舞踏術師に恋してる

不尾レノア

第1話

「今日もルナシリンダーか……」

 依頼の一覧を見て、良さそうな依頼を見繕い、結局普段通りの依頼を受ける。


 クレシェント地域の岩礁地帯は、リコシェリ伯爵領の中堅術師にとって恰好の修行場であり、稼ぎ場だ。

 生息する魔物は主にルナシリンダー。硬く、細身ですばしっこく、距離を取って刺突系の術を放ってくるため素の前衛職だと対応が面倒だ。

 ルナシリンダーは一月に二、三度群れをなし、特有の陣魔術で岩礁に三日月斑岩を生成し、その数を増す。ルナシリンダーが生成する三日月斑岩は、他で自然生成されるものより魔力含有量が多く、リコシェリ領の輸出品の原料としても、術師の扱う品の媒体としても重宝されている。

 領の経済を支える重要地帯だがルナシリンダーそのものは術師にとっては対処が容易で、三日月斑岩の生成時以外は群れずに生息している。

 そういうわけでお抱えの術師団を使うまでもないと判断したリコシェリ伯爵は、ルナシリンダーの討伐と三日月斑岩の採掘依頼を定期的に出している。


 必要な書類を記載して討伐部の窓口に提出する。審査待ちの時間は暇だ。いつもこの時間はどうでもいいことをぼんやりと考えるようにしていた。

 ルナシリンダーの討伐ばかりで、いつの間にかルナシリンダー漁師になってしまいそうだな、と思った。

 実際にルナシリンダー討伐と三日月斑岩の採掘だけで生計を立てている術師は存在する。ルナシリンダーを討伐できるようになるには一定のスキルが必要なため、新規参入者がどんどん入ってくることもなく、十分なスキルと資金を手に入れたものは耐眠術具を手に入れてより割の良いピロウの討伐に手を出したり、名誉を求めてリコシェリ伯爵お抱えの術師団の門を叩いたりする。

 三日月斑岩の需要の割に参入者が増えることはそう多くなく、リコシェリ伯爵領の術師が自らの才覚に限界を見出した時に行き着く一つの道となっている。


 まあ、悪くはないのだとは思う。安定した収入、そんなにきつくはない労働条件、潮の香りのする景色の良い仕事場。自分の才覚に陰りが見えていたらあるいはその道を選んでいたかもしれない。

 だが、ありがたいことに魔力量も魔術制御も手応えを感じられるくらいに育っているのを感じていた。

 そう遠くないうちにピロウ討伐に足を延ばせるだろう。


 その先はどうだろう。冒険者としての術師が一人でできることは限界がある。身体強化系の術式を鍛えて近接能力を鍛えたり詠唱なり陣構築なりのスキルを高めて一撃の力を高めれば戦うことができる相手は増える。

 でも、いずれ魔力量と制御量の限界にたどり着く。一人では立ち向かえない相手と対峙しないといけないときは来る。

 もしかしたらその頃には冒険者などやめて宮仕えをする気持ちになっているかもしれないけれど、少なくとも今は冒険者というしがらみのない身分で居続けたかった。

 今後のことを考えるとそろそろ誰かと組む必要があるな、と考えていると提出した書類の精査を終えた受付に声をかけられた。


「ミカエル・フェルミさん。書類の受理が完了いたしました。今回の依頼は三日月斑岩の採掘時に出現するルナシリンダーの討伐及び採掘隊の護衛で間違いありませんね?」

「はい」

「では、こちらにサインと誓約書への魔力添付をお願いいたします」

 書類の端の署名欄にサインをし、契約術具に魔力を通して受付に返す。

「こちらが採掘隊への紹介状、依頼内容の抜粋、依頼完遂時に提出していただく書類となります。最後の書類はなくされても問題ありませんが、その場合お手続きにお時間がかかりますので極力なくさないようお気をつけください」

「以上となりますが質問などございますでしょうか?」

「いえ、結構です。ありがとうございました」


 実際の時間よりも長く感じた手続きを終えて帰路につく。依頼開始は明日朝、すでに慣れた依頼で新しく準備するものも特にない。軽く詠唱制御の練習だけしたら寝てしまおう。

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