帝国への嫁入りと新たな婚約  パワードスーツ ガイファント外伝 〜四男ルインカンへの縁談と、次女ビナシェルの縁談 その背後に隠れる国の思惑〜

逢明日いずな

第1話 四男ルインカンの縁談と次女ビナシェル


 大ツ・バール帝国として、北の王国から申し入れのあった、2度目のリズディアの嫁入りは、正式に断ったのだが、その後、四男であるルインカンへの嫁入りの申し入れがあった。


 北の王国からの使者から、正式な申入書を受け取った、第21代皇帝であるエイクオンは、表情を表に出すことなく、内容を確認する。


「使者殿、今回の申し入れ、深く感謝いたします。 皇子の婚姻ですので、即答はご容赦ください。 ただ、ルインカンには、まだ、許嫁もいませんので、前向きに検討させていただきます」


「ご配慮感謝いたします。 我が国として良い返事をお待ちしております」


 使者は、エイクオンの返事を聞き、リズディアの時とは違い、前向きな返事をしてくれたことからか、頭を下げた時、ニヤリと笑った。


 使者は、礼をすると執務室を退出していった。




 その様子をエイクオンは伺っていた。


 扉が閉まると、エイクオンは、ルインカンへの嫁入りの申入書をもう一度確認する。


(どうなっている? リズディアを嫁に欲しいと言っていたのに、今度は、嫁を出したいだと。 しかも、ルインカンとは、どういうことなのだ?)


 エイクオンは、申入書から目が離せないでいる。


(今までの強気が、一転して、四男に嫁入り? てっきり、長男であるクンエイの許嫁を解消して、嫁入りさせて欲しいと言うかと思っていたが、意外だな)


 すると、同席していた者から声が上がった。


「国力をわきまえた申し入れですね。 ルインカン殿下は、まだ、許嫁は居ないのですから、丁度よい話かもしれません」


 一部から、安心するような話が聞こえた。


「しかし、陛下。 リズディア殿下への縁談の申し入れを2度も断ったにもかかわらず、北の王国は、嫁を出してきました。 それも、四男のルインカン殿下にです。 これは、帝国が不誠実のように思われないでしょうか?」


「ああ、そうだな」


(それもあるが、どうも、北の王国の動きが不自然だ。 だが、以前は、嫁1人だけしか出せなかったが、今なら、一緒に人を付けても問題は無いな)


 エイクオンは、考えがまとまったようだ。


「帝国は、礼には礼を持って接する。 ビナシェルを嫁に出すことで、北の王国の誠意に応えよう」


 臣下達は、エイクオンの宣言に、一瞬、驚いた様子だが、直ぐに表情を戻した。


 そして、異を唱えることなく、誰もが納得した表情をした。




 エイクオンの次女である、ツ・ユナスナ・ビナシェルは、呼び出しを受けた。


「お呼びでしょうか、皇帝陛下」


 ビナシェルは、正式な呼出だったので、「お父様」とは、言わなかった。


「ああ、来たか。 実は、お前の嫁ぎ先を決めた。 嫁ぎ先は、北の王国の皇太子だ。 ルインカンの嫁に、北の王国から王女を出すと言ってきた使者に伝えたところ、王太子の嫁にしたいと言ってきた」


 エイクオンは、前置きもなく、ビナシェルに縁談の話をした。


(リズディアのワガママを聞いて、ビナシェルには、勝手に婚姻を決めてしまった。 反発されるかもしれない)


 エイクオンは、思惑があるようだが、表情には、出さないようにしていた。


 そして、ビナシェルの返事がどうなのか、非常に気になっているのだ。


「かしこまりました。 皇太子であれば、ゆくゆくは、北の王国の国王の妻となるのですね。 そうであれば、嫁ぎ先としては、申し分ありません」


 その答えを聞いてエイクオンは、内心、ホッとしていたのだが、表情には出ないようにしていたのだ。


「それで、陛下。 私の役目を、ご教示ください」


 エイクオンは、思いもしない、質問に驚いたようだ。


 娘が嫁ぐにあたり、自分の役目はと聞いてきてくるとは思ってなかったのだ。


 本来であれば、嫁ぐ娘に、そんな事を考えてはいなかった。


 計画するのであれば、その付き人が重要になるのだ。


「お前は、王子と仲良く過ごすことだけを考えていれば良い。 ああ、嫁ぐ時は、お前の使用人達も数名連れていくとよい。 小さい頃から慣れ親しんだ使用人の方が、落ち着いて生活ができるだろう」


 エイクオンは、皇帝としての対面を保ちつつ、ビナシェルに答えた。


(お前は、表の顔だ。 裏の事は、他の者に行わせる。 だから、何も知らない方が、ありがたいのだよ)


 ビナシェルは、エイクオンの様子を、ジーっと見つめていた。


 15歳のビナシェルは、エイクオンの思惑を読み取ろうかというように、見つめていた。


「かしこまりました。 人選をしておきます。 ……。 あと、追加の人員が居るようでしたら、お早めに、渡しておいてください」


 そう言うと、ビナシェルは、執務室を退出していった。


 その姿をエイクオンは、扉が閉まるまで見つめていた。


(ミュナディアの子供達もだが、ミュカシェルの子供達も、勘の強い子が多いな。 あまり、深入りしては、北の王国側に悟られる可能性が高い。 万一、悟られたとしても、使用人は、しっかり、切り捨てられるようにしておく必要があるのだ。 そのためには、お前は、何も知らない方が都合が良いのだよ)


 エイクオンは、気を回しすぎるビナシェルの事を考えた様子で、ため息を吐いた。




 ビナシェルは、毅然とした態度で、エイクオンと対峙していた。


 しかし、執務室を退出して、扉を閉めると、表情は曇っていた。


(私に縁談だったのね。 もう、帝国に居る時間も少なくなってしまったわ)


 ビナシェルは、気を落としたようだ。


 廊下を移動中、ビナシェルは、何かを考えていたようだが、人とすれ違う時は、何も無かったような表情をして、自分の思いを他人に悟らせないようにしていた。


 皇城から後宮に戻り、自分の部屋に入る。


 部屋のテーブルに着くと、涙を流し始めた。


(ああ、これで、クンエイ兄様と、お顔を合わせる機会は、無くなってしまうのね。 北の王国へ、お嫁に行ってしまったら、お顔を見る機会も無くなってしまうわ)


 涙は、頬をつたって、雫を垂らした。


(いいえ、クンエイ兄様と、私は、腹違いの兄妹なの、だから、結ばれることはないわ。 だから、仕方のない事なのよ。 ……。 国内の貴族に嫁いだら、お兄様にお会いできただろうけど、……)


 ビナシェルは、何か、別の事を考え出したのか、涙が、止まった。


(でも、クンエイ兄様の顔を見ることが無ければ、諦めもつくのかもしれないわ。 それに、北の王国の皇太子なら、皇太子は、後々、王となるのだから、私は、王女様となるのだし、帝国より良い暮らしをさせてもらえるかもしれないわね)


 ビナシェルは、自分を言い聞かせるような表情をした。


 すると、ドアをノックする音が聞こえてくると、ビナシェルは、慌てて頬の涙を拭う。


「どうぞ」


 すると、メイドが、ワゴンを押して、部屋に入ってきた。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」


 メイドを見たビナシェルは、思い出したような表情をした。


(ああ、一緒に行く使用人達を選ばないといけないのね)


 ビナシェルは、お茶の用意をしてくれるメイドを見つつ、考え事をしているようだった。


 メイドは、用意が終わると、部屋を退出していった。


(そうね。 これからの事をどうするのか、考えなければならないのね)


 ビナシェルは、退出していったメイドの扉を見続けていた。




 皇帝エイクオンは、イスカミューレンを呼んでいた。


 何か有った時は、常に相談にのってもらうのだ。


(イスカミューレンは、幼年学校時代から、私の悩みを聞いてもらってたな。 これだけ長く、話を聞いてくれる関係にあるのは、イスカミューレンだけだな)


 エイクオンは、思い出すような表情をしていた。


 ドアがノックされると、執事が、イスカミューレンの来訪を告げた。


 エイクオンは、通すように伝えると、イスカミューレンが、執事と入れ替わるように入ってきた。


 エイクオンは、イスカミューレンをテーブルに招くと、臣下の礼をして、招かれた席に座った。


「陛下、今日は、どのようなお話でしょうか?」


「ああ、ビナシェルを北の王国の皇太子の嫁に出す。 その繋ぎ役の話を頼みたいのだ」


「問題ございません。 イスカミューレン商会は、北の王国にも支店を持っておりますので、後宮との取引も行えますので、繋ぎ役であれば、問題ございません」


「そうか。 だったら、後は、ビナシェルに付ける使用人達の人選だけだな」


「はい。 それに、ビナシェル殿下を、嫁に出すのは、何か、意図があるのですか?」


「ああ、最初は、ルインカンに嫁を出したいと言ってきた」


(なるほど、四男のルインカン殿下の嫁ですか、……。 リズディア様を嫁に欲しいと言っていたのに、今度は、随分と低姿勢になったものだ。 ……。 そうか、この変わり身の大きさに違和感を覚えたのか)


 イスカミューレンは、納得したような表情をした。


「そうですか。 それでしたら、この婚姻は、早急に進めた方がよろしいでしょう。 早めに、北の王国の動きを探らせた方が良いと思われます」


(やはり、イスカミューレンも同じようだ。 そうだな、この婚礼は、急いだ方が良いな)


「陛下。 北の王国には、当商会も人員を増やしておくことにします。 特に、後宮には、つながりをより強いものにしておきましょう」


「助かるよ」


 エイクオンは、ビナシェルを嫁に出すにあたり、備えを万全にした。


 活きた情報とは、常に迅速に、その情報を得ることに特化する。


 帝国には、ギルドのような魔道具の通信装置も無いので、情報を得るためには、早馬を走らせるしかない。


 これを、よりスムーズな形で、関所を通過するには、商人の顔を持つ者を味方につけることが、有効となる。


 相場の情報、商品の売れ筋、様々な形で、商人は情報を、より早く、より正確に集めたがるものなのだ。


 その中に、相手国の内部情報を忍ばせて運ぶことで、相手国の状況を早く、知ることになる。


 情報を得て、その情報を利用することで、対処も正確になる。


 ビナシェルが、北の王国に嫁ぐことで、一緒に入る使用人による、諜報活動と、その情報の移動手段を、用意したのだ。




 ビナシェルの嫁ぎ先が決まると、帝国内にて、婚礼のための用意が、急ピッチで進められていた。


 そして、ビナシェルの嫁入りの為の、大旅団が使わされることになった。


 ビナシェルの嫁入り道具、結納の品の数々、それ以外に北の王国への貢物など、帝国の権威を示すための大旅団と、その護衛に軍を当てる。


 途中で盗賊などの襲撃を避けるために、大掛かりな旅団となった。


 当然、その中には、ビナシェルと一緒に行く使用人達も含まれていた。




 ビナシェルは、身の回りの世話をする数名を選出するが、その中でも、個人の意向も聞いて、北の王国に骨を埋めても良いと、了解を得た使用人だけを選出したので、ビナシェルの使用人は、8名だけだった。


 しかし、帝国側が、一緒に送り込むために用意した使用人は、合計で43名となっていた。


 ビナシェルの選んだ8名と残り35名が、諜報活動を行うため、使用人となって、潜り込ませる事になったのだ。


 ビナシェルは、その人数を見て、一瞬、眉を顰めたが、直ぐに、了解した。


 その後、出てきた話から、自分の嫁入りの大行列が、行進されて、街道を進む事が分かると、震えが止まらなくなってしまった。


 その事を、ビナシェルは、長兄のクンエイに相談することにしたのだ。




 面会を求めると、クンエイは、翌日の夕方には、時間を取ってくれた。


 ビナシェルは、早速、その時間に、クンエイの住む後宮を訪ねた。


 そこは、リズディア達も一緒に住んでいる後宮で、子供達も多いことから、後宮の中でも一番大きくなっていた。


 ビナシェルは、後宮に入ると、直ぐに、クンエイ付きのメイドが、ビナシェルをエスコートしてくれた。


 後宮内の移動に関しても、配慮されていたのか、クンエイの応接室に行くまで、家族には、誰も会うことなく、通された。


「やあ、ビナシェル。 婚礼の話は、進んでいるね。 とても、煌びやかな行列になりそうだね」


「ええ、そうなんです。 なんだか、とても良くしてもらって、驚いています。 本当に、私のような者の為に、こんなに豪華な花嫁行列までしていただいて、よろしいのでしょうか?」


「うーん。 きっと、今回の事は、これから先のこともあって、試験的に行なっていると思うんだ。 ビナシェルが、兄弟の中では一番最初の花嫁になるのだから、父上も気を遣ったとも言えるが、きっと、これから先の妹達の婚礼も見据えていると思うんだ」


 クンエイの説明にビナシェルは、悩むような表情を浮かべた。


「今回の婚礼で、ビナシェルが、行列を作って、北の王国へ嫁ぐだろ。 その行列は、1日では、北の王国へ着かないだろう。 その間、その行列が、北の王国を闊歩するのを、北の王国の農民や市民が見る。 そして、その途中での宿泊ともなれば、通過した街に莫大な宿泊費が、落ちることになるだろう」


(そうだわ。 これだけの人員が移動となったら、宿泊費用だけでも莫大な金額になるわ)


「それを、帝国が支払う。 しかも、気前よく支払うだろうね」


 ビナシェルは、納得するような表情をした。


「これは、お前が、嫁ぐにあたって、市民達に良い印象を与えておくこともあるのだよ。 お前が、安心して北の王国で暮らせるためのアピールでもあるんだよ」


「そうだったのですか。 私の為を思って、この大掛かりな行列になっているのですね」


「そうだよ。 ビナシェルは、帝国を代表して、北の王国に嫁ぐのだから、父上も、できる限りのことはしたいと思ったのだよ」


「そうだったのですね」


 ビナシェルは、クンエイの解説を聞いて、胸が熱くなった。


「私も、ビナシェルになら、きっと、父上と同じ事をしたと思うよ」


 ビナシェルは、何でかと聞きたそうな顔をした。


「ああ、ビナシェルは、とても可愛いからね。 その可愛さを最大限にアピールさせて、嫁がせたいと思っていたからね」


(あー、やっぱり、私は、妹なのね)


 ビナシェルは、少し、寂しそうな表情をした。


「ん? どうかした?」


「いえ、なんでもありません」


「そうかい。 でも、北の王国の皇太子が羨ましいよ。 血の繋がりさえなければ、僕の妻に欲しいくらいだったのだからね。 ビナシェルが、嫁入りしてしまうのは、寂しいよ」


 その一言を聞いた、ビナシェルは、胸が熱くなったようだ。


 両手を胸の前で握ると、わずかに頭を下げた。


「今のお言葉をいただいただけで、私は、幸せでございます。 クンエイ兄様に、そのように、仰られるとは思いもよりませんでした」


「そうかい。 ビナシェルは、きっと、良い王女様になるよ」


「ありがとうございます」


 ビナシェルは、何かを吹っ切ったようだ。


(そうよ。 私は、素敵な兄上を持ったのよ。 もう、思い残すことはないわ)


「皇帝陛下の、ご温情を受け、私は幸せです。 北の王国でも幸せに過ごせることでしょう」


 そこまで言うと、ビナシェルは、クンエイに頭を下げ、退出した。


 その心の中には、クンエイへの想いは、吹っ切れたのか、清々しい表情で、クンエイ達の後宮を後にした。

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