寄生虫

クロノヒョウ

第1話


 どこまでも続く広い草原にかかる大きな虹。


「急げダン!」


 ハンターの男と相棒である犬のダンは虹に向かって走っていた。


「あそこだ!」


 虹の出発点を見つけたハンターとダンは七色に輝く光の中におもいっきり飛び込んだ。


 ドスンと鈍い音をたて転がり込んだ場所は先ほどの草原とはうって変わって古い木造のバーのようなお店の中だった。


「イテッ……」


 ハンターは起き上がって辺りを見た。


 カウンターの中で年老いたマスターがグラスを念入りに磨いている。


「いらっしゃいませ」


 ハンターたちを笑顔で迎えた。


「ここは?」


 誰もいない広い店内のテーブルにハンターは座った。


「ここはバー『虹の向こう側』です」


「虹の……向こう側」


 足元で舌を出してお座りしているダンを見ながらハンターは考えていた。



 ――虹の出発点の中へ入ることができたら願いが叶う。


 虹が頻繁に出るという草原をやっとの思いで探しだし、虹の出発点を追いかけること三日。


 いざ虹の中に飛び込んでみるとこんな場所に。


 願いが叶うというのはでたらめだったのかと肩を落とそうとした時だった。


「あなたの願い事は何ですか」


 思わぬ言葉にハンターは顔を上げた。


「えっ」


「あなたは願いを叶えるためにここへ来たのでしょう?」


 マスターが優しく微笑む。


「はい」


「あなたの願い事は?」


 ハンターは一瞬ためらったがすぐに返事をした。


「地球に帰りたい」


「ほう……」


 マスターは意外だというような顔をしてみせた。



 ハンターがこの星に墜落して半年。


 かろうじて脱出したハンターはかすり傷程度ですんだが乗っていた宇宙船は粉々になってしまった。


 それからこの星のエイリアンから逃げる日々が始まった。


 この星のエイリアンたちは見た目は人間と似ていたがどうやら人間を食料と見ているらしかった。


 それは最初に近づいてきたエイリアンたちの会話でわかった。


 ハンターを見つけたエイリアンはこう言っていた。


『久しぶりの人間じゃないか』

『いい体だな』

『犬までいるぞ』

『ゆっくり味わいたい』


 それを聞いたハンターはすぐさま逃げ出した。


 会話を聞くことができたのは全て耳につけていた宇宙語翻訳機のおかげだった。


 エイリアンに見つからないよう隠れながら生活した。


 ほとんどは森の中で木の実や持っていた栄養剤を食べて暮らした。


 たまに街へ行って食料を盗んだ。


 その時にたまたま耳に入ったのがこの虹の話しだった。



「いいでしょう。あなたの願いを叶えてさしあげます」


「本当ですか! あの……ダンも、コイツも一緒に」


「もちろんですよ」


 マスターはニッコリと笑った。


「ありがとうございます! よかったな、ダン」


 ハンターはダンを抱きしめて頭を撫でた。


「こちらをどうぞ」


 マスターはテーブルの上にグラスを置いた。


 そしてダンの前にも水の入ったカップを置いた。


「これは?」


「それは虹のしずくです。どうぞお召し上がり下さい」


「虹のしずく……頂きます」


 ハンターはグラスを持ち一気に口の中に流し込んだ。


 ダンもカップの中の虹のしずくをペロペロと舐めている。


 ハンターはすぐに異変に気づいた。


 (しまった……)


 だが遅かった。


 ハンターの瞼は重くなり体の自由も効かなくなっていた。


 そしてそのまま意識を失った――。




「ワンッ……ワンッ」


 ダンに起こされてハンターは目覚めた。


「ん……ダン……おはよう」


 顔をペロペロと舐めるダンを撫でながら起き上がり歯を磨いて顔を洗う。


 いつものルーティーンを黙々とこなし準備をして玄関に向かう。


「さて、今日も仕事頑張るか、ダン」


「ワンッ」


 尻尾を激しく揺らすダンとハンターはドアを開けて清々しい朝の光に溶け込んでいった。





 バー『虹の向こう側』ではエイリアンたちがベッドの上のハンターとダンを眺めていた。


「今回もうまくいったな」


「完璧だったよ。人間も幸せになれるし私たちも体が手に入る。ウィンウィンだね」


「さて、約束通りにこの体は私がもらうとするよ」


「わかってるよ。順番だからね」


「ふふ……今ごろこの二人は幸せな日々を夢見てるんだろうね」


 エイリアンのひとりが壁にズラッと並べられた大量の脳が入ったビンを眺めていた。


「ああ、だろうね。脳を取り出して幸せな夢を見させてあげる。そのかわり体はもらう。本当に君はいいことを思い付くよな」


「でもさ、どうしてわざわざ虹の出発点を探させたの? べつにいつも通り普通にバーに誘ってもよかったんじゃない?」


「それはそうだけどね、まさか私たちの言葉がわかる人間がいるなんて思ってなかったからね。おびきだすにはこうするしかなかったんだよ。それに彼もこの方がよかったんじゃないのかな。ハンターという職業柄苦労して手に入れたことの喜びは計り知れない……らしいからね」


「ふーん……」


「さあ、次の体を探そう」


「そうだね」


 エイリアンたちはバー『虹の向こう側』を後にした。


 その中にはハンターとダンの姿もあった。


 床には古い人間の体が二つ、脱ぎ捨てられていた。




          完




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