第4話 三日月の約束

――中学2年の時にあたし達のチームは団体戦で県大会ベスト8に入って個人戦では3位だった。

先輩は個人戦で県大会優勝して同じ学校で2人で表彰台にたった。


「先輩、覚えてますか?」

大会の帰り道先輩と一緒に帰っていた。

この日は本当に天気が良く14時でも月が見えた。

あたしと先輩は付き合っているわけではないがなんというか、友達以上恋人未満みたいな関係だった。


「…ん?なにを?」

「もう!約束してたじゃないですか!大会で賞取れたら誕生日プレゼント買ってくれるって!」

「あ~!あれなっ!忘れてたわ!」

カッカッカッと口を大きく開けながら豪快に笑った。


「全然面白くないんですけど。笑ってごまかさないでください。」

「ちなみに誕生日、明日です。」

ムスッとしていると先輩は、

「まあよ、喉乾いたからコンビニ行こうや!」

そういって近くのコンビニに入っていった。


「まさか誕生日プレゼントがコンビニのジュースとかじゃないでしょうね!」

そう言ってプンプンしながら待っていると両手にジュースとアイスを持った先輩がニコニコしながらコンビニから出てきた。

「近くの公園で食べようぜ、俺の優勝祝いとはるの入賞記念な!ちなみにおれは優勝だからハーゲンナッツの方な!」

「だめです、ハーゲンナッツはあたしの大好物なので。」


公園のベンチで2人でアイスを食べていた。

大会で勝った事よりも先輩と一緒に過ごすこの時間の方が嬉しかった。


「先輩は高校どこにするかきめたんですか?」

「柏木高校!」

「剣道強いし、近いしな!」

カッカッカッと笑いカリカリくんアイスを平らげると空を見上げながら言った。

「俺さ、宇宙飛行士になりてぇんだ。」

「え!?初めて知りました!」

「それで月に行って見たいんだ。」

子供みたいに無邪気な笑顔で先輩は言った。

先輩の将来の話を聞いたのはこの時が初めてだった。

「いいですね!かっこいい!」

「はるは夢とかあるのか?」

「あたしは~。」

「お嫁さん、かなぁ~。」

「カッカッカッ!随分小せぇ夢だな!」

「お嫁さんになって旦那さんの大きな夢を支えたいです。」

告白する勇気はないのでささやかなアタックをした。

けど健気な乙女心をわかってくれるはずもなく。


「はるは男みてぇ剣道強いからな、警察官とか自衛官とか向いてると思うけどな~!」

「いいんですよ!あたし、女の子なんで!お料理作って健気に旦那さんを待つ、可愛いあたしにはピッタリなんです!あ~あ、はやく素敵な殿方が現れないかな~。」

そう言って悪態をつくと先輩はいつものようにカッカッカッと大きい声で笑っていた。

この笑い声につられていつも笑ってしまう。

きっと先輩と結婚できたら笑いの絶えない幸せな家庭を築けるんだろうな♡

一緒にいればいるほど好きという気持ちが膨らんで破裂しそうだった。

…告白、しようかな。

そう思っていたらふと先輩に尋ねられた。


「そいえばはるは行きたい高校あるの?」

「え、あたしは~。」

「…柏木高校です。」

「お!まじか!俺と一緒だな!」

カッカッカッと笑うと「また一緒に稽古出きるな!」と喜んでいた。


柏木高校の理由はもちろん先輩と同じ高校にいくためだ。

そうだ、告白するのは高校になってからにしよう。

勇気がでないだけだけどきっとこの剣道一筋の先輩なら彼女は作らないでしょ。

そう思い自分に猶予を作り今この時間を楽しもうと思った。

しばらく部活の話や友達の話など色々話した。

楽しい時間はあっという間だった。

ほとんどあたしが話して先輩がうんうんと聞いてくれている。

あたしがひとしきり話し終えて少し沈黙が流れた。


そして先輩がふと思い出したように。

「明日のはるの誕生日は練習休みだからさ。」

そう言うと先輩は鞄から小さな箱を取り出した。


「これ、やるよ。」

「え?これって?」

「誕生日プレゼントと入賞祝い。」

すこし照れたように先輩は言うとスッとあたしにその箱を渡してくれた。


「…ありがとうございます。」

すごく嬉しかった。中を見る前から涙が出そうだった。

好きな人からもらえるプレゼントってこんなに嬉しいものなんだ。

紺色の長方形の箱を開けると三日月型のネックレスが入っていた。


「うわぁ…きれいな三日月…。」

「着けてみてもいいですか?」

「あぁ、やってやるよ。」


後ろにまわって先輩がネックレスを着けてくれた。すごくドキドキして胸が熱くなった。

「…似合いますか?」

「あぁ、悪くないんじゃないか。」

「すごく嬉しいです、一生大事にします。」

「…一生は大げさだ。」


結局中学のうちに告白出来なかったあたしは高校で告白するときめた。

けどりんの事もあったし、何より柏木高校に入学して剣道部に入ってもそこに先輩の姿はなかった。

学校にも行かずに不良になって悪い友達とバイクを乗り回してるらしい。

一度学校ですれ違ったが目も会わせず無視をされた。

そんなことがあったが未だに先輩のことが好きで結局告白できずに終わってしまった。



「…てのがあたしが三日月が、好きな理由、どう?健気でしょう?」

「はあ…。」

どや顔でそう言われた。


「そいえばなんではるの恋ばななんて聞いてるんだっけ?」

「それはあんたが早く来すぎたからでしょ!」


そうだった、僕は下校時間に柏木高校に到着できるよう学校を早退してきたんだった。

だが柏木高校は今日は7時間授業で下校時間が1時間遅かった。


「これなら早退しなくてもよかったな~。」

「いいじゃない、あたしのありがたい恋ばなも聞けたんだから!」

謎の上から発言に困惑しつつも南雲俊太の情報をはるに聞いた。


髪はくるくるの天パでそばかすがあり小柄。

学校では影が薄く地味でコンピューター部に所属している。


正直これだけの情報で探せるか不安だった、はるが一緒に来れたらいいのに。

そう思っているとはるが

「すぐる!そいえばあたし、外に出る方法発見したの!」

「え?ほんとう?」

「うん、すぐるにも手伝ってもらわなきゃだけど。」

手伝う?なんだろう?

「手伝うってどうやって?」

「こうやって!」


そう彼女が言うと僕の身体と重なるようにするとスッと彼女の姿が消えた。

「…取り憑いた!?」

「うらめしや~。」

そう言うと身体が勝手に両手を胸の位置まで上げてお化けのポーズを取っていた。

これは僕の意思じゃない。身体が勝手に動いている!


「え?…えぇっ???」

「あたし、取り憑けるみたい。」

「すぐる、力入れてみて。」


試しに力を入れて抗ってみると簡単にほどけた。

「多分だけどすぐるとあたしですぐるの身体を共有してるって感じなのかな。」


確かに力を入れれば抗うことが出きるし、力を抜けば自由に身体が操られてるようになる!

実体のみえる幽霊は取り憑くと身体を操ることが出きるのか、恐るべし。

そう思っていると頭の中に直接話しかけられるように彼女の声が聞こえた。

《何が恐るべしよ。》

「え?きこえるの?」

《取り憑いてるときは聞こえるみたい。》


と言うと彼女は僕の身体からスッと抜けて出てきた。一瞬身体が脱力した。


「これで取り憑けば、鳥居の外に出られたの!」

「昨日きた不良であれこれ試していたら取り憑けて、家まで憑いて行けたのよ!」


取り憑くのをやめるとまた神社に戻ってきてしまうらしい。

にわかには信じがたいが彼女と言う存在がもはや信じがたいので信じる他ない。

ともかく、これで南雲俊太の捜索も楽になる。

心の中の事も聞かれるのは少し恐ろしいが…。


「でもよかった!これで一緒に南雲俊太の所に行けるね!」

「うん、自分の目で確かめられそうでよかった!」

「まあ、見るのはすぐるの目だけど。」

「はは、確かに笑」

僕は時計を見て言った。

「そろそろ時間だ、行こう。」

「うん!」


りんはまた僕の身体に取り憑きそのまま鳥居を出た。すごい!本当に神社を出られた!

山を下りて自転車に乗り柏木高校に向かう。

ここからなら自転車で10分くらいだ。、


《すごいでしょ!すぐる!》

「うん、本当に出られたね!」

《すぐる、力抜いてみて!》

少し怖かったが力を抜いてみた。

そうすると身体を乗っ取られた感覚になり代わりに別の意思が自転車を漕いでいた。

中学の頃に盲腸で下半身麻酔をした時の感覚に似ている。意識はあるが身体は言うことを聞かずに、さらにそれが別の意思で動いているような感覚だ。


そのまま柏木高校に到着し自転車を停めると校門付近の目立たないところで南雲俊太が来るのを見張ることにした。

丁度下校時間で一斉に生徒が出てきた。

今日は一年生だけが7時間授業だったようで出てくる生徒は比較的少ない。

15分くらい出てくる生徒を見ていたが一向に南雲俊太は現れない。

《あ、さやかだ!》

《ねえすぐる、あの子に話しかけて!》

「え?話しかけるって、そんな…。」

《あーもう!ちょっと身体貸して!》


そう言って僕の身体を乗っ取るとさやと思われる女の子の所に走っていった。


「ねえさや…お嬢さん、ちょっといいかし…いいかな?」

《おいはる!これじゃあ僕不審者だよ!》


「え?な、なんですか?」

さやは少し怯えた表情で僕の方を見ていた。


「南雲俊太って生徒まだ学校にいる?」

「…南雲くんは今日上級生に呼び出されて7時間目出てないんです。」

「え?上級生?」

「はい、今日6時間目が終わったらいきなり怖い人達が入ってきて。全員の携帯のメッセージの履歴を見られて、南雲くんの携帯を見た人がすごい形相になって。それでそのまま無理やり連れていかれたんです。」

「どこに呼び出されたか、わかる?」

「いえ、そこまでは。」

「わかった!ありがとう!」


そこまで言うと身体の主導権が僕に戻ってきた回りを見回すと他の生徒に注目されていた。

「あれ、錦山高校の制服だよね?」

「やだなに~。新手のナンパ??」


僕は恥ずかしさでそそくさとその場を後にした。


僕の中のはるは黙ったままだ。

「はる…南雲俊太が不良に連れていかれたらしいけどどこに行ったのかな?」

《思い当たる場所がある。》

《ここから錦山高校までの道にロマンって言う喫茶店入ってるビルあるのわかる?》

「うん、いつもここに来るときに通ってるから。」

《そこの地下に今は使われていない劇場があってそこが不良のたまり場になってるの。》

「じゃあそこに、南雲俊太は連れていかれて。」

《多分そう、さやが言う不良がそいつらのことなら。》

「ありがとう!でも詳しいね、はる。」

《うん、一度行ったことあるから。》

「え?」

《なんでもない、はやくいこ!》

彼女はそういうと何も話さなくなった。


僕は自転車を飛ばすと例のビルまで到着した。

地下への階段は進入禁止の看板があり通れなくなっている。


ごくりと僕は唾を飲み込んだ。

緊張する、もし南雲俊太が居たとしてもきっと不良達も一緒に居る、当然だけど彼らのテリトリーに入って南雲俊太をはいそうですかと渡してもらえるわけがない。

南雲が出てくるまで待とうかとも思ったがもし彼がリンチされてるとして助けに入って恩を売れば情報を教えてもらえる可能性が高まる。

そういった意味でもやはり、行くべきだ。


そんなことを思っていると彼女が言った。

《大丈夫、何かあったらあたしが守るから。》

《一応そこにある鉄パイプ持っておいて。》

僕は汗ばんだ手で鉄パイプを掴むと進入禁止の看板を跨いで地下に下りた。


地下は暗く危うく階段を踏み違えそうになった。

コツコツコツと僕の足音だけが響いている。

《ねえ、はる。考えたんだけどさ。》

《うん、なに?》

《きっと南雲は隠し事をしてるけど素直に話してはくれない。》

《だからちょっとした罠を仕掛けようと思うんだ。》

《罠??》

《うん、あと嘘も。》

僕ははるに罠と嘘について話すと長い階段を降りロビーに着いた。


辺りを見回すと煙草の吸い殻や空き缶などが散乱し不良のたまり場と化していた。

ただ人影はない。


「誰もいないのかな。」

《多分この奥だとおもうよ、すごい気配がする。》

幽霊の勘なのだろうか廊下の先には劇場に続く扉があった。

「よし!行こうっ!」


僕はおそるおそる扉まで向かうと聞き耳を立てた。

耳を澄ますとドスッ、ドスッっと鈍い音が聞こえた。心臓がキリッとして身体に緊張が走った。誰かが殴られている音…。その音の主は恐らく南雲俊太…。

僕は逃げたくなる気持ちを抑えてドアノブに手を掛けた。覚悟をきめろ。

「開けるよ…はる。」

《うん。》

意を決して扉を開けると目の前には想像よりも酷い光景が広がっていた。


劇場の中央付近には椅子に縛り付けられて血塗れで今にも息絶えてしまいそうになっている天パの少年。

顔面は原型を留めておらずパンパンに腫れている。彼が南雲俊太だろうか。

その周りを20~30人の柏木高校の学生や他の高校の制服を着た血の気の盛んな男達が囲むように並んでいる。

彼らの真ん中には南雲俊太と彼を殴っているであろう男が拳に血をたっぷりつけて彼の前に仁王立ちしていた。

今まで人を殺したことがありそうなその目は南雲俊太を殺意のこもった眼で見つめていた。


扉を開けた僕に気がつくと気を失いそうな南雲以外は一斉に僕に視線を移した。

「誰だてめぇーっっ!!」

「ガキがぁ~っ!何しにきやがったっっ!!!」

不良達は次々に罵声罵倒を浴びせて僕に向かってきた。

足が震えて動けなかった。

あぁ、まずい、このままだと南雲みたいにボコボコにされてしまう。

すると広い劇場内に低く大きい声が響いた。


「待てぇっっ!!!」

その声と同時に僕に詰め寄って来ていた不良達が一斉に足を止めた。


シーンと劇場が静まり返ると僕らに背を向けていた男が静に振り返った。

逆立った髪に太い首に広い肩幅、狼の様な雰囲気で僕は睨まれた蛙の様に固まってしまった。


《先輩っ!!》

はるが呟いた。

《え!?先輩ってさっき話してた…?》

《そう、浦田達也…。あたしの好きな人。》

《ねえすぐる、あたしと代わって。》

そう言うと僕の肉体の主導権は彼女に移った。


「てめぇ、誰だ。」

「佐伯優、そこの死にかけてるやつに用がある。」

「ふんっ、随分人気者じゃねぇか、南雲くん。」

そう言うと意識があるのかわからないくらい弱りきっていた南雲の髪の毛を引っ張り縛り付けられている椅子ごと持ち上げた。


「だが生憎先客がいる、出直してこいよ。」

そう言い振りかぶると椅子ごと南雲をステージに投げ飛ばした。

ステージの壁にぶつかりバキンッと椅子は壊れ南雲は放り出された。


「あいつに死なれたら困るんだ。」


「それは俺も同じだ、このクズには吐かせなきゃいけねーことがある。」

「おいお前ら、そのガキつまみ出せ。」


そう言うと浦田は南雲の方に向かって歩きだした。

「そーいうことだ、おいガキ!さっさと帰れや!」

そう言うと不良の一人が僕に向かって掴みかかってきた。

すると僕、もといはるは持っていた鉄パイプを相手の手の甲に振り落とした。

それは目視出来ないほど振りがはやくあっという間だった。

「いてっ!」

相手の不良は手を抑えながらうずくまった。

折れてはいないだろうが相当な衝撃だ。


「男の身体は動かしやすい、すぐるって結構いい筋肉してるんだね。」


小声でそう言うと彼女は鉄パイプを片手で喉元の位置まで持ち上げて周りの不良達に向け一瞥すると自信満々にこう言った。


「邪魔するやつは全員ぶっ飛ばすっ!俺は南雲俊太に用があるんだっ!」

そう言うと両手で剣道の構えの体勢をとった。


浦田は死にかけの南雲の方に向き直っていた。

代わりに恐ろしい形相をした不良達が僕の方を睨み、殺気を振り撒いていた。


「…やれ。」

浦田がそう言うと一斉に不良達が襲ってきた。

素手の者がほとんどだが中にはバットなどの得物を持っている者もいた。

「…24人。」

はるはそう言うと持っていた鉄パイプを頭上まで上げ大きく深呼吸をした。


「ごめんすぐる、ちょっと傷作っちゃうかもしれないけど。」

「…絶対負けないから。」


「へへっ!がらあきだぜぇ!」

先頭にいた不良が僕の腹めがけて突っ込んできた。

はるは素早く足を上げると不良の顔面めがけて前蹴りを入れた。

「ふごぁ!」


左右から別のやつらが押し寄せて来たが前蹴りを入れた不良の顔にそのまま体重を乗せ顔を踏み台にして大きく跳んだ。

空中で一回転し不良達の後ろに着地すると素早く方向転換して近くにいた2人の脇腹目掛けて鉄パイプを振り払った。

さながら剣道の銅の型の様だ。


軸がぶれずきれいな姿勢のまま振り払いそれが見事にクリーンヒットした2人は呼吸が出来ないくらい悶えていた。

自分にこんな腕力があるなんて知らなかった。

いや、きっとはるの身体の使い方が良いのだろう。

それを決定付けるようにはるはまた瞬時に別の不良に間合いを詰めると持っていた得物を小手の動作で落とさせて顎に向かって振り上げた。

声も出さず膝から崩れ落ちるとそのまま気を失ってしまった。

まるでボクシングのKOシーンを見ているようだ。

いや、実際には自分がやっているのだからその臨場感は凄まじい。

今流行りのVRでも見ているような気分だった。


膝から崩れ落ち地面に顔面が着く頃には既に別の不良の顔面に強力な頭突きをお見舞いしていた。

はるに主導権のある僕は実に楽しそうだった。

まるで時代劇の殺陣のようにあっという間に4人なぎ倒していた。

それでもまだ止まらず囲んできた2人を相手に素早く顔面に鉄パイプを振り下ろし撃退した。


この時点で不良達は怖じ気づき、残りの半数は戦意喪失していた。

それでもまだ向かってくる残りの不良達には間合いをとりながら確実に相手の急所目掛けて攻撃をし、寄せ付けなかった。


「はぁ、はぁ…はぁ。」

だがはるの呼吸は少しづつ荒くなっていく。

もとの身体が僕なので仕方がない。


「もう、体力ないな~すぐるは。」

そういうと彼女はまた大きく深呼吸をした。

「りんのためにも、あたしのためにも負けられない。少し無茶するよっ!」


そういうとはるはまた上段で大きく威圧的に構え残りの不良達目掛けて突っ込んでいった。

膝蹴りや回し蹴り、剣道だけでは到底培われないような技を披露しながら次々と相手をなぎ倒していく。

逃げていった数人を除いた全ての不良を地面に伏せさせると、浦田の前にたどり着いた。

結局はるは一発ももらわずに不良を全員のしてみせた。

浦田は依然として南雲の方を向いている。


「はあ…はあ……はあ…。」

息も絶え絶えになりながらようやく浦田の元までたどり着いた。

「やるな、お前。」

「俺の弟子にしてぇところだがよ。」

「今すげぇ忙しいんだ。」


「こいつになんの用がある。」

「俺より大事な用なのか?」


そう言うと浦田はこちらに振り返った。

目には血管が浮き出ており冷静そうに見えるが完全に切れているように感じた。

面と向かって対峙すると恐ろしいほどの威圧感があった。

浦田はまっすぐこちらを見ながら表情を変えず尋ねてきた。


「お前もこいつみたいになりたくなかったらさっさと失せろ。」


はるは黙ったまま何も答えなかった。

《はる!どうしたの??》


すると身体の主導権が突然、僕に入れ替わった。

「えっ?!あっ!その…。」

急な展開に僕はたじろいでしまった。


眼前には目が血走った浦田と、その後ろには死にかけの南雲が倒れている。

だめだ、何をびびってるんだ!

なんのためにここにきたんだ!

南雲を助け、話を聞くため。

りんやはるの事件の手掛かりは、きっとこの南雲が握っている。

こんなところで退くわけにはいかない。


僕は覚悟を決めてまっすぐ浦田の方を見た。

「新宮陽香の失踪事件、事件当日、新宮陽香はこの南雲俊太に呼び出されているんです。」

「三島凛の自殺について知っていることがあると、言われて。」


「…なに?」

少し驚いた顔をした浦田は声を荒げながらこう言った。

「てめぇ、なんでその事を!」

「まさかてめぇもあいつらの!」


「…ははっ!それでてめぇはこのくそやろうを助けに来たってことか。つくづく腐ってやがるなてめぇらはよぉっ!!」

「え?まって!?助けるってなんのこ…」

「うるせぇっ!!てめぇらまとめてぶっ飛ばしてやるっ!!はるの居場所を吐くまで…殺すまでぶん殴るっ!!」


そう言うと浦田は僕の脇腹に向けて思い切り蹴りを入れた。

視界がぐわんと揺れ遅れて痛みがやってきた。

呼吸が止まり息ができない。

身体は大きく宙に浮いて座席の間に吹っ飛ばされた。

「…っかあぁっ!」


くそっ…殺すまで殴るんじゃなかったのかよ。

不意の蹴りに息ができず呼吸を整えるのに時間がかかった。

脳が揺れて視界が遮られ、戦闘態勢を整えるのに時間がかかった。

息をつくまもなく胸ぐらを掴まれ身体を再び浮かばされた僕はなす術がなかった。

視界が戻ると目の前には鬼の形相をした浦田がいた。

腕を思い切り振り上げ殴られようとしたその時!

《すぐる、代わって。》


主導権がはるに入れ替わると浦田の拳を両手の腕で受け止めた。重い拳が僕の両腕を貫きそうな勢いだ。

骨がミシっと鳴る音が聞こえた。

気にせずはるは胸ぐらを掴まれたまま身体を軽く揺らし大きく後ろにのけぞると振り子のように右足を浦田の顎目掛けて振り上げた。「くっ!!」


クリーンヒットこそしなかったが浦田は大きくよろめいた。浦田は腕を離しはるは後ろに引き浦田との距離を空けた。

蹴られたときに離してしまった鉄パイプを再度拾うとはるは大きく息を吐き呼吸を整えた。


「先輩とやるの、いつぶりだろう。」

小声でそう言うとはるは少し微笑んだ。


そしてまた大きく上段に鉄パイプを構えた。

それをみた浦田は驚いた表情をした。

「おい…なんの真似だ…。」

「試合しましょう、先輩。」

「…あぁ?」


そう言うとはるは近くでのびている不良が持っていた鉄パイプを足で動かし、浦田の方向に蹴って送った。

浦田はこちらを睨みそれを拾うとニヤリと笑った。

「剣道で俺に勝とうってのか?」

「はい、そうです。」

「…上等だぁ、やってやるよ。」


そう言うと先輩は中段に構えを取りはるを見据えた。

「その偉そうな構え、誰かさんにそっくりだな。」

「…てめぇ、何者だ?」

「……。」


はるは強く踏み込んで跳躍するかのように地面を蹴り上げ、一気に間合いを詰めた。

浦田との間合いに入ると一気に鉄パイプを振り下ろした…かのように見えたがそれはフェイクで一気に後ろに下がり相手の出方を待つ。

浦田はフェイクに引っ掛かり横に鉄パイプを薙ぎ払う。

その隙を見逃さずはるは再度間合いを詰めて浦田の顔面目掛けて鉄パイプを振り下ろした。

身長差があるのではるは大きくジャンプした。

だがそれがいけなかった。

始めからはるのフェイクに知ってて引っ掛かるふりをしていた浦田は素早く鉄パイプを持ち上げるとはるの攻撃を防いで見せた。

そのままガードを上に上げてはるの鉄パイプを弾き鉄パイプを離してしまった。

空中で体勢を崩してしまいなす術のないまま地面に転げ落ちてしまう。

顔を上げるとそこには浦田の鉄パイプが眼前に迫っていた。


「俺の勝ちだ。」

浦田は表情を変えずにそう言った。

僕はとっさにはると入れ替わった。

これから何をされるか予想ができた僕ははるに痛い思いをさせまいと入れ替わった。

《はるは僕から離れて!また神社で落ち合おう!》

《すぐるっ!!でもっ!》

《いいからっ!はやくっ!!》


そう思ったのも束の間浦田は持っていた鉄パイプを投げ捨てると僕に手を差し出してきた。

「…えっ?」


浦田は僕の手首を掴み強引に持ち上げ起こすと僕に言った。

「お前、あいつらの仲間じゃないな。」

「…はい。」

「誰に南雲の事を聞いたのかはまた後で聞く。その前に南雲に、はるの居場所を吐かせる。」

「お前の言う通り、こいつは失踪当日にはる…新宮陽香を河川敷近くの公園に呼び出している。それは俺がこいつらを使って学校中のやつら一人一人にアリバイを取り、怪しい奴には片っ端からメッセージの履歴を見せるようにさせた。」

すごい。この人そこまでやってはるの事を助けようとしていたんだ。


「そしたら南雲の携帯にはるへのメッセージが残っていた。三島凛の情報を餌に、はるを呼び出していたな。」


そう言うと浦田はポケットから南雲の携帯らしきものを取り出しメッセージを僕らに見せた。


南雲:6月22日17時00分に柏林橋の下にある公園に来て下さい。三島凛の事件について知ってることがあります。


新宮:わかった。連絡くれてありがとう!


「これが証拠だ。」

「あいつのいる教室に俺と連れ何人かで乗り込んで抜き打ちでメールチェックしてたんだがどうも南雲の様子がおかしくてな、携帯取り上げてみたらこんなのがあったって訳。」

「だけど取り上げる前に何個か消してたみてぇだから、このメッセージより見られたくないもんがあったんだろうな。」

「なぁっ!!南雲よぉっ!!」


南雲は意識が戻ったのかその場で泣きながらブルブルと震えていた。


「はるは今どこにいるっ!?答えろやっ!!」

浦田はそう威圧して南雲の元に向かって歩いていく。

そうか、浦田はまだはるが生きていると思っているんだ。


「ひ、ひぃぃ~っっ!!」

情けない声を出しながら背中を丸めて震えている。

「し、知らないんですっ!なにもっ!」

「か、関係ないんだっ!僕は何も関係ないっ!!」


浦田さんはどんな手を使ってでもはるの事を見つけようとしてくれた。

そして僕がはるに直接教えてもらって初めて知った情報も、彼は自分でたどり着いたんだ。


《先輩…。ありがとう。》

そう言ったはるの声は涙ぐんでいた。

《どうするはる?今本当の事を話すのは…。》

そう言い掛けて僕は迷っていた、本当の事を言って浦田が取り乱して暴れたりして南雲を殺したりしないか不安だった。

だが彼は本当にはるの事を思っている。

真実を話して受け入れてもらえるならそれが一番良い。

最善の選択がわからなかった。


《言おう、本当の事を。》


りんはそう言うと僕と身体の主導権を入れ替えた。

浦田は今にも南雲に殴りかかりそうだった。


「新宮陽香は死にました。」


浦田はこちらを振り返り彼女を凝視した。

驚きと怒りが入り交じったような表情だった。

そしてこちらに向かって歩きだしたがはるは構わず続けた。


「南雲俊太との待ち合わせに向かう途中で。」

「死因はきっと三島凛の事件にも関係している。」

「僕は今三島凛と新宮陽香の事件を調査しています。そして、新宮陽香の死体も探しています。」


ここまで言い終えると浦田は僕らの目の前まで来ていた。

はるはまっすぐ浦田の目を見つめて続けた。


「俺と一緒に、彼女達の無念を晴らしてください。」

殺されるかもしれない…浦田の様子や表情を見れば誰もがそう思うだろう。

まっすぐ僕らを見て肩を震わせて今にも殴り出しそうだった。

だがはるは一切怯むことはなかった。

はるからは強い意思と浦田への信頼を感じた。


浦田は暫く黙っているとはるの両肩に両手を置き顔を上げた。

その目には涙が浮かび今にも溢れだしそうだった。

始めてみる表情だった。

怒りや憎しみに満ちていた先程までとは一変して弱々しく震えていた。


「なあ…本当に、はるは死んだのか?」

「もう、いないのか?」


はるは俯いた。


「うう…くっ…。」

肩に手を置いたまま泣き崩れた。

そこで始めて気がついたが彼の首元には三日月のネックレスがあった。

それははるが着けていたネックレスと同じものだった。


《このネックレスは、はるのとおんなじ。》


「…三日月のネックレス。」

はるがそう言うと浦田は顔を上げてこちらを見た。

「…え?」


「はると約束しましたよね?はるがあなたに貰ったネックレスと同じものをあなたにプレゼントしたとき。」



――「はい!先輩っ!」

いつもの部活の帰り道、いつもの公園のいつものベンチであたしは先輩にプレゼントを探した。


「おい、これって…。」

「お金貯めるの苦労したんですよ~。あんなに高いって知らなくて、お母さんに一年分のお小遣い前借りしてもらいました笑」


それは先輩から貰ったネックレスと同じもの、お揃いだ。


「先輩は知らなかったのかもしれないですけど三日月って願いを叶えるって意味があるんですよ!」

「だから先輩が宇宙に行けるようにって願いを込めておきました。」


「ついでにあたしの三日月にも願いを込めておきました。」

「好きな人と結婚できますようにって。」

「この幸せの三日月にあやかって、一緒に夢を叶えましょうね。」




「はるの願いは叶わなかったけど、あなたの願いは叶えて下さい。」

「…それをきっと、はるも望んでいるはずです。」


はるがそう言い終えると浦田は三日月のネックレスを見つめていた。

声を震わせ、

「あぁ、そうだな。そうだったな…。」

三日月を握りしめて浦田は声を上げながらしばらく咽び泣いた。


それを南雲は呆然と眺めていた。

こいつは今何を思っているのだろう。

そう思うと怒りが沸々と込み上げてきた。

絶対に聞き出して見せる。

りんとはるを殺した犯人との接点を。


「南雲と、話をさせて下さい。」


《はる、南雲とは僕が話すよ。》

《…わかった。》



主導権を僕に入れ替えると覚悟を決めて南雲と対峙する。

もう鉄パイプはいらない、これから必要になるのは頭と言葉だ。


「南雲君、少し場所を変えようか。」













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