29話 (完)カリスマレビュワーの新たな一歩

「「「終わった~!」」」


 今日は前期の授業最終日。今日の午前中で授業は終わり長い夏休みに入る。


「可南子~、打ち上げ行こ!!!」


 見ると草田可南子と赤城瞳、そしてそれを取り巻く何人かの一軍女子グループはハイタッチを交わしていた。それに混ざろうと周囲の男子たちも手を挙げていたところだった。

 まったく……たかだか大学生活最初の学期が終わったくらいでそんなに騒ぐほどのことかね? 俺には彼女たちの思考回路が全く理解出来なかったが、わかっているのは俺よりも明らかに彼女たちの方が大学生活を楽しんでいるということだった。


「うん、終わったね! あ、でもちょっとだけやることあるから先に行っててよ! お店決まったら連絡して」


「オッケー! ……え、授業終わったのに何かまだやることあるの、可南子? もしかして補修とか?」


「ちがうよ! ……あのね、小説完成させたってのは瞳にも話したよね? それでおとといの夜にコメントを貰ったんだけど、まだ返せてなくてね」


 可南子の言い出したことに瞳は「そんなのいつでも良いじゃん、早く打ち上げ行こ!」と反応するかと思われたが、不思議と理解を示した。やはり彼女が親友を一番理解しているのだろう。


「あ~、まあ分かるよ。いつまでも宿題が残っちゃってるのは気持ち悪いもんね。とりあえず先行ってるから。じっくり考えてコメント返してあげなよ。可南子には大事なことなんでしょ?」


「うん。あのね、そのコメント読んで私もっともっと書けるようになりたいって思えたんだよね! そのためにはもっと色んな作品を読まなきゃいけないし……とにかく次の作品を早く完成させたくってさ!」


「わかったから、それは私じゃなくてその人にコメントで返してあげなって。そんで早く打ち上げ来なよ? 可南子がいないと盛り上がらないんだからさ」


「うん。ありがと!」




 瞳たちのグループは可南子1人を残し教室を後にした。

 学生がまばらになった教室にいつまでも残り彼女と視線が合ったら気まずいと思い、俺も席を立ったところで、例によって米倉真智が声をかけてきた。


「お疲れ、私たちも打ち上げでもやる?」


「……あのな、そもそも打ち上げって何だよ? 俺たちまだ18歳だぞ。酒も飲めないのに打ち上げって言葉を使うのは違和感があるだろ」


「あら、別にお酒を飲まなくても打ち上げくらいやるでしょ? そんなことにこだわるのはキミくらいじゃない? ひねくれ者のキミでも夏休みは嬉しいでしょ?」


 米倉はそう言うとニコリと微笑んだ。また口論になるかと思っていたのだが今日は違ったようだ。コイツの機嫌はよくわからない。


「あのな、悪いけど俺は忙しいんだよ。やることが沢山あるんだよ」


「へえ……。レビュワー活動も再開というわけね。ま、キミが元気になってきてくれたようで私も嬉しいよ。でもその活動は長い夏休みを利用してやっていけば良いんじゃない?」


「違う。そうじゃねえんだよ。俺には一秒も時間をムダにしている暇はないんだよ」


「え、何? 何かバイトでも始めるのかしら? まさかキミに接客業とかは難しいと思うけどねぇ。あ、今流行のデリバリーサービスとかならワンチャンいけるかもしれないね! でもあれだって結構大変だって聞くよ? 新しいことに挑戦するのも大事かもしれないけど精神的ダメージを受けるくらいなら……」

「なあ、米倉。お前に教えて欲しいことがあるんだ」


 俺は正面から米倉の顔を見つめた。


「な、なによ? そんな改まって……」


「小説って、どうやって書くんだ?」


「え……? なに、小説? それって、どういう、意味?」


「良いよ、別に。お前がたまたま寄ってきたらから訊いてみただけだしな。ちょっと調べれば今時幾らでも小説の書き方なんて出て来るし。そもそもそんなものなくても俺ならすぐに書けるだろうしな」


「え、な、何よ……一体どういう心境の変化なのよ?」


 ちょっと俺が小説を書いてみようと思うっていう話をしただけなのに、コイツは涙を流さんばかりに感動したようなツラを見せてきやがる。……お前は俺の保護者かよ! 母親かよ! とツッコミたくなるのをグッと堪える。


「別に……。いつまでも人の作品の粗探しばっかりしてちゃ不公平だろ? 自分もその土俵に立ってみて初めて見えてくる部分もあるかもしれんしな。単なる思い付きだよ」


 そう言うと俺は席を立った。

 今はコイツの感情に付き合うのがちょっと照れ臭かったのだ。


「ね! 何でも聞いてきて良いんだからね? 執筆に関しては私の方がだいぶ先輩なんだからさ。もはやプロと言っても良い私みたいな存在から直接アドバイスをもらえるなんて有難く思いなさいよ?」


 調子に乗った米倉が急に先輩ヅラを露骨に見せてきたので、俺はすれ違いざま吐き捨ててやる。


「バカか。なめんな、俺はカリスマレビュワーだぞ!」


「あら、どうかしらね? 『カリスマレビュワーだからといって簡単に人気になれるような甘い世界じゃないぜ?』あなたならそう言いそうだけど?」


 米倉が皮肉を飛ばしてきたところで、俺のスマホが鳴った。

 それは、昨日書いた草田可南子の作品へのコメントへの返信だった。もっとも『slt―1000』のアカウントではなかったが。


「『執筆一年生様』いや『slt―1000様』と呼んでも良いのでしょうか? とにかく私の拙い作品を読んで、そして素敵なレビューまで書いてくれて本当にありがとうございました。このコメントは多分ほとんど誰も読んでいないと思うので私の正直な気持ちを書きます。他の人に見られたくなくなったらあなたの方でコメントを消して下さい。

 あなたのことを誤解していました。あなたが他の作者の人に書いたレビューを色々と見させてもらいました。中には辛辣な書き方のものもありましたが、何度も繰り返し読んでみるとどれも納得出来るもので、本当にこのネット小説に詳しいこと、そしてネット小説というものがとても好きだということが改めて伝わってきました。良かったらこれからも私の作品を読んで欲しいです。そしてもし良かったらアドバイスなんかも時々送ってくれたら嬉しいです。私はこれからも書き続けるので。

 あ、でも『slt―1000』様が『執筆一年生』様にアカウント名を変えたってことは、あなた自身も何か執筆を始めるってことなのかしら? だとしたら私のライバルにもなるってことなのかな? 何か作品を公開された時には私にも読ませてください」


 俺がコメントを読み終え、ふと顔を上げると当の草田可南子がこちらを見ていた。

 10メートルほどの距離があったが、人もまばらになりかけた教室ではあまり意味をなさず、顔を突き合わせているみたいな距離感に思えた。

 慌てたように可南子が立ち上がる。


(ったく、たかだか一作書き上げただけで一端の作家気取りかよ。……ってそう言う俺の方はまだ一作どころか一文も書いてねえんだけどな。まあ幾つか俺のレビューを読んだだけで、俺のレビュワーとしての能力を見抜くってことはアイツもセンスあるのかもな)


「ね、どうしたの?」


 俺と可南子の間の空気を敏感に察したのだろう。米倉が声をかけてきた。


「……別に。何でもねえよ」


 ニヤケてしまいそうなる顔を米倉に見られないように隠しながら俺は歩き出した。


「何でもないことないでしょ! 説明しなさいよ! ……ってか、私も負けないし……」


 後ろから米倉はまたグチグチ言ってきていた。




 書くことは祈りだ。どれだけ精魂込めて時間を掛けても、本当に伝えたいことが伝わるとは限らない。それでも誰かに読んで欲しい。そう願い、書かずにはいられない人がいる。突き詰めて言えばそれだけのことだと俺は思う。


 明日からは長い夏休みだ。

 そして俺の新たな出発の日でもある。必ずこの期間に自分の作品を書き上げ、人気作家の仲間入りを果たすのだ。本当の勝負はそこからだろう。


 なめんじゃねえぞ、俺はカリスマレビュワーだ!

 俺がやらなきゃ誰がやるんだよ!






(おわり)

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カリスマレビュワーの俺に逆らうネット小説家は潰しますけど? きんちゃん @kinchan84

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