容器入りの歯磨粉は1つ200ギル。
ボトル型の木製容器に入ったシャンプーは、1本800ギルもする。
どれも庶民には高級品だった。
宿で入ったトイレに、紙がない理由も分る。
1泊朝食付(風呂なし)で120ギルの宿で、トイレットペーパーを常備したら間違いなく赤字になる。
私は女神様から頂いた物をちぎって使用したが、他の人はどうしてるのだろうか?
浄化の魔法かな?
試しに、寝る前のベッドに浄化を掛けてみる。
ステータスウインドウを開いて、『使用』の項目をタップすると、ベッドへと向けた掌に小さな魔法陣が現れて、そこから魔法が放たれる。
元からシーツはそれなりに奇麗だったが、その白さが際立った。
『使用』の項目が消えたことから、次からは脳内で念じるだけで発動するのだろう。
宿の部屋は土足なので、今度は床に浄化を掛ける。
うん、ちゃんと発動する。
明日は朝から動かねばならないので、今日はもう寝ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます