第6話

あれから樹輝達はうちに住むことになった。

今まで1人だった私にお兄ちゃんが2人もできたことは、恐らく長い人生で観ても大きな変化だったと思う。

空き部屋で好きに使って良かった自室と同じ階にある部屋のうち、2つが樹輝達のものになった。

私1人のためにあった物達が「他人」に奪われていく、そんな感覚は拭いきれなかった。

樹輝達が来てしばらくは買い物だなんだと言ってお父さんもお母さんも家を空けることが多かった。

樹輝達もそれに着いて行くから実質私はいつも1人で留守番していた。

静かな家に1人で居ると、まるで「ガチャ」と音がしたらまた新しい「家族」が現れるのではないかと思った。

正直なところもうそれは望んだことでは無かった。

まだまだ分からない、樹輝達との生活は上手くいくのだろうか?

私は幼いながらに考えた。

そして怖くなって考えるのを止めた。

(もしまた私1人のためにあるものを奪われるとしたら?

もしそれが「物」ではなく「両親」みたいな大切な存在だったら?)

なぜだか分からないけど涙が溢れて止まらなかった。

気が付くと、昇っていた日はとっくに地面の裏に隠れてしまっていた。

それに気が付くと同時に、とても香ばしい香りが私を包み込んだ。

(この香りは…ハンバーグ?)

私は自分が心の内でとてつもなく喜んでいることに気が付く前に全速力で階段を駆け下りた。

リビングの斗を開ける。

お父さんはソファーで新聞を読んでいた。

これは当たり前の光景。

キッチンにはお母さんが居る。

うちでは料理を作るのはお母さんの仕事でお父さんはたまにそれを手伝うくらいだったから、いつもキッチンに立つのはお母さんだった。

カウンターテーブルの隙間からキッチンを覗き込む。

見慣れた細くて白い腕が見えた。

「お母さ……」

そう言いかけたとき、お母さんの背後に嫌な影が見えた。

私の全てを奪い去ろうとしているその影を、私は今にも殴り掛からんばかりの勢いで睨みつけた。

「2人ともどうしたの?喧嘩はダメよ?仲良くね。」

背後に映るやけにくっきりとした白色の瞳が、私の怒りを、気持ちを、全て跳ね返すかのように真っ直ぐ威圧的な視線をこちらに向けていた。

無表情で、でも目だけは何かを訴えているかのように。

私は無言で一歩前進する。

「カタッ」と何かが音を鳴らして樹輝は後ずさりをする。

ふと音の鳴った方を見ると、それはキラリと照明を反射して光り輝いた。

…包丁。

私は唖然としてそれを見つめた。

体が内側からゆらゆらと揺らぐのが分かった。


ー「あら、結愛ちゃんは野菜を切るのが上手ねぇ。」

「えへへ、そうかなぁ?」

お母さんが小さな私の手を握る。

「包丁を使えるなんて、もうお姉さんだわ。」

「結愛ちゃんね、おっきくなったらお父さんのお嫁さんになって、お料理たーっくさんするの!」

お母さんが嬉しそうに微笑む。

「それは良いわ。お父さんがとっても喜ぶわねぇ。」

お母さんがそっと赤色の柄を握る。

「今日はおしまい。またお手伝いしてもらう時のためにこれは綺麗に取っておかないとね。」

「はーいっ!」


ー(あれは私のためにお母さんが取っておいてくれた、私のための包丁だ。

樹輝のじゃない、私の、私のものなはずなんだ。

おかしい…絶対おかしい。)

何かを思う前に私の体は真っ直ぐ樹輝の方へ向かっていた。

「返せぇええええーーーー!!」

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