第2話

 『お困りですか?

お金が欲しいですか?』


「え?」


今後についてあれこれ考えていた私の頭に、突然そんな声が響く。


『あなたさえ協力してくだされば、その見返りとして十分な額のお金を差し上げます。

如何ですか?』


「誰?

一体何処から話しかけてるの?」


『わたくしは、夫たる神の、法を司る女神。

あなたの窮状を見兼ねて、異世界から声をかけています』


「女神!?

・・なんか胡散うさん臭い」


『・・あなたが現在置かれている状況を鑑みて、特別に今の暴言を許しましょう』


「だって神様が本当にいるとは思えないんですもの」


『再度の無礼は許しませんから、よくお聞きなさい。

わたくしは、特にあなたでなくても良いのです。

探せば他に、もっと条件の良い人物だって見つかるはずです。

この世界の人間は、巷に溢れる本の悪影響で、何か勘違いをしています。

ろくな能力も持たず、大して努力もしてこなかった者を、どうして神が優遇する必要があるのですか?

こちらが下手したてに出てまで、特殊な能力をふんだんに与えてまで、かの者達の性欲や承認欲求を満たしてあげる必要などないのです。

機会を与えて差し上げるのはこちらで、あなたにはそれに対する返事以外の選択肢はありません。

わたくしの話に耳を傾ける気がありますか?』


「・・・あります」


正直、お金をくれると言うのなら、是非とも欲しい。


今の私には、来月分の生活費の目途すら立たない。


約4か月前、両親が交通事故で死んだ。


相手の車の信号無視による、一方的な衝突事故。


側面から突っ込まれた両親の車は、対向車線に弾き飛ばされ、そこで他の車と正面衝突するという、目も当てられない結果となった。


なのに、殺人者であるはずの相手の運転手には、ほとんどお咎めがなかった。


精神疾患で幻覚が見えたとかで、刑法の処罰対象から外れる上に、自動車保険にも入っておらず、個人的な財産もほとんど持っていなかった。


父が入っていた自動車保険の、担当弁護士の言葉が忘れられない。


『相手を裁判に訴えても、弁護士費用が余計にかかるだけで、得るものは何もないでしょう。

この国の刑法は、車が引き起こした犯罪には非常に寛大です。

人が死んでも、大抵は数十万程度の罰金刑で済んでしまう。

民事に訴えても、損害賠償請求は勝ち取れるでしょうが、被告に資力がなければ、絵に描いた餅にしかなりません』


ふざけるな。


そう思った。


やっと自分達の家を買い、生活を楽しんでいた何の非もない両親が死んだのに、その扱いは一体何なんだと。


そして自分も、何も悪くないのに、どうしてこんなにお金に困らなくてはならないのかと。


この国は、犯罪者には優しくても、その被害者達には冷たい。


私には、他に頼れる親類がいない。


父親の両親はどうしようもない奴らだったらしく、私が生まれてから1度も会ったことがないし、何処の誰とも教えて貰っていない。


母親の実家の方も、そんな家の出身である父と結婚した娘とは距離を取ったらしく、これまた何処の誰かも知らされていなかった。


かの弁護士が、少ない費用(勿論、こちらの自腹)で手配してくれた葬儀の場には誰も来なかったから、既に私も、自分の身内はいないものとして諦めている。


家を買って数年の両親は、そのローン返済で余裕がなかったのか、自動車保険は最低限のものしか掛けていなかった。


難しくてよく分らなかったが、その弁護士さんの説明によると、葬式代や彼への手数料(依頼料ではない)などを支払うと、貰える保険金の残りは80万円ほどで、口座からは家のローンも引き落とされるため、それもここ4か月の生活費で底をつきかけている。


心が多少落ち着いてから、慌てて奨学金の申請などを始めたが、貰い始めるまでにはまだ時間がかかる。


バイトも探したが、昨今は高校生が働けるような仕事にあまり募集がなく、割の良いものは、非合法な風俗系しかなかった。


私は幾ら落ちぶれようとも、そこまでしようとは思わない。


そんな状態の私だったから、その女神さんとやらの言葉を聴いてみる他なかったのだ。


まあ、直接頭の中に話しかけてくるくらいだから、あながち嘘という訳でもないのだろうし。


『結構です。

あなたにとっても決して悪いお話ではありません。

・・あなたが了承してくだされば、わたくしはあなたを、異世界へと送り届けます。

あなたにはそこで、迷宮攻略をして貰います。

その最終目的は、何れか1つの迷宮で最深部まで到達し、そこに安置されたコアを手に入れることです。

成功報酬として、日本円で10億円差し上げます』


「10億円!?」


『少ないですか?』


「いいえ、滅相もない!」


『ただし、相応のリスクもあります。

あちらで命を落とせば、それは即ち、こちらでの死も意味します。

わたくしの依頼に期限はございませんが、のんびりし過ぎて、老衰や怪我などで命を落とせば、同じ事になります』


「幾つか質問しても宜しいですか?」


『どうぞ』


「ご依頼の途中で、こちらに戻って来ることはできますか?」


『それは途中でキャンセルが利くかという意味でしょうか?』


「いいえ。

あくまでも一時的にです」


『それは無理です。

因みにキャンセルもできません』


「ご依頼を達成してここに戻って来た時、私の年齢はどうなっていますか?」


『あちらに行く前と、寸分違たがいません』


「私は戦闘に関しては全くの素人です。

何らかの補助を頂けるのでしょうか?」


『能力的なものに関しては、直ぐには戦闘行為に直結しないものを、幾つか与えます。

上手く使いこなせば、それなりの力となるでしょう。

また、あちらでの暮らしに当面困らないくらいの道具も差し上げます。

こちらに戻る時、向こうで蓄えた物を含め、その全てが失われますが』


「私の他にも、その異世界に行かれている方、今後行かれるご予定の方はいるのでしょうか?」


『どちらもおりません』


「女神様とは今後も連絡が取れますか?」


『ほぼ取れないと思ってください。

わたくしが必要だと思った時にだけ、こちらからご連絡致します。

ただ、時にメールのような形で、指示や依頼を追加することがあります。

それに従うかどうかは、あなたの自由です。

詳しくは現地で確認してください』


「分りました。

質問は以上です。

どうぞ宜しくお願い致します」


『お引き受けいただき、ありがとうございます。

あなたに期待致しましょう』


その言葉が終わると、私の意識は一旦途切れた。

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