第2話

 護衛対象の隊長に紹介状を渡し、岩礁の浅瀬に足を踏み入れる。装備は護衛依頼のために買った防水仕様、靴には滑り止めがついている。これが買えるようになるまでは護衛依頼はろくにできず、討伐するにも足は滑り、帰り次第ずぶ濡れになった服を洗わなければ塩を吹くはめになっていた。

 尤も、魔術に頼らない体幹を鍛えるのに好都合との噂だったので足が滑るのは仕方ないことと割り切って修行に励んでいたわけだけど。

「んじゃ採掘おっぱじめるからよろしくな、あんちゃん!」

「任せてください」

 答え、隆起する三日月斑岩を取り囲み採掘する採掘隊から数歩離れたところでルナシリンダーを探る。

「天の鳥隠れ身を現す」

 汎用探知詠唱術「召鳥探査」を唱える。魔力でできた鳥が螺旋状に飛び上がり、通った箇所の探知対象を捉えていく。

 ルナシリンダーは正面やや離れたところに1匹、左やや後方近めの場所に1匹、後方やや右後ろ45度付近、正面と同じくらいの距離に寄り添うように2匹。

 そこから先にも数体いるけどしばらく無視しても問題ない。

 左から攻めるか。採掘隊の背中を右目に見つつ魔力を体内から呼び起こす。呼び起こした魔力を整え術式を調整、詠唱する。きっちりと調整した改変術式は手に馴染み魔力の通りが良い。

「茨喰む無垢の花」

 魔力の茨が花弁状になった魔力術式から伸び、ルナシリンダーを捉える。茨が食い込みルナシリンダーの細身の殻を食い破っていく。

 踵を返して正面の1体と右の2匹を目視する。正面の1体は遠距離から切り裂く、右側2匹は茨でまとめて絡め取る。瞬間的に判断する。

 ポケットから術紙を取り出す。魔力を呼び起こす。陣を描いた術紙に魔力を通す。陣から術式が展開、魔力を吸って巨大な弩に変貌する。魔力を操り狙いをつける。矢は十分な大きさだ、精度はそこまで必要じゃない。

 照準、合った。撃ち抜く。魔力矢がルナシリンダーを撃ち抜き、二つに折った。

 最後、右側2匹。片方は正面が撃ち抜かれた時点でこちらの存在に気づき、術式を展開する。ロジエ。こちらが使用する茨の棘のような魔力塊をばらまいてくる。

 採掘隊に当たらないようにしなければならない。魔力を引き出し切る余裕はない。無理やり術式を展開する。息つく間もなく詠唱。

「そよぐ風砂塵を排す」

 魔力が採掘隊をルナシリンダーから包み隠すように広がる。魔力を十分に引き出しきれていないせいか、密度はまちまちだが距離的にも十分。

 魔力を練り上げる。ベールに触れたロジエの棘が緩やかに方向を変え採掘隊から逸れていく。2匹のルナシリンダーに向けて走る。

 最初の一発よりも多くの魔力を引き出す。倒しきれなかったときのことを考えて身体強化との複合発動。

「神の肉体宿すは心」

「茨喰む無垢の花」

 身を包むように、花弁を織りなすように術式が展開される。身を包んだ魔力術式はそのまま吸い込まれるように体へと帰る。踏み込む一歩の力強さが増すのを感じる。

 花弁は最初の発動時よりも大きく開いた。茨が2匹のルナシリンダーを巻き取る。ロジエを放ってきたルナシリンダーはあっけなく棘に貫かれる。

 問題はもう一匹だった。茨に触れた途端に赤橙の殻がどす黒く変色し茨を弾き飛ばす。茨を弾き飛ばしたルナシリンダーが展開した術式は巨大で禍々しかった。

「逃げてください! 僕の後ろ側に全力で!」

 採掘隊に退避を促しながら今引き出せる魔力を全て引き出す。自作の防御術紙に魔力を通し、1枚目の障壁術を張る。

 1枚目の手綱を握りながら術式を展開し、2枚目を完全詠唱。

「鉄鎖と岩盤纏いて弾け礫の風! 鉄鎖塁砦!」

 引き出した魔力をそのまま固めて山にしたような壁ができた。急ごしらえだし緊急事態で焦っているせいか形が歪だ。防げるだろうか。

 ルナシリンダーの展開した術式から巨大な棘が大量に吐き出される。1枚目の障壁に触れると速度が落ちる。半分くらいの速度を落としたところで障壁が剥がれる。

 そして鉄鎖塁砦に棘が叩き込まれる。衝撃が魔力越しに伝わる。必死に魔力を維持しながら考える。おかしい、このレベルの魔物が岩礁地帯に出没するなんて話は聞いたことがない。

 鉄鎖塁砦にひびが入る。ひびを魔力で埋め立てる。速度を落としきれなかった棘が次々と突き刺さる。一発分届かない。

 虎の子の術紙に僅かに垂れ流している魔力を込める。鉄鎖塁砦が割れる。術紙が術式を発動し薄いベールが正面に展開される。

 最後の棘がベールに押し流されて僕の横の岩を消し砕いた。破片が体を舐める。なんとか乗り越えた。でもまだだ。

「採掘隊の方、今すぐ避難してください! できれば討伐部へ報告を!」

「あんちゃんはどうすんだ!?」

「時間を稼ぎます。稼いだら逃げます。大丈夫です、早く!」

「ああ、もう、無茶はすんなよ!」

 指示に従って避難を開始する声が聞こえる。

 良い依頼人だ。なんとかしてあげたくなる。残存魔力は大体残り半分弱、もう一度鉄鎖塁砦と陣術紙で防ぐ手は魔力も術紙も足りない。さあ、どうしたものか。


「大丈夫? 助け、いる?」

 突然、場に合わない凛としていて、どこか気の抜けたような声をかけられた。

 振り向くとホワイトブロンドを肩の長さまで下ろした軽装の少女が立っていた。遠く後ろの方にはルナシリンダーの死体の山。修行目的か討伐依頼か、いずれにせよ腕の立つ術師のようだ。

「助けてもらえるなら嬉しいけど、多分あいつはすごく強いよ」

「ん、見てればわかる」

 彼女は淡々と答える。

「だから面白そう」

 そして笑った。

「いいね」

 笑い返す。

 どす黒いルナシリンダーは魔力の充填を終えて再度術式を構築し始めていた。

「どういう理由であれ助けにきてくれたのは嬉しいけど、作戦とかあるの?」

「ない。ないけどあいつ多分固くはない。殻からは魔力を感じない。ただ外に放つ力が強いだけ。だから斬れば倒せる」

「心強い」

「そこの人、色々術使えるよね? 動きを読んでサポートしてくれれば倒す」

「無茶言うなあ」

 とは言え、他に手段も思いつかなかった。即興で術式を編んで、相手に合わせる。できなければ死ぬだけ。やろうとしなければ野垂れ死ぬだけ。

 だったらやるしかなかった。

 残った魔力を練り上げて、いつでも放出できるようにする。

「まあ、やるよ。できる限り合わせる」

「頼んだ」

 少女が数歩駆け、体を舞わせた。なんの意味があるのかわからないけど、その舞は洗練されていて美しかった。

 少女は近づきながら舞い続ける。舞うたび少女の体のキレが良くなるのがわかる。舞を起因とした術か。世の中まだまだ知らない魔術があるものだ。


 どす黒いルナシリンダーの術式がもうすぐ構築される。

 いくら身体強化をしても見切れなければどうしようもないだろう。

「鷹の目虎の目狩人の瞳宿せし戦士矢雨を避ける」

 視力の瞬間的な向上術式を編み、彼女にかける。

 舞は激しさを増し踊る切っ先から魔力の針が放たれ、ルナシリンダーを襲う。

 ルナシリンダーは意にも介さず術式を構築し終えた。少女と僕に向かって棘が襲い迫る。

 少女は避ける。舞いながら、更に速度を高めて避け続ける。

 魔力を術式に注ぎ込む。思ったよりも落ち着いて構築ができている。

「そよぐ風砂塵を排す」

 詠唱する。十分に魔力が練られた分厚いベールが棘を受け流し破片が背中を襲う。

 痛みを無視して重ねて詠唱。今度は少女に。この戦いを終わらせて生きて帰るための術式を。

「剛力天啓重ねて持たば一刀振らば天地を砕く」

 腕力と幸運の強化、普段は使いづらくて滅多に出番がない詠唱術。

 だけど速度も視力も持ち合わせる今の少女なら――

「獅子神楽『火伏せ』」

 少女の剣がルナシリンダーを真っ二つに切り裂いた。切り口から黒い靄のような魔力が上がり、霧散した。

 残心するように少女はその場でふわりと2回舞い、そしてその動きを止めた。


 そのさまを見届けると、僕はばたりと倒れた。受け流した棘が生み出した破片が背中にいくつも直撃したのは流石に痛かった。ポケットから術紙を取り出して残った最後の魔力を振り絞って治癒術をかける。

 すごく痛いし死にそうだ。でも、生きて帰れた。

 少女がこちらに近づいて無事を確かめてくる。改めて近くで見るとすごく綺麗で、ドギマギとした。

「生きてる?」

「なんとか」

「あの目が良くなるやつ、助かった。避けるのがだいぶ楽になった。後最後の力が出るやつ」

「あれを避けようと思うのがまずわからないけど、助けになったようでよかった」

「あなたは一人?」

 話の脈略がわからない。

「普段は一人だけど」

「何をしているの?」

「魔術の修行と生活のための依頼遂行」

「修行、いいね。わたし、修行中。でも最近こういうの増えて面倒。一人だとおっくう。さっきのはだいぶ楽に終わって良かった。一緒に組む?」

「修行が楽でいいの?」

「身に余る修行は身を滅ぼす。わたしはもっとゆっくりいきたい。」

 一人でいるといつか限界がくるって最近考えたなと、痛みの中で思い出していた。それにこの子は強いけど術の系統がぜんぜん違う。

 互いの修行の邪魔になりづらい。渡りに船だった。「こういうの増えて」という不穏な言葉は聞かなかったことにしよう。

「組むのは構わないけど、もう少し休んでからでいいかな?」

「ん、了解。じゃあ、待ってる」

「お願いします」

「こちらこそこれからよろしく」

 どこかちぐはぐな会話だけど、なぜかそんなに悪い気はしなかった。

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舞踏術師に恋してる 不尾レノア @foretnoire666

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