イラスト付☆聖女を欲しがる国の策略にまんまと乗せられた王子が暴力を振るうので他所へ行きます

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 風の聖女の出奔

https://kakuyomu.jp/users/miraukakka/news/16817139554886611830

 

 衛兵を連れたアルフォンス王太子が突然神殿にやって来た。この国の第一王子で次期国王で、当代の聖女の婚約者。神殿に来るのは珍しい。前にやって来てからもう一か月だったか、二か月だったか、とにかく久しぶり。


「あら、アルフォンス様――」


「クリス、お前が本当はこの国を呪っていたことはバレているぞ。国外に追放する! 婚約も破棄だ!」


 やって来るなり激昂したまま恐ろしいことを告げる。聖女クリスは国を守るためにいままでもずっと神に祈りを捧げ続けているのに。目を丸くして状況についていけない、クリスは作り笑顔で首を傾げている。


「悪い冗談を、どうしてしまったんですか?」


 突然変なことを言い出すのは今日が初めてではない、思慮が足らないのだ常に。今までも癇癪をおこしたりして暴言を吐くことはあった、それでも許せる範囲を超えることはなかった。大きすぎる聖女の許容範囲内、というくくりではあったが。


 第一王子ということで皆にかしずかれて育ったのが原因の一つ、だからこそ本人を責めるのも酷だとじっと我慢してきたことが多い。


「何が悪い冗談だ、それはお前だろう? 今まで国を守るかのようなことを言って俺達を騙して、ずっと私腹を肥やしていたんだ。国が上手く行ってなかったのは呪いのせいだ!」


 流石のクリスも眩暈を起こしそうになる、こうまで無実の罪で罵られたら平然となどしていられない。王子が足音を鳴らして近寄ると、平手打ちをする。緑の長髪を乱して、クリスは驚きでへたり込んでしまった。暴力を振るわれたことは無かった、それだけはあの馬鹿王子でもしなかったのに。


「黙っているのは認めた証拠だろ。真の聖女はもう見つけてある、レイアはお前と違って可愛いし寝所も共にしてくれるからな!」


 その時なんとなくクリスは本当の理由を悟った。聖女になって祈りを捧げるようになってから、婚約はしても婚約者としての役目はしていなかった。有り体に言えば王子と寝なかったのだ。


「レイア?」


「ああ、燃えるような赤い髪で、愛想も良くて俺を尊敬してくれる最高の女だ。フレイム国で聖女として結界を張っていたこともある本物だぞ!」


 隣国にあるフレイム国はその名の通り炎の国だ、そこの女は赤毛が多い。一方でここ風の国であるトルナードはクリスのような緑色の髪をした女性が多かった。


「……はぁ、救いがたいわね。良いわ出て行きます。もうどうなっても知りません」


 立ち上がって去ろうとするクリスだったが、王子がまた手を上げた。パーンと甲高い音が神殿に響く――


「な、んだお前は?」


 クリスを打とうとした王子の手を弾いたのは金色の短髪の細身の女。さっきまでは姿が無かった、急にここに現れた気がする。


「エクレール国のトーレ、これ以上の狼藉は私が許しません」


 もう一つの隣国、雷の国エクレールでは金髪がよく見られる。各国で交流がある現在、優秀な聖女を集める為にそれぞれが密かに人員を派遣するのが常套手段になっている。言ってしまえば手段は誘拐でも買収でも何でも構わない。好機だと見てトーレを名乗る者が割り込んできたのも納得だ。


「聖女クリス様、貴女が望まれるならばエクレールの聖女として迎え入れる用意が御座います。何卒色よいお返事を」


 ここに選択肢が産まれた。このまま一人寂しく国外追放を受けて惨めに去るか、或いは隣国の聖女として移るか。国に恩義があれば他所に仕えるようなことは出来ないと余程の事が無い限りお断りするものだ。


 婚約を破棄され、別の女が良いと公言され、暴力まで振るわれた直後、クリスが何を思うか。十人居たら十人、それが百人でも多数派がどちらかは変わらないはずだ。


「エクレール国へ行きたいです。トーレさん、お願い出来るでしょうか?」


「畏まりましたクリス様。現時点を以て仮契約を結ばれたものと解釈し、私がお守り致します」


 不意に現れて望まない展開を繰り広げる二人に、アルフォンスが癇癪を起こす。いつものことと言えばそれまでではあるが、今回ばかりは多少の正統性もあった。


「他国の間諜だ、捕らえろ!」


 そう言うと後ろに下がる。十人の衛兵が剣を抜いて前進した。第一王子の側近護衛だ、腕前の程は折り紙付き。たった一人に後れを取ることなど考えられない、それが人ならばの話だが。


「エクレールの守護者雷神トールヴァルドのご加護を与えたまえ。我が願いに応じ、出でよ紫電の嵐!」


 バチバチと光り輝く細い光が神殿内を駆け巡る。それは触れるものすべてにトールヴァルドの加護を強制的に分け与える、即ち電撃。トーレは雷の巫女、己の体内に雷精を宿す者。


 結界を張り国を護るのが聖女と呼ばれる盾ならば、精霊を己に宿す巫女は国の矛。自国を離れて顕現させられる奇跡は少ないが、聖女クリスが仮とは言え契約を結んだならば話は別だ、彼女を守るために彼女を通して雷神の加護が得られる。


 馬鹿でも王子を傷つければ大問題になるので電撃は王子を避けて駆け巡った。


「クリス様、こちらですお急ぎを」


「はい!」


 こんなところに居てもろくなことが起こらないのは解り切っている、先導されて神殿の外へと走った。ところが外にも兵士が居て、予想外の顔も居たので驚く。赤毛の若い女、アルフォンスの言っていた巫女だろうと直ぐに察しがついた。


 クリスと目が合うと、にやりと意味ありげに表情を変えたのでもう疑う余地はない。彼女はこうなることを望んで王子をけしかけたのだと。ではどこの手先かというとフレイム国ではなさそうだ、そうならば隣に居るのはトーレなどというエクレールの人間ではないから。


 でもそんなことはもうどうでもよかった、クリスは国を離れたいだけ、必要としてくれる人がいるならどこでも良かった。罠にかかったのは愚かな王子であって自分ではないから。王子が追いかけてきて、外の兵に叫ぶ。


「そいつらを捕らえろ、殺しても構わん!」


 何が起きているかは関係ない、王子の命令を即座に実行に移すことが求められているだけ。


「対魔法甲殻を準備! 目標の無力化を優先だ!」


 風のオルタナティブインスタンスを行使、風神の加護を与えられた防壁を張った。まだ極めて少数にしか配布されていない実験段階の装備を迷わずに使う。不明の相手には最大の力で対抗する、戦いの基本中の基本。トーレは懐から笛を取り出すと思い切り吹く、しかし兵に音は聞こえなかった。


「これは寄せ笛?」


 結界を張る聖女らには微かにだが聞こえる、彼女らはそういう性質を持っているから。逃がさないように周囲を囲むと盾を前に突き出して隙を伺った。少数の側は警戒をするだけでも精神が疲弊をする、何もせずとも長くは持たない。


 じりじりと距離を詰める、あと一歩で取り押さえることが出来ると踏んだ。その時だ、急に太陽が遮られて影が降りる。直後に包囲している兵の頭上に緑色の塊が落ちて来た。長い尻尾、輝く鱗、太い首の先には立派な牙が生えていて、背には被膜がある羽。その眼光は鋭く唸り声は地を響かせる。


「ド、ドラゴンだ!」


「GUOOOOO!」


 魔力が籠もる咆哮で対魔法甲殻が震える。竜は古来から守護者として知られている、守る対象はそれぞれではあるが。神殿の守護者であるウインドドラゴンが何を敵として認識するか、想像がつきそうなものだ。日々神殿にあって祈りを捧げ続けて来た風の聖女か、それとも聖女に敵意を向ける人間か。


「殿下はお退きを! ドラゴンをまともに相手にするな、目標はあの二人の捕縛だ!」


 この状況でも命令を遂行しようとする兵長、見上げた根性と言えるだろう。それに従う兵も驚きはしても戦意を失わないあたり精鋭と称して差し支えない。頭上から降りてくる影がもう一つ。ウインドドラゴンよりはかなり小型、その眷属で飛竜だ。


 トーレがクリスの手を引くと飛竜の背に跨る。クリスは両手を回して必死にトーレにしがみつく。


「ドラゴンライダーか!」


 飛竜という眷属は敵と認識せず無視、神殿を汚す人間のみを見回すと、ウインドドラゴンは魔力を含んだ突風を起こした。それが収まるのを待って「飛び立て!」飛竜に命じる。翼を広げると剣が届かない位の高さに舞い上がる。


「ええい、投擲しろ!」


 それぞれが手にしている剣を一斉に投げる、飛竜ではかわしきれずに何本も命中する……はずだった。薄い緑の球体が飛竜を中心に現れると、剣はすべるように軌道を変えて飛んでいき落下してしまう。


「風神の加護か!」


 クリスの祈りが飛竜へ加護をもたらす。風神の加護を得た者へ殺意を向けた、ウインドドラゴンは風神を崇める従属種族、兵と深刻な敵対関係にあるのを認めてもう一度咆哮する。


「GUOOOOO!」


 今度は凄まじい暴風が発せられて、盾を翳している兵をその体ごと後方へと押し飛ばす。距離を取ると同時に息を大きく吸い込む。


「ドラゴンブレスが来るぞ、総員防御態勢!」


 兵長の号令で側の者同士で身を寄せて盾を並べる。ウインドドラゴンから発せられたブレス、地面を大きく削り兵を巻き込むと後方の林を根こそぎ巻きあげ彼方へと吹き飛ばしてしまう。炎の巫女レイアには一切の傷が無い、敵かどうかを見極めて力を振るっているのにこれだ。


 上空で飛竜が鳴き声を上げると、一度旋回して遠くへと去って行く。


「さようならアルフォンス殿下、もう二度とこの国に戻ることはありません」



 飛竜を使って神殿を離れることは出来たが、あちこち飛び回るわけにも行かなかった。国境付近を騎乗して通り抜けようとすると、結界に触れて墜落する恐れがるから。実際はどうなるかわからない、だからこそ危険に踏み込むような真似は出来ない。


 国境手前の街に入るべく、二人は森で飛竜から降りて徒歩で向かうことにした。明らかに旅装ではない若い女の二人組み、しかも巫女や聖女に選ばれるのは美女となれば間違いなく目立つ。時間的に手配が回るのはまだ先だろうから、今日は問題なく街に滞在できるはずだ。


「トーレさん、私はどうしたら良いでしょう?」


 綺麗な金髪だなと見惚れてしまう。一方で薄い緑のクリスの髪もサラサラで艶やか、決してどちらかが勝ったり負けたりしていることはない。旅をするものたちはまず拠点となる宿を確保す、更に慣れて来るとまず酒場に向かうというのが良く言われる行動。


「いつも通りでよろしいです。クリス様のことは私が必ずエクレール国へ送り届けますので」


 そうは言われても全てを他人任せにするのも申し訳ない。そう考えるのが聖女だ。他人を信じてしまわず、警戒を前に出すのが一般人だろうが。良くも悪くも誰かの支持を受けて来たクリス、こればかりは仕方ない。着の身着のままでローブ姿、これは幾らなんでも場違いなことに気づく。


「着替えをしたいのですけど、なにぶん全てを置いてきてしまいました。どうしたらよいでしょう?」


 それはトーレもお願いしようとしていたこと、問題を一つ解決しようと提案をする。


「それでは雑貨店に行きましょう。それでは動きづらいので、服を選びに」


 宿でも酒場でもなく、最初に服選びになるとは思わなかった。二人が店に入るとそれだけでやはり目を引いた。中年の店主が近寄り「何かお探しでしょうか?」声をかけて来る。お近づきになりたい、そう思うのはとても自然なこと。


「ご主人、服を選びたいのですけれど、どちらに? 出来れば動きやすいのが良いのですけど」


 後ろで束ねられた緑の髪を揺らして、店内を覗くクリス。でれっとして「こちらですよお嬢さん」何故か店主自ら案内してくれる。最初から店内をうろついている他の客は無視してのことだが、どこからも苦情は来ない。


 畳まれた服が棚に並んでいる場所に連れて来られて、着替えるならばと小さな部屋がある場所を教えられた。覗かれでもしないかと多少の不安はあったものの、幾つかを試着してサイズが合うものを選ぶ。脱いで持って行かずにそのまま着て帰りたいと申し出る。


 トーレが銀貨を取り出して「おいくらですか?」クリスの代わりに尋ねた。棚に書いてあった金額より何故か低い値段を言われトーレもしっかり店主の手を握って支払ってやる。使える武器はことあるごとに力を発揮するものなのだ。


 動きやすい恰好、短めのスカートにチュニックブラウスを重ね着して七分丈の前開きジャケットを羽織る。何ともカジュアル一杯の姿に、クリスはちょっと恥ずかしくなってしまう。その表情がまた良く「是非ともまたお出で下さい。お安くしておきますよ!」店主も大満足する。


 トーレはというとタイトなパンツスーツに、ジャケットを羽織っている。秘書という言葉を想像すると、機能的な感じがしっくりとくるような服装だ。酒場に行くなりまた注目を受ける、ゆっくりと二人で話をすることは暫く出来無さそうだった。


 注文した品が出てくると、店主によって「邪魔だ邪魔だ、ここは食事をするところなんだ」野次馬根性で近くに立っていた奴らが散らされた。これで落ち着いて話が出来る。食事に手をつけながら周りを窺っていると、不思議なものを見た、というか聞いた。


「子羊の焼き加減はいかがいたしますか?」


「レアーでもなく、ウェルダンでもなく頼む」


「ソースは?」


「かけすぎずに、だ」


 そんな回りくどい注文をしたと思ったら、その客はいつの間にか居なくなっていて料理も出された形跡がない。聞き違いかと思ったが、別のテーブルでも同じやり取りをしたものだから異常に気づく。


「クリス様、この酒場は何かしらの動きがみられます」


「どういうことでしょう?」


 伏せられた言葉の意味を探ろうとしても、あのやり取りを聞いていなければ理解出来ない。前のめりになって小声であったことを説明すると、口元に手を当てて驚く。


「恐らくは反対勢力らの動きでしょう。官憲に見つからないように、この酒場で連絡を取っている――」


 ここに置かれている拠点が何を目的としているか、大雑把に考えられるのは二種類。地元のなんらかの活動か、もっと大きな何かか。ヒントがあれば絞り込めるが、トーレには特に他の情報が無い。が、クリスはおかしなことに気づく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る