油蝉
みやま
第1話
『油蝉』
近くの雑木林で一匹のセミを捕まえた。手のひらにちょうどおさまる大きさの雄のアブラゼミだ。だがこのセミ、他にはない大きな欠陥を抱えていた。
鳴かないのだ。
セミなのに、鳴かないのである。
本来、雄のセミは発音筋と呼ばれる腹の筋肉を使って、雌の気を惹くために鳴く。雌にはこの発音筋がなく、故に雌が鳴くことはない。もしもその筋肉が壊れていたならば、雄のセミは上手く鳴くことができなくなるだろう。
僕はもしやと思い、捕まえたアブラゼミの腹を確認した。しかし素人目にも異常は見あたらなかった。
ならばなぜ鳴かないのだろうか。
セミも僕らがそうするように、嫌なことがあって拗ねているとでもいうのか。それとも鳴き方を知らないまま育ってしまったのだろうか。
いや、もしかしたら仲間とはぐれたのが原因で鳴かなくなったのではないか。
僕はこの鳴かないセミを元の雑木林に還してやった。虫籠の中から勢いよく羽ばたいたセミは、しばらくバタバタと辺りを放浪すると、一本の欅の木にとまった。
仲間の大合唱の中、アブラゼミが鳴き出すことは決してなかった。僕は満足して帰った。
油蝉 みやま @miyama25
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