28話 もうすぐ夏休み

「ねえ、可南子~。今日は珍しく授業中寝てたじゃん。ちょっと夏休み気分はまだ早いんじゃないの?」


 夏休みまであと2日と迫った7月も後半の暑い日だった。

 前期末の考査も終わりガイダンスだけの授業。赤城瞳の言う通りキャンパス内にはもう夏休みの雰囲気が漂っていた。


「あはは、そうなんだけどね。まあ、たまには良いじゃん!」


 それに対して草田可南子も笑顔で応える。

 2,3日前までのどこか切迫した雰囲気は彼女から抜け落ちていた。やはり自分の作品を完結まで描き切ったという達成感なのだろう。

 可南子も瞳も特別真面目な学生という印象でもなかったが、授業中に寝ている姿はたしかに今まで一度も見かけなかった。まあ大学一年生の最初の学期が終わろうとしているのだ。流石に疲れが出てきたとしてもムリのないことだろう。

 



「ね、キミは夏休み何するの?」


 ボーっとその光景を眺めていたら、後ろから話しかけられた。

 言うまでもなく俺に話し掛けてくる人間など米倉真智1人しかいない。


「……そういうお前は何するんだよ?」


「私は、そりゃあ書くわよ。色々な作品を書いてみようと思ってるわ。アイデアもそれだけ浮かんできてるしね。それに読む方にも力を入れようと思ってるの。あまり馴染みのなかったジャンルも積極的に読んでみようと思ってる。特にネット小説ね。ライトノベルみたいなジャンルは全然読んで来なかったから、何かオススメがあったら教えて欲しいんだけど?」


 俺の質問返しにも米倉は嫌な顔一つせず素直に答えた。


「オススメの作品なんか別にねえよ。普通にランキングに入ってるもので興味のあるものを適当に読んでいけば良いだろ?……っつーかお前マジでこっちの方にも進出してくるつもりなのかよ?」


 米倉の口調からは自分もネット小説を連載する、そのための視察として作品を読んでみる……という意図がありありと見て取れた。


「ま、そうね。ものは試しというか、軽い気持ちでちょっと書いてみようかと思ってね。ちょっとした息抜きのつもりで書いてみて、面白そうだったら続けていけば良いでしょ?」


「……まあ俺は散々警告したからな。それでもやると言うのであれば俺に止める権限はねえよ。好きにしろ」


 あくまでコイツは文芸誌での連載、そして正式な作家デビューを目標として、そちらに軸足を置きながらコッチの世界にも手を出してみるということなのだろう。

 ついいつもの癖で否定的な物言いを俺はしてしまったがコイツのことだ。すでにネット小説界が別物だということも、そしてその対策として自分がどういった作品を連載していけば良いのか、といった具体的な戦略に関しても考えがあるのだろう。

 何だかんだ言ってコイツはコッチの世界でも結果を出すかもしれない、という気がした。


 ふと米倉の手が目に入る。白く細い指だ。

 昨日はあの指を握ったことが思い出され、途端に俺は赤面しそうになる。

 一方話しかけてきた側の米倉はとてもフラットだった。まるで昨日のことがウソだったみたいだ。そうしているのはコイツなりの優しさなのかもしれない。……いや、もしかしてコイツは意外と経験豊富であんなことなど全然意識すらしていないのかもしれない。


「ね、そう言えば可南子ちゃんの小説、完結したわね」


 俺の反応を見るように米倉はニヤリと笑った。


「……ふ~ん。そうなのか」


 興味無さげに吐き捨てた俺の反応に、米倉は意地悪な笑顔をさらに強めた。


「え? 知らなかったの? ホントに? 何か一件だけレビューが付いていたんだけど? 私も可南子ちゃんに完結おめでとうってコメント書こうと思ってたけど、ラブレターみたいな内容のそのレビューを見てちょっと私は書くのを遠慮しちゃったくらいなんだけど?」


「…………クソが。人のレビューなんざ読んでんじゃねえよ」


 米倉の言葉に自分でも赤面してゆくのがハッキリと分かった。

 たしかに俺は草田可南子の作品にレビューを書いた。自分の感情のままに書いたもので、しかも夜中に書いたテンションのままロクに見返すこともせずに送ってしまったから、たしかに小恥ずかしい内容だったかもしれない。

 だがなぜ米倉はなぜ分かったのだろうか? 俺はいつものカリスマレビュワーとしてのアカウント「sltー1000」ではなく、わざわざ新しいアカウントを作ってまでレビューを書いたのだが。


「いや、キミさ、あれで誤魔化せてると本気で思ったの? わざわざ別アカまで作ってもキミの文体も分析の視点もいつものまんまだったじゃないのよ? ……ま、いつもよりは感情的な内容も目立ったけどさ。作者の人間性にまで言及してるのは流石にやり過ぎだと思うわよ? 私もドン引いたわよ、正直」


「……うるせー。俺も少し素直に感想を書いてみようと思ったらああなっちまったんだよ。でも別に俺は間違ったことは書いちゃいねえよ」


「ああ、まあね。言いたいことはわかったわよ。あの作品は可南子ちゃんの人間性がモロに出てたわよね。一途で負けず嫌いなところ、でも意外とリアリストな感じもしたわよね?」


「は? それはどうかな? それはお前の見方が穿っていると思うぞ? あの作品はやはり今流行の『キミヒト』の影響を受けたものだってことを加味するとストレートな影響の受け方だと思うがな」

「え~、そうかなぁ? それはむしろキミの見方があの子のことをまだまだ甘く見てるってことなんじゃないかな…………」

「いや、そんなことねえよ! お前がそう思う根拠は何だよ!大体俺はなネット小説の流儀においてだな…………」




 いつの間にか草田可南子の作品について、という元の話題からは大きく逸れていっていた。


「なあ、米倉。その……ありがとうな。……お前がいたおかげでこうして昔のことをちゃんと思い出すことが出来たよ。……それに、今もこうして俺を元気づけるために話を振ってくれてるんだろ? お前がいたおかげで本当に助かったよ」


 気付くとそんな言葉が俺から出ていた。

 色々なことを経て俺も少しおかしくなっているのかもしれない。


「え、何それ? ズルいなぁ、ホント」


 米倉はどういった感情なのか分からないが、顔を赤く染め首をブンブンと振っていた。それは恥ずかしさを誤魔化すようにも見えたし、何かを振り払う仕草のようにも見えた。



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