第6話
荷物をまとめると南の街へと向かう。街は逃げない、歩けば必ず辿り着く、そして追っ手も必ずやって来るわけだ。マリーがクリスをじっと見詰める。
「えっと、あの?」
「ああ、すまないね。やっぱり街に入るに際して少し変装なりをすべきかなって」
「変装ですか?」
髪の色で目立つ、容姿で目立つ、二人組みで相手がマリーなので男女ともに目立つ。そのままというわけにはいかないのが直ぐに理解出来た。
「俺がどうこうするのは簡単なんだが、さてクリス嬢にはどうしてもらおうか」
変装する方法をその瞬間で考えるのは難しい、背嚢から何か薬品を取り出すと前髪に塗り付ける。あとはフード付きの上着を着せられた。顔の造形はどうにもならないとして、フードだけのを変装と呼ぶかはわからない。
「これは?」
「軽い脱色をしようと思ってね。その色なら黄色っぽくなるはずだよ、元に戻すのも出来るから心配しないで」
その場では解らなかったけれど、二人で暫く歩いていると「お、変わって来たね」自分ではどうにも確認出来ないことを言われてしまう。一人だけそうしても、やはり目立つことには変わりない。いよいよ街が見えてきたところでマリーが荷物を一つ取り出す。
「それはなんでしょうか?」
「一言で表すなら塗料かな」
荷物を置いて上着を全て脱いで、上半身裸になる。とても素晴らしい筋肉にクリスがぽーっとして見入る……のはさておき、手で綺麗に塗料を揉むと腕、腹、胸、顔と全てに塗りたくった。白い肌が焦げ茶色に見える位にまでなる。
「背中も塗れてるか見て貰えるかな」
「はい」
クリスが確かめると、どうやってかちゃんと綺麗に塗れているから不思議だ。けれども引き寄せられるかのようについ背に触れてしまった。
「お、塗れてなかったか、俺もまだ下手くそだな」
「す、少しだけでしたよ。他は綺麗に出来ていました」
触れてしまった以上はそうしないと逆におかしいので手のひらを動かす。引き締まった肉体にほれぼれとしてしまった。数分乾燥させると、まるで元からそうだったかのように塗料が定着する。クリスは乾く前に手を拭く、そちらは綺麗に落ちてしまう。
「これで多少は変装になるだろ。少なくとも人相で特徴としていた部分が違えば、聞き込みでは引っ掛からない。実際に出くわしたらわからないけどね」
もし自分が聞いて回るとしたら、トーレを探すとして伝えるなら性別に髪の色と長さ、あとは体格くらいと思えばこうしていたら半分は隠せていることになると納得する。
「マリーさんは色々なことを知っているんですね」
きっともっともっと様々飛び出して来るんだろうなと思い言葉にする。
「どうかな、生活の知恵ってやつだね」
これらがそうならば、とんだ生活もあったものだ。或いはこれが日常としたならば、どれだけ厳しい日々を送って来ていたのか。
「……いつか必ずお返し致します」
「しわしわのおじいちゃんになるまで待っててもいいけどね」
返さなくても良いというがクリスはそうは思っていない、お互いが望むところが落としどころだ。マリーが手助けしてくれる本当の理由は解らないが、それでも事実こうやって隣に居てくれるのを全てだとする。
「一つ忘れても良い話をしようか。俺の先輩の話だ」
「先輩、ですか」
誰かからこれらを教わった、それが親なら親というし、子弟関係でもそうだろう。学校なのか仕事なのか先輩というのは結構限られた範囲だなとクリスは思った。
「困ってる人が居ると助けるんだ、そりゃ無理だろうって思うことでもやってのける。でもそれは相手の為だけじゃなくて、自分の為でもある」
「というと?」
「経験と記憶は崇拝されるべき宝だから、そう言ってたよ。確かに俺もそう思う。それ以外の物事はあとからついて来る付属品でしかないんだ。一人じゃそれを経験も出来ない、だから困難を共有して誰かの為になろうとする。それこそが自分の宝になるから。最初聞いた時には意味が解らなかったけど、ある時それが理解出来たんだ」
マリーが空を見詰めて過去とも未来とも解らない何かを思い浮かべる。
「いつかあの背中に追いつきたい、その一心でひた走っているけど全然」
すっきりとしたその表情にクリスが微笑んだ。
「その先輩のことをとても尊敬しているんですね」
「ああ、あの人は最高だよ。俺の人生を捧げても惜しくないくらいだ」
なるほど、先輩がボスで大変な仕事をしているんだなというのがその言葉で全て繋がった。けれども何も言わずに自分もただ嬉しそうにするクリスだった。
◇
南の街にやって来た。国境の街よりも賑わっていて、人も多ければ露店の品ぞろえも豊富だった。食糧さえ手に入ればそれで良いわけではない、何日も歩き続けるにはそれなりの準備が必要になって来る。そしてそれらはやはりタダでは手に入らない。
いくつも買い込んでいるが、支払いは全てマリー持ちだった。それがあまりに心苦しい。それこそ人一人を雇える位の大金を使わせているのだ。
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