café TIME

塩キャベツ太郎

一杯目 花束の落し物

ここは寂れた街の寂れた商店街の一角、仕事終わりのサラリーマンやOLがチラホラと現れる夕暮れ時から開く喫茶店「café TIME」がある。

マスターの名は玉那覇 進。

今日もコーヒーの匂いがほんのりと店外まで香り始め、店の扉が開くベルがカランコロンと鳴り響く…。


「いらっしゃい」

本日のお客様、一人目は常連のユウナ。

「……マスター、いつもの」

彼女はブラックコーヒーを愛飲しており、その苦さで日々のほろ苦い日常を上書きするように、嫌なことがあった日にはこの店にやってくる。

「今日は一段と荒れているね」

「ハァ…わかる?」

ため息をつきながらユウナは話を聞いて欲しそうな雰囲気を醸し出している。本人曰く、この雰囲気をだすことに関して右に出る者は居ないそうだ。彼女は新卒でこの街で就職してから、数年間、仕事帰りに愚痴をこぼしていく。それを僕はお客さんが零したコーヒーを拭き取るように聞くことしかできない。

「まぁ、色々あったんだけど、先にこれ」

ユウナはピンク色の薔薇の花束を差し出してきた。

「なんと、僕は今からプロポーズでもされるのかい?」

入れたてのコーヒーをユウナの前に置く。

「違います〜。入口のところのベンチに“落ちていた”のよ。お客さんの忘れ物かしら?」

「残念ながら、今日の最初のお客さんはユウナちゃんだよ」

「あら、ごめんなさい」

ユウナは少しの悪気もなさそうな笑顔で、こちらに花束を渡してきた。

「それにしても綺麗な花束ね。恋人にでも渡すつもりだったのかも」

僕は花束を解き、瑞々しいピンクの薔薇を花瓶に活けながら少し考えてみた。

「それはないんじゃないかな」

「えっ、どうして?」

「ユウナちゃんは薔薇の花言葉を知ってる?」

「愛してる、だっけ?」

「ありがとう」

「なに、新手の口説き文句?」

すこしユウナ怒りながらコーヒーを啜る。

「薔薇の花言葉は『愛』や『美』なんだが、花言葉は色によって違ってくるんだ。「愛している」っていうのは、赤い薔薇の花言葉だよ」

「へぇ、物知りね」

「カフェの前の花を手入れしてるうちに、要らない知識がついてしまってね」

「そういうの素敵だと思うわ」

中年のおじさんが花言葉とか、いうのもなかなか恥ずかしさがある…。

「…ありがとう。それでピンクの薔薇の花言葉は『感謝』なんだ」

ユウナは頭の上にハテナを浮かべながら「どういうこと?」と考え込んでいた。

「恋人にわざわざ薔薇の花束を用意するのに、愛を伝える赤い薔薇ではなく、ピンクの薔薇を用意するものかな、と思ってね」

「でも、恋人にも感謝の気持ちくらい伝えて欲しいわよ? それに彼女さんがピンクの薔薇が好きなだけかもしれないし」

ユウナはまだ納得いかないような顔をしている。

「さっき言っていただろう、ベンチのところに“落ちていた”って。といことは、ベンチの上に置き忘れていたわけでもなく、床に置いてあったということだろう?恋人に贈るものをそんな置き方するかな」

「あっ…言われてみればたしかにね」

そう言うと、ユウナはコーヒーを飲みながら黙ってしまった。

「僕は開店前は必ず店前を掃除するし、ベンチも拭いているんだよ、今日もね。その時はなかったはずなんだ。とりあえず、これは日頃の感謝を込めた誰かからの贈り物だと思って、店に飾っておくとするよ。ありがとう」

ユウナは嬉しそうに僕が花瓶に活けた薔薇を見ていた。

「そうね、それがいいと思うわ」

少しユウナの顔が赤くなっているように思えた。



「……それでね、今日もあの部長がね」

今日も変わらない日々がここにある。そういう日々の積み重ねこそ大切なのかもしれない。


今日はこれにて閉店です。またのお越しをお待ちしております。

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